23 生兵法は『大怪我』のもと
バトル展開です。
その行方にご注目。
《悪魔達の主》フリューの謀反。
魔王としての実力や存在感が、僕に足りていないせいでもあるけど、元々そういう野心を持っていそうな感じの奴だ。
「りょうた様、少々お待ちくださいませ。たちどころに『掃除』を済ませますので」
ベルリネッタさんの、怖いほどの気迫。
一口に《主》と言っても、同格ならそんな簡単には勝てないんじゃないかな……
何か、勝算があるんだろうか。
「アンタって、いっつもそうよね。魔王輪を持った相手と見ればいち早く取り入って、体を使って地位を保って……ヴァイスよりずっと、淫魔っぽくない?」
一方、フリューは……こいつはいちいち勘に障る言い方をしてくる。
品がないというか、相手に対する敬意がないんだな。
能力はさておき、性格に難がある人物を《主》に据えておくのは謀反を別にしてもダメかもしれない……
テレビのニュースで聞いたような、大企業のパワハラによる過労死とかスポーツ名門校チームの反則とかの不祥事を思い浮かべてしまった。
僕がよくても、こいつの下にいる人が困る。
「僕に文句があるんだろう? 僕に言え!」
決めた。
左遷でもなんでもいいけど、とにかくこいつは《主》をやめさせよう。
部下として考えても要らない。
組織にはいない方がいいタイプだ。
「あー、言っていいんだ。じゃあ遠慮なく」
よく言う。
元々、遠慮なんかする気もなかったくせに。
「自分の魔力も持て余してるような半人前のガキんちょが魔王気取りなんてね、ちゃんちゃらおかしいのよ! 実力主義って言葉も知らないの?」
まあ、こいつはこいつなりに、首尾一貫した態度ではある。
僕に実力がないくせに魔王を名乗るから気に入らない、と。
「実力があれば、いいんだな?」
だったら、実力行使しかない。
体を循環する魔力を増やして、フリューの足を踏む。
そしてそのまま姿勢を低くして、体を捻り込み、腹を狙う。
岩をも砕く威力の掌底打ちだ!
「……あれば、ね」
効いてない。
無防備の腹に、しっかり入れたはずなのに!?
「だからガキんちょだってーの!」
フリューの魔力が膨らむのを察知すると、そのあたりから攻撃が飛んできた。
とっさに両腕で防いで……!!
「が……うっ」
弾き飛ばされて、石造りの壁に背中を強く打ってしまう。
頭は打たずにすんだけど、背中と、防いだ腕が……特に、左腕が痛い。
見ると変な曲がり方をしている。
……完全に折られた。
「あはは、ざまぁないの! 《生兵法は大怪我のもと》ってね!」
これは……僕じゃ勝てないのか……
痛い。
実力が足りない。
フリューに勝てない。
だからフリューを黙らせることも《主》をやめさせることもできない。
「実力もないくせに、生意気言うからよ!」
フリューの言うとおりになってしまっている。
悔しい。
ベルリネッタさんが、今まで見たことがないくらい怒ってる。
でも……助けてもらうんじゃなくて……自分で勝てなくちゃ……
「実力があれば、いいんだネ?」
……と、起き上がろうとした途端、さっき僕が言った台詞が聞こえてくる。
落ち着いた凛とした声。
僕とフリューの間に立ち塞がる、黒髪の王子様。
「クゥンタッチ!?」
あまりの驚きで、思わず怒りをどこかに置き忘れるベルリネッタさん。
そりゃ僕だって驚きだ。
「ベルリネッタとマナナくんは、リョウタくんの手当てと守りを」
一瞬にして突如開いた《門》から現れたのは、ベルリネッタさんに並ぶ《不死なる者の主》のもう片方……
「それで、どうなんだい……それとも、ボクに刃向かえるほどの実力はキミにはない、ということかな? 実力主義のフリューくん?」
真の吸血鬼、クゥンタッチさんだった。
僕に背を向けて、フリューを正面から挑発する。
「上等じゃないの! ちょうどいいわ! アンタも気に入らないと思ってたんだから!」
安い挑発だったけど、フリューには効果抜群。
さっきの僕に仕掛けたものより強い攻撃が、クゥンタッチさんにまっすぐ飛んだ。
「……ひとつ聞こう」
クゥンタッチさんはその場を動こうとも何か構えようともしない。
でも、フリューの攻撃はなぜか曲がって、クゥンタッチさんから逸れた。
「もし、他の誰もここにいなくて、ボクも来なかったら……リョウタくんをどうする気だった?」
今度はクゥンタッチさんの手元から、赤い板のようなものがフリューめがけて飛ぶ。
強い魔力を込めた、これは……クゥンタッチさんの返す刃。
フリューが大きく手を振ると、その刃は粒になって消えた。
「つまんないこと聞くのね! 邪魔さえなければあんなガキんちょ、軽く殺してたわよ!」
そしてまたフリューが攻撃。
クゥンタッチさんめがけて飛ぶけど、今度は数がとんでもない。
殺すつもりという意味でも、まさに殺到と言っていい数だ。
「……そうか」
質問の答えを受け取るとクゥンタッチさんは、慌てずにフリューに負けない数の攻撃を撃ち返す。
互いの攻撃同士がぶつかり合って、空中で相殺される。
そのラッシュが終わると、フリューの体が数ヵ所傷ついていた。
クゥンタッチさんの方は……無傷だ。
「くっそ……ほんと、ウザい!」
押されていると感じたフリューの表情に焦りが見えたかと思うと、その体から角や翼が生えた。
感じる魔力も、さっきとは比べ物にならないくらい大きい。
フリューはこんな大きい魔力を隠し持っていたのか。
そりゃ、僕じゃ勝てっこない。
「ならば……」
距離を詰めるクゥンタッチさんは、魔力が大きくなった感じはしないけど、構わず前進してフリューとの距離を詰める。
フリューの攻撃がまたクゥンタッチさんに殺到するけど、的確な回避と最低限の相殺で、一つたりとも体に触れさせない。
すごい。
もし僕なら一瞬で死んでる。
「う……ウザいのよ! アンタ! 来んな、来んなぁー!」
ほぼ密着かという距離になって、斜めに振り上げられたフリューの手から、一際強い魔力が放たれた。
爪痕のような四本の線が走り、クゥンタッチさんの胴体から衣服の切れ端と大量の鮮血が飛び散る。
……大丈夫なのか!?
「……キミが、死ね。《血のトラバサミ/Brood Beartrap》!」
クゥンタッチさんが呪文を放つ。
呪文を受けて鮮血が空中で止まり、無数の牙が並んだ顎のような形に変わる。
そして、獣が顎を閉じて噛みつくように、フリューの全身を一瞬で挟み撃ちにして突き刺さった。
「ごふ……」
噛みついた鮮血を通じて、フリューからクゥンタッチさんに魔力が流れているのがわかる。
おそらく、噛みついた後に魔力を吸い取るまでがさっきの呪文なんだろう。
これはもう勝負あった。
「……リョウタくん、大丈夫かい?」
最初、何を言われてたのかわからなかった。
打った背中の痛みも折られた左腕の痛みも忘れて、見入ってしまっていたからだ。
それで忘れてたけど、愛魚ちゃんはベルリネッタさんに頼まれてこの場をいったん離れて、包帯と添え木の代わりになるものを取りに行ってくれてたらしい。
「申し訳ありません、りょうた様……手荒くなります!」
ベルリネッタさんはそれらを受け取ると、愛魚ちゃんに手伝わせながら僕の左腕に当てて……
ぎゅっ!
「い゛っ! あ゛っ……」
包帯代わりの布巾をきつく、縛った……
痛い!
痛すぎて痛すぎて言葉にならない。
「これで懲りたら……軽率な言動は慎みたまえ」
そういえば、クゥンタッチさんが最後に受けた攻撃の傷は大丈夫なんだろうか。
けっこう派手に血が飛び散ってたんだけど。
「ああ、ボクなら大丈夫。《血のトラバサミ》で魔力を吸ってもいるから、この程度の傷はすぐに消えて元通りさ」
どうやらクゥンタッチさんは『元々の回復力が強く』『血は武器として使える』というのが固有の能力らしい。
その血を完全に制御しているのか、服についた血はそのままだけど、肌にはもう血は残ってない。
あ……でも……
「クゥンタッチさんって……」
「うん……私も知らなかったよ」
今までの雰囲気や言動で、全然気づかなかった。
そうだったのか。
「ん? この服とコルセットはもうしょうがないネ。シャマルに新しい物を用意させるさ」
さっきの攻撃で胸のあたりが切り裂かれて、服もその下に着込んでいたコルセットも一緒に切り裂かれているクゥンタッチさん。
そのコルセットの下は……
「……しかし、リョウタくん。女性の胸をそんなにじっくりと見つめるのは、感心しないネ?」
……おっぱい。
押さえつける力を失ってはちきれたコルセットの下には、未知の巨乳。
まだ少しは押さえられているけど、そうとう大きいように思う。
クゥンタッチさんって、女の人だったんだ……!
「ご、ごめんなさい!」
知らなくてびっくりしたからとはいえ、さすがにまじまじと見すぎた。
失礼なことをしてしまった。
慌てて視線を逸らす。
「ふふ、やはりリョウタくんは可愛いネ……ボクは怒ってないよ?」
でも、その逸らした視線の先に回り込んで、クゥンタッチさんが僕をからかってくる。
最初はイケメンスマイルの王子様と思ってたけど、女の人だと思うとドキドキする。
でも、それよりも。
「……今回は、本当にすいませんでした」
僕が相手を軽く見て、喧嘩を売って返り討ちにされて、この結果だ。
左腕よりも、心が痛む。
「じゃあ……魔王役の先輩としての助言だ。皆が《形態収斂》で本当の魔力を隠しているんだから、感知できる魔力がそれほどでもないからなんて理由で、相手を見くびらないこと」
まさに今回、僕はそのせいで痛い目に遭った。
悔しいけどフリューの言うとおり《生兵法は大怪我のもと》だ。
そういえば、そのフリューは?
「…………たす、け……」
まだトラバサミに挟まれたままだ。
魔力の大半を吸い取られても、息はあるらしい。
でも、自分で勝てなかった僕には、その処遇についてどうこう言う権利はないだろう。
クゥンタッチさんの目を見てみる。
「魔王弑逆の罪は、未遂であっても決して許されない! 現世での生存のみならず、来世への到達もかなわぬものと知れ!」
その場にいても手出しをせず黙っていたヴァイスや、騒ぎを聞きつけて集まった人たちに向けて、クゥンタッチさんが厳しい表情で号令をかける。
この表情は以前、先走ったシャマルさんが愛魚ちゃんの首を狙ったのを止めた時以来だ。
「ベルリネッタ。《奪魂黒剣/Blackblade》を」
ブラックブレード。
その名の通りに黒い、真っ黒な剣をベルリネッタさんが取り出す。
「この《奪魂黒剣》は、魂をこそ奪い分解し尽くし、魔力に変えて吸い取る剣」
剣がまとう魔力が、真っ黒でとても禍々しい。
その刀身が僕を含めた皆に、次いでフリューに見せつけられる。
「これをもってすれば、甦ることも生まれ変わることもできなくさせられます」
ベルリネッタさんは容赦なく、剣をフリューに深々と突き刺した。
フリューの姿がどんどん薄くなっていく。
魂を分解して吸うと言っていたけど、どうやらフリューは体の大部分が魔力でできているせいで、体も分解されているようだ。
「……や、あ…………」
トラバサミごと分解され尽くして、フリューは消滅した。
《悪魔達の主》を自称し、実際あれだけの力を持っていたフリューが、復活も転生もできないように念入りに処刑されたというのは……多分に『見せしめ』の意味合いが強いのだろう。
僕に逆らえばこうなる、と。
でも、今の僕にそこまでの価値があるんだろうか。
もう全然自信がない。
「まあ気を落ち着かせるためにも、しばらくは皆に甘えて、ゆっくりしておきたまえ」
クゥンタッチさんは強いから気楽に言える。
そんな力を持たない僕が、これ以上みんなに甘えていたら……
本当にダメになるんじゃないのか?
「ベルリネッタ、マナナくん、これはチャンスだよ。リョウタくんは、その腕じゃあ色々と困るんじゃないかな?」
「ああ! そうですね♪」
「これは……アレだね♪」
僕の不安をよそに、ベルリネッタさんと愛魚ちゃんが名案とばかりに微笑む。
どういうつもりなんだろう。
わからない。
それでもまた夜は来る。
夕食はステーキ。
「はい、りょうた様♪ あーん♪」
左腕をうまく使えず、ナイフとフォークを扱うのにも不自由した僕に向けて、代わりにベルリネッタさんが肉を一口大に切り分けては、フォークに刺してこちらに向ける。
「あー……ん」
お腹も減ってるし、食べないと治るものも治らないし、料理そのものは素直に美味しいから、素直に食べる。
でもまさかこういう形で『はい、あーん♪』なんてリア充イベントに突入するとは。
「はぁん♪……りょうた様、可愛い……♪」
ベルリネッタさんが心底嬉しそうにしている。
一連の動作も非常にノリノリだ。
「了大くん、野菜も食べなきゃダメだよ? どれでも遠慮なく言ってね♪」
愛魚ちゃんも愛魚ちゃんだ。
だいたい同じような感じ。
軽く茹でた根菜なども、言えば喜んで食べさせてくれる。
「じゃあ……にんじん」
「はい、了大くん♪ あーん♪」
にんじんを頼み、食べる。
愛魚ちゃんも猛烈に嬉しそう。
「了大くん、カワイイよ、了大くん……♪」
って、イチャイチャしている場合だろうか。
嬉しくないわけじゃないけど、この状況はもどかしい……
◎生兵法は大怪我のもと
いい加減な知識や技術で物事を起こそうとすると、それに頼ったり自負したりして、かえって大失敗をすること。
初バトルは残念な結果に終わりました。
ここで再登場したクゥンタッチは、実はおっぱいがついたイケメン枠です。
キャラ濃すぎかも。




