213 付け焼き『刃』
暑かったり忙しかったりゲームにハマったりと他の要因もありましたが、一番の要因はやはり『各キャラクターの動機付けがうまくいってなかった』ことで執筆が遅滞していました。
そこらへんがようやく思いつきましたので、やっと動かせる感じです。
死者の世界の《督促担当》までをも配下に収める能力。
あの《凝視》のせいで、どれだけ酷い目に遭わされたか。
別の時間での、操られたメイドたちを思い出して気が滅入る。
「一応聞くが、まさか黙ってやられるつもりではないよな?」
ちょうど来てくれていたウリッセ様から、そんなことを聞かれる。
そんなわけないじゃないか。
「もしそうなら、三十何回もやり直しませんよ」
「だな」
勇者の剣を手元に呼び出す。
この剣は今回もいつも通り。
僕が勇者輪を得ている限り、絶対に僕だけに追従して、どこにも渡したり返したりしなくていい。
絶対に裏切らない安心感がある。
「ん、それは……《シズウド・ファルザック》か。確か寺林凛の魂も時期によって来たり来なかったりだったが、奪って使えるものか?」
シズウド・ファルザックというのはこの勇者の剣の名前だそうだ。
思えばこの剣に名前を聞いたことはなかったなと思って聞いてみると、確かにその名前で合ってた。
喋れるくせに名乗らなかったのは『聞かれなかったから』って、それでいいのかよ。
そんなことまで知ってたとはさすが冥王だけど、魔王輪と勇者輪が食い合ってひとつになる話は知らなかったらしい。
勇者輪を自分のものにしたことと、そうすれば剣が言うことを聞くようになったことを話す。
「成程、今の貴公は魔王であると同時に勇者でもあり、ゆえにシズウド・ファルザックが従うわけか」
「そんなところです。で、実は《絶対絶鳴》についてお聞きしたくて」
ベルリネッタさんに頼んででもウリッセ様に会いたかったのはこれ。
勇者スキルの中でも特に有効そうな《絶対絶鳴》が『冥王の剣と同じ特性を持つ』ことについて、詳しい話を聞きたかったからだ。
「ふむ、ん……話してやりたいのは山々だが」
ウリッセ様はそこで言葉を切って、窓の外を見る。
僕も同じように外を見ると……いけない!
城の防護の呪文にかなり負担がかかっているんじゃないか!?
外からの猛攻撃で、もう長くはもたなさそうに見えるぞ!
「そういう訳でな、お喋りの時間はあまりなさそうだ」
「くそっ、いつもいつも邪魔してくる」
「こうなる事を予見できずに《督促担当》を寄越した私にも、冥王として面子と責任があるが……そうでなくともどの道、奴を野放しにはできん。打って出るぞ」
急いで駆け出す。
今の時点で城内にいる面々は外に出ないで、全員そのまま待機するようにと、ベルリネッタさんに伝達を頼んだ。
おそらく今回の様子だと誰も抵抗できずに支配されるだろうし、そうなれば僕の剣も覚悟もきっと鈍るし。
冷たい方程式のようだけど、それならいっそ、いないほうがいい。
ウリッセ様はついて来てくれて……
「《督促担当》は補充がきくから、手加減は要らん。それと《絶対絶鳴》は使うだけなら直感的に使えるから、あとは制御の問題だ。私の技、使いこなせよ」
「は……はい!」
「よし」
……最低限の注意事項だけは聞けたところで、城の外に出る。
空を埋めようかという勢いの《督促担当》の大軍。
思い入れもない相手な上にウリッセ様の了承もあるなら《絶対絶鳴》の試し斬りだ!
「う、わっ!?」
確かにこれは、制御をしっかりしないとまずい。
どうやら魔力で斬撃を飛ばす技のようではあるけど、必要以上に魔力を持って行かれてオーバーキルしたり、そもそも思い通りに飛ばせなかったりする。
ウリッセ様は『制御の問題』と言ってたけど、その制御が難しいぞ……
今の僕でもこうなんだからそれ以前の僕、周回数が少ないうちだったら、制御以前に使うのも無理だったろう。
「と言っても、敵は待ってくれないからな」
でも考え方によっては、的がいくらでもあるとも言える状況。
ぶっつけ本番でも、やってやる!
真魔王城では、待機を命じられたメイドたちが窓際に張り付き、戦いが始まったことを自身の目で確かめていた。
外に出た了大とウリッセに狙いが切り替わったため、防護の呪文には問題がなくなっている。
そして、外が気になるのはメイドたちだけではない。
「本当にかあさまだ。この城に攻めてきて、しかもりょーたにあんなのを差し向けるなんて」
「りょーくんの言ってた話が本当で、母様の様子がおかしいってこと……?」
カエルレウムとルブルムも気が気でない。
何しろ二人の実の母親が乱心して、了大と殺し合いにまで発展しているのだ。
「で、お主らはどうするつもりだ。アルブム様とリョウタ殿、負けた方が死ぬぞ」
「そんな!?」
「そうであろうが。アルブム様はリョウタ殿の魔王輪を奪う腹積もり。リョウタ殿は当然死にたくない上、やり直しの恨みつらみでアルブム様を許せぬ。もうお互い、相手を殺す気だぞ」
動転するルブルムにも、トニトルスは静かに説く。
周回について了大から聞かされただけでなく、フィギミィへも招かれてアヴァンテに会い、アルブムの乱心をかねてより承知している。
ここでの判断が重要になると踏んで、言葉を選ぶ。
厳しくとも事実関係を確認させることで現実を指し示し、真実へ導く言葉を。
「……悲しいけど、ここから見ているだけでもわかる。あのかあさまは、普通じゃない」
「ほう? 割り切るのならお主でなく、ルブルムかと思っておったがな?」
意外な反応だった。
面倒を嫌ってフィギミィへも来なかったカエルレウムの方が、冷静に現状を受け止めている。
「わたしの知ってるかあさまは、わたしが大好きなかあさまは、あんな触手なんてもちろん生えてないし、あんなことは絶対にしないし。何かわけがあって、そのわけっていうのが、りょーたの言ってた周回とかなんとかの話なんだろ」
「我も同じ考えだ」
揺れ動いているのはルブルムだ。
ずっと《りっきー》として了大と親睦を深めては思いを募らせ、また了大からも彼女として大事にされてきた自負もある。
だからこそ、選べない。
「カエルレウムは割り切れるの!? りょーくんが、母様を殺しちゃうかもしれないんだよ!?」
「同時に、かあさまがりょーたを殺すかもしれない状況だろ。どっちかって言ったら、危ないのは断然りょーたの方だ。りょーたがかあさまに勝てるとは考えにくいぞ? おまえこそ」
ルブルムの鼻先に右の人差し指。
カエルレウムが選択を迫る。
「勇者と戦って戻って、何か様子が変わってからはともかく、それまではわたしよりもまななよりも一番、他の誰よりおまえがいいってりょーたに言われてただろう。なのにそのおまえがここでかあさまを選んで、りょーたを見捨てるのか?」
「そんなこと、でも、それは……! と、トニトルスはどうなの!」
板挟みで錯乱するルブルムは、トニトルスに水を向ける。
常日頃から恩師としてアルブムを尊敬しているトニトルスだというのに、どうしてここで冷静でいられる。
「単なる私利私欲や生存競争での殺し合いならばわざわざここまで、冥王その人が直々に来るわけがない。なのに冥王があの場にいるというのが、言わば答えだろうな。ああしてリョウタ殿に加勢してまで、冥王にとっても守らなければならないものが……」
そこまで述べて、ベルリネッタへ視線を向ける。
ベルリネッタは不動。
他のメイドのように窓の外を気にすることはなく、了大に命じられたまま城内で待機。
(……フォルトゥナの奴は『やり直しの鍵はベルリネッタ』だと言っておった。ベルリネッタ次第でまたやり直せるなら、どちらも死なずに済む道筋を探せて、今ここでの選択にさしたる意味はないのやもしれんが、さしあたってはこやつらを抑えることだろう)
周回に賭けるとしても手をこまねいてはいられないが、自分が動くばかりが手立てではない。
他者の勇み足を止めることもまた、手立てのひとつであるから。
「……あるということではないかな」
突き放されたように感じたルブルムが《半開形態》に変わりながら、痺れを切らして駆け出す。
十中八九、城外に出る気だ。
「いかん、止まれ! ベルリネッタ……は……」
「邪魔するなぁ! 《癒しの閃光》!」
ルブルムが得意とする回復の呪文。
普通ならば生き物の傷を治し、癒すものだが、今回の相手はベルリネッタ。
しかもそれを《半開形態》になって威力を増して撃つと。
「ぐうッ!?」
ベルリネッタのような《不死なる者》相手には、闇を祓う攻撃として殊更に効いてしまう。
進路上に立とうとした動きを止められてしまったベルリネッタの横を駆け抜け、ルブルムはバルコニーへ。
そしてそのまま飛び立ってしまった。
「……やはり止められなんだか。相性が悪すぎたな」
周回によりアルブムのやり口や特性の予測がつく了大が『外に出るな』と言いつけたのは、それ相応の理由と確信があるからこそ。
なのに、自分たちまで外に出てしまうわけにはいかない。
追跡は諦め、場内から成り行きを見守るが……
冥王ウリッセは了大から少し距離を置き、仮に了大が《絶対絶鳴》の制御を失敗した場合に巻き添えを食ったり、逆に自分の攻撃が了大に届いてしまったりしないように、位置取りに気を遣う。
生前からよく学んだ、騎士の立ち回りで《督促担当》たちもあらかた斬り捨て、様子を伺う。
「む!」
若干の威圧感。
アルブムの《凝視》が飛んで来たせいだ。
しかし、魔王輪を持つ者は支配される者ではなく、支配する者。
他者を支配する能力の影響は受けない。
「《凝視》が効かない上に、その大きな闇の魔力の気配……あなた、どこかの魔王?」
「さてな。貴公が死ねば、正体を教えてやるさ」
ウリッセの剣と斬り結ぶように、アルブムの触手が走る。
触手は本数が多いが、ウリッセは剣撃の速度でそれらの全てに対応し、斬り捨てる。
しかしいくら斬られても、触手は新しく生え変わるために、状況がまったく変わらない。
「いつまでその元気が続くかしらね。こちらはまだまだ、いくらでもやれるわよ」
もっとも、ウリッセにこの停滞した状況を変える気はなかった。
ドラゴンの肉体に対して明らかな異物である、この触手の正体を見極める。
《督促担当》の一部が変質したことも、複数の次元が滅亡したことも。
そして何より、龍の中の龍とまで評されたアルブム自身が、発狂とさえ言える変貌を遂げたことも。
「肉体の疲労で勝負が決まるなどと思うあたり、所詮は生き物の発想だな」
アルブムにではなく、触手にどう対処すべきか。
それを見極める必要がある。
(生き物、か……アルブムにこんな物が最初から生えていたはずはない。仮に、別個の生き物だとするなら)
冥王がその瞳を凝らす。
生きとし生けるものの魂や、その質を正しく量る瞳だ。
「なるほど、わかった……が、なんとも奇怪なものだ」
もしも、必ずしも了大がとどめを刺さなければならないとは限らないのなら、自分がやってしまっても……
そんな考えがよぎった途端、白い影が躍り出て眼前を横切る。
「今のは……サンクトゥス・ルブルムか!」
ルブルムが了大に向かう。
あっという間に距離を詰め、掴みかかると。
「りょーくん、どうして!? どうして母様とりょーくんが、こんな!」
「ルブルム……なんで出て来た! 外に出るなって言ったのに……」
揺れ動く心を、そのまま了大にぶつけてしまう。
はっきりと姿勢が定まらず、必ず了大の側につくと決めていないのであれば。
「あら、ルブルムじゃない。あなたもこっちに来なさい」
「は!? っ……」
あやふやな態度には《凝視》が通ってしまう。
これでは前回までと同じ、アルブムの操り人形だ。
「やっぱりかッ……」
了大にはそうなる予感があった。
だからこそ待機を命じてから来たのにもかかわらず、現状はこれだ。
「やりづらかろう。引き離してやるか! 《影からの枷》」
そこにウリッセが割って入り、ルブルムの対処を引き受けてくれる。
ベルリネッタも得意とする呪文で真っ黒な影の手が何本も伸びて、ルブルムをその場にがっちりと拘束する。
「拘束はできるが、手が離せんか」
だが相手はこういったものを祓うのが得意な《聖白輝龍》。
影の手を千切り、抜け出ようとする。
ウリッセは呪文の維持に、手が離せなくなってしまった。
「真殿了大! 《絶対絶鳴》の真髄を正しく理解し使いこなせるなら、そのアルブムにも必ず勝てる! やってみせろ!」
「はい、行きます!」
了大がひときわ力を込めると、シズウド・ファルザックの刀身で魔力が高まる。
やり過ぎも何も考えない一撃を叩き込むと。
「や……やった!?」
アルブムの頭が割れた。
ドラゴンの巨体が命と力を失って前のめりに倒れ、地面を揺らす。
「とうとうやった……勝った……?」
アルブムが死んだ。
しかし、確かにその死を間近で見届けたにもかかわらず、ウリッセの表情は渋い。
「如何せん《付け焼き刃》ではそうなってしまったか。致し方ない……」
まるで、結果に納得が行かないかのような様子。
生と死の循環をこそ破壊するアルブムを、殺して止められたはずが。
更に良い結果が、本来は存在したのか?
◎付け焼き刃
一見切れそうに見えて、実際は切れない刀のこと。
切れ味の悪い刀に鋼の焼き刃をつけたことに由来する。
転じて、その場しのぎのために一時的に知識などを覚えること。
とうとうアルブムを殺した(殺すことができた)ものの、これで終わりではなく。
この後はアルブムを殺したからこそ発生するトラブルと、序盤のうちに用意していたフラグの回収です。