表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/223

37 九死に『一生』を得る

勇者スキルの炎で死んでしまった了大。

そこからの巻き返し準備回です。

了大が死んだ。

その報せに、カエルレウムはルブルムに食ってかかる。


「う、嘘だろ? お前はわたしより治療呪文がうまいだろ? なあ、嘘だよな?」


カエルレウムは信じようとしない。

そんなことはあってほしくないという希望的観測だけでなく、治療呪文については自分より上だという妹の実力を現実として信じているから。

しかし。


「嘘でもこんなこと、言いたくないよ! でも! でも……本当に……りょーくんがぁ……あ、ぁ……うあああぁぁぁぁー!!」


ルブルムの泣き崩れる様子が、嘘などではないことを裏付けてしまった。

つまり、了大は本当に死んでしまったのだと……




クゥンタッチの魔王城。

勇者はここにいた。

城下町を覆い尽くすほどの虫が放たれ、要求を拒めば住民を全員殺し尽くすと脅され、加えて《聖奥義・神月》の威力と愛魚の身柄も同時にちらつかされては、クゥンタッチに為す術はなかった。


「偽の魔王って言っても、やっぱり贅沢してるのね。お茶もお菓子も高級品で」


クゥンタッチのメイドであるシャマルに給仕をさせ、勇者は安穏としたティータイムを過ごしていた。

本来の主人であるクゥンタッチは……苦い表情だ。


「っていうか、なんで元の世界に帰れないのよ……あの魔王、まだ生きてるんじゃないの?」


話が違う。

魔王を討てば元の世界に帰れると言われた。

その魔王は勇者スキルで焼いてやったのに、まだ元の世界に帰れない。

ということは『魔王がまだ生きている』か『自分が騙されている』かのどちらかだが、騙されているとは思いたくない。

ならば、魔王はまだ生きている。


「まあいいわ。それならそれで、あの女を使えばノコノコとやって来るでしょ。何しろ、一番のお気に入りらしいから」


そのための愛魚の身柄だ。

協力者である《虫たちの主(インセクトロード)/Insect Lord》に実行させ、こんな時のためにと拉致してきた。

細かい世話は引き上げる時について来たメイドが引き受けるというから、任せておけば手はかからない。


「そこをまた《神月》で……今度は折られないでよ!」


勇者の剣はすっかり元通りに修復を終えて、鞘に収まっていた。

鞘と言っても開放部は大きく、車輪が付いた特殊な造りだ。

身長が低い幼女の勇者が持ち運ぶのに大人のような背負い方では何かと不便なため、接地させた車輪を転がして引きずるようにできている。


「むしろあの攻撃で、修復できる程度の損傷で済んだのが幸運ですよ。私は剣として打たれて初めて、消滅の危機を感じました」


ルブルムの呪文《輝く星の道》は、勇者の剣にそれほどまでの損傷と印象を与えていた。

その一方で、勇者はこの剣に対して大した思い入れなど……親しみや愛着といった類の感情は一切持っていない。

元の世界に帰るまでの付き合い。

それまで使えればいい、文字通りの《便利な道具》でしかなかった。


「お前には私が無事に元の世界に帰れるまで、壊れてもらっちゃ困るのよ! ゴチャゴチャ弱音を吐いてないで、キリキリ働きなさいよ!」


子供の癇癪。

クゥンタッチもシャマルも、勇者の幼稚で身勝手な振る舞いに心底辟易していた。

だが、下手に抵抗すれば……いや、この調子では少し口を挟んだだけでも、城下町の領民が危険に晒される。

毎月の茶会に招いている雛鳥どころの騒ぎではない。

領民全員だ。

それを可能にする圧倒的な物量と、体の小ささゆえの対処のしづらさこそが、個々の非力さを補って余りある《虫たち》の最大の武器だった。

さて、どう戦い抜くか……

クゥンタッチはあらゆる可能性に思索を巡らせ、心中で反撃の手がかりを探している。




その一方で、クゥンタッチとシャマルしか知らない隠し部屋。

この部屋を使うように言われた幻望は、愛魚をここに隠していた。


「ここならば、誰も愛魚さんに手出しはできませんわ」


幻望は涼しい表情だ。

なぜ勇者に荷担するように愛魚の拉致に協力したのか、その本心は伺い知れない。


「見損なったわ。あなただって、ベルリネッタさんに目をかけてもらっていたはずなのに」


とはいえその行為は、真なる魔王である了大に対する裏切りに相当することは事実。

愛魚が失望するのも当然と言えた。


「後々になればわかりますわ。今はここで、じっとしていてくださいまし」


愛魚を閉じ込めながら部屋の入口を元通りに隠し、幻望はその場を立ち去る。

その真意も何もかも、全てそこに隠しながら……




真殿了大の魂を、なおも横たわる肉体の中につなぎ止める力があった。

魔王輪の魔力ではない。

ましてや、肉体の生命力でもない。

その肉体は大半が焼け焦げ、勇者の力による熱傷が治療呪文をも妨げ、心臓はとうに停止している。

それでもなお了大の魂を捕らえる力とは。


「りょうた様……嫌……逝かないで……りょうた様……りょうた様……」


それはベルリネッタの固有能力。

死者の肉体も魂も、思うままに操り動かす《不死なる者の主》としての絶対的な支配力だった。


「…………あ、う…………?」


了大はようやく、その目を開くことができた。

顔の周りだけは咄嗟にかばって無事だったが、それ以外の部分の熱傷が酷すぎて、治療の甲斐もなく肉体は死んだ。

その死んだ肉体に、ベルリネッタの能力が魂を封じている状態。

そうしなければ。


「ああ、おいたわしい……りょうた様はもう、お体が……」


普通であれば、死者の魂は次元ごとの原理に沿って、次の命に生まれ変わったり世界を造る要素に分解されたりする。

つまり、肉体が死んだ了大の魂は今や、ベルリネッタの能力なしではたちまちその原理に『持って行かれる』定めなのだ。


「うん……なんか、もう……かえって苦しくない、です……」


痛みを感じることもない。

そもそも痛覚とは、生命が危ないことを精神的に知らせる肉体からの信号(シグナル)だ。

すでに死んでしまった肉体には、それを伝える力も、その必要もない。


「ベルリネッタさん……泣いてるの……?」


ぽつぽつと雫が落ちるのが見える。

他でもない、ベルリネッタの涙だった。


「当たり前です! こんな、こんなこと……泣かずにいられるものですか!」


自分の為に、ベルリネッタが泣いている。

了大には自分の今の状態よりも、そのことの方がずっとつらく感じられた。

そうしていると、少しずつ体が動くような気がしてくる。

なんとか立ち上がりたい。

焼け焦げた体に魂から直接魔力を流すと、どうにか動くらしい感覚も得られた。


「……泣かないで……僕なら……っ」


しかし、焦げた肉は骨同士をつなぐこともできず、まず指、次いで手首が崩れて落ちる。

それでも無理をして、ふらつきながらなんとか立ち上がると……今度は自重にも耐えられず、足首や膝が同じように崩れた。

結局、了大は机か棚の上から落とした陶器のように、破片を撒き散らしながら床を舐めるだけになってしまった。


「あー……ダメなのか……」


了大の心には絶望よりも、諦めのような無気力が先に立つ。

しかし、それは肉体の崩壊を目の当たりにしたからというだけではない。


「もう、後はベルリネッタさんに全部……お任せしていいです……か……」


死者としてベルリネッタの支配を受け続けているうちに、了大の中で自我さえも薄れ始めてきたせいだった。

このままでは勇者と戦うどころではない。

下級のアンデッドとして、ただベルリネッタに使役されるだけの名も心もない彷徨う魂になってしまうのだ。


「嫌! 嫌……りょうた様……どうか、お気を確かに……りょうた様……!」


そんな状態で仮に、あの《神月》を受ければ、あのアンデッドの馬車馬や御者のように、呆気なく消し飛ばされてしまうのは間違いない。


「なんで……? ベルリネッタさんはいつも、僕の言う通りにしてくれて……いろいろ働いてくれるでしょ……」


肉体と精神の連繋が、どんどん薄れてゆく。

そうなれば、魔王輪もまた別の誰かの所へ……


「いつもみたいに『かしこまりました』って言って……甘やかしてくださいよ……もう、それで……」


……否。

ベルリネッタにとっては魔王輪など……そんな物(・・・・)など、もう何の価値もなかった。


「嫌! 嫌! 嫌……あぁぁ……」


愛した人の存在が消えてしまう。

このまま自分の支配能力を使い続けていれば、記憶も自我も、真殿了大としての全てを失った、ちっぽけな魂だけになってしまう。

支配能力を使うことをやめれば、次元の原理に従って持って行かれた魂はそれゆえに、真殿了大としての全てを失う。

それはどちらも、了大の本当の意味での『死』でしかない。


「嫌……りょうた様がいなくなるなんて嫌……助けて……誰か、誰でもいい!! 誰か助けて!! 嫌……こんなの嫌ぁぁ!!」


能力を使っても使わなくても、了大がいなくなってしまう。

気が狂うほどの悲しみの中で泣き叫ぶベルリネッタは、どんなに無意味でも、それでも泣き叫ぶことしかできない。

そんな時。


「あー……あか、い……はね……?」


意識が薄れてゆく了大の視界に、赤いものがひらひらと舞い降りる。

それは、一本の鳥の羽根だった。


「《鳳凰の再誕フェニックスリニューアル/Phoenix Renewal》」


羽根が一気に燃え上がり、炎となって了大を包む。

しかし、これはただ焼き尽くすためだけの炎ではなかった。


「やっと来られたわえ。羽虫どもめが、散々(わらわ)の邪魔をしおって」


了大の感覚で言うなら、派手な着物を着た女。

和風と言い表すのが丁度良い豪奢な美女が、両手に一つずつ持った扇で羽ばたくように、天井に開けた《門》から舞い出てはベルリネッタの隣に降り立った。


「そなたほどの者がそこまで泣きわめくとは、只事ではないと見たが……どうじゃろう。もう大丈夫かのう?」


了大を包んだ炎が消えた時、そこにはあらゆる傷が癒えたまっさらの了大がいた。

見てわかる外見も感じられる生命力も、魔王輪も全てそのまま、燃え尽きた衣類以外は元通りの、間違いなく生きている了大だった。


「あ……ああ……!?」


和風美女と了大に交互に視線を巡らせ、しかしまだ動転したままのベルリネッタ。

了大が甦ったとわかると、また大粒の涙をぼろぼろとこぼした。

今度は悲しみではなく、嬉し泣きの涙を。


「あ、ありがとうござ……はぶっ」


そこに喝を入れるべく、和風美女は手にした扇を閉じ、ベルリネッタの頭を軽く叩いた。

何度も。


「そなたが取り乱しておるから! 荒療治でも! こうして治してやったんじゃろうが! しっかりせんか!」


了大本人も呆然としている。

ベルリネッタの支配能力に自我を失いかけていた上に、事態が突然すぎて、判断力が働かないのだ。


「まあ、そなたが魂を捕まえておったから治せたんじゃがの? いくら妾とて、魂なき肉体など治せんわえ」

「あの、ありがとうございます……僕は」


癒えた体の感覚と視界に入る様子を確かめることでようやく状況を飲み込めた了大は、初めて会う和風美女に名を名乗ろうとする。

しかし和風美女は、扇を広げつつそれを制した。


「よい、そなたのことは知っておる。このベルリネッタが前に、散々惚気(のろけ)てくれよったからの」


しかし、和風美女もまた、自分について話そうとはしない。

鋭い視線を了大に投げかけて、値踏みするように全身を眺める。


「まずは何より、あの巫山戯(ふざけ)餓鬼(がき)を仕留めてまいれ。さすれば、妾について詮索することを許そう」


和風美女はそう言い残して去った。

ふざけたガキと。

言うまでもなく、あの勇者を指しての言葉だった。




危ない所なんてものじゃなかった。

あの着物の人のおかげで《九死に一生を得る》ことができたけど、そうじゃなかったら死んでたというか、実際死んだわけで。


「りょうた様……この度は誠に申し訳ございませんでした」


なんでベルリネッタさんが謝るんだろう。

あんなに泣き叫んで、悲しんで、僕のために心を痛めてくれたのに。


「《不死なる者の主》の力に慢心し、りょうた様の足手まといになったばかりか……りょうた様にあのような痛みまでも負わせてしまうなど、わたくしはあの勇者が……いえ、自分自身が許せません……」


あんなの仕方ないよ。

勇者の力が……いや、勇者の剣の力か?

とにかく、どっちにしてもあれほどベルリネッタさんにとって相性が悪いなんて、夢にも思わないもの。

とりあえず、今はそれよりも。


「ベルリネッタさん、まずは着るものをお願いします。さすがに全裸のままっていうのは、もう」

「そうですね。今はとにかく、他の皆様にもに元気なお姿をお見せになって」


ベルリネッタさんに服を用意してもらって、皆に姿を見せられるように身だしなみを整える。

ついでに姿見でお腹を見る。

魔王輪もそのままだ。

そういえば、初めてこっちの次元に来た時も姿見で魔王輪を見て、何これってびっくりしたっけ。

あの時はこんなに厳しい戦いになるなんて、全然思ってなかったな……


「ベルリネッタさん」


改めて、ベルリネッタさんの名前を呼ぶ。

僕を愛して、泣き叫んで、必死に僕をつなぎ止めてくれた人。

今回は分が悪すぎて、連れて行けないけど。


「必ず戻りますから、留守をお願いします」


絶対に勇者を倒す。

この人を泣かせたあいつを、絶対に許しはしない!




◎九死に一生を得る

ほとんど助かる見込みのない危険な状態から、かろうじて助かること。


和風美女は勇者との戦いが終わった後でゆっくり出てきてもらうことにしています。

勇者を倒せばそれで終わりの薄いエンドにするつもりはありませんよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ