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39 『逆鱗』に触れた

トニトルスが活躍します。

あれこれ障害を排除して、お膳立ての回です。

トニトルスさんに後ろを任せて、僕とアランさんで城内に入る。

手下の兵士とかメイドとかは誰も姿が見えない。

しばらく進む。


「勇者の奴め、気配を隠そうともしませんな……」


僕にもアランさんにもはっきりわかるほど、勇者の気配が強い。

しかし、こうして敵を倒すために魔王城に攻め入っていると、まるでロールプレイングゲームの勇者になったみたいだ。

こっちが魔王のはずなんだけど。


「これじゃ、どっちが勇者でどっちが魔王かわかりませんね、もう」


まあ、トニトルスさんが言い伝えを調べたところでは、勇者と魔王は紙一重らしいから……

そんなことを考えながら進んでいると、目の前に強い魔力の気配が現れた。

混じりっけのない、真っ黒な魔力。

線が細くて胡散臭い、イケメンの王子様。


「すまない、リョウタくん、ムッシュ……こうしなければ、領民たちが……」


クゥンタッチさんだ。

城下町の領民たちが、あの蜂の大群で刺し殺されるかもしれないから、勇者に逆らえないと。


「ここは私が引き受けましょう。奴は魔力を持つ水に対して相性が悪いですからな」


アランさんが僕に、先に行くように促す。

確かに……僕の目的は勇者を倒すことと、愛魚ちゃんを無事に助け出すことだ。

ここで足止めを食らってはいられない。


「すいません……お願いします!」


クゥンタッチさんをアランさんに任せて、僕は先を急いだ。

どうやら『僕を一人で勇者の所に行かせること』が目的だったようで、クゥンタッチさんは僕が通り過ぎようとしても邪魔しなかった。

むしろアランさんが僕を助けられないように、アランさんの足止めに徹するようだ。

ここは仕方ない。

先を急ぐ。




怒り狂う《虫たちの主》の殺気を浴びせられてもトニトルスは意にも介さず、余裕の笑みを浮かべる。

ロードと言っても所詮は虫たちの中だけでの話。

地力が違いすぎる彼女にとっては、脅威でも何でもないのだ。


「この《銀雷閃龍(サンダードラゴン)》に勝てると思うな。愚かにも程があるぞ」


サンダードラゴン。

トニトルスもまた、カエルレウムやルブルムに劣らぬ程の自他共に認める実力を持ち、そして今はその実力をもって了大に仇なす者を滅ぼしに来た。


「ガァァァー!! ユルサナイ、ユルサナイ!!」


新たな働き蜂が、ロードから数え切れないほど飛び出す。

魔力によって際限なく産み出されるそれらの全部が、トニトルスめがけて殺到する。


「雷を纏って回った後は、色が別れる……《蒼き雷電の光球ブルーライトニングスフィア/Blue Lightning Sphere》」


ほんの短い詠唱で、トニトルスの手元に青く光る球が現れた。

それがトニトルスの手を離れて少し前に動くと、働き蜂は全部そちらに向けて飛び込んでは、弾ける音に変わる。


「ナゼダァー!? ナニガオキタ……ワタシノメイレイガ!?」


ロードが驚くのも仕方がないと言える。

自ら産み出した絶対服従の働き蜂たちが、命令に背いてあらぬ方向に飛んでは自滅しているのだ。


「我らが魔王の故郷にはこういう道具があると聞いてな。呪文を書き下ろして効能を再現したのだ。実に便利だな?」


トニトルスが再現したのは、青い光で虫を誘引して電気で殺す機械……

殺虫灯。

了大が生まれた電子文明の次元で普及しているそれの機能を有し、なおかつ魔力によって機械より的確に虫を刺激する構文を、その知恵でしっかりと組み上げてある。

例え親の命令に絶対服従の妖虫であっても、本能と習性がそれを上回ってしまうほどに。


「バ、バカナ……!!」


やがて弾ける音が収まると、働き蜂たちはすべて電撃で焼き切られて塵と消え失せ、一方で青い球は半分程度の大きさに縮んでいたが、未だその効果を維持していた。

顎をぎりぎりと軋ませて、ロードは悔しがる。


「どうした。手下がおらねば、何もできんか?」


しかし、働き蜂の使役だけでロードを名乗れるほど、虫たちの世界も甘くはない。

ロードは両手と両膝、それと昆虫で言う腹から針を生やし、猛然とトニトルスに襲いかかった。

刺すだけではなく斬るにも適した形の針が五本。

しかも先端からは毒が滴る。

かすっただけでもただでは済まない絶対的な武器。

この武器ゆえに《虫たち》を抑え、ロードとして君臨していられるのだ。


「ふん。当たれば痛いのだろうが、ただ闇雲に振り回すだけではな」

「ガアッ! ガァーッ!」


どれだけ突いても振っても、トニトルスには当たらない。

トニトルスはもっと強い魔物も、もっと強い人間も、たくさん見てきた。

今更この程度の攻撃で、うろたえたりやられたりはしない。


「とはいえ、毒針とわかっておるものを素手で触れるのも……せっかくだ、お主も飛び込んでみよ」


先程の《蒼き雷電の光球》が増える。

トニトルスが呪文で自由に増やして、思いのまま動かす。

そもそもこれは設置型の機械を参考に書き下ろされた呪文であり、任意の定点に設置する機能がある。

それを応用すれば、タイミングを合わせて敵の進路に置くこともできる。

結果、毒針はロード本体ごと青い球に当たってしまい、全部焼き切られてしまった。


「ググググ……!!」


通用しないどころか、全身の傷も浅くはない。

自身の絶対的な武器を封じられ、勝ち筋が見えない状態で、次はどう出るか。


「お主はさぞや腹立たしいのだろうがな……」


どうもこうもない。

トニトルスに一瞬で距離を詰められ、肩をつかまれ、鋭い膝蹴りが胴に深々とめり込んでいた。

ギャッ、と短いうめき声が口から漏れる。


「腹立たしいのは我の方だ。お主らは我の怒りではなく、我らが魔王の《逆鱗に触れた》のだと知れ」


余裕の笑みではなく、憤怒の形相でロードを睨むトニトルス。

ロードの肩をつかんだ手をそのまま振り下ろし、地面に叩きつけていたぶる。

その気になればすぐにも殺せる虫を、あえて殺さない理由は……


「お主は、今はまだ殺さん……衆目の前でその身を八つ裂きにし、ばらばらになったその死に様を存分に見せつけた後……それから、我らが魔王に逆らった者の末路として見せしめに……その魂をこそ、念入りに殺さねばならんからな」


……見せしめ。

悲惨な末路をたどらせ、また、その末路をこそ恐怖とすることに価値があるからだ。

以前、クゥンタッチがフリューリンクシュトゥルムに言い渡したのと同じ『魔王弑逆(しいぎゃく)』の罪に対する刑罰として、その命運は確実に破滅と決まった。


「……ヤ……ヤメテェー……」


強すぎる。

かなわない。

勝てない。

毒針ごと焼き切られた傷と胴に受けた膝蹴り、そして地面への叩きつけによって全身を強く痛めつけられ、ロードは既に戦意を喪失していた。


「たったこれしきで、もう命乞いか。情けない……そんな程度で、よく龍に化けようなどと思ったな?」


そう。

勇者の手助けをしたり愛魚を拉致したりと動く時、この蜂は折に触れドラゴンに化けていたのだ。

なぜそんなことをしたのか。

単なる目眩ましか、それとも。


「ワ……ワタシハ……ドラゴンニナリタカッタノ……スーパー、ドラゴンニ……」

「……《天轟(スーパー)超龍(ドラゴン)》だと?」


スーパードラゴン。

その名を聞いたトニトルスの気配が一変する。


「あのお方は、我など及びもつかぬ龍の中の龍……我の足下にも及ばんお主ごときが、到底届く存在ではないわ!」


空気がびりびりと震える。

トニトルスの怒りが、魔力と共に放たれていた。


「そんなにドラゴンになりたいなら、いいだろう。なれるものならなってみせろ」

「エ?」


ドラゴンになってみろ。

突如言い渡された言葉が理解できず、ロードは間抜けた声を上げてしまう。


「……天の息吹き、地の芽吹き、火の揺籃、水の流転、いずれも欠かせぬ生命の呼吸にして、光と闇は踊り子の如し!」


トニトルスが組むこの詠唱は、かつてカエルレウムが了大に仕掛けた物と同じ。

全ての属性に働きかけ、対象の魂の本質を変える呪文。


「己が内なる龍を感じよ! 《ドラゴン化》!」


ばちり、とロードの体内で魔力が弾ける。

体がどんどん膨らみ、虫の外骨格が伸びようとする……


「ガ、ガガガ、ァー……」


……しかし、その体はドラゴンにならない。

大型化しようとはする。

外骨格は大きくなろうとして、必然的に自重も増す。

その一方で、増した自重を支えるために外骨格は厚みも増そうとするが、同じく自重を支えようとする筋肉が外骨格の内部で容積を越えて膨らみ、膨らみすぎた筋肉は外骨格を中から崩壊させる。

そして《ドラゴン化》の作用がまた、外骨格を大きく、厚く、重くし続け、筋肉を膨らませ続ける。


「……タスケテ……タス、ケ、テ……」


自壊しては膨らみ、膨らんではまた自壊する。

のたうちながら膨張と自壊を繰り返すロードは、やはりドラゴンになれる器ではなかった。


「仕方ない。お主など死んで当然だが、今死なれては使えんからな……《本質化》」


《本質化》の呪文で《ドラゴン化》を解除されると、ようやく膨張と自壊のサイクルが止まり、元の体躯に戻った。

もはやロードは文字通りの虫の息。

トニトルスはそれを、醒めた瞳で見下げる。


「やれやれ……少しは手応えがあれば《銀雷閃龍》の姿で格の違いを見せてやってもよいとは思っていたが、その必要もないとは……とんだ期待外れだな」


すっかり興味が失せて、ロードを……傷ついた虫をドラゴンの姿のままのルブルムに向けて投げ飛ばす。

一応、まだ死んではいなかった。


「我はリョウタ殿を追う。お主らは引き続き城下町を頼む」


ルブルムはドラゴンの巨躯でいながら器用に虫を拾い上げ、足の指一本で踏む格好にしつつ、殺さない程度に手加減して押さえつけた。

カエルレウムだったら、うっかり殺していたところだったかもしれない。


「それは公開処刑せねばならん。逃がしたり殺したりするなよ」


それだけ言い含めると、トニトルスは城内に飛び込む。

水のロードである実力者のアランも付いていて了大が簡単にやられるとは考えにくいが、愛魚が人質としてどう使われるか、既に殺害されているか、その辺りを考えると不安は消えない。


「さて、リョウタ殿が向かったのはどっちだ……」


虫の類はあっさり片付け、日蝕とはいえ時刻はまだ昼間。

クゥンタッチの手下の《下級吸血鬼》はその能力からかなり動きが制限される。

魔力を感知して、特に強いもの同士の衝突を気取ると、そちらに追いついた。

そこではクゥンタッチが、戦いながらアランを足止めする光景が繰り広げられていた。

アランはクゥンタッチに対して相性が優勢でありつつも直接攻撃に向く呪文は少なく、加えてクゥンタッチも本心で戦っているわけではなくあくまでも表向き逆らえないだけのことなので、戦っているというよりは牽制のみに終始しているという様子ではあるが。


「クゥンタッチ、町中の虫は全て駆除した。もう大丈夫だ。アラン殿も、もうよかろうかと」


トニトルスは城下町の領民が人質になっていた状態が解消された旨を告げ、双方に戦いをやめるよう促す。

小窓から外を覗き、カエルレウムとルブルムのドラゴンの姿を見て、ようやく安心したクゥンタッチは戦いを……いや、勇者に従うふりをやめることができた。


「やれやれ、助かったよ。あの勇者のわがままぶりには、ほとほとうんざりしてたからネ」

「ふむ……ひとまず、了大様を追うか」


アランとトニトルスが了大を助けるべく後を追う。

クゥンタッチには来ないようにと釘を刺された。

ベルリネッタが危機に瀕し、それをかばって了大が一度は命を落とした話が、又聞きながらかいつまんで説明される。


「なるほど……それは、許せないネ」


あの《神月》の前では、クゥンタッチも同じように膝を折ることになるだろう。

足手まといになりかねないのでは、無理は言えなかった。


「ボクでは相性が悪すぎるということか……悔しいけれど頼むよ。マナナくんは無事なはずさ」


愛魚は無事である可能性が高い。

それだけでも、今は吉報と言えた。




しばらくして、外から猛烈な光の魔力を感じた。

これは勇者のものじゃなく、カエルレウムとルブルムのもの。

あの二人がうまくやったのなら城下町はもう大丈夫だろう。

そこは安心しつつ、さらに先へ。

今の時点で安心できないのは、何と言っても愛魚ちゃんの身柄だ。

拉致にも協力したという幻望さんが、一体何を考えて勇者の側についたのかはわからないけど、それを許せるかどうかは、愛魚ちゃんが無事かどうかで考えたい。


「もし、愛魚ちゃんが無事じゃないなら……」


その時は勇者だけでなく、幻望さんも許せないことになる……

覚悟しておこう。

それと、もう一度思い出そう。

トニトルスさんから聞いた言い伝え。

『月と太陽が食い合う(とき)、唯一の存在が現れる』

その真の意味を勇者が知らないなら、勝機はある!




◎逆鱗に触れる

天子の怒りに触れること。

転じて、目上の人や偉い人を激しく怒らせること。

「天子や目上の人を怒らせること」であるため、自分や目下の人について使うのは誤りである点に注意。


トニトルスにとってドラゴンの姿になるほどの相手ではありませんでしたので、やや不完全燃焼気味ですが、それは今後の執筆に「溜め」ということで。

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