26 売り言葉に『買い言葉』
ルブルムはカエルレウムの双子の妹ですが、さすがにファッションセンスは違います。
電子文明の次元(つまり私たちが日頃暮らす方)では、奇抜な格好や髪色は控えています。
帰宅。
すごく疲れた。
ショッピングモールの雑然とした環境を選んで特訓まではいいアイデアだったのに、化け物は出るわ、赤の聖白輝龍、サンクトゥス・ルブルムには好き放題言われるわ。
左腕の骨折を治してもらえたのだけはラッキーだったけど、今日はもう何もやる気が起きない。
家で家族と夕食を済ませて、部屋に戻って、スマホの画面を眺める。
表示される現在時刻は土曜の夜。
特に通知はなく、愛魚ちゃんからのメッセージも来てない。
ファイダイを起動。
ゲーム内のモンスターに八つ当たりして寝よう。
『はろー☆』
りっきーさんだ。
本当、いつも話しかけてくれるというか、いつもオンラインにいるというか。
『テスト勉強、しなくていいの?』
テストが近いって話をしたのを、覚えててくれてる。
ルブルムにめちゃくちゃ言われたばかりだったからなおさら、りっきーさんの優しさがうれしい。
『ありがとう。今日は疲れたから、明日、日曜にがんばろうかなって』
テストが近いのは別に嘘じゃないし、テスト以外に宿題もやっておかなくちゃいけないし。
明日はそういうことに時間を使おう。
体内の魔力の循環なら、家でそうしていても鍛えられるはずだ。
『なるほどね。勉強は見てあげられないけど、悩み事だったら話してよ』
悩み事か……
正直、真魔王城絡みのあれこれはりっきーさんには話しづらいんだよね。
今頃になって中二病っぽいというか、リア充爆発しろというか。
でも、フリューやルブルムの敵対的な反応は、うん……
ちょっとだけ話してみよう。
ありえなさそうな部分とか固有名詞とかはぼかして、一般論っぽく。
『それはもう、どうにかしていいところを見せて、認めさせるしかないね』
やっぱりそうなる。
りっきーさんに相談に乗ってもらって、決意を新たにする。
結局、今はひたすら自分を鍛えるしかない。
『でもさー、そういう生意気な女が自分を認めて、コロッといくのって良くない? ツンデレっていうか』
ツンデレ。
どうだろうなあ……ファイダイでも典型的なツンデレの人気キャラはいるけど、あのルブルムが後からデレるようなことがあるだろうか。
『ユリシーズだって、くっころな薄い本で堕ちるのがすごくエロいじゃん。堕とすの好きでしょ?』
くっころ。
そう来たか。
確かに、くっころ展開だったら興奮するかも……いやいや。
僕がルブルムを堕とせる可能性どころか、ルブルムにそういう選択を迫る状況自体がぜんぜん見えない。
ないな。
『そういや、こないだ知らせた本も結局買ったんだっけ。どうだった?』
通販でこっそり買って愛魚ちゃんにも内緒の、ユリシーズの薄い本。
お気に入りの作者さんが出してる続き物の三冊目をりっきーさんから教えてもらって買ったけど、二冊目のラストで堕ちてから先の話で、プライドを捨ててなんでもするようになってしまった、という展開だった。
もちろんエッチで面白かったし、買ってよかったとは思ったし、満足ではあるんだけど……どっちかと言うと二冊目までの方がいいかもしれない。
そんな話をりっきーさんにすると。
『なるほど。堕ちた後の服従エロより、堕ちる前の抵抗エロの方が燃えると』
分析された。
僕はそういう傾向なのか?
愛魚ちゃんやベルリネッタさんは無抵抗というか無条件というか、とにかく僕に甘いところがあるから、実際どうなのかはあの二人じゃわからない。
とはいえ、他の人ってのもな……トニトルスさんが言うには皆が僕の魔力を欲しいみたいだし、考えてみればみんな露出度が高くて『オッケー』な雰囲気だし。
ついこないだ名前を聞いたヴァイスに至っては《女淫魔》って言ってた。
サキュバスといえば、エッチなモンスターの代名詞。
誰も参考にならないや。
『そういう女を堕として自分のモノにするって、いいよね!』
とはいえ、仮に『言うこと聞かない子を調教してみたい』なんて言い出したら、ベルリネッタさんは手配してくれるかもしれないけど、愛魚ちゃんに知られたら絶対怒られる。
結局、そういう状況はユリシーズで想像するだけにしておくのが、一番楽しいだろうな……
ということで、今日はゲーム内のモンスターに八つ当たりしながら、ユリシーズのグラフィックと巨乳の揺れを眺めて遊んでから寝た。
日曜日。
よく寝て、宿題を済ませて、テスト勉強というか復習というか。
親に買い物を頼まれそうになったけど、僕が勉強をしていると見ると上機嫌で自分で買い物に行った。
何だろう、この『いい子にしてる』感。
急に空しくなる。
別にテストの点数で一番になりたいわけじゃない。
こっちの学校の成績は真魔王城では役に立たない。
ましてや、親にとっての『いい子』になりたいわけでもない。
僕は誰に対して『点数』を稼ぎたいんだろう。
稼ぎ、か……
集中力も切れたので、ファイダイを起動。
ユリシーズや主力メンバーはいいけど、それ以外が弱いから経験値稼ぎでもしてみるか。
ちょっと気分転換。
『はろー☆』
りっきーさん……
ほんと、いつ寝てるの?
返信しようとしたら、別の通知が来た。
これはファイダイじゃなくて、愛魚ちゃんからメッセージ。
りっきーさんには挨拶を返して事情を話して、そっちのアプリに切り替える。
『了大くん、どうして何も言わずに帰っちゃったの?』
愛魚ちゃんは愛魚ちゃんで、僕を心配してくれてる。
もちろん嬉しいしありがたいし、とてもいいことなんだけど、今はそれで甘えていたらダメな気がするんだ。
そういう話を愛魚ちゃんに説明する。
『……どうしてもつらい時は、甘えてくれていいんだよ?』
つらくはないと思う。
今までのぼっち環境なんか比べ物にならないほど皆がよくしてくれるし、左腕の骨折はルブルムが治してくれたし。
それでもつらいことがあるとしたら、この状況に対して実力が足りていない自分だ。
自分の無力さがつらい。
だから、少しでも強くなるんだ。
平日は無難に学校生活を過ごして……と思ったら、周囲からの闇の魔力が先週より強い。
僕の感知能力が上がったからじゃなくて、人の悪意や敵意が強くなってるからだ。
愛魚ちゃんをはじめ、人の目があるから暴力事件にまではならないけど、変な絡み方をされる。
まずはバカが一匹。
「おい、あの銀色の髪のお姉さんは何なんだ。リョウタ殿、とか言ってお前にくっついてたろ」
銀髪で、呼び方が『リョウタ殿』……トニトルスさんだ。
先週の木曜だったかな。
「うちの家庭教師の人だよ」
愛魚ちゃんがそれっぽい言い訳を用意してくれた。
ありがとう。
でもバカには効果が薄い。
「ただの家庭教師が、あんなベタベタくっつくか! かわいい彼女がいるくせに、巨乳美女とも仲良くしやがって……!」
悪態をついて去る。
悪態をついた猿。
あ、なんか似てる。
「かわいい彼女だって、きゃー♪」
愛魚ちゃんは気楽だな。
人気者と嫌われ者の差を痛感する。
かわいいのは間違いないので、そこはいいんだけど。
「てゆーかお前さ、あのゲーマーの子と仲いいんだろ? 紹介してくれよ!」
ゲーマー……カエルレウムのことか。
そういえば先週の水曜以外にも、休日に目撃されてたらしいな。
紹介しろって何だよ。
「やだ。紹介以前に、僕とお前の間に連絡手段ができるのが嫌だ」
こんなのは、はっきり断る。
日頃はさんざん僕を嫌っておきながら、都合が悪くなったら僕を頼ろうとするなんて、身勝手にも程がある。
そんな奴をカエルレウムに紹介なんかできないし、僕も友達になんかなりたくないし。
「ケッ! 調子乗んな、チービ!」
悪態をついて猿。
もうなんでもいいや。
「よっ、モテモテだね」
今度は……富田さんだった。
富田さんからは敵意も悪意も感じない。
大丈夫だ。
「いや、ほんと……真殿くんってさ、校外の女の子の知り合い、多くない?」
富田さんから見ても、そう思うのか。
愛魚ちゃんは校内の女の子として、除いて考えて……真魔王城にベルリネッタさん、黎さん、幻望さん、トニトルスさん、カエルレウム、ヴァイスに、知り合いなだけならルブルム……
あ、クゥンタッチさんも女性だ。
こないだ知ったばっかりだったから忘れてた。
「おい…………」
指折り数えて八人。
そりゃ、富田さんにすら『おい』って言われる。
多いよ!
「ほんと大丈夫? 深海さん、この彼氏ヤバくない?」
普通に考えたらヤバいよね。
他はともかく、ベルリネッタさんとカエルレウムは、知り合いなだけとは言えない。
あんな美女や美少女が自分から……なんて、自分でも信じられないんだけど。
そういえば、カエルレウムとの間柄を確かめないといけないな。
向こうがどう思ってるのか、どう思ってほしいのか、それを知っておかないと。
でないとまたルブルムに怒られるし、テストの対策はそんなに心配ないし……
今度の週末は、ちゃんと真魔王城に行くか。
週末。
深海御殿にお邪魔して《門》を借りて、愛魚ちゃんと一緒に真魔王城へ。
「りょうた様!」
ベルリネッタさんがすごい勢いで駆けつけてきた。
何か大変なことでもあったんだろうか。
「わたくしに黙って、お帰りになられてしまうなんて!」
ああ、そのことか……
というか息ができない。
ベルリネッタさんに強く抱きしめられて、身長の差だけで頭がベルリネッタさんのおっぱいに飛び込んでしまって、谷間に顔が埋まる。
「どうか……今宵は、お情けを」
先週も言われたような気がする。
ベルリネッタさんが言う『お情け』って、エッチしましょうって意味だよね……
というか息ができない。
「はいはい、了大くんはベルリネッタさんだけのものじゃありませんからね!」
愛魚ちゃんが、ベルリネッタさんから僕を引き離してくれる。
危うく窒息死するところだった。
死ぬ時はおっぱいに埋もれて……っていうのは死に方としてはかなり幸せな部類なんだろうけど、まだ死ぬわけにはいかない。
今回はカエルレウムの部屋へ。
せっかくなので愛魚ちゃんもベルリネッタさんもついて来ていた。
聞くところによると、元々が石造りで壁が厚い上に、ゲームのコレクションを含めた自分の住みやすい環境を守るための防御呪文と、ゲームの音楽や音声が外に漏れて文句を言われることがないようにする防音呪文が施されているらしい。
なんとも念入りな引きこもりだ。
そのせいで、外から呼ぶ時も扉をノックする程度じゃわからないようになっていて、扉にはドアノッカーの代わりに小さい鏡がつけてある。
触れて魔力を流し込みながらこの鏡を覗き込むと、中にいるカエルレウムに誰か来たのがわかる……というのを、今回ベルリネッタさんから聞いた。
最初に来た時は気にしてなかったというか、カエルレウムが自分で僕を招き入れたので、そのあたりの説明は受けてなかった。
「さて、たぶんいるとは思うけど……」
前回は確認する間もなかったので存在を初めて知ったけど、偶然にも鏡はちょうど僕の顔くらいの高さ。
うん、位置が高すぎて届かなかったらどうしようと心配してしまったけど、安心した。
鏡に触れて、魔力を流して呼びかけてみる。
「誰だ!……っと」
扉を少し開けて外を覗いたカエルレウムは、猛烈に不機嫌だった。
よほど腹が立つことでもあったんだろうか。
訪ねたのが僕だとわかると、睨むような目はやめてくれた。
「りょーた! ちょうど、りょーたの話をしてたんだぞ! 入れ!」
やや乱暴に部屋に引き入れられると、中にはルブルムもいた。
双子の姉妹が揃い踏みで、同じ顔が並んでいる。
「なんか、機嫌悪そうだけど……どうしたの?」
僕の話をしてたカエルレウムの部屋の中にルブルムがいる、ということは話し相手はルブルムだ。
姉妹仲が良くないのかな?
「ルブルムがりょーたをバカにするんだ!」
それは……ルブルムは悪くないような気もしてくる。
これまでの経緯からすると、僕からは強く言えないな。
「ルブルムはりょーたの魔力をもらったことがないから、そんなことを言うんだ!」
そっちこそなんてことを言うんだ。
魔力をもらったことって……言い方は穏便だけど、エッチした時の話だよね?
「こんなお子様から魔力をもらわないといけないほど《龍の血統の者》は落ちぶれたの? 信じらんない」
ルブルムの反応は、まあ……うん。
ごもっともと言わざるを得ない。
カエルレウムもルブルムもお互いに譲らないので、言い争いがどんどん激しくなっていく。
「そこまで言うなら、りょーたとヤッてみて気持ちよかったら、りょーたのことを認めろよ!?」
「ああ、いいよ? そんなに自信があるんならね!」
もはや《売り言葉に買い言葉》。
壮絶な姉妹喧嘩の火種になってしまった。
しかし……方法がエッチって……
「よし、決まりだ! りょーた、妹をファ○○していいぞ!」
「はっ! フニャ○ンだったら、泣いたり笑ったりできなくしてやる!」
二人して、有名映画の先任軍曹みたいなことを言い出した。
言葉通りに受け取ると、ルブルムとエッチしろってことになるんだけど……
◎売り言葉に買い言葉
相手の暴言に対して、同等の暴言で言い返すこと。
喧嘩を売る、買うという時の言葉を指す。
海兵隊のしごきみたいな放送禁止用語でオチ。
次回からは調教編です。




