24 瓜『二つ』
バトル展開で勝てず、腕は怪我して、うまくいかない了大。
一人で元の次元に帰っちゃいます。
左腕を怪我したせいで、何かにつけて不自由な状況になっている。
まず思うように動けないし、少しうっかりするともう痛いし、ベルリネッタさんと愛魚ちゃんに至ってはこれを理由に僕を甘やかそうとしてくるし。
色々な意味で、身動きがとりづらい。
それでも今は少しでも強くなりたくて、トニトルスさんに会いに来ていた。
「……経緯は聞いておりますぞ」
事のあらましをトニトルスさんに話したのはクゥンタッチさんで、愛魚ちゃんが借りていたメイド服を着て帰ったそうだ。
あっちの魔王城から借りていた備品だったから返しに行く手間は省けたけど、それも込みで失礼なことばかりしてしまった。
「今後は厳しくすると言い渡して、そう経たぬうちにこの軽率さですからな。庇い立てはいたしませぬぞ」
トニトルスさんは険しい表情で、睨むように僕を見据えている。
泣きたくなるのを我慢。
そもそも、泣いて済むならこんな思いはしてない。
子供の頃からずっとそうだった。
愛魚ちゃんと、ここ最近だと富田さんを別にすれば、そもそも今までのどの学校、どの学年でも、生徒も教師もみんな僕なんて嫌いだったじゃないか。
あのフリューもそういう奴らと同じだった、というだけ。
真魔王城でさんざん甘やかされて、つい忘れてただけだ。
「体内の魔力の巡りを良くすれば、傷の治りも早くなりますぞ。そういう意味でも、当分は基本だけでよろしい」
トニトルスさんの対応がいつもより冷たく感じるようでも、それは仕方ない。
一番泣きたくなるのは、それもこれも含めて全部が自分の未熟さと軽率さのせいだということ。
心底嫌になる。
たとえば、いっそ魔王になるのをやめてしまえば真魔王城どころかこの次元とも別れられるかもしれない。
でも、自分自身とは死ぬまで別れられない。
この痛みからも、今の苦しみからも、逃げられない。
未熟さと軽率さを克服して、打ち勝つしかないんだ。
もっと強くなりたい。
「……ありがとうございました」
トニトルスさんに一礼して、その場を離れて一人で城内をぶらぶら歩く。
実のところ、今は黎さんか幻望さんあたりに用がある。
「あら、了大様」
よし。
うまい具合に、ベルリネッタさんと会わずに黎さんと会えた。
これならなんとかなるか。
「黎さん、今回僕が来た時に着てた服とその時の持ち物を、全部用意して」
ベルリネッタさんに言えば、きっと……
いや、必ず止められる。
「かしこまりました。お急ぎですか?」
だからこそ、ベルリネッタさん以外のメイドじゃなきゃいけなかった。
で、僕が顔と名前を覚えてるのが黎さんか幻望さんくらいだから、そのどっちか。
それだけのことだ。
「今すぐ!」
別に逃げたいわけでも、もう魔王をやめたいわけでもない。
でも今週は、このままここにいちゃいけないような気がするんだ。
もっと強くなりたい。
他の誰かに見つかる前に、大急ぎで戻ってこられた。
服と持ち物の用意から《門》を開くところまで、黎さんが全部こっそりうまくやってくれて助かった。
どこに出たかと思ったら、学校の最寄り駅のすぐそばだった。
でも空は暗くて、周囲は人も車も、誰も通りがからない。
まずはスマホを操作して、ネット回線でスマホの本体時計の時刻合わせ。
時間の流れが歪んでいた分を直す。
「土曜日の……午前四時半……か」
次はこれまたネットで、時刻表を検索。
始発は午前五時半ごろ……あと一時間くらいは電車も動いてくれなくて、駅構内にも入れない。
近くのコンビニで適当に時間を潰してから、飲み物を買って駅に戻り、通学用の定期券でホームに入って電車に乗る。
通勤か通学の乗客がほとんどの路線だ。
始発電車なんて、僕の他には誰もいない。
たったそれだけのことで、もう心細くなる。
もっと強くなりたい。
家に帰って私服に着替えて、適当に冷蔵庫に残ってた物を食べる。
『何もこんな時間に帰って来なくても』なんて言われたけど、僕だって好きでこんな時間の帰宅になったわけじゃない。
食事が済んだら、充電アダプタとモバイルバッテリ、それと会員証を持って二十四時間営業のネットカフェへ。
『ファイダイがパソコンで遊べる!』というマルチプラットフォーム化の時に会員証を作った、ファイダイ公認店だ。
「いらっしゃいませ」
マッサージチェアがある席を選んで入店。
左腕はダメだけど、肩や背中は機械にマッサージしてもらおう。
その間に、席にあるコンセントでスマホと、次いでモバイルバッテリを充電。
ファイダイがやりたくて戻ってきたわけじゃないけど、せっかく公認店に来てるから、ログインボーナスをもらっておこう。
『はろー☆』
りっきーさんからのチャット送信だ。
気のせいだろうか、いつログインしてもりっきーさんに挨拶される気がする。
『ここ最近、あんまりやりとりできてないね。ファイダイ飽きてきた?』
『そういうわけじゃないよ。少し忙しくて』
飽きてない。
真魔王城に行くと電波が届かなかったり、魔王としての用事に時間を取られたり、あとは単にガチャの結果が思わしくなかったりするだけ。
『学校の話も減ったというか、少しは不満が減った?』
『うん、テストが近づいてきたくらい』
それはある。
愛魚ちゃんと付き合うようになって、それが周りの嫉妬や新しいトラブルの原因になることもあるけど、最近までは想像できなかったくらいリア充生活だ。
『テストか。それは忙しくなるわけだね。しっかり』
『ありがとう』
りっきーさんは、いつも僕の味方をしてくれる。
この電子文明の次元でネット経由で知り合って、本名も顔も何も知らないけど、だからこそそういう情報を抜きにしてチャット送信のテキストから感じる人柄に信頼を寄せられて、何でも話せると思う。
真魔王城のファンタジー次元の話をして変人だと思われたり、愛魚ちゃんやベルリネッタさんの話をしてリア充爆発しろと思われたりするのは嫌だな。
そういう意味では、以前ほど『何でも話せる』とは言えなくなったけど、それでも大事な友達だ。
「ありがとうございました」
それから何も考えずにぼんやりしたり、小一時間ほどうとうとしたり、ファイダイのゲーム内モンスターに八つ当たりしたりして、パック料金の三時間以内で退出。
利用料金を抑えるのもそうだけど、本題はこれからだ。
もっと強くなりたい。
ショッピングモールへ。
土曜日は人が特に多くて、テナントの各店舗もセールを開催して、とにかく騒がしい。
だからこそ。
「この混雑の中でも、正確に内外の魔力を把握できれば……」
今は、自分にできる範囲で特訓。
基礎のまた基礎からやり直しだ。
人の流れはもちろんのこと、家族連れの大声、店内スタッフの呼び込みの声、ゲームコーナーのマシン、館内放送、カートの車輪の音や足音……
周囲には集中を乱す要素ばかりだ。
特定の店舗に用事があるわけじゃないから、広い通路の中に用意されたソファーに座って、目を閉じて……
自分の中の魔力を循環させて……
周囲のほんのわずかな魔力を感じ取って……
しばらくすると、感覚が鋭くなっていく実感が得られてくる。
近くを他人が通りがかった感じとか、隣に誰か座った感じとか。
正直疲れる。
でも、こんな程度で疲れてたらやってられない。
始発前にコンビニで買った飲み物をちびちびと飲む。
……なくなった。
一度席を立って、自販機で新しい飲み物を買ったり隣の専用ボックスにさっきのボトルを捨てたりして、元の席に戻ろうとして。
「……あれ?」
席を離れてみて気づく。
さっきから座ってて、僕の隣になってた、女の子……
カエルレウムかな?
でも、あの活発に話しかけてくる感じも、隠そうとしない光と水の魔力も、全然感じられない。
服装もいつもの変なシャツ着回しじゃなくて、女の子らしい感じだし、雰囲気も落ち着いてるし。
顔も髪型もそっくりだけど、髪はあのちょっとボサボサな感じがないし、何より、色があのところどころ青い白髪じゃなくて、普通っぽい明るめの金髪だし。
たまたま似てるだけの別人だろう。
こっちを見てるような気がしなくもないけど、気にせず元の席に戻る。
嫌なら向こうが離れるだろう。
そして特訓の続き。
また内外の魔力に向けて、感覚を研ぎ澄まして……
「…………?」
隣から見られてる?
さっきの子が立ち上がった感じはなかったから、やっぱりさっきの子?
見ないようにしてたけど、ちょっと顔を向けて見てみる。
……めっちゃ見てる。
こっちをじっと見てるよ。
顔も巨乳もカエルレウムそっくりの美少女だ。
なんなんだろう。
「……カエルレウム?」
しまった。
思わず口に出して言っちゃった。
「ワタシ、カエルじゃないけど、そう見える?」
初対面の子にカエル呼ばわりは失礼だよ。
いや、カエルレウムって言ったんだけど、カエルってどうしても両生類のあれかと思うよね。
「ごめん、いや……知り合いにそっくりだなって……」
気まずい。離れよう。
何もこの席じゃなきゃいけない理由はなんにもない。
席を立って、階も移動して、別のソファーへ。
「……逃げなくてもいいのに」
いや、追わなくてもいいのに。
なのにその女の子はずっと、僕について来てた。
不思議な子だ。
「面白いことしてるなあって思って、見てたの」
面白い?
そう思うのか?
僕がさっきからやってたのは、外の魔力の感知と体内の魔力の循環の特訓。
でもそれは外から見てても、ただ飲み物をちびちび飲みながらずっと座ってただけのはずだ。
それが『面白い』だって?
「おにーちゃん」
今度は何だ?
別の女の子の声がして、左足の膝から下で裾を引っ張られる感覚。
視線をそちらへ向けると、一人の幼女が僕のズボンをつかんでいた。
「しんで」
闇の魔力と殺気。
化け物だ!
気持ち悪くなるくらいの敵意と悪意を込めて、幼女の背中から長い腕が生えて、僕に襲いかかった!
まさか、こっちの次元でこういうのに襲われるなんて!
フリューほどの魔力は感じないか……と思ってすぐ、クゥンタッチさんの言葉を思い出す。
『皆が《形態収斂》で本当の魔力を隠しているんだから、感知できる魔力がそれほどでもないからなんて理由で、相手を見くびらないこと』
また、あのフリューみたいに、もっとずっと強い魔力を隠していたら。
僕よりもっとずっと強くて、また痛い目に遭わされて、また大怪我をさせられたら。
大怪我だけで済まずに……殺されたら。
怖い。
動けない。
すると化け物の腕が僕じゃなく、僕の隣に向けて伸びる。
「かえ……!」
僕のすぐ隣には、さっきからついて来てた金髪の子。
カエルレウム、と呼びかけそうになって、慌てて声を止める。
違う。
この子はカエルレウムじゃない!
《聖白輝龍》である、あのカエルレウムならこんな化け物に負けないだろう。
でもこの子は違う。
会ったばかりの知らない子だ。
でも、知らない子でも、化け物が怖くても、今にも殺されそうでも、それでも。
関係ない子が僕のせいで襲われるなんて。
そんなことで殺されちゃうなんて、嫌だ!
どうにか一歩踏み出す。
……でも、間に合わない。
「ワタシはカエルレウムじゃないけど」
金髪の子は……自分はカエルレウムじゃない、と。
自分の口で、はっきりそう言った。
「でも、こんな雑魚には後れは取らないよ」
そして化け物の攻撃にもうろたえないどころか、それを光る半透明の壁で楽々防ぎ、さらにその壁を変化させた光の剣で化け物をあっさり仕留める。
化け物は悲鳴を上げる暇もなく、元々何もなかったかのように消えた。
この子は……
「なぜなら、ワタシは《神聖なる赤き者》……赤の聖白輝龍だから」
……この子、サンクトゥス・ルブルムさんも、聖白輝龍。
髪の色が変わって、さっきまでの金髪じゃなくなってところどころ赤い白髪になってる。
感じる魔力もすごく強くて、光の魔力に少しだけ火の魔力が混じってる。
それらの比率まで含めて、カエルレウムにそっくり。
「サンクトゥス・カエルレウムはワタシの双子の姉だから《瓜二つ》なのは当たり前」
カエルレウムとルブルムさんは双子の姉妹。
確かに《瓜二つ》だ。
「僕が、ま……いや、カエルレウムの知り合いだから、さっきからついて来てたの?」
魔王だから、って言いそうになったのを飲み込む。
あんな化け物が怖くて、自分で倒せなくて、それどころかろくに動けもしなくて、何が魔王だ。
今はそんなの、図々しく名乗る気になれない。
「まあね。元々キミのことは知ってたし、カエルレウムが最近、やけにキミの話をするし……と思って今回、会いに来てみたけど……」
このルブルムさんは、つまらなさそうに話す。
全部知った上で僕に会いに来て……
「本当、ガッカリだね。そりゃ、フリュー程度にも負けるわけだよ」
……『ガッカリ』と。
それが、ルブルムさんが僕に下した評価だった。
やっぱり、僕はその程度なのか……
もっと強くなりたい。
いや、違う。
もっと強くならなくちゃいけない。
強くなるんだ。
◎瓜二つ
瓜を縦に二つに割ると、二つの切り口が同じ形をしていることから、親子や兄弟などの顔かたちが見分けがつかないほどよく似ていること。
帰った先で会ったのは、赤の聖白輝龍。
サンクトゥス・ルブルムの登場です。




