32 『一念』岩をも通す
夢で再現されてフリューが再登場。
さて、どうする、真殿了大!
夜空のような藍色の髪に、星のように輝く瞳。
端々に赤や青をあしらった銀色の衣装を、夜の闇に包まれるように肢体に纏う。
夢の中の世界で再現されたフリューは、僕ではとても本物と見分けがつかないほどだ。
ヴァイスの声がどこからか聞こえてくる。
「フリューを一番よく知ってるのはあたしですからねえ。本物に限りなく近いですよ」
なるほど。
それならここでフリューに勝つことができれば、それには大きな意味が生まれる。
なんとしても勝ちたい。
習った呪文を早速試す。
「《ダイヤモンドの弾丸》!」
フリューは動かない。
僕の制御が甘いせいで、ちゃんと飛ばなくて逸れたせいだ。
動く必要もなかったということだ。
「呆れた。狙い通り飛ばせもしないで、アタシに当てる気だったの?」
フリューの攻撃が飛んでくる。
クゥンタッチさんと戦った本物が見せたものに比べれば、数も強さも全然だ。
手加減されている。
でも、それでさえまともに受ければ骨折するほど痛い。
「だ……ッ!」
避けながら、次の《ダイヤモンドの弾丸》を撃とうとしてみる。
でも、避けながらではダイヤを固める段階すら失敗する。
「ほら、ほら、わかった!? アンタじゃアタシには勝てないのよ!」
それでも辛抱強く避けて、避けながらダイヤを固めて、撃つ。
少しずつ慣れてきて、避けながらでも撃つのと狙ったところに飛ばすのは成功するようになってきた。
でも当たらない。
フリューだって避ける。
「く、それなら……!」
フリューの攻撃の呼吸をよく見る。
どうしても止まる瞬間があるはずだ。
その瞬間を狙って撃ち込めれば……!
当たった!
「戦いながら覚えてきたんだ? 少しはマシみたいね?」
……効いてない。
フリューは僕の弾丸を握り潰して、威力を完全に殺して止めていた。
不意に体が重くなる。
ヴァイスの声がして、フリューから殺気が消えた。
「この《夢》を展開し続けるのにも魔力がかかりますから、今日はそろそろいいですか?」
そう言えばそうだ。
フリューと戦うことや《ダイヤモンドの弾丸》を使いこなすことに熱中して、ヴァイスの負担を忘れてしまっていた。
ヴァイスは僕に協力してくれているのに。
「というわけで……そこのフリューを通して、了大さんの魔力をくださいねえ♪」
何だって!?
急に体が動かなくなって、仰向けに倒れこんでしまう。
そこにフリューが近づいてきて、僕のアレを露出させてくる。
なぜかもう、いっぱいまで大きくなってしまっていた。
「教えといてあげる……実力がなかったら、こういう『食べられ方』もされちゃうってコト♪」
フリューが自分の衣装をあちこちずらして、大事な部分を露出させて、僕の上にまたがる。
そのまま僕はフリューに『食べられて』夢から覚めた。
すごく疲れた。
ヴァイスに礼を言って別れて、王様ベッドできちんと寝て、翌日。
トニトルスさんに《ダイヤモンドの弾丸》の精度を見てもらう。
「ヴァイスの夢の中で荒療治とはいえ、昨日の今日でこれとは……末恐ろしいですな」
狙ったところに精密に当てたり、飛ばすまでの準備時間を縮めたり、という上達を見てもらえた。
どうやら、あの特訓は充分有効だったらしい。
「ならば、他の呪文も覚えてもよさそうですな」
防御に使える呪文を教えてもらった。
その後はまた、ヴァイスに頼んでフリューを再現した夢の世界へ。
もちろんすぐには勝てない。
手詰まりになってヴァイスの魔力が減って、僕の体も動かなくなる。
「アンタって持ってる魔力の量はイイから、ガッツリ『食べられる』のよね……そこは気に入ったわ♪」
そしてフリューに『食べられて』夢から覚めて、王様ベッドで寝直す。
起きたらまたトニトルスさんに上達を見てもらって、新しい呪文を習って、夢の世界でフリューに挑む。
フリューに『食べられる』のを通して、夢の世界を作ってくれるヴァイスにその分の魔力を返して、夢から覚めて……
そういう生活を何日も繰り返して過ごす。
体感で、もう十日以上……二週間くらいは経っただろうか。
「りょうた様の瞳が……とても、ぎらついてらっしゃいますね」
ベルリネッタさんがそんなことを言い出す。
表情に出るほどだったかな?
「雰囲気もいい感じというか、それっぽくなってきたね」
愛魚ちゃんにも評価される。
子供の頃から僕を知ってる愛魚ちゃんがそう思うのなら、確かな変化があると自信を持ってもいいのかな。
「しかし、夢の中でフリューとはねえ……りょーくん、ああいうタイプは好きそうだもんね」
ルブルムにはそんな分析をされた。
『僕は逆らう女に勝って征服する方が興奮する奴』と言われたことがあるから、そういう風に見えるんだろう。
そういう意味でフリューを再現してもらっているわけではなく、屈辱を晴らしたいだけなんだけど……
でも、使った分の魔力をヴァイスに返さないといけないのと夢の中のフリューに勝てないのとで、むしろ『
フリューに征服されている』というのが現状だった。
トニトルスさんに教えてもらった呪文はどれもフリューとの戦いで積極的に使って、手や体にどんどん慣れさせているけど、まだまだ足りない。
呪文の組み立ての精度や速度をもっと磨いたり、呪文と呪文の《相乗効果/Synergy》を考えたりしないと。
少し休んだらヴァイスの所へ行こう……と思ったら、向こうから来た。
「了大さん、すいませんが今日はお休みにさせていただいてよろしいですか?」
ヴァイスには最近、毎日決まった時間に夢の世界の展開をお願いしている。
魔力は夢の中のフリューを通して僕から返していても、精神的に疲れるだろうから、いいよと即答。
「ありがとうございます、了大さん♪」
フリューに征服される形で魔力を返すってことは……フリューとエッチしてるわけで。
つまり僕の体感としては、毎日フリューとエッチしている状態だったのもある……
僕も今日はゆっくり休むことにしよう。
ベルリネッタさんもそれを察してか、お情けとかなんとか言わずにゆっくり寝させてくれた。
一日空けて、また続き。
ああ、今日も勝てなかった……でも今日は、特に手応えがあった。
フリューにとうとう《形態収斂》を解除させて、体から角や翼が生えたり紋様が浮かんだりする悪魔の姿にさせられた。
この姿のフリューはやっぱり本気のようで、今はまだ勝てる気がしない。
でも、絶対に勝つ!
「アタシを一瞬でも本気にさせるなんて、なかなかイイじゃない……アタシのペットにしてあげるから、今日は好きに動いてごらん」
この日もフリューに『征服される』結果に終わったけど、それまでのように押さえつけて『食べる』感じではなく、割と僕の好きなように動くことを許してもらえた。
フリューってこういう表情も見せる人だったのかな。
ヴァイスが再現に補正を入れてないだろうか。
僕の機嫌を取るために、夢の中のフリューに手加減させてるのかな……
「そんなことはありませんよ。フリューは過去にそういうこともしましたし、この《浅すぎる夢》はあたしの記憶そのものに基づきますから、後から足したり引いたりはすごく難しいですし」
ヴァイスに聞いてみたら、そういう答えが返ってきた。
つまり、友達としてヴァイスが知る限りにおいて、フリュー本人にちゃんといいところもあったということだ。
殺すには惜しい人だったかもしれない。
僕は《主》をやめさせたいと思っただけで、殺したいと思ったわけじゃなかったけど、その破滅を止められなかったのは僕の力不足のせいでもある。
二度と繰り返さないようにするためにも、もっと力をつけて、強くなるんだ。
さらに繰り返す。まだ勝てない。
フリューは《形態収斂》を解除して、悪魔本来の姿で僕に猛攻を仕掛けている。
決め手を欠く僕は防御呪文でフリューの攻撃をかわしたり、まれに少しだけ撃ち返したりするのがやっとだ。
でも、今日は……
「はー……これは、アタシの負けね」
……不意にフリューが、そんなことを言い出して攻撃をやめた。
そう言われても、勝った実感なんか僕は全然感じられない。
「ガキんちょ相手に本気になったばかりか、散々撃ち込んでも全然仕留められないなんて、負けたのと同じじゃない。メンツの問題よ」
フリューがまた《形態収斂》で人間の姿に戻る。
露出度の高い衣装はそのままだけど、体から角や翼や文様が消えていった。
「そもそも、殺し合いまではやめよう、その前に白黒ついたことにしよう、って暗黙の了解が《形態収斂》なんだから、それを解除させられた時点で負けみたいなもんよね……」
それは、素手の喧嘩に武器を持ち出した時点で面目の時点では負け、って言い出すヤンキーみたいなものかな。
なんとなくそんな感じがした。
ともあれ、このフリューはヴァイスに再現してもらったものとはいえ、ヴァイスが知る限りにおいて忠実な再現で、ヴァイスの手加減は入っていないと言う。
そのフリューが負けを認めた。
つまり、ようやく『勝てた』ということになる……
長かった。
《一念岩をも通す》と言うけど、ずいぶんかかったような、もっと一年や二年ではきかないほどかと心配していたから安心したような。
「じゃあ、淋しいですけどこの『再現』も、今日でひとまず終わりですねえ」
ヴァイスの声が響く。
思えば、夏休みとはいえこればっかりで、他のことはほとんどできてなかった。
愛魚ちゃんやベルリネッタさんや、他の皆のためにも時間を使いたい。
「最後に、あたしが持ってるフリューの記憶の、あとひとつだけ了大さんが見てないところを」
僕が見てないところが、あとひとつだけ。
どういう部分だろう、と思った瞬間に足元が揺れて、場面が転換した。
ここは……真魔王城の寝室、王様ベッドの上だ。
照明がなんだかピンク色だけど、他はそのまま、室内の一式が忠実に再現されている。
「リョウタ、アタシはアンタが気に入ったよ」
フリューがしおらしい表情で、衣装を脱いで全裸になっている。
僕のことを『ガキんちょ』と呼ばずに、ちゃんと名前で呼ぶ。
「フリューは実力を見て、本当に気に入った相手はちゃんと認める子でしたから……」
ヴァイスの説明と同時に、フリューが手を広げて僕を招き入れようとする。
フリューって、こんな表情もする人だったのか……
「だから、今日は……リョウタ、アンタがアタシを『食べて』ほしい♪」
素直になったフリューが、とても魅力的に見える。
ここに来てようやく、僕が実力でフリューに勝ったんだという実感が得られた。
「……本気で相手を好きになったフリュー。これが、あたしがお見せできる最後のひとつです」
ヴァイスに言われるまでもなく、もう僕はその気になってしまっていた。
目の前のフリューに夢中になって、何度もフリューを『食べて』夢が終わった。
* ヴァイスがレベルアップしました *
「了大さんったら、フリューをあんなによがらせちゃうなんて……やっぱり、すごいです♪」
今日は自分から『食べる』形でフリューに出し尽くしたから、ヴァイスにとってはおつりが来るほどの魔力だったらしい。
とても魅惑的な人だった。
みんなが忘れても、記録や痕跡が消されても、僕とヴァイスだけはあの人を忘れないようにしたい。
思い出の中でまた会おう。
さようなら、星の嘆きの大悪魔。
それから数日は、特に変わったこともなく過ごしたけど、引っ張りだこになってかなり忙しく感じた。
一息ついて、皆でティータイム。
ベルリネッタさんに紅茶を淹れてもらって、愛魚ちゃんとカエルレウムとルブルムと、トニトルスさんとヴァイスも来ている。
「りょうた様はずっと夢の中でフリューと戯れておられたようですが……わたくしたちは皆、ずっと放っておかれていた格好ですからね」
ベルリネッタさんが距離を詰めてくる。
ほぼ密着という間合い。
「今宵はどうか、わたくしにお情けを……」
「了大くん、まさか恋人の私をこれ以上放ったらかしには、しないよね?」
「わたしは淋しかったんだぞ! りょーたがちっとも来てくれなくて!」
「ね、りょーくん……ワタシには飽きちゃった?」
ベルリネッタさん、愛魚ちゃん、カエルレウム、ルブルム。
四人の視線が僕一人に集中する。
「くくく、リョウタ殿はやはり人気者ですな」
「モテモテですねえ、了大さん」
僕の体は一つしかありませんが、どうしたらいいんでしょう。
思わずトニトルスさんに、助けを請うようなそんな視線をよこしてしまう。
それが間違い。
「おや、その眼差しは……我をご所望ですかな?」
勘違いされてしまったのか、トニトルスさんがそんなことを口走る。
この流れで僕がトニトルスさんを希望するって……そういう意味になっちゃうんですが!?
「そういう意味ではありませんが!? どうしてそうなるんですか!?」
慌てて訂正。
でも、トニトルスさんはむしろその訂正が気に入らないという表情。
「リョウタ殿とは一度、酒でも飲みながらゆっくり話し合う必要がありそうですな。腹を割って……くくく」
「そうですね。腹を割って……うふふふ」
ベルリネッタさんまで便乗してきた。
なんだか『腹を割って』の意味が違うような気がして怖い!
切腹ですか!?
◎一念岩をも通す
岩のように堅く大きな障害があったとしても、必死になって取り組めばその壁を乗り越え必ず成就させることができるということ。
漢の将軍、李広が虎を見つけて矢を射たがよくよく見るとそれは虎ではなく岩で、矢は見事に岩に立っていたという「石に立つ矢」の故事から。
了大のパワーアップイベントとしてフリューに再登場してもらいました。
当初の予定では使い捨て気味のキャラで別に巨乳ではありませんでしたが、このタイプはいろいろ使えるぞということで慌ててルートあり&巨乳に変更になりました。
もしかしたら今後も……?




