29 『縁』は異なもの味なもの
くっころ回です!!
会議室。
政策の方向性や戦争時の戦術など、機密性の高い情報を取り扱ったり話し合ったりする大部屋。
呪文で防音もされているので、ベルリネッタさんはここを選んだ。
「……了大くん、またその女と一緒なんだ……」
中に入ると愛魚ちゃんが一人で待っていた。
ルブルムが一緒なのを見つけると、愛魚ちゃんは露骨に嫌そうな顔をする。
「大丈夫ですよ、まななさん。これにはカラクリがあってのことです。今日はそれを暴くために集まりました」
大きなテーブルに椅子がたくさん用意されている中で、愛魚ちゃんの左隣に座ってみる。
するとその僕のさらに左隣に、ベルリネッタさんが座った。
つまり挟まれた形になる。
ルブルムは僕の向かい側、正面だ。
「さて、この期に及んではとぼけても無駄ですよ。ルブルム様……りょうた様に、何をしました?」
ルブルムは慌てる様子はない。
最初に僕を認めなかった時のような表情で、臆さず立ち向かっている。
「まず勘違いしないでほしいのは、ワタシはりょーくんに対して呪文の類は一切使ってないってこと」
「りょーくんって……」
ルブルムが僕を愛称で呼ぶようになっているので、愛魚ちゃんが凹む。
でも、本筋はそこじゃない。
もし何か呪文を使われてルブルムに熱中するように仕向けられていたのなら、僕自身ではわからない。
でも、そうではないらしい。
ベルリネッタさんがこっちを向いて、眼鏡を動かしたり戻したりしながら、しげしげと僕を眺める。
「ふむ。確かにそのようです……が、それはそれでつまり『姑息な手段は一切使わずに、りょうた様を落とした』という意味になりますよ」
つまりそうなる。
僕が正気だとすると……どういうことだ。
「つまり、了大くんは……そこの女の方がいいってこと!?」
そういうことか!?
いや、愛魚ちゃんよりルブルムというわけではないよ!?
ない……はず……
「待って、落ち着いて。確かに私はりょーくんの気を引こうとしたけど、みんなを怒らせたかったわけじゃないから、全部話すよ」
やはり何かあるらしい。
そしてルブルムはもう、それを隠す気はない。
思えば変だった。
どうして僕は、あんなに熱中したのか。
薄い本の手口まで使って、どうしてあんなに狡猾にも饒舌にもなったのか。
「落ち着いて最後まで聞いてね。りょーくんがここ最近、私に熱中したのは……りょーくんの本当の性癖を、ワタシが把握してたからだよ」
『本当の性癖』というキーワードに、僕だけでなく愛魚ちゃんもベルリネッタさんも押し黙る。
でも、どういう好みの話だろう。
巨乳が好きとか貧乳は興味ないとかじゃなくて?
続きを聞いてみよう。
「まなちゃんは『初めてだから、優しくしてね』系、純情一途キャラ属性」
ルブルムが愛魚ちゃんを分析する。
これは魔術的な意味ではなく、オタクが言う意味での『属性』ってやつか。
「ベルさんは『お姉さんが教えてあげる』系、童貞卒業キャラ属性」
ベルリネッタさんの分析も的確。
実際、愛魚ちゃんの初めてが失敗しないようにという理由で、ベルリネッタさんの手ほどきを受けたので……
僕の初めては、ベルリネッタさんだ。
「どっちも確かに、とても魅力的……だけど、りょーくんが秘密にしてた本当の欲望はそうじゃなかった、ってことなの」
ルブルムは立ち上がり、手を二度叩く。
「具体的には演劇で説明しよう……《数多の劇場/Theater of Many》!」
会議室のテーブルの上に、人形のような小さいキャラクターがあれこれと並ぶ。
それらのすべてがルブルムの呪文で生み出され、制御され、ルブルムのナレーションを得て、演劇となる。
「代々続く由緒ある貴族の家柄に生まれ、将来を嘱望されながら自らを鍛え、騎士となった女」
剣を持った女のキャラクターが中央に踊り出ると、ひときわ明るく照らし出された。
この魔法の演劇はスポットライトも完備らしい。
「世界に平和をもたらすため戦い続けた彼女。敵の親玉の喉下まで迫るも、その圧倒的な力に敗北する」
女騎士キャラと親玉キャラがチャンバラを演じて、親玉が勝つ。
倒れた女騎士に、親玉が剣を突きつけた。
「敗れた彼女は、親玉の戦利品として慰み物にされ……哀れ、その処女を暴力で散らされてしまう」
一気にベッドシーンになった。
キャラが小さいからそれほど具体的ではないが、なかなかに生々しい。
「しかし彼女の心は屈しない。注ぎ込まれた精と処女であった証の血とを内股から垂らしながら、なお気丈に刃向かいこう言うのだ……」
ルブルムの解説の一瞬の溜めに合わせて、女騎士キャラが裸で立ち上がる。
「『処女を失っても、騎士の誇りまでは失わない! 幾度この身を穢されようとも、私の心まで穢すことはできないと思え!』」
見たことがあるような……というか、典型的なアレなやつですね。
『くっころ』系です。
「いつか助けが来ると信じ、彼女は虜囚の日々を耐え忍ぶ。薬を使われては大勢をけしかけられ、人質を取られてはまた大勢をけしかけられ、その身には呪文を刻まれ……虜囚の日々は、繰り返される執拗な陵辱と的確な調教の日々でもあった」
エッチなシーンが目まぐるしく移り変わる。
切り替わる速度が速いのでよくわからないけど、かなりハードな内容のシーンもあるようだった。
「そして抵抗も空しく、ある日とうとう……彼女の心は折れてしまう」
それも見たことがある展開。
予想を裏切る意外性よりも、安心して予定調和を受け入れさせるシナリオ。
ベタなやつだけど、それがいい。
「憎い仇敵であるはずの親玉の手管に屈してしまった彼女は、淫らに股を開きこう言うのだ!」
親玉と女騎士にスポットライトが当たる。
クライマックスだ。
「『ください、お願いします……あなたの《ピー!》で、私の《ピー!》を……めちゃくちゃに……犯してください!』」
愛魚ちゃんもベルリネッタさんも、演劇に夢中になっている。
これは……すごい……
僕も夢中でラストシーンを見守る。
「最後に残った騎士の誇りをも失い、ただの女となった彼女。その日を境に彼女は、真っ逆さまに堕ちて破滅してゆく……すべてと引き換えに得た、淫蕩の快楽をその身に抱きながら……」
そのナレーションで演劇が締めくくられ、机の上からキャラと舞台装置が消える。
呪文の効果が終わったようだ。
全部見終わった内容は……ぶっちゃけ、僕のお気に入りの薄い本とほぼ同じ内容だった。
気のせいか、台詞までほぼ同じだったかもしれない。
その本を思い出して、ついついテーブルの下で男子のアレが元気になってしまった。
「さて、もうわかったかな? つまり……」
この演劇の先に、ルブルムの本題があるのか?
僕の本当の性癖が……
「りょーくんは『最初から従順な女に懐かれて、素直にちやほやされる』よりも『刃向かう女を打ち負かして、屈服させて従わせる』方が、シコい!」
真面目に聞いていたら、とんでもないことを言い出した。
シコいとか言わないで!?
「……シコい……って、何?」
「《ピー!》を自分で《ピー!》する時、より興奮するってこと!」
解説しないで!?
愛魚ちゃんの純真さがひとつ失われたような気がする。
「そ……そんな……」
意外な反応を見せたのはベルリネッタさん。
愕然としている。
「わたくしはメイドとして……この身も命も我が物と思わず、働きや力量はあくまで目立たぬよう、本心は言い出せぬ時があったとしても、りょうた様のご命令であればどうあっても従い、必ず果たす……そう心得て忠義を尽くし、邁進してまいりました……」
メイドはそんな、死んでも死体を回収してもらえないような職業じゃないと思う。
いや、魔王のメイドだからそうなのかな?
「しかし……りょうた様がそういった忠誠よりも! ご自身に逆らう女を屈服させることに、喜びを見出すお方だったなんて!」
違うと言い切れない自分が、少し恨めしい!
実際、ゲームキャラの……ユリシーズの『くっころ』のエッチな薄い本が、ぼっちのお供だった時期が長かった。
というか……
「ルブルムがなんで、そんなことまで知ってるんだ?」
「……そういえば」
「そうよ!」
ここで三人の疑問が一つになった。
どういうことだ!?
「その秘密は……これだ!」
するとルブルムがスマホを取り出した。
スマホには僕もやっている、ファイダイのメニュー画面が映し出されている。
「まあ、この真魔王城に電波は来ないから、スクショで説明するけどね」
よく見ると、このメニュー画面は一切動かない。
スクショ……スクリーンショットの静止画だ。
ゲームにログインしている時のような、キャラクターの表情が変わったり粒子が散ったりといったアニメーションがない。
そして、表示されているキャラは……
「……ユリシーズ」
……僕の一番のお気に入り、騎士ユリシーズだ。
「見たことある。おっぱいナイトだね」
「ああ、この女は……以前、この女の絵で、りょうた様が手淫を」
「わーっ!?」
暴露しないで!?
いや、もうバレバレなんだろうけど!
「りょーくん……ここ、ここ見て」
そう言ってルブルムが指し示したのは、メニュー画面の一部分。
別にエッチな場所じゃなかった。
でも、エッチな場所よりとんでもない、衝撃的な内容が書いてあった。
それは、プレイヤーの名前欄。
《りっきー》
りっきー。
いつもコメントやポイントを互いに送って、レイドボスも一緒に倒して、ネットでエッチな話をしていた、りっきーさん。
名前もレベルも所持キャラも間違いない、あのりっきーさんだ。
「ワタシは向こうの次元では聖職者で通っててね……霊名を《パトリシア/Patricia》って言うんだけど、パトリシアは愛称で《リッキー/Ricky》とも言われるんだよ」
なんてことだ。
このルブルムが、あのりっきーさんの『中の人』だったってことか!?
それなら、僕の好みが全部筒抜けなのも納得がいく。
いく……けど!
「あの……りっきーさんにはいろいろ、その……エッチな話、してたけど……嫌じゃなかったの……?」
「ああ。聖職者ってさ、懺悔する人の罪とか欲とか聞くのも仕事のうちだから」
ルブルムは僕が元々いた次元で聖職者をしていると言った。
つまり、職業柄お手の物ということか。
「いつから、僕って気づいてたの……?」
「最初からじゃないんだけど、割と早いうちから? いつだろ、ファイダイの最初のお正月イベントの時くらい?」
ファイダイは秋に正式スタートしたから、それはかなり早い方だ。
エッチな話をし始めたのも、年末恒例の薄い本ラッシュがきっかけだったはずだから、そうなるとルブルムはかなり早い段階から僕の正体を知った上で《りっきー》として僕にあれこれ話したり送ったりしていた、ということになる。
「フレンド登録したのは偶然だったけど、後でりょーくんが魔王輪を持ってるって聞いて、それであれこれしてるうちに、ワタシの方もさ……」
馴れ初めがそんなことだったなんて。
《縁は異なもの味なもの》とは言うけど、ネットというフィルタを通すと色々なものが見えなくなってしまう。
「りょーくんはこんなにカワイイのに、心の中はそんなドス黒い欲望がドロドロしてるなんて……興奮しない?」
「……しますね!」
「わかる、かも……」
僕はどうも外見のせいで、肝心な時に子供扱いになりやすい。
こればっかりは、魔王になっても変われない部分だ。
でもその合意はどうなんだい、三人とも。
「ネットでりょーくんから直に欲望を聞かされて『いつかワタシもその欲望で染められちゃうんだ』って思ったらもう、ドキドキして……その日は、りょーくんに染められちゃう想像しながら、一人で……」
ルブルムの《ピー!》事情暴露になった。
それは……僕のせいなのか……?
「だから本当はもう、会う前からすごくその気になってたんだけど……初めのうちは生意気にしてないと、りょーくんがその気にならないと思って、わざとね」
「つまり、純粋にルブルム様の作戦勝ちということですね」
実際、効果は抜群だった。
自分でもあんなにのめり込むなんて不思議だったけど、ネタバレすればそういうことだ。
「りょーくん、ワタシが生意気言ったのは演技だったけど……堕ちたのは堕としてほしいと思ったからであって、演技じゃないからね」
つまり、僕の負け。
僕は初めから、ルブルムのシナリオ通りに動かされてしまっていたわけだ。
「でさ、まなちゃん、ベルさん、これ見て。りょーくんのお気に入りのエッチな本」
ちょ!?
何見せようとしてんの!?
「や、やめてよ!」
ルブルムを止めようとすると、むしろ愛魚ちゃんとベルリネッタさんに止められた。
どういうこと!?
「了大くんはちょっと黙ってて」
「わたくしはりょうた様のメイドとして、りょうた様の内面をより深く知る機会を逃せませんので」
そう言った二人が、ルブルムのスマホの画面を食い入るように見つめる。
ルブルムが、画面の中のユリシーズの……痴態を紹介。
「りょーくんがすごく気に入ってる本だから、ワタシもダウンロード版で買ってみてさ……こことかすごくない?」
「うわっ……」
「……ほほう?」
実物で解説され、どんどん暴露されていく僕のお気に入り。
くっ……いっそ……一思いに殺せー!
◎縁は異なもの味なもの
男女の縁はどこでどう結ばれるかわからず、常識では計り知れないほど不思議なものだということ。
くっころ回でした!!




