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41 人の『噂』も七十五日

今回は毛色を変えて、富田さんの回です。

真魔王城の後処理はそこそこに、今日は電子文明の次元に帰ってきた。

勇者……いや、元・勇者の処刑はベルリネッタさんとクゥンタッチさんがうまくやってくれると言ってた。

性格や罪状はどうあれ、見た目は一応幼女なので……後味が悪くなりそうで、立ち会いは辞退しておいた。

覚悟が足りないかもしれない、とは思ったけど……


『何もかもご自身でなさる必要はございません。王たる者は時には、臣下を信じて全部任せてしまえばよいのですから』


……ベルリネッタさんがそう言うから、任せてしまおう。

さて、夏休みの中でも今日は登校日。

愛魚ちゃんと一緒に学校へ。

気のせいか、愛魚ちゃんとのことを悪く言われることはあっても、ベルリネッタさんとかカエルレウムとかのことはもう忘れられてるみたいだ。

《人の噂も七十五日》というか……皆、夏休みを楽しんでてそれどころじゃないんだろうな。

放っておけばいいや。


「宿題は愛魚ちゃんと、真っ先に済ませちゃったんだよね」

「そうだね……日記帳みたいなのもないし、読書感想文もとっくに終わって」


顔を出してみたけど、何もすることがない。

正直、バックレてもよかったかもなあ……


「やー……お二人さん……」


久しぶりに顔を見た気がする。

富田さんだ。

なんだか寝不足気味という感じで、顔色が悪い。

大丈夫かな?


「あー、大丈夫……ちょっと修羅場だっただけだから……」


本人は大丈夫って言ってるけど、ちょっと心配だな……

でも、無理に聞くのもアレかな?

あんまり立ち入るものじゃないだろう。

ということで下校。


「何だ?」


……靴を履き替えて、校門を出たところが騒がしい。

キャーキャーと黄色い声が飛び交ってて、女子生徒の人だかりができてる。

有名人か誰かイケメンだろうか。


「ああっ、やっと来た! リョウタくん!」


……クゥンタッチさんだった。

なるほど、見た目は王子様系のイケメンだもんなあ……

と思っていたら、クゥンタッチさんが僕の名前を口にしたせいで女子たちの視線が一斉にこっちに向く。

その『どういう関係だ』みたいな視線はやめてほしい。


「例の件が済んだから、その報告と迎えにと思って来てみたんだけれど……参ったネ、これは」


そりゃ、クゥンタッチさんレベルのイケメンなんて学校にはいないからね。

例えば……ラーメンが好きなのに日頃はカップラーメンしか食べられなくて不満という人々に、人気店のすごく美味しいラーメンを出すような……そういう類の『飢餓感』が原因じゃないかな。


「こうも人目につくようでは《門》を出すわけにもいかないネ。しばらくどこかで……」


いや、いつどこへ行っても目立つと思う。

最近は感覚が麻痺してたけど、超絶美少女の愛魚ちゃんと、王子様系イケメンのクゥンタッチさん。

男性も女性も目を引かれること請け合いでは……?


「おお……真殿くんがイケメンとイチャイチャしてる……!」


いやいや、イチャイチャはしてないよ?

富田さんには一体何が見えてるんだ。

寝不足なら帰って寝てほしい。


「ふふ、そう言えばボクはまだリョウタくんとゆっくりイチャイチャしたことはなかったネ。少しくらい、いいだろう?」


そう言えばって……そう言えばクゥンタッチさんは女性か。

胸はコルセットで目立たなくして、見た目は完全にイケメン王子様だけど、中身は女性だから別にビーがエルなわけじゃない……なら、セーフか……?


「実は……リョウタくんの味が、忘れられなくてネ」


クゥンタッチさんが僕の顎に手を添えて持ち上げた。

味って……血の味か。

吸血鬼って俗に、処女の血がいいんじゃないの?

あの時点でも既に僕は、初めては済ませてたけど……魔王の魔力入りだからかな?

もう何でもありだな、魔王。


「顎クイ美味しいです!! ありがとうございます!!」


カッと目を見開いた富田さんが、急に元気になった。

どういう仕組みだ?


「王子様系×年下系カプ……いいわあ……尊い……」


ダメだ!!

富田さんは『腐って』やがる!!

脳内で完全にビーがエルな変換されてるだろ、これ!!

そういや乙女ゲーはやるとかなんとか、カエルレウムと鉢合わせした時に言ってたな。

もろに『そっち側』の文化の人か……


「『×(かけ)』るな。カプじゃないから。僕はノーマルだから」


『そういう趣味そのもの』がいけないとは言わない。

僕もユリシーズとかオススメされたのとかの薄い本は持ってるからね。

でも『僕をそういう題材にする』のはやめてほしい。


「ちょ、ちょっとだけ、フリだけして見せるだけでもいいから!」


嫌だよ。

クゥンタッチさんと仲良くするのが嫌なわけじゃないけど『腐った目』で見るな。

本当になんていうか……やめろ!!


「フリだけなんて、ボクの方が物足りないネ」


ここでクゥンタッチさんは僕に寄り添ってきて、火に油を注ぐというか、ラーメンスープに替え玉一丁というか……

とにかく『燃料』の投下はご遠慮ください。


「ありがとうございます!!……拝んどこ」


というわけで『富田さんは腐ってる』というありがたくない事実がわかったのが、登校日の意外な収穫だった。

知りたくなかったけど。




翌日。

了大と愛魚が真魔王城に戻ったことを確認したクゥンタッチは、まだ電子文明の次元にいた。

昨日見た顔が、心配そうな表情でふらふらと歩いていたからだ。

なぜか気になって、声をかけてみることにした。


「やあ、キミは確か、昨日会ったリョウタくんの友達だよネ?」


はあ、と気のない返事が返ってくる。

いくら外見が美形とはいえ、よく知らない相手では警戒心もあるだろう。

これは不思議ではなかった。


「ボクはクゥンタッチ。そんな浮かない顔をして、何事かお悩みかな?」


まずは名乗り出て、知り合う所から始めよう。

次元も美形も関係ない、人付き合いの基礎のまた基礎だ。


「あっ、私は……富田みゆきです。悩みといえば、まあ」


富田みゆき。

了大と愛魚のクラスメイトであり、クラス委員。

この次元においてはよくある方の名前だが、呼べば素敵な名前だ。


「トミタ・ミユキくん……うん、ミユキくん、よろしく」


名前を丁寧に繰り返して、瞳を見つめて微笑む。

胡散臭げな気もするが、了大曰く『イケメン王子様の必殺技』だ。

そうして警戒を解いたみゆきが、悩み事の相談を始めた。

自費出版の本を売る催事(イベント)に出展する計画で、準備を済ませた矢先に同行を予定していた友人に不幸があり、来られなくなってしまった。

年に二回の大きな催事であり、経費も時間も可能な限りかけて準備してきたので、機会は絶対に逃せない。

しかし自分一人だけでは、防犯などが不安で困っている。

開催はもう今週末で、人を手配するにも当てがない。

そういう内容だった。


「なるほど。それなら、ボクが手伝うというのはどうかな?」

「いいんですか!? お願いします!」


そこに思いがけない申し出。

イケメンの売り子となれば、きっと賑わうに違いない。

それに言っては悪いが、あのなかなか他人を信用した所を見せない了大と親しいのであれば、きっとモラルのある人物に違いない。

願ってもない話だった。




当日の催事場。

みゆきと合流したクゥンタッチは、何万という人でごった返す中、出展者側の行列の中にいた。


「これはすごいネ。引き受けた時にも聞いていたけど」


出展者専用の入場券をみゆきから受け取って入場し、主催が用意した卓で設営を始める。

実はこういった催事での出展は、何重にも確認の手間がかかる。

まずは、あらかじめ印刷所に依頼したダンボール箱が届いているかを確認。

届いたダンボール箱が他人の物と入れ替わっていないかも確認。

販売する本が詰まったダンボール箱を開いたら、次は出来上がりに乱丁や落丁がないことを確認。

主催側のスタッフにも確認してもらい、販売できる内容であることを念押ししてもらって、ようやく設営が終わった。 


「ほほう、こういう内容か……それもまた、愛だネ」


本で扱われている題材は、男子同士の恋愛……ボーイズラブだった。

性的な表現は抑え、心情の描写で読ませる『全年齢向け』の内容ではあるが、それでも『しまった』という表情でみゆきが慌てる。


「なんだかすいません……こういうの、大丈夫でした?」


本の内容まではクゥンタッチと相談していなかった。

クゥンタッチが苦手とする内容……『地雷』だったらどうしようかと。

頼み事をしておいて失礼ではなかったかと不安になるみゆきだったが。


「大丈夫。むしろ興味深いさ」


クゥンタッチは涼しい顔。

みゆきが気づいているかどうかはわからないが、クゥンタッチは女性だということもあってか、そう苦手な内容でもなかった。

もちろん、全ての女性がボーイズラブを理解できるとは限らないが、何しろこのクゥンタッチ自身こそ『両方イケる』性癖であり、売り子としては何の問題もなかった。


「今日はよろしくお願いします。こちら、よかったら」

「ご丁寧にありがとうございます。こちらもよろしくお願いします」


それと前後して両隣に挨拶。

同じ出展者同士であり、同じ傾向を持つ同志だ。

互いに本を交換。

交換で得られた本も、同じ題材だった。

それにしても、女性ばかりの出展者の間ではやはりクゥンタッチの外見は目立つようで、視線を集めることが多かった。


「それでは、只今より…………開催いたします!」


催事場全体に通る放送でコールが響き、さあ開催となった。

出展者でない、購入側の参加者が続々と会場に押し寄せる。

売れ行きは良い。

これまでで一番良い、と言ってもいいが……正直、本の内容よりもクゥンタッチに惹かれて立ち止まる女性が多い。

本の方を見てほしいような、本を見てもらうきっかけになるなら致し方ないような。

夏の暑さに水分補給で対策しながら、不思議なジレンマの中で時間が流れる。


「うっ……?」


みゆきを不意に襲う、軽度の尿意。

しかし、大規模な催事においては手洗いの順番待ちさえも長蛇の列となる。

早めの行動を心がけなくては危険だ。


「ミユキくん。ここは任せて、ゆっくり行ってきたまえ」


察したクゥンタッチが、卓を任せて行くように促す。

おかげで、致命的な事態は回避できた。


「あれ、クゥンタッチ?」


みゆきが不在の間に、騎士のコスプレの女性が通りがかる。

クゥンタッチを知るこの女性は。


「おや? ルブルムか……変わった格好だネ?」


サンクトゥス・ルブルム。

《ファイアダイヤモンドファンタジー》の騎士ユリシーズのコスプレで、適当に会場内をうろついていたところだった。


「りょーくんが好きなキャラなの。どう?」


自慢のコスプレを披露し、その場で一回転して見せるルブルムには、本人にも衣装にも隙がなかった。

クゥンタッチも素直に感心する。


「ふむ、リョウタくんはそういうのが好きなのか。覚えておこう」


しかしこのルブルム、実は《りっきー》として男性向け成年指定本の日を本命と定め、またぞろ濃密な内容の本を了大に勧める計画でやって来ている。

了大曰く『爆弾キャラ』であり、そういった本の内容を『実行される願望』持ちでもあった。


「で、クゥンタッチはどういうわけで卓に?」

「ああ。リョウタくんの友達が困っていてネ? 見かねて人助けというわけさ」


ルブルムはボーイズラブには嫌悪感こそないものの、さしたる興味もないようだった。

そうこうしているうちに搬入した本が完売となったところで、終了時刻を待たずに撤収。

公共交通機関の混雑を少しでも回避すべく、早めの移動となった。


「ミユキくん、お疲れ様。この後はもうまっすぐ家に帰った方が良さそうだネ。最寄りの駅までは送るよ」


精神的には充足していても、肉体的には疲労が蓄積している。

それを見抜けないクゥンタッチではなかった。

《真正吸血鬼》としての生命力を観る瞳が、みゆきの疲労を容易に見抜いたのだ。

困った者を助け、販売と在庫管理と金銭管理と、果ては防犯までもこなしては本を完売させてみせ、折に触れてみゆきの体調も気遣う。

クゥンタッチはまさに、人間を超えた完璧な活躍でみゆきを助けていた。

そして一晩ゆっくり休んで、翌日。

出展者の楽しみ、ネットでの感想の検索。

みゆきは執筆作業に使っているパソコンでブラウザを開き、自分の卓番号や出展者名を手がかりにSNS内を検索してみた。

しかし……


『すごいイケメンの売り子がいた』

『あんなイケメンの彼氏が売り子とか妬ましい』

『イケメンの人にスケブお願いしたら売り子で作者さんじゃなかったけど、描けない代わりにって手の甲にキスしてもらった』

『次も絶対行く! あのイケメン王子様にまた会いたい!』


……皆がクゥンタッチの話をしている一方で、本の内容の話題がほとんどない。

検索結果としてはある意味、否定的な感想が並ぶよりも想定外だった。


「な……何よこれー!!……orz」


そして後日、ルブルムがユリシーズコスプレの再現度と完成度ゆえにネットで一時話題となる件や、みゆきが別の催事に参加するも《人の噂も七十五日》とばかりにクゥンタッチごと忘れられ、本の在庫ををたっぷり余らせて帰宅した件は、また別のお話……




◎人の噂も七十五日

どんな噂が立ってもそれは一時的なものに過ぎず、七十五日も経てば消えていくものだということ。

だから放っておけば良いという意味が込められる場合も多い。


富田さんが腐女子だとかクゥンタッチがモテモテとかで夏コミケ的な季節イベント回でした。

他の季節イベントもあれこれ企画中です。

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