36 獅子身中の『虫』
いよいよ勇者本人が登場です。
勇者の剣も生きたアイテムとして、相応のギミックを実装しています。
さらに進んで、夜。
雲一つない夜空の下、月明かりの中を馬車で進む。
このまま行けば勇者に出会う。
どんな奴なんだろう。
アランさんから聞かされた特徴は『武骨で頑丈で巨大な剣』の『少女』だったっけ。
油断は禁物だ。
「りょうた様、大きな魔力が二つ」
ベルリネッタさんが言う通り、気配は二つ感じる。
仲間がいるわけではないらしいけど、これは……?
「おそらく『剣』そのものの魔力でしょう。勇者の力に耐えうる《生きた工芸品/Living Artifact》かと」
リビングアーティファクト。
つまり、剣が生きてて、魔力と自我を持つ存在として勇者をサポートしているのか。
さすが勇者の装備。
ゲームでも最強装備はお店じゃ売ってないことが多いからね。
「……? りょーくん、なんか暗くなってない?」
夜なんだから暗くなって当たり前でしょ……?
いや、違う。
「月蝕……?」
月が暗い。
深い橙色色になって、ほとんどが影に隠れて、輪郭の半分くらいが見える程度だ。
急にこんな現象が起きるなんて……!?
「了大さん、もしかしてこれが『月と太陽が食い合う刻』……?」
トニトルスさんが調べてた言い伝えは、こういうことか!?
いざとなると、やっぱり怖くなる。
でも、僕が怖がってはいられない。
僕は魔王だ。
ただ皆に甘やかされるためにこの次元にいるわけじゃない。
勇者を、倒す!
「見えてくる程度の距離に近づいて……正面、来ます!」
ベルリネッタさんの警告で、全員で馬車を降りる。
こちらは僕とベルリネッタさんとルブルムとヴァイス。
向こうは……一人と一振り。
剣は大きいけど、人影は小さい。
僕より背が低い。
「わざわざ出て来てるとは虫たちから聞いてたわ! お前が魔王ね!」
背が低いというか、幼い。
クゥンタッチさん的に穏便に言えば、雛鳥……
まあ、つまり……ロリだ。
そして、やはり《虫たち》がこいつに協力しているようだ。
こいつが《勇者》か。
「お前を殺せば、私は元の世界に帰れるのよ! そしたらこの、くだらない勇者ごっこも終わり!」
どうやら、典型的な異世界転移タイプの勇者らしい。
しかも嫌々勇者をやってて、もう帰りたいタイプ。
こんな動機の奴に殺されるのは嫌だな……
「帰らせるだけなら《門》で帰してやれないもんですかね?」
一応、ベルリネッタさんに聞いてみる。
本当は殺すのも嫌だからね。
「まず、あの勇者がどこの次元から来たのかがわかりません。よしんばそれがわかって《門》を繋げられたとしても、あの勇者をこの次元に来させた存在がまた送り込んでくるかと」
そうか。
あの勇者の意志でない異世界転移ということは、来させた誰かが……黒幕がいるのか。
とりあえず今は黒幕のことは置いておくとしても、この勇者は倒さないといけないようだ。
「私のために死ね、魔王!」
勇者はまっすぐに僕に向かって来た。
速い!
剣は巨大なのに、軽々と振り回している。
「了大さん!」
「させるものですか!」
ヴァイスとベルリネッタさんが割って入る。
夢の中のフリューとの戦いに比べれば単調な攻撃だから、僕も含めて誰も当たりはしないけど、もし当たればただでは済まないどころか、一撃で致命傷になるだろう。
しかし、単調ではあるけどとにかく速い。
ルブルムは一番後ろで、戦況を見てから動くタイプらしいので、下がってもらっている。
「ちィ……ねえ、ここはお前の能力の出番でしょ! 働きなさいよ!」
勇者は僕たちではなく、自分の剣に呼びかける。
やはりあれは、ベルリネッタさんが言っていた通り《生きた工芸品》のようだ。
「月蝕で月光が弱まっていますが……やってみましょう」
剣が喋った。
僕たちに接近戦を仕掛けていた勇者が一度離れて、自分の身長ほどもありそうなその剣を右腕一本で真上にかざしながら、空けた左腕は手をこちらに向けて、魔力の壁を作っている。
何か大技の準備か!
「させるか! 《ダイヤモンドの弾丸》連射!」
トニトルスさんに習った最初の攻撃呪文《ダイヤモンドの弾丸》は、ひたすら反復して手に覚えさせて連射ができるようにした。
速度と精度を上げて、毎秒十発は撃てる。
一発では崩せなくても、崩せるまで繰り返しこれを叩き込んで、準備体勢を崩す!
「やだ、強! まだなの!?」
何十発も撃ち込み続けて、勇者の魔力の壁を割ることができた。
このまま撃ち続けてやる!
「お待たせしました、行きます……《聖奥義・神月/Holy Arcane, God Moon》!」
勇者の剣が……輝く!?
眩しいくらいの光に照らされて、体が重く感じる……
「はうっ……!」
「そ、そんな……わたくし、が……!?」
ヴァイスとベルリネッタさんが、地面に手や膝をついてる!
僕は『体が重く感じる』程度なのに、この二人にはそんなに効くのか!?
ルブルムは…………平気そうだ。
「あれは光の魔力がめちゃくちゃ高密度になってて、拘束とか浄化とかのかなり強い効果が出てる。ワタシは属性が合う聖白輝龍だから平気だけど、属性が合わないどころか反対の不死系や悪魔系は……ヤバいよ!」
ルブルムだってすごく強いドラゴンなのに、そのルブルムに『めちゃくちゃ』とか『かなり』とか言わせるほどか!
それじゃ、このままあの《神月》とかいうのを続けられたら……!
「まさか勇者の剣にここまでの力があるなんて……このままじゃ、ベルさんもヴァイスもやられちゃう!」
ルブルムが大急ぎで呪文を組む。
それと僕の《ダイヤモンドの弾丸》で、どうにか《神月》を止めにかかる。
「ムカつくわね! 勇者の剣に力がーって、私自身の力じゃないみたいじゃないのよ!」
いや、実際お前の力じゃないだろ。
《神月》とかいうのを使ってるのは剣の方じゃないか。
そのせいで僕も調子が出ないけど、ベルリネッタさんとヴァイスは……
「ううっ……了大さん、すいません……」
「申し訳、ござい……ません……」
もう、かなり危ない。
弱点を的確に突かれた格好だ。
これ以上はやらせられない!
ルブルム……まだか!?
「煌めけ、疾れ、星々の輝き! 《輝く星の道/Shining Star Road》!」
ルブルムの手元からたくさんの光の粒子が飛び散って、勇者の剣に降り注ぐ。
剣の刀身が折れたり穴だらけになったりして《神月》の光が止まった。
「無駄ですよ」
折れてもなお剣が喋って、刀身の損傷が回復していく。
自己修復機能ってことか……!?
「これは不利だ。二人を連れて撤退しよう!」
剣の修復には時間がかかるようだ。
その間にルブルムに撤退を促して、ベルリネッタさんとヴァイスを運べないか頼む。
来る時の馬車は《神月》で御者も馬も消し飛ばされていた。
止めさせるのがもう少し遅れてたら、二人もああなっていたのか。
それを考えても、このまま戦い続けるのはとても得策とは言えない。
「わかった。《形態収斂》を解除して、ワタシが皆を運ぶ」
時刻が夜ということで《神月》さえ止まれば僕たちの回復速度は昼間より速い。
ベルリネッタさんもヴァイスも、戦えるほどではないけどなんとか動けるようになった。
「はん! 逃がすわけないわ! えーと、勇者スキルの……これか! メガロファイヤー!」
勇者スキル!?
猛烈な勢いの炎が、動きが鈍ったベルリネッタさんに向けて伸びる。
とても強い光の魔力も込められた炎だ。
今、あんなものを受けたら!
「ベルリネッタさんッ!」
そう思った途端、僕は飛び出してしまっていた。
炎とベルリネッタさんの間に割って入って、呪文で土や岩を操って壁を作る。
「りょうた様!?」
背後からベルリネッタさんの声が聞こえたのと同時くらいに、壁が燃え尽きて、全身に熱を感じる。
熱い……体が、焼けてるのか……
顔のあたりはどうにかかばったけど、それ以外の全身が熱くて、痛い。
でも、まあ……治療はルブルムが得意だから……
「ルブ……ルム……撤、退……を……」
それだけどうにか伝えたところで、地面に倒れこんでしまった。
後はルブルムが……うまく逃げてくれる……
場面は変わって、真魔王城。
カエルレウムはまるで八つ当たりのように、メイドの一人を痛めつけていた。
「吐け! まななをどこにやった!」
床に倒れた状態で痛めつけられているメイドはその本性を半分だけ現し、眼窩の中には虫の複眼。
頭からは触角と、背中からは蝶の翅を生やしている。
しかしそれらはいずれもズタズタにされ、メイドが受けた苦痛を物語っていた。
「はッ……吐けと言われて……誰が吐くか……阿呆め」
それというのも、真魔王城は了大とベルリネッタの留守を狙われて敵の侵入を許し、あろうことか愛魚を拉致されてしまったのだ。
ベルリネッタはメイドの統括責任者として全員の顔と名前を把握していたが、その他のメイドたちはそれほどには把握できておらず、新入りのメイドに化けた内通者を見抜けなかったのが原因だった。
「吐けって言ってるだろ!」
力を込めてメイドの腹をカエルレウムが蹴ると、メイドの口から薄い緑色の半透明な粘液が溢れた。
ごぼり、と空気が混じった音がして床に流れたが、鼻につく悪臭を放つ。
「その辺までにしておきなさい。死んでしまう」
アランは表向き、冷静さを保っている。
カエルレウムが憤っている分、なおさらそれが際立つ。
「殺してやる、こんな奴!」
なおも情報を吐かないメイドの顔をカエルレウムは乱雑に踏みつけて、苛立ちを叫んだ。
しかしメイドが吐くのは腹からの粘液だけで、情報の類はやはり吐かない。
「アラン! さらわれたのはお前の娘だぞ! 少しは心配しろ!」
「誰が心配していないと言った!」
とうとう、アランにまで苛立ちが伝播してしまう。
状況はそれほどまでに、深刻なほど悪化していた。
「殺すならベルリネッタが戻ってからにしてくれ。あれの固有能力なら、魂を支配して吐かせ……!?」
吐かせられる……と言いかけたアランは、窓の外からの咆哮に驚く。
そこには白く輝く鱗に、赤い線状の文様。
赤の聖白輝龍が真の姿を現し、その巨躯が外の景色をまるで見られなくするほどに迫っていた。
「ルブルム!? どうしてその姿に!」
互角の姿と力を持つカエルレウムの方が、むしろアランより驚く。
双子の姉として、そして同じドラゴンとして、妹をよく知り尽くしているからこそ。
カエルレウムにとってはその威容こそが、その姿にまで戻らなければならないほどの事態を嫌でも想像させる。
そこまで追い詰められるほどの……劣勢を。
全員を勇者の炎に焼かれた了大は、ルブルムの手当てを受けていた。
しかし、勇者スキルという特殊能力の炎による火傷のせいで、治療の呪文の効き目が薄い。
それでもルブルムは、最悪の事態を回避すべく全力を尽くしていた。
ベルリネッタはその間、治療や回復といった能力は持たないのと内通者が新入りメイドに化けていたのとで、統括責任者としてメイド全員を集める方に動いていた。
「……というわけでした。あたしもベルリネッタさんも、了大さんを助けるどころか、すっかり足手まといになってしまって……」
カエルレウムとアランへの説明役は、必然的にヴァイスに回ってきた。
一部始終を説明し、対策を練る。
「勇者の剣は自己修復能力もあるようでしたけど、修復には時間がかかるのと、月が出てるかどうかで調子が変わる、という感じでした」
『勇者本人よりも剣の能力が驚異』というのはやはり、カエルレウムやアランも意見が一致した。
剣に対して勇者は『自分の能力を使うのにも判断が遅い』という点を、ヴァイスが見抜いていたからだった。
「勇者スキルっていうのは当たれば死ぬほど痛いと思いますけど、弱ったベルリネッタさんをかばったから了大さんも当たっただけで、まともに戦えるなら当たらないと思います」
話している間に、メイドの黎が来た。
メイドの点呼と事情聴取が済み、ベルリネッタは了大の容態を見に行ったらしい。
「……勝てないと見るや、幻望さんが寝返ったと」
元々勤めているメイドのうち、幻望が降参して敵側についたという証言が複数あった。
愛魚の拉致にも協力し、逃走も助けて同行したというのだ。
「今まで散々、厚遇してやっていたというのに……《獅子身中の虫》め!」
自分の娘が拉致された件にも関わるため、まずアランが毒づいた。
無理もない話だ。
「とりあえず、今はりょーたの怪我も気がかりだ。りょーたが体を治すまでは……」
愛魚も愛魚で、殺さずにわざわざ生け捕りにされたということは、身柄を交渉材料に使われたり、殺されるより苛酷な目に遭わされたりといった可能性が心配ではある。
しかし、案じても行方もわからずどうにもならない愛魚より、生死の境を彷徨う了大の容態の方が、今は最大の危機と言えた。
「……ルブルム?」
不意に、ルブルムが姿を現した。
戻って来た時のドラゴンの姿ではなく、城内での行動に適した人間の姿だが、その表情は疲労もさることながら、もはや絶望と言って差し支えない様子で。
「りょーくんが…………りょーくんが…………死んじゃった」
◎獅子身中の虫
寄生虫が体内から獅子を死に至らせる様子から。
仏徒でありながら仏法に害をなす者のこと。
また、組織などの内部にいながら害をなす者や、恩を仇で返す者のこと。
了大、死す!
……いやいや、ここからもちろん巻き返しますので!




