31 『去る者』は日々に疎し
この話から作中で夏休みに突入します。
しばらくは次元往復はお休みしてパワーアップイベントとかバトルイベントとかになります。
真魔王城から帰って平日、学校の授業。
とはいえもうすぐ夏休みなので、期末試験の答案用紙の返却とか、間違えた人が多かった問題のおさらいとかをするだけ。
古文は色々と難しい。
赤点こそ取らなかったけど、平均点の少し上程度がせいぜいだった。
まあ、補習を強いられることがなければいい。
「……で、ここの活用が……」
古文といえば、ベルリネッタさんと最初に会った日に僕に注意してきた前田先生も古文担当だったな。
ベルリネッタさんが《死の凝視》で殺しちゃったから、今の先生に変わったんだっけ……
そんなことがあったのも、もうすっかり忘れてた。
今更どうこう言う気はないけど《去る者は日々に疎し》という感じがする。
「夏休み、楽しみだね」
愛魚ちゃんは成績上位者としての余裕の表情。
夏休みは何をして過ごすつもりなんだろう。
僕としては遊ぶよりも、魔王として強くなるために新しく呪文や技を習ったり、そういうのがまだ早いとしたらまた基礎を繰り返したりして過ごしたいけど……
「了大くん、何をするにしてもとりあえず、宿題はさっさと済ませちゃおう」
それはそうだ。
遊ぶにしても鍛えるにしても、学校の宿題なんか残しておいても邪魔なだけだからね。
あとは夏休みといえば、どこそこへ行ってはいけませんとか、飲酒や喫煙はいけませんとか、そういう道徳的な話を毎年される。
今年は特に、教会から僧侶の人を呼んで全校集会で話してもらうんだとか。
なんとも念入りなことだ。
異世界の魔王としてはどうでもよさそうと思うけど、学校の生徒としては聞くだけ聞かないと後でもっとうるさいからな……
体育館に移動して整列。
全校生徒がいるとさすがに狭く感じるけど、こういう時こそ体内の魔力の循環と周囲の魔力の感知に意識を集中させて、少しでも鍛練を積む。
こうして黙って過ごせば、私語を慎めなんて注意される心配はない。
……元々、ぼっちだから話し相手もいないけど。
「それでは、パトリシア・ドラゴンブレスさんのお話です」
教会の人は外国人らしい。
なんとも大仰な名前……あれ?
パトリシア? ドラゴン?
「……皆さん、こんにちはー」
壇上で話し始めたのは、ルブルムだった。
そういえばパトリシアって、こっちでのルブルムの名前で、りっきーの由来だっけ。
ていうか、何やってんの……?
放課後。
僕と愛魚ちゃんとルブルムとで、マクダグラスで寄り道。
「いやー、最初は『うわっ、めんどくさ』って思ったんだけどね? よく考えてみたらりょーくんの学校じゃない? ならいいかなって」
これがあの、ガッカリとかなんとか言ってたルブルムか……?
りっきーさんの件と言い今回の件と言い、わけがわからなくなる。
「ああっ!? まななにルブルム! お前らばっかりずるいぞ!」
カエルレウムまで来た。
男子が僕一人に女子が三人の状態になって、四人用の席が埋まる。
「りょーたの気配がするなーと思って来てみたら、わたしを除け者にしてイチャイチャか! わたしもりょーたとイチャイチャする!」
声が大きい!
カエルレウムはいつでも元気だけど、もう少し周りを見て声を落としてほしい……
ちなみに今回も同じ学校の奴らに目撃されて、さらに悪い噂が増えた。
でももう散々言われてるというか、誤差の範囲というか……
そんなこんなで夏休みに突入して、宿題をさっさと片付けて、真魔王城へ。
出迎えのベルリネッタさんがめちゃくちゃ上機嫌だ。
何かいいことでもあったのかな?
「夏期休暇……りょうた様を学校などという豚小屋にいちいち取られる心配のない時間……はぁん♪」
学校イコール豚小屋ですか。
もう言い方がキツい。
前田先生の件と言い今回の件と言い、考えてみたらベルリネッタさんはどこか腹黒いかもしれないなあ……
「りょうた様、何でもお申し付けくださいませ! 何でも♪」
でも、いつでも僕のために、僕のことを思って動いてくれるから、だからこそと思おう。
本当に、ベルリネッタさんには頭が上がらない。
トニトルスさんに会う。
そろそろ何か、具体的に戦いに役立つ呪文とか能力とかを身につけてみたい。
城の外に出ての授業。
「まあ、そろそろいいですかな。では、リョウタ殿の属性からして……あれがよろしかろう……」
僕の属性はカエルレウムが調べて、地と火が多めと魔王輪の闇マシマシと言われている。
その属性に合わせたものの方が、使いやすくて覚えやすいらしい。
「まずは消し炭を選り集めて、それを高い熱と高い圧で潰す」
一気にハードルが上がった。
けっこう難しそうだけど、トニトルスさんが目の前で術式を実演してくれる。
僕も、言われた手順の通りに教えられた術式を組む。
真っ黒な炭でしかなかった大きめの塊がすごく小さくなって、キラキラする粒になった。
「うむ。形や大きさはこだわらなくともよろしい。あとは、それをとにかく速く飛ばして、的に当てる」
やっぱり難しい……
でも、これくらいできなきゃダメだ。
絶対にできるようになってやる!
「《ダイヤモンドの弾丸/Diamond Bullet》!」
トニトルスさんが実演した塊が、目にも止まらない速さで岩に飛び込む。
出っ張っていた形が吹き飛ばされて、低く削れた形に変わった。
あれはダイヤモンドだったのか。
「さ、リョウタ殿も」
ということは、僕が作った塊もダイヤモンドで、これを速く飛ばせばさっきみたいになる。
……やるぞ!
「行きます……《ダイヤモンドの弾丸》!」
飛んだ!
……けど、変に軌道が逸れたり、岩肌に当たっても少しくぼみができる程度だったりして、あんまり思い通りに行かなかった。
失敗だ。
「初めてなら固めて飛ばせただけマシですぞ。初歩的な《一般呪文/Common Spell》とはいえ、慣れないうちは固めるだけでもしくじりやすいですからな」
そういうものなのか。
しかもこれで初歩の一般的な呪文とは……
「これも含め《一般呪文》は単純で基本的なものが多いですが……だからこそ、その速度や精度、使い分けと使いどころで、当人の力量が大きく問われるのですぞ」
でも、基本をおろそかにして強くはなれない。
それこそ、学校の古文だってそれ以前に漢字や仮名の読み書きができないと話にならないじゃないか。
それと同じだ。
「これも極限まで突き詰めて、速さや数を増してやれれば、他の技が要らなくなるほどの必殺の威力を持つようになりますからな」
古いファンタジー漫画で読んだことがある。
その漫画では……勇者の仲間と大魔王が呪文を撃ち合って、さすが大魔王の呪文はすごい威力だと思ったら、大魔王が撃ったのは一番初歩の呪文だった……という内容だった。
そういうことが起こりうるのか。
繰り返し練習しなきゃ。
「……そういえば、トニトルスさん。僕に……」
繰り返しで思い出した。
トニトルスさんに『あれ』を頼めば、僕は一つ前に進めるかもしれない。
「やめておかれるがよろしかろう」
トニトルスさんは厳しい時にはすごく厳しい人だ。
でも、まだ最後まで言ってないのに。
「……というより我の《回想の探求》では、リョウタ殿の記憶に依存しますからな」
確かに僕がトニトルスさんに頼みたかったのは《回想の探求》だけど、あれはそういう呪文だったのか。
道理で、子供の頃のいじめっ子が出てきたわけだ。
「リョウタ殿が覚えていないモノや全容を見たことがないモノは、あれでは正しく再現できぬゆえ『無理』というのが正しいですぞ」
どうやら、僕が何を頼みたかったのかまで全部お見通しらしい。
さすがトニトルスさんは知恵者と名高いだけはある。
「どうしてもというなら、ヴァイスベルクに頼みなされ。そういう再現は、むしろあれが得意とする領分ですぞ」
トニトルスさんにヴァイスを推挙された。
サキュバスって、エッチ以外にそういうのも得意なのか……
夕食とお風呂を早めに済ませて、ちょっとゆったり。
しばらく探していたらヴァイスを見かけた。
でも、なんだか元気がない。
「あ、了大さん……」
何か嫌なことでもあったのかな。
僕でよければ聞いてみたいけど、僕でいいのかな。
「みんな……フリューのことを、忘れていくんです」
星の嘆きの大悪魔として猛威を振るった、フリューリンクシュトゥルム。
魔王弑逆の罪……僕に対する殺害未遂で処刑されて、今はもう故人だ。
それだけではなく、反逆者としてこれまでの記録や功績を抹消されて、もう『居なかったこと』にされているらしい。
「フリューが了大さんを殺そうと思ってたことも怪我もさせたことも事実で、だから処刑されても仕方なくて……誰のことも、恨んでるわけじゃないんです」
僕に味方する者を全員黙らせられる実力があれば、そうはならなかったかもしれない。
でも、そこまでの力はなかったから処刑された。
実力主義に生き、実力主義に死んだ人だった。
「でも……あたしにとっては友達だったんです」
ヴァイスの瞳が訴えて来ている気がした。
フリューを殺すのはやめてほしかった、と。
僕が魔王で、フリューは反逆者で、ヴァイスは僕の臣下……というそれぞれの立場上、とても言えない心を感じた。
それを思うと、これから僕がヴァイスにお願いしようとしていたことは、そんなヴァイスにとってはあまりにも残酷なような気がしてきた。
でも……言ってみよう。
「実は、ヴァイスにお願いがある……フリューを再現して、僕に見せてほしいんだ」
トニトルスさんの《回想の探求》でお願いしたかったのは、フリューを再現してもらうこと。
でも、僕はフリューをしっかり覚えているわけでも全部を知っているわけでもないから無理だと。
そう言われて、ヴァイスにお願いしてみた。
考えようによっては僕のせいで死んだと言われても仕方ない人、それもヴァイスの友達を再現しろだなんて、いくら魔王でも横暴だったかな……
「フリューを、再現……ぜひ、させてください」
ヴァイスに快諾してもらえた。
でも、大丈夫なのかな?
「それって、あたしはフリューを覚えてていいってことで、了大さんもフリューを覚えててくれるってことですよね?」
言われてみれば、そうなるのか。
皆がフリューを『居なかったこと』にしている風潮には、逆行する感じがする。
「あたし、フリューが死んで悲しかったんじゃなくて……あたしまでフリューを忘れていっちゃうことが、悲しかったんです」
《去る者は日々に疎し》。
これまでもたくさん死んで、たくさん忘れられてきたんだろう。
この間まで友達と思ってた人をそんな風に忘れてしまうのは、死ぬこと自体よりも悲しいのかもしれない。
実際に再現するとなって、ヴァイスの特性を改めて聞いた。
淫魔というのはそもそもは《夢魔》……夢を操る存在で、夢がエッチな内容になるように操るうちに淫魔と呼ばれるようになっただけだと。
「現実には起こり得ない内容を想像で一から作るなら《深すぎる夢/Deep Dream》、想像と記憶を足して現実にも起こり得る内容を作るなら《夢での願い/Dream Wish》、過去に実際起こった内容を記憶から作るなら《浅すぎる夢/Shallow Dream》という、三種類の呪文があります」
夢は深すぎても浅すぎても、時には人を狂わせる。
だからこそ夢魔は恐れられてきた、とヴァイスは語る。
「それぞれの呪文の違いは、実は曖昧ですけど……まずはあたしの記憶からフリューを作りますから《浅すぎる夢》の方を使いますねえ」
ヴァイスに膝枕をしてもらって、仰向けになる。
いい香りがする。
安眠効果を増して夢を操りやすくするには、この香りも一役買っているんだとか。
「では、瞳を閉じて……」
視界には、ヴァイスの顔は……あんまり、というかほとんど見えない。
爆乳を見上げる形になった。
言われた通りに瞳を閉じる。
「思い出は風に舞った花びらのように、水面を乱す波紋のように、日記のページをばらまいたように」
ヴァイスの詠唱が始まった。
可愛らしい声が、魔法に変わる。
「回って、広がって、繰り返して、心を離れない……《浅すぎる夢》」
心地よい眠気に誘われて、意識がなくなって……
気づくと、まっさらな場所に立っていた。
空は薄い桃色で雲一つなく、地面は灰色で起伏も建物もない。
どっちを向いても、定規で引いたように完全に真っ直ぐな、地平線だけだ。
「ヴァイスに頼んで、アタシに会いたいなんて……生意気なガキんちょね」
不敵な声がした方に振り向く。
現れたのは、星の嘆きの大悪魔。
「このフリューリンクシュトゥルム様の実力、思い知りたいって?」
間違いない。
不遜なようにも聞こえる物言いでありながら、隠し持ったそれ相応の実力、そしてそれを見せないように欺く気配。
「ま……アタシが偉大な存在だって、きちんと理解してるようだから……少しなら遊んでやってもいいわ」
あのフリューが、少しも変わらないままでそこにいた。
僕は、この人に勝ちたいんだ。
◎去る者は日々に疎し
文選・古詩十九首の其一四「去る者は日に以て疎く、来たる者は日に以て親し」から。
死んだ者は月日が経つにつれて忘れ去られていくこと。
転じて、親しかった者も遠く離れてしまうと次第に親しみが薄くなること。
星の嘆きのフリューリンクシュトゥルムが意外な形で再登場になりました。
正直言うとキャラクター作成当初は作者自身も想定していなかった形ですので、少し扱いに慌てた部分もあります。




