217 鶏が先か卵が『先か』
やりたいこととかやらなければならないこととかで執筆が遅れました。
厳密にどこかと契約して〆切を定めた身分ではありませんので、あしからずご了承ください。
時間軸の移動に成功した……らしい。
でも、このシェルターの景色は何も変わらない。
時間の感覚も、季節の感覚も。
外に出てみたい……けど。
「この体で外に出たら、間違いなく怪しまれるよな」
「それでは、偵察を出しましょう」
アイアンドレッドが掌に乗せて俺に見せてきたのは、金属色の蝿みたいな虫。
これが、偵察?
「これも我々の技術でできた飛行機械です。ここもかつては……遥か昔は、他の次元のように自然の生き物が暮らしていたそうですので、それを模しています」
大昔のヴァンダイミアムは、機械の次元じゃなかったらしい。
それを誰かが荒らして、汚染を拡大させて、それに対抗するために機械人間ばかりになったと。
よくそんな技術があったもんだ。
「我らが《始祖/Originator》は、祖父から受け継いだハードウェア側の研究成果に、自分が開発を進めていたソフトウェアを搭載して融合させたと……それが今日の我々
《機巧人間/Artifact Being》の起源です」
「その《始祖》とかいうのは、人間だったわけか」
「ええ。その頃は今のように汚染などされておらず、普通に暮らせる次元だったとのことです」
どうも《始祖》とか言う奴は、今のマクストリィより優れた科学力を持っていたらしいな。
そんな技術は重工業の社長であるアランさんからでさえも、聞いたことはない。
まあ、それはいいか。
「通信が次元を超えるように中継器を配置しつつ、この端末を各所に飛ばします。各所と言いましても、了大様の行動範囲に絞りますので、状況の把握は造作もないかと。受信はこちらの画面に分割で」
「ちゃんと飛べていれば、だがな」
まるで実感がわかない。
こんな蝿がロボットだとか、最初の時間に移動して来られたとか、まだ信じ切れないんだ。
どうせならその実感をこそ探し当ててもらうか。
行け。
「どの画面も暗いようなんだが」
「光源は点在していますよ。夜のようです」
よくわからんな……
仕方ない、待つしかないか。
眠くもならないこの体で、待つこと暫し。
「夜が明けて……ああ、地元だな」
十六分割された画面のどれにも、見覚えのある場所が映し出された。
自宅、最寄り駅、深海御殿……
懐かしく感じる。
もう、戻れないのか。
「出てきましたよ。了大様と愛魚様です」
深海御殿から出てきたのは、確かに真殿了大と深海愛魚だった。
二人仲良く歩いて、ファーストフードのマクダグラスに入った。
店内のポスターには期間限定のシェイクが大きく載っている。
「魔力を感知するトレーニングの時か……」
画面の中で了大が愛魚の指を揉んでいると、そこにもう一人登場した。
魔王でも魔物でもない、ごく普通の人間……
富田みゆきだ。
「なるほど、いつ頃かは把握できた。確かに最初の時間に来たということもな」
「では、ここで……この時間軸でヴァンダイミアムを再建いたしたく思います。お力添えを」
ここからが忙しくなる。
例の清浄機に魔王の魔力を注入して、起動させる。
何十台やったかわからなるのではと思ったが、そこは電子頭脳。
きっちり百台数えて、起動させた清浄機をフル回転させて汚染に対処する。
除去作業……除染を進めたら、機械人間の作業員に建設作業に入らせる。
作業員は全員、割り当てられたセクションの設計図を全部頭に覚えている。
俺のものよりは低性能とはいえ、電子頭脳に誤りはない。
建設作業のみに目的を単純化していれば、なおさらだ。
そしてまた、待つこと暫し……
「暇だ」
「でしたら、了大様の様子をご覧になられますか」
「嫌味か」
俺があそこに戻れないと知りながら、よくそんなことが言えるな。
やっぱりその口から上下に引き裂いてやろうか。
「いえ、丁度これから、了大様に転機が訪れるところですので」
「転機だと?」
分割していない画面全体に、年端も行かない女の子が映っている。
顔見知りでもなければ趣味でもない。
こんな幼女を映して何になる?
「今でしたら即座に思い出せるはずですよ。この子供は」
「ん、そうか、こいつは……」
幼女がいるのは、ショッピングモールの中。
そして現在位置の近くに、腕を怪我した了大とルブルム。
つまり幼女は、了大の命を狙ってどこからか現れた刺客だった。
「結局、何だったんだろうな。あの刺客は」
「不明です。しかし、サンクトゥス・ルブルムが居合わせたタイミングだったことから、余程間が悪かったか、運が悪かったかと」
「両方だろうな……だが、俺よりはマシさ」
幼女の正体はこの際、もうどうでもいい。
でも、ルブルムの顔を久々に見た気がする。
あんな……『ここで死ね』なんて言い出さない、俺が知ってるルブルムは。
「しかし、暇にも程がある。なんとかならんのか」
「では、先行して完成した区画に移動しましょう」
アイアンドレッドに言われるまま移動すると、これまた見覚えがある施設に出た。
そりゃそうだ。
設計図を見たことはなくても、以前に……自分が真殿了大だった頃に、客として来ているんだ。
その時の記憶を電子頭脳が鮮明に思い描くなら、見覚えがあって当然だ。
「工廠も手狭になりましたので、こちらに建て増しをしまして……」
同じ機能の施設でも、どれもシェルターの中のものより性能が良いようだった。
せっかくだから《切望真剣》の改良でもしていよう。
これの性能はどれだけ高くしても損はない。
あの忌々しいアルブムをブチ殺すためにはな。
そんな事を考えながら案内を受けていると、あの訓練場も作られていたのを知らされた。
改良が済んだら、思う存分試すか。
建設作業は急ピッチで進んでいる。
作業員は基本的には不眠不休で動けるが、機械の身体にはメンテナンスが欠かせない。
建材のうち硬化や乾燥を待たなければならない素材の待ち時間に、メンテナンス時間を重ねることでピッチを上げているが……
「なあ、アイアンドレッド。俺は本当に、何もしなくても?」
「貴方の力は温存していただきます。汚染の除去と都市の建築を進めながら、ヴァンダイミアムの魔王輪の位置を捜索しておりますので」
「なら仕方ないか」
……基本的には、暇だ。
飾り気のない都市は見ていてもすぐに飽きが来る。
作業員自体もまた然りだ。
「アイアンドレッド。作業員というか……一般の機械人間の外見、あれは普通の人間と同じにしたり似せられたりは、しないのか?」
「可能です」
あまりにも暇で、冗談半分でそう言ってみたら、できると即答された。
できないのではなく、あえてやらないのだと。
「まず製造と維持のコストに大きく影響すること、次いで性能の向上に寄与しないこと、何より、外装が汚染に耐えられないことから、今の世代のモデルでは採用を見送っております」
「昔はそういうモデルもあったと?」
「むしろ普通の人間に似せること自体も《始祖》の開発目的の一つであったとのこと」
なるほど、それで『アレ』もできたわけだ。
でも魔毒に耐えられないんじゃ、今のうちからやる意味はないな。
平和になったら……あるいは。
「ちなみに、技術デモンストレーションとして、設計データのみで実機は建造しておりませんが」
アイアンドレッドが設計データを画面に表示する。
そこには。
「……ベルリネッタ、さん……」
両腕を真横にまっすぐ伸ばした、アルファベットの『T』のポーズのベルリネッタさんがいた。
もちろん本物じゃない。
所詮はコンピュータグラフィックスだ。
「我等がヴァンダイミアムの技術をもってすれば、外見などいくらでも望みのままに作成可能です。貴方が欲しいものは外見ではないからこそ、実機を建造しないだけで」
「理解してもらえて、嬉しく思うよ」
本気でそう思った。
もしもここでアイアンドレッドが既に実機を建造していて、ベルリネッタさんの人形に『りょうた様♪』なんて言わせたとしたら。
その時はアイアンドレッドもその人形も全部ブチ壊して、自分自身もブチ壊して、全部終わりにしていたかもしれない。
高い確率で、そんな気がする。
「新しい工廠ができたことで、貴方自身の身体の改良も可能となりました。そちらの方向で進めてみてはいかがでしょうか」
「その方が建設的だな。そうする」
大型の作業台に寝そべって、システムに身を任せる。
もっと強くなければ、アルブムには勝てない。
神にも悪魔にもなれる力を。
力を身につけて人間の身体を失っても、なお失わない人間の心を。
アルブムに勝てれば、外見は思いのままに変えて、平和に暮らせる日が来るかもしれない。
人間でなくなった今の俺も、俺なりに……
「了大は……夏休みの登校日か。クゥンタッチさんが来て、富田さんが腐った目で見てきて」
真殿了大の動向は常に蝿型の偵察機で観測させつつ、時季の把握も兼ねる。
各種作業は結構進めた気がするが、魔王輪が……魔王の残骸が出て来ない。
あれはまだギリギリ動くから、俺が出向かないといけない。
それも念頭に置いて、改良した自分と《切望真剣》の性能を確認する。
この頃毎日、訓練場のバルーンを割って暇潰しをしている。
「思えば《雷斬》も、ここで了大に見せたから後々の時間で了大がイグニスに教えたり、了大の成れの果てである俺が完成形を知っていて、何も知らない了大に見せる用意ができたり……本当に《鶏が先か卵が先か》わからなくなる」
鶏と卵、どちらが先かのジレンマに答えが出ないように。
結局はどうあがいても、もう俺は勝てないのかもしれない。
でも、だからって今のうちから諦めるなんてできるわけがない。
性能面にはヴァンダイミアムの技術を全部詰め込んだ。
なら次は分岐のシミュレーティングだ。
あらゆる可能性を多角的に考えていると、電子頭脳が超高速で計算していても、時間がどんどん費やされてしまう。
了大の様子を見る。
「おー、すごいな! カセットいっぱいだ! りょーたはどれがいいと思う?」
「りょーくん、ファイダイのグッズだけのコーナーがあるんだって! 見ようよ!」
カエルレウムとルブルムと一緒、三人で買い物か。
ヴァンダイミアムとは比べるべくもない低い技術でできたレトロなゲームに心を躍らせる姉と、ゲームはそこそこに了大をあちこちの楽しみに誘う妹。
この日は……この日も、本当に楽しかった。
「僭越ながら」
「どうした。いい所だぞ」
「あまりそのように、必要以上に了大様の様子を直々に観続けることは……」
アイアンドレッドとの付き合いもなかなか長くなると、こいつにもちゃんと遠慮があることがわかる。
今回の進言も、俺の心理に悪影響を及ぼすと見たからこそだろう。
「わかっちゃいるけどな。でも、戻れないからこそ、せめて外から見るくらい許してくれよ」
「……承知いたしました」
この出来事は十一月。
だとするとそろそろ年末年始だが。
「ヴァンダイミアムの魔王輪、ようやく見つかったか」
「座標を特定し、一般作業員には半径三キロメートル以遠のみ整備するよう伝達し、作業を続行中です」
「いいぞ」
有能な部下を持ったものだ。
こいつ自身が魔王輪を制御できるなら、俺は要らないんじゃないかとさえ思える。
「例の防護服、持って来てあるか」
「持参はいたしませんでしたが、設計・製造のデータはありますので、再作成は容易です」
「一着仕立てておけ。後は何と言っても『アレ』な」
「外見は完成させております。ご覧ください」
指示しておいたものが寝かせてあるベッドに移動する。
そこにはまぎれもなく、寸分違わぬ外見の真殿了大の体があった。
「本当はもっと早い段階で入れ替わらせて、本物をここに呼びたかったのにな」
周囲の目を欺き、また、ある程度の力を持たせるための疑似魔王輪ができていないことと、ヴァンダイミアムの魔王輪の座標特定が遅れたこととで、結局はこんな遅くにまでずれ込んでしまった。
とはいえ、了大が求める幸せも俺が求める幸せもこの時間軸にある以上、ここからさらに移動はできない。
それに時間はただ費やしただけじゃなく、都市の再建を大きく進めたという結果にもなっている。
何かと俺に協力して付き従うアイアンドレッドの手前、こいつの目的に俺からも協力するのが筋というものだろう。
「言い出せばきりがない。何かと穴は……見落としはあるかもしれないが、用意できたもので勝負するしかないんだ。時間とも、アルブムともな」
「はい。ですが」
ですが、だと。
ここまで来ておいてどうした。
弱気か?
「このボディであれば完璧に見分けがつかない了大様になれます。これを使って、貴方があちらに戻れるのでは……?」
「ダメだ」
それだけは、やっちゃいけない。
本来求めていた幸せを、あの頃の『僕』が欲しかった幸せを奪う事だけは、しちゃいけない。
それをやったら最後、俺はアルブムと同じレベルの外道に成り下がる。
あくまでも外から、裏から了大を勝たせてやらなければ。
◎鶏が先か卵が先か
因果性のジレンマ。
鶏と卵のどちらが先に誕生したのか結論が出ないことから、矛盾する問題や相反する事柄の例えとしても使われる言葉。
ざっと19部分~66部分の裏側から答え合わせと裏事情の開示で話を進めました。
山場ということでなかなか決定稿が出せません。