216 雲を『掴む』
職場内で部署が変わって、転換に慣れるのに手間取っています。
執筆が鈍化してしまいましたが『答え合わせ編』突入です。
僕自身こそが、あのスティールウィルの正体。
こうなってしまった以上、認めないわけにはいかない。
幸い、この機械の体はちゃんと自分の体として、思い通りに動く。
できることはまだあるということだ。
「アイアンドレッド。そうしてお前が僕を『私の魔王』と呼ぶということは、つまり今こそお前は僕の命令に従うということで間違いないな?」
「はい。それはもう」
真魔王城にあれだけいたメイドたちにも、そしてきっと、愛魚ちゃんにも。
こんな体じゃとても顔向けはできない。
となればこの口裂けロボ女だけが、今の僕に従う唯一の家臣か。
「僕が持っているのはヴィランヴィーの魔王輪であって、ヴァンダイミアムのそれではなくてもか」
「いずれはそれも、貴方のものとなりますので」
僕を……いや、『俺』を。
俺を裏切るような素振りを少しでも見せてみろ。
その頬まで裂けた口に手を突っ込んで、顎から上下に引きちぎってやる。
「そう言えば、先代の魔王が汚染区域の中……だったか? そこから取れば同じってことか」
最初の時間の記憶。
もう随分と遠い昔のようで、それなのにはっきり思い出せて。
今度は俺が、何も知らない『僕』を連れて、あそこに行くのか。
「最新世代の電子頭脳に、これまでの記憶は細大漏らさす移植させていただきました。いつ何時の出来事であろうとも、瞬時に読み込めるかと」
そういうカラクリかよ!
もうつくづく、人間じゃなくなったんだな。
「忙しくなるからな。働いてもらうぞ」
「かしこまりました。了大様」
この期に及んで『了大様』だと。
バカを言うな。
「アイアンドレッド。今後は二度と、俺をそう呼ぶな。俺は……」
俺はスティールウィルだ。
もう、真殿了大じゃない……
前提となる知識を頭に叩き込んだ。
アイアンドレッドに口で説明させて聞いたわけじゃない。
あいつは『それには及びません』と、データファイルを俺の電子頭脳にコピーしただけだった。
時間はそうかからなかったから、それについては便利だったけどな。
「つまり、かつての俺が時間を戻したり、違う行動で違う分岐に行ったりしていたのが『縦』の移動なら、アイアンドレッドが自分の魔王を探して回っていたのは『橫』の移動で……」
その能力で移動を繰り返して、あの時間に……
最初の時間にたどり着いて、俺がアルブムを殺せれば。
そうすれば、真殿了大はあの幸せを失わずに済む。
なるほどな。
「だから、橫移動のための能力……《漂流する滑走/Drifting Slide》が必要で」
ドリフティングスライド。
これは呪文でなく、機械の体に仕込んだ装置によって可能になる能力。
よほど上手く呪文を書き下ろせれば再現できるかもしれないけど、たぶん無理だろう。
つまり、俺たちがやらなきゃならない。
「当面は私が単身で、目的の時間軸を探してまいります」
「頼むとは言わないぞ。命じる。必ず見つけろ」
失敗は絶対に許さない。
いざ戦いとなって負けるのならともかく、戦いのステージに立つことすらできないんじゃ、問題外だ。
だからアイアンドレッドにはまず『最初の真殿了大』を探しに行かせた。
俺にコピーする過程で『真殿了大の記憶』を見て、慰安旅行の最中に出るだろうとは予測できてるはずだが、あいつは『何かの間違いで、そうでない時期に出るかもしれませんので』と言い出した。
だから『出会った全部の真殿了大に尋ねてみて、最初の時間かどうか確認する』と……
なんとも気の長い話だ。
それならせめて『最初の時間探し』に支障がない範囲でなら、最初でない了大も助けてやれとは言っておいた。
何もしないよりは結果が良くなることも、本当に何もしなかったら悲惨な結果になることも、見たはずだから。
「不振に終わった場合も毎回ごとに、補給と整備も兼ねて、報告に戻ります。それでは」
最初から一発で最初の時間を探し当てられはしない。
俺が何度も会ってきたように、アイアンドレッドも何度もそれぞれ違う時間の了大に会うはずだ。
そうして一往復するごとに、メンテナンスが必要なわけだな。
それはきっと、今の俺にも言えることだろう。
こんな機械の体には。
「こんな体と言えば、だ」
この時間のヴァンダイミアムは、俺が了大として最初に見た風景とは違う。
汚染を避けるために主要な施設は全部地下にある、という点については同じだそうだが、あの時に見た地下街なんかはない。
どこかのフィクションで見たようなシェルターの中に、最低限の工廠と申し訳程度の倉庫だけだ。
こんな状態から、当てもなく長時間滞在し続けるとトニトルスさんでさえ死ぬほどの毒を、綺麗にして街作りだと。
どうやったらそうなるんだ?
それに、そっくりに作った偽者の了大のことも。
いざ自分がスティールウィルになってみても、わからないところはある。
その辺は、あいつが帰ったら聞くか。
わかるところから手をつけよう。
まずは武器だ。
「確か《切望真剣》……」
鋼鉄の意思が切望するもの。
くどいようだけど、そんなものはあの幸せ以外にない。
なるほど、切望なんて名前だったわけだ。
「勇者の剣である《シズウド・ファルザック》にも、ベルリネッタさんの《奪魂黒剣》にも、負けない強さを……アルブムにも勝てる強さを……」
それには強さが必要だ。
ヴァンダイミアムの技術を総動員して誂えることにする。
工場の設備も物資も俺の命令が最優先、設計も加工も全自動だ。
「……よし」
空いていた製造ラインを一本動かして、工作機械に部品から作らせる。
その様子を眺めながら暇を持て余していると、アイアンドレッドが帰ってきた。
結果を報告させる。
「真殿了大様にお会いできない時間軸でした」
「どうした?」
どういうことだ?
あの二周目でさえも、顔見世程度には会っていたと言うのに。
「勇者・寺林凛に敗れ、命を落としておりましたので」
「問題外だ、バカ野郎!」
話にならない。
メンテが済み次第、また次に行かせる。
「どうでもいい、といったご様子でした」
やさぐれてた頃の時間軸だろう。
どっちみち無理だな。
次。
「お会いできませんでした。既にアルブムがヴィランヴィーの魔王輪を得て、複数の次元を支配下に置いた後でした」
そもそも了大に会えるかどうかさえ、確率としては半々程度なのか。
これは俺の見積り以上に……了大として見てきた記憶以上に、回数がかかるか?
次。
「申し訳ございません。事情を全てお話したところ、了大様が自害されてしまいました」
「おまっ……言うなよ!」
事情を全部話したことで絶望したか……
そう言えば口止めを忘れてた。
最初じゃない了大にも『この後何周かかる』とか『何周しても勝てなくて、終いには俺になる』とかのネタバレは絶対に言わないように命令しておく。
でないと、俺にすらなれないらしいからな。
次。
「お会いできたことはできたのですが」
「最初の時間じゃなかったか」
「はい。魔王輪を制御できず暴走し、城の者を皆殺しにしておられました」
いや、そんな分岐、俺は知らないぞ。
知っていようといまいと、そんな結末は問題外だけどな。
次……会えなかったか。
また次。
「お会いできましたが、放心状態の廃人でした。車椅子に乗せられて」
「どういうことだ……?」
どうやらこいつは、俺が見たことがない時間にも行ってるようだな。
自殺とか皆殺しとかにしてもそうだ。
俺の知らない結果を見てきている。
まあ、次へ。
「『お前みたいな心を持たない木偶人形がいてもアルブムには勝てない』とあしらわれました」
「ああ、それなら俺も覚えてるやつだ」
確かあの時は立待月のメンテすら渋ったから、腹が立って怒鳴ったんだっけか。
そんなことすら、もう懐かしい。
次とそのまた次と、会えなかった移動が二回続いて。
また次。
「お会いできましたが、その……」
「どうした? 報告は正確にしろ」
「……申し上げても?」
そんなに言いよどむほどの状態だったのか?
自殺より暴走より、廃人より?
どんな了大に会って来たんだ。
「両腕両脚を切り落とされ、代わる代わる女たちに跨がられては魔力を搾り取られるだけの状態でした。私には『殺してくれ』と懇願されまして」
「ひっでぇ……!」
さすがにそれは結末としてあり得なさすぎる!
とりあえず、次に行かせつつも考えてみる。
アイアンドレッドの橫移動が俺も知らない結末に到達することもあるのなら。
逆に言えば、最初の時間でなくても全部うまく行ってる時間軸も、見つかるかもしれない。
何しろ、カエルレウムがよくやるレトロゲームとは訳が違う。
分岐は容量なんかに制限されず無限に発生して、俺が観測していない時間も無数にある。
いっそのこと、俺なんかの介入がなくてもアルブムに勝てて、皆で幸せになれる時間が見つかれば……
「……そんなものがあったら! 誰がこんな体になってまで!」
……何を考えてるんだか。
そんな《雲を掴む》ような話が本当にあったら、最初から苦労はしない。
ついつい、作業台を殴ってしまう。
物に当たり散らしても何も変わらないのに。
「最初の時間ではありませんでしたが、真魔王城のメンテナンスという形で介入しておきました」
「いいぞ」
何度も移動して、座標軸の範囲が絞り込めたか。
段々、俺が知っているルートに収束している。
また続けて行かせているうちに《切望真剣》が出来上がった。
上を見たらきりがないけど、満足行く出来だろう。
出来上がったそれを軽く振って、構える。
「そう言えば、あのバルーンが出る訓練場もないのか」
せっかくの武器が、おちおち試し斬りもできやしない。
テストはしておきたいのに。
ああ、またアイアンドレッドが戻ってきた。
「また別の、どうでもよさそうなご様子の了大様でした」
「やさぐれてた時分だな。ああ、ところで」
汚染区域を浄化する件について、どうなっているかを聞き忘れていた。
そっちの報告をさせる。
「既に、清浄機と作業員の量産体制に入っております」
「そんな物ができるのなら、浄化は可能ってことだな」
「ただし清浄機の方は、作動に魔王輪からの膨大な魔力が必要ですので、それさえご提供いただければ」
なるほど、それで別の次元からでも何でも、とにかく魔王が必要だったのか。
そこまで聞いてようやく納得できた。
前提知識のデータに入れとけばよかっただろうに。
「もちろん、動かす魔力は出す。ただしその清浄機ごと『最初の時間』に移動させて、そっちのヴァンダイミアムで使う。時間軸の詳細な指定さえできれば、可能だな?」
できないなんて言ってみろ。
誰が今のお前の主か、よく思い知らせてやる。
「たとえ今は不可能でも、必ず可能にいたします」
杞憂だったか。
この悪夢も同然の環境でなら、最上級の返事だ。
俺も必ず、不可能を可能に変えて見せなきゃな。
またアイアンドレッドを行かせて……
「どうでもよさそうなご様子の了大様が、これで三連続ですが」
「絞り込めてる、ってことだ。続けろ」
……少しづつ近づいている。
電子頭脳になってはっきり思い出せるようになった記憶では、やさぐれていたのは三周目から二十九周目までの、二十七週。
二十周まではしてないと思ってたがそれ以上だった。
その無関心な反応が続くということは、そのあたりの時間軸に現れているということ。
ここから先は微調整を繰り返していく。
「私の参戦をかなり期待しておられるご様子でした。おそらく、二周目かと」
「よし……!」
そこまで行けば、あと一息だ。
あんな裏切りはもう二度と見たくないけど、そのもう一つ先が見たい。
「私を全くご存知ない了大様にお会いできました。ご希望の『最初』かと」
「よくやってくれた!」
来た!
早速《漂流する滑走》に必要な数値をコピーさせて、自分も行けるようにする。
ん、数値のうち一つが違ってないか?
「同じ時間軸で、可能な限り早い時季に飛びます。ヴァンダイミアムの再建もまた不可欠ですので」
「設計は誰がやる? これからか?」
「私単体ではなく、設計補助プログラムを大々的に活用して行いました。既に済ませております」
なるほど、それであの時に見た地下街ができるわけか。
そこはやらせてやろう。
「早い時季に飛ぶにも、魔王輪の魔力が必要になります。そこは」
「皆まで言うな。やってやるさ」
どうせ、いいも悪いもない状況だ。
この体なら魔力をフル回転させても耐えられる。
できるだけ回して……《漂流する滑走》!
「……あれ?」
飛んだ気がしない。
見た目は全く同じ、シェルターの中だ。
「移動自体は確かに成功しております。ここにつきましては貴方の介入がなければ、私だけでは変えられない要素ですので」
確かに周回の中でも、俺が介入しなかった要素は変わらないことが多かった。
ここもそういうことだろう。
介入するにしても、何も知らない最初の真殿了大を勝たせることだって《雲を掴む》ような話には違いないが。
それでも。
だとしても、掴んでみせなければ……!
◎雲を掴む
物事が漠然としてとらえどころのない様子。
雲を形成する水滴や氷晶はひとかたまりとして掴むことができず、全体的な形状も安定しないため。
答え合わせと言えば簡単そうですが、なるべく矛盾点を解消しなければならないという意味では、言うほど楽ではなさそうです。
しばらくは最初の時間を別視点で、補足しつつ追いかけ直します。