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40 敵を『欺く』には先ず味方から

今回で対勇者バトルは決着。

意外と幻望さんの回でもあります。

勇者の気配をたどり、あと扉一枚という所まで来た。

ここは、以前に呼ばれた茶会で使ったホールだ。

鍵はかかっていない。

ゆっくりと扉を開ける。

勇者が……いや、勇者気取りのガキが、偉そうにふんぞり返っていた。


「来たわね、魔王!」


普通、こういうのって魔王が『よく来たな、勇者よ!』ってやるものじゃないのか。

魔王って僕の方なんだけど。

……まあ、ゲームのお約束を律儀に守る必要はないか。

守ってたら魔王が負ける。

つまり僕が。

それは絶対に嫌だ。


「愛魚ちゃんを返せ!」


ともかく、今はまず愛魚ちゃんだ。

しつけのなってないクソガキが勇者になると、こんなにも苦労するのか。

さっさと返せ。


「返せって言われて返すバカがどこにいんのよ。立場がわかってないわね」


こいつ相手に躊躇や容赦はいらない。

夢の中のフリューと戦って得たものを全部ぶち込んでやる。

跳躍。

勇者の反応速度より速くゼロ距離まで詰める!

そのまま、剣を取る暇を与えずに勇者の腹に思い切りボディブローを入れて、吹き飛ばしてやった。

夢での戦いで鍛える前も岩を折る威力があったはずだけど、今、勇者相手の実戦ではどうかな……?


「ごっ……ごぼっ……うぇ……」


効いてる効いてる。

ゲロ吐いてのたうち回ってる。

やはり思った通りだ。

剣はともかく、本人はそれほど(・・・・・・・)強くもない(・・・・・)

この分だと勇者スキルとやらも剣の方も、鍛えて頑張って手に入れたんじゃなくて、誰か……それこそ、この次元に転移させてきた黒幕にでも与えられただけだろうな。

で、それらに依存して、無双して、それだけで勝ってこられたから慢心して、クゥンタッチさん相手には人質と剣の相性で脅して……

格下だけいびってきたから、ロールプレイングゲーム的な経験値システムだとしてもあんまり経験を積んでなくて、格上とまともにやればこのざまか。

つまり……


「何が勇者だよ。雑魚か?」


……雑魚だな。

本物どころか再現の範囲のフリューにも遠く及ばない。

とはいえ、僕も与えられた環境に慢心していたら、きっと同じようになってたはずだ。

そうならずにいられたのは、教師としていろいろと教えてくれたトニトルスさんや、フリューを再現してくれたヴァイスと……再現の必要があったほどの強敵としてはフリューもで……そして、何かにつけ手回ししてくれたベルリネッタさんと、皆のおかげだ。

皆に感謝したい。

そういう意味では、危ないところだった。


「もう一度言うぞ。愛魚ちゃんを返せ」


勇者を蹴って、吐き残しがないか確かめる。

今のうちに全部しっかり吐けよ。

愛魚ちゃんのこともな。


「なによ、この、クソゲー……バランス、おかしい……」


呆れた奴だ。

この期に及んでゲーム感覚なのか。

確かに、カエルレウムがやるようなレトロゲームじゃなくて最新技術のバーチャルリアリティなら、見た目はリアルにできるんだろう。

でもこれはゲームじゃない。

その腹の痛みも、愛魚ちゃんをさらわれた僕の怒りも、ゲームのイベントじゃないんだよ!


「……あ、っ……あんた……アレ、やりなさいよ……しん、げつ……」


見かねたのか、剣の方が勇者の手に近寄る。

すぐに飛んでくるというわけではないのは、剣が見た目通り重いせいか、剣にそこまでの力はないのか、勇者が剣に慕われていないか。

まあ、それは何でもいいか。

あの《神月》が来るなら、警戒しないと……


「《神月》は月が出ていなければ使えません。今は昼間、それも日蝕……どこを探しても、月は出ていませんよ」


……そういう技なのか。

他に何か技があればそっちには用心しないといけないけど、少なくとも《神月》の心配はないな。

剣自身が白状した確定情報だ。


「つ……使えない奴……」


勇者の恨み節はどうでもいいけど、そういえばこの日蝕は終わる気配がないな。

さすが勇者と魔王がまみえる『月と太陽が食い合う(とき)』だ。

何か魔術的な原因で固定されてるのかな。

ともあれ、手に剣を取った勇者の次の動きに気をつけよう。

剣の力がまだ他にもあったら、足下をすくわれる。


「ゆ、勇者スキ……」


遅い。

スキルの名前を言う前に、顔を蹴り飛ばした。

女の顔?

知ったことか。

こっちは愛魚ちゃんをさらわれたり、一度殺されたりしてるんだ。

性別なんかを理由に許されると思うなよ。


「人質を連れてきましたわ」


そこで扉がまた開いて、幻望さんが現れた。

愛魚ちゃんも一緒だ。

後ろ手に縛られてるのか。


「よ……よし、おかしな真似すんじゃないわよ……人質を返してほしかったらね……」


面倒なことになった。

このガキを殴り倒すだけなら余裕だけど、愛魚ちゃんに何かされるとなると話は別だ。


「リョウタ殿!」

「了大様、ご無事で」


トニトルスさんとアランさんも来た。

クゥンタッチさんは《神月》対策でここを避けてるだろうから、これで役者が揃った格好になる。


「お前ら全員、動くんじゃないわよ……私は勇者よ、お前らなんか……お前らなんか勇者スキルで一発なのよ……」


念仏かうわ言のように繰り返しながら、勇者が剣を握り直す。

剣のおかげか、僕がつけた傷も癒えてきているようだ。

勇者スキルか……

たとえ借り物レベルでも、あの炎……メガロファイヤーは防御壁の呪文でも防げなかった。

剣の力も加えての一撃となると、まともに受けたら死ぬかな……

まともに受けたら、だけど。


「おい、メイド! こいつらがおかしな真似をしたら、人質をブッ殺すのよ! いいわね!」


卑劣な奴。何が勇者だか。

いっそ幻望さんも共犯として、殴り倒して愛魚ちゃんを取り返すか……?

なんてことを考えていると、一瞬だけホール中に魔力が走る。

天と水の魔力……?


「くらえ、勇者スキル! 月空斬(げっくうざん)!」


これか!

随分溜めて、それから飛びかかってくる。

避けられない速さじゃないけど、どうしたものか。

ギリギリで避けるつもりで待ち構えていた僕の懐に飛び込んできたのは。


「……あれ? 了大くん?」


愛魚ちゃんだった。

どういうことだ!?

勇者は……さっきまで幻望さんと愛魚ちゃんが立っていた位置にスキルを撃って、空振りしている。

幻望さんは……僕の左にいた。


「愛魚さんは確かに、お返しいたしましたわ」


不思議だ。

確かに僕の目には、飛び込んでくる勇者の姿が見えていたし、勇者もそのつもりでスキルを撃ったはずだし、それでもこの状況だし。


「ただ放っておいては、愛魚さんがどんな目に遭わされるかわかりませんでしたから、お世話を買って出るふりをしてお守りしておりましたの」


確かに、愛魚ちゃんには傷一つない。

魔力を感知してみても何も変わったところはない、いつもの愛魚ちゃんだ。


「確実に身柄をお返しできる機会を得るまで……今まで言い出せず、申し訳ありません」


つまり幻望さんは、裏切ったふりをしつつ愛魚ちゃんがひどい目に遭わされないようにしていてくれてたのか。

おかげで、相手の最後の切り札をまるごと潰せた。

ありがたい。


「お、お前……私を騙したのね! ふざけんじゃないわよ!」


勇者は怒鳴るけれども、そんなガキの言うことにいちいち動じる様子はない幻望さん。

軽く受け流すように優雅に振る舞い、余裕を持って対処する。


「誰があなたなどに芯から従うものですか。戦は詭道、《敵を欺くには先ず味方から》……ここまで皆様、綺麗に欺かれてくださいまして、仕掛けた甲斐がありましたわ」


ベルリネッタさんの下であんまり目立たないメイドと思ってたけど、精神面はすごく強いんだな……

認識を改めよう。


「うむ。まあ我には幻覚は通じなんだが、種明かしまで黙っておったからよかろう?」

「恥ずかしながら……私には完全に、幻覚しか見えていなかった」


トニトルスさんは見破っていたらしいけど、あのアランさんをも騙しおおせたらしい。

それほどの幻覚。

そういえば、以前……《形態収斂》の説明の時に紹介してもらった、幻望さんの正体は!


「《幻覚のチョウ(ハルシネーション)ゲンボウ(ケストレル)》が織り成す《幻覚の日々ハルシネーションデイズ/Hallucination Days》のお味は……いかがでした?」


ハルシネーションケストレル。

そうだ。

確かにそう紹介してもらっていた。

愛魚ちゃんを助けることと勇者を倒すことばかり考えていて、すっかり忘れてた。

天と水の魔力を感じたのも、勇者スキルじゃなくて幻覚の方だったんだな。

今回はその幻覚の能力と、裏切ったふりの立ち回りの勝利だ。


「ぐ、ぐぐぐ……よってたかって私をバカにして! 絶対許さない! 絶対殺す!」


こっちの台詞だ。

愛魚ちゃんさえ取り返せば、こんなガキに手加減する理由は……

あと、二つしかない。


「アランさん、愛魚ちゃんをお願いします。ここからは僕じゃないと」

「承知いたしました」


愛魚ちゃんの守りをアランさんに頼んで、勇者に近づく。

魔王弑逆(しいぎゃく)の罪人として公開処刑にするために、生け捕りにしないといけないから、それがまず一つと……


「ほら、さっきの……月空斬だっけ? 撃ってみろ。破ってやるから」


そしてもう一つの理由は、言い伝えの真の意味。

僕と会うと月蝕や日蝕が起こり、勇者スキルなんてものを使うこいつには、性格はともかくとして勇者の資質、勇者の証が……

間違いなく、アレがある。


「ううぅー……死ね、死ね! 勇者スキル、月空斬!」


今度は本物。

この勇者スキルを、いや、勇者の力を……


「今こそ、月と太陽が食い合う刻……僕のもとへ来い、太陽!」


……奪い取る!

トニトルスさんが突き止めた、言い伝えの真の意味……月と太陽が食い合うという言い回しの真意は『魔王と勇者は互いに力の源を奪い合う』という意味だった。


「きゃ! ああぁー……」


体勢を崩して剣から手を離し、スキルが失敗した勇者の下腹が服の下から光る。

それは太陽の力である《勇者輪(ゆうしゃりん)》。

月の力である僕の魔王輪と対になる、勇者の証にして力の源。

勇者輪と魔王輪の所持者は互いにそれを奪い合い、両方を一人が持つことによって『唯一の存在』になる……というのが、言い伝えの全容。

さあ、よこせ!

強く念じて引き寄せようと粘ると、勇者の下腹から光が離れて、僕の下腹に入った。


「あ、ああ……?」


成功した。

もし勇者が僕より強くて、僕と同じように言い伝えを知って引き寄せようとしたら、最悪の場合は逆に魔王輪を奪われるかもしれなかったけど、今はもう僕の勝ちだ。

もう勇者ではなくなったガキが、勇者スキルを撃とうと必死にいろいろスキルの名前を叫ぶ。


「なんで! 私は勇者なんでしょ!? なんでなのよ!」


でも、何のスキルも出ない。

当然だ。

そのスキルの根源……勇者輪は、もう僕の物になったのだから。


「教えといてやる。勇者の力は、魔法みたいに無料(タダ)でもらえるものじゃなかったってことだよ。見た目が派手な勇者スキルに慢心して、勘違いして自分を鍛えなかったお前の負けだ」


ガキが慌てて剣を取ろうとする。

でも……持ち上がらない。呼びかけても剣は応えない。

さっきまではあんなに軽々と振り回していたのに。


「じゃ、僕の言うことならどうかな……剣よ、僕の手に来い」


試しに呼びかけて手を出してみると、勇者の剣は僕に従って飛んできた。

そのまま柄を握っても拒まれないし、柄を含むと僕の身長くらい大きいのに重さもまるで感じないし、振ってみても思うがままだ。


「へえー……いいね、これ」

「こ、こんなの、嘘よ……返せ、返せえぇー……」


泣き叫びながら必死に訴えてくる。

でも、今はもうこのガキに僕の魔王輪を奪い取る力も、元々は自分の物だった勇者輪を奪い返す力もない。

もう雌雄は決した。




こうして、この次元における勇者と魔王の戦いは、魔王である僕の勝利に終わった。

このガキはいくら子供といえどもあとは罪人として、公開処刑してベルリネッタさんに魂を分解してもらうだけだ。

なにしろこっちは一度殺されている。

許す理由はどこにもない。

外に出ると、ルブルムが大きな蜂みたいな女を拘束していた。

勇者と共犯関係だった《虫たちの主》だという。

そいつも魔王弑逆派として、同じように処刑しよう。

クゥンタッチさんには『そういう時に絶対に、脱走も反抗もできなくなるようにする手がある』というので、その処理をお願いした。

ホールも散々な状態だけど、これも全部済んだ後にクゥンタッチさんの裁量で直すから大丈夫と言われた。

思えば、魔王弑逆の罪を最初に言い出したのはクゥンタッチさんなのに、領民が人質になったせいとはいえ一時的にクゥンタッチさんは僕と敵対関係になってしまったなあ……

それと幻望さんも、愛魚ちゃんを守るためだったとはいえ表向きは寝返った格好になっている。

二人の立場は『僕が命令したから』とかなんとか言い訳して、弁護しておこう。

それにしても、とにかく疲れた……

ベルリネッタさんにお茶を淹れてもらって、お風呂に入って、ゆっくり休みたい。

そんなことを考えながら、アランさんに《門》を開けてもらって、真魔王城に帰った。




◎敵を欺くには先ず味方から

情報を制限したり誤った情報を与えたりして、味方をも騙すことで敵を騙す際の信憑性を上げること。

俗に孫子の兵法と言われるがはっきりしない。

孫子・九地篇の六に、名将は自分の兵士たちにも作戦の全容もしくは本質を隠すことがある旨の記述があり、そこから変化した説をここでは採用。


わりとあっさり終わったような対勇者バトルでしたが、パワーアップイベントの一環もしくは今後のためのフラグ構築のようなものでしたので、こんなものです。

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