38 『虫』の居所が悪い
この回から具体的に反撃です。
「りょーくん!」
「りょーた!」
ルブルムとカエルレウムに姿を見せる。
……でも、二人とも目の周りが赤い。
「よかった……りょーくん、よかったよぅ……ううぅー……」
「わ、わたしは! りょーたが死んだなんて、信じてなかったからな! ははっ……ぐすっ……」
やっぱり泣いてたのか。
僕のためにそこまで泣いてくれたというありがたい気持ちと、あの勇者のガキがこの二人も泣かせたという許せない気持ちが、心の中で複雑に混ざる。
いったん落ち着こう。
「これから勇者を倒しに行きますが……愛魚ちゃんは……?」
そういえば、愛魚ちゃんの姿を見かけない。
もしもこんな事態になってると知ったら、ベルリネッタさんと同じくらい取り乱しそうだけど……
「愛魚は……拉致されました」
アランさんからとんでもない内容を聞かされた。
愛魚ちゃんがさらわれた、だって!?
「内通者が新入りのメイドに化けて入り込み、隙を作られた所に例の『虫のような龍のような』という魔物が現れました。まあ、正体は龍に化けようとした蜂でしたが……」
話に聞いていた反逆者の仕業か!
その蜂も許さない。
絶対に追い詰めて、魔王に対する反逆者として相応の処分をすると、決意を新たにする。
「それと、クゥンタッチの魔王城が城下町の領民を人質に取られる形で、勇者の手に落ちております。従わねば、虫どもに領民を全員殺させると」
卑劣な奴らだ。
勇者ってもっと、普通は世のため人のために戦う善玉じゃないのか。
聞いて呆れるとは思うけど、あのガキのわがままな物言いにはそんな良心は期待できないだろう。
「その拉致にメイドの幻望が協力しまして、愛魚の身柄も向こうの魔王城にあり……了大様が直々に助けに来るよう、勇者が要求しております。加えて、ヴァイスベルクの報告にあった《神月》という技、おそらくクゥンタッチに対しても効果は絶大でしょう。奴では逆らえぬ状況が重なっております」
なんてことだ。
つまり……今回は幻望さんとクゥンタッチさんが敵に回ると考えないといけないのか。
幻望さんはなんだっけ……ハルなんとかって鳥だったかな、能力はよくわからない。
むしろクゥンタッチさんが問題だ。
あの人はベルリネッタさんに『相棒』と認められる、もう一人の《不死なる者の主》で……僕と違って、夢の中の再現じゃない本物のフリューに勝つほどの実力がある。
それに、人柄もいいだけに城下町の領民からの支持も絶大だ。
そんな人を敵に回すのも死なせてしまうのも避けるには……
誰に一緒に来てもらうか、それとどういう手を使うか、よく考える必要がある。
「カエルレウムとルブルムは《神月》が効かないから、来てもらう方がいいな。逆にベルリネッタさんとヴァイスはあれがすごく効いちゃうから、留守番で」
「かしこまりました」
「了解です! 了大さんの留守は、あたしたちにお任せ!」
まず、これは間違いない。
勇者スキルとかいうのは威力はともかく、まず本人が使い分けに熟練していないから、発動を見てからでも回避なり対処なりができるはずだ。
となるとやはり一番怖いのは、あの《神月》になる。
ベルリネッタさんとヴァイスには来させられない。
「あとはアランさんも、何せ愛魚ちゃんの安否がかかってます。来てもらう方に」
愛魚ちゃんやアランさんは《神月》の影響がどうなるかわからないけど、少なくともベルリネッタさんほどすぐに動けなくなったり死にそうになったりはしないだろう。
あとは僕が一度死ぬ直接の原因になった、メガロファイヤー?
炎対策という意味でも、水属性要員は欲しい。
「恐れながら……このような事態に、私情は禁物かと」
アランさんは電子文明の次元でも『大企業フカミインダストリの社長、深海阿藍』という肩書と生活習慣がある。
公私混同をよしとしない社会人の規範が、ここでも活きているんだろう。
でも。
「こういう事態だからこそ、ですよ。もちろん愛魚ちゃんは助けますけど、勇者に対峙する役目が僕にしかできないとしたら、必然的に救出役は誰かにお願いすることになります。それなら、アランさんはこんな時だからこそ」
やはり親子の情は、後回しにはしたくない。
きっとアランさんは僕以上に、愛魚ちゃんの安否が気がかりなはずだから。
ここは来てもらおう。
「……恐縮です」
そう決めた途端、さっきまで昼前だったのが、急に暗くなる。
窓から外を見てみると、太陽を隠す影がかかっていた。
これもまた、あの言い伝えにあった『月と太陽が食い合う刻』なのか。
前回は月蝕だったけど、今回は日蝕が起きてる。
いいだろう。
決戦には申し分ない!
「えーと、あとは……」
何か忘れてるような気がする、かも?
うーん……何だっけ?
行き先はあっちの魔王城ってわかったし、僕を生き返らせてくれたあの着物の人は『勇者を倒して来れば詮索していい』って言ってたから、それからだし……
「リョウタ殿、我も行きますぞ!」
……そうか、トニトルスさんだ!
そういえば《書庫》で調べ物をするって言ったきり、ずっとそこに閉じこもってたのか。
「いやいや……何しろ虫どもめ、隙間を狙って《書庫》に入り込んでは書物を食い荒らそうとしましてな。入り込んだものを焼き切ったり潰したり、入り込めぬよう防いだりと大忙しでしたぞ」
そういうわけだったのか。
確かに、虫の小さな体だとわずかな隙間でも侵入ルートになりやすい。
難しい問題だ。
「それで、書物は無事でした?」
「無論。それと、言い伝えの真の意味も、ようやくわかりましたからな」
言い伝えの真の意味?
月蝕や日蝕のことじゃないの?
「おそらくその、言い伝えに隠された真の意味こそが……勇者が元の世界に帰れておらぬ理由であり、そもそも黒幕が勇者をこの次元へ寄越した理由ですぞ」
そしてトニトルスさんが調べ上げた成果、言い伝えの真の意味を聞かされる。
それは、魔王輪に隠された秘密でもあった。
勇者は苛立っていた。
魔王は姿を現さない。
元の世界にも帰してもらえない。
気分転換に城下町に出ようにも、領民を人質に取るべく町中を虫だらけにしてしまっていた。
そんな状態の町など、繰り出しても何も楽しくはない。
「クソッ! 早く来い、魔王!」
進展しない事態に業を煮やし、周囲に当たり散らし始める。
勇者は肉体的にだけでなく、精神的にも幼稚だった。
「人質の女を痛めつけたら、あいつも来るんじゃないの!? 連れて来なさいよ!」
あろうことか、愛魚に八つ当たりをしようとする始末。
人質の使い方も深く考えないほどの浅はかさを、大声で喧伝しているのと同じだ。
「人質というものは無事に生かしておいて『要求を飲めば無事返してもらえる』と思わせることに意義があるのです。殺傷など愚策ですわ」
幻望はそんな勇者の横暴をやんわりと拒否する。
人質は価値を維持してこそ優位に立てるのだ。
その優位をみすみす自ら手放そうとする癇癪には、到底同意しようとしなかった。
「ああ、もう! ムカつく! あのわがままな蜂はどこ行ってんのよ!」
蜂。
その蜂こそがこれまで勇者に協力し、便宜を図っては了大達を苦しめてきた《虫たちの主》だった。
「さあ。いずれも負けず劣らずのわがままぶりですので、私の方ではわかりませんわ」
暗に『お前もわがままだ』という意図を込める幻望。
顔には『早く了大が来ればいいのに』と書いてあるようだった。
日蝕が続く中で《門》を開けた了大達一行は、城下町と魔王城をつなぐ街道の、町側の端に出た。
道なりに魔王城の方角を向くとそちらの見た目はいつも通りだが、町の方を見ると様子がひどい。
とにかく大量の蜂が羽音をけたたましく立てて飛び回り、いつでも住民を刺し殺せるように眼と針を光らせていた。
その蜂の群れを嫌って、領民は誰も外に出てこられない。
「気持ち悪っ……」
「うむ……これはひどい……」
気味の悪い光景に、了大もアランも閉口する。
確かに、見ていて気持ちのいいものではなかった。
「ふん! ここはわたしとルブルムが残って解決しよう! 正直《虫の居所が悪い》からな! 全部残らずブチ殺して憂さ晴らししてやる!」
そこにカエルレウムが、ルブルムと一緒に残ると言い出す。
何か策があるようだ。
「任せて。《虫の居所が悪い》のは、ワタシも同じだからね……カエルレウム、アレを使うよ!」
ルブルムも元よりそのつもりだったらしい。
皆まで言われずとも意図を理解し『アレ』の一言で通じ合う。
生まれた瞬間から始まった長い長い時間を共有してきた、双子ならではの連繋だった。
「ああ、いいぞ! わたしが位置を合わせてやる!」
カエルレウムが猛烈な速さて、町の外壁伝いに向こう側に回る。
《龍の血統の者》同士なら思念を飛ばして意思の疎通ができるため、その程度なら物理的な距離は障害にならない。
「りょーくんたちは魔王城に向かって。町から虫がいなくなったのがバレたら、まなちゃんに何かされるかもしれないから……急いで!」
ルブルムは追い払うかのように了大たちを魔王城に向かわせ、町に向かって呪文をゆっくりと組み始める。
それは、了大も見た《輝く星の道》に似ているが、今度のものは少し違う。
「駆けろ、無限の煌めき。聖なる炎が疾るままに」
髪より細く、赤い糸のように絞った魔力が、町中に網のように広がる。
一方、移動を終えたカエルレウムは町を挟んでちょうど正反対、逆側の門に立ち、ルブルムと同じように呪文を組んでいく。
こちらも髪より細く、青い糸のような魔力が網を作る。
「囁け、遥かな星々。聖なる水が記すままに」
その魔力の網は丸屋根のように町の上空も覆い、虫が出入りする隙間もないほどに細かい。
ルブルムとカエルレウムがそれぞれ作った糸は糸同士で絡み合って、網の全てが二重線になっていった。
カエルレウムだけでもルブルムだけでも、どちらかだけではできない姉妹の合作。
その魔力は光り輝き、魔王城に向かうために町から遠ざかる了大たちの目にもよく映った。
カエルレウムの青とルブルムの赤が縦糸と横糸を織り上げるように重なり、紫色のようにも見える。
「久々にアレが見られるか……仕上げは相当目立つぞ。少しでも速く!」
トニトルスが注意を促す。
了大とアランが城内に入ったところで、トニトルスは追手に……蜂の親玉に感づいて城門前で止まり、呪文の仕上げを見守る。
「無駄だ。あそこまで進めば、もう虫ごときでは止まらんよ」
町の門に大きな白い影が現れ、道が塞がる。
カエルレウムとルブルムが双方とも《形態収斂》を解除し、聖白輝龍の真の姿を現したのだ。
そしてその姿と共に解き放った力を、それぞれが網に流し込む!
「輝け」
「輝け」
「「命を焦がして、輝いて死ね! 《輝く星の対成す道/Shining Star Twin Road》!!」」
シャイニングスターツインロード。
二人で全力を解き放って撃つ合体呪文であるこれは、一人が《形態収斂》で力量を抑えたまま撃つものとはわけが違う。
飛び散る光の粒子は威力こそ大差はないが、網の中に閉じ込められながら察知された特定の気配だけを正確に狙う誘導能力を得る上に、量も速度も虫の大群に負けないほど、まさに『無限』にも似た数が飛ぶ。
呪文が終わった後、生き残っている蜂は一匹たりともいなかった。
「害虫駆除はこれでよし! スカッとしたぞ!」
「あとは追加が来られないように《防御の光輪》を拡大仕様で」
勝ち誇るカエルレウムと、後処理も怠らないルブルム。
性格は違うが姿と能力はそっくりの二人が、呼吸をぴたりと合わせてようやく可能になる大技だった。
魔力の消費も大きいが、準備に時間がかかることもあって、滅多に使われない。
長生きしてきたトニトルスでさえも、久々に見た光景だ。
「さて、親玉は我に任せてもらおう。お主らはそのまま町を防御しながら、のんびりしておれ」
いくら領民を殺せる優位性を失ったからとはいえ、さすがに聖白輝龍が二者揃い踏みで、しかもドラゴンの力と姿を思うがままに見せつけている情況でなお町を襲おうとするほど、蜂の親玉も無謀ではなかった。
町は諦めて、トニトルスに向かって飛ぶ。
「逃げずに来たのは褒めてやろう。もっとも、我の他にあの二人もいる中から逃げられると考える方が阿呆だが、な」
それを見定めたトニトルスが眼光で威嚇を飛ばして、行く手を阻んだ。
蜂の親玉は人間に近い輪郭に変わり《虫たちの主》の本性を現す。
体の比率などはだいたい人間の女と同程度に収斂進化してはいるが、体の構成はおおよそ蜂のそれだ。
「オ、ノ、レ……ヨクモ、ヨクモ、ヨクモォォォォォォ!!」
人間のような眼窩に虫のような複眼が入った目を見開き、怒りを露にして狂ったように叫ぶ。
働き蜂を全滅させられた怒りと、野心を挫かれた怒りとが混じった、正気とは思いがたい怒気だ。
「……それが、どうした?」
しかし、所詮は虫の声。
そんなもので動じるトニトルスではない。
厳然たる格の違いが、いつでもその姿を現せるように待ち構えていた……
◎虫の居所が悪い
機嫌が悪く、ちょっとしたことも気に障るほどイライラしていること。
カエルレウムとルブルムの合体魔法でドラゴンTUEEEE進行でした。
次回はトニトルスの戦闘描写を。




