212 『死人』に口なし
キャラクターの動機付けやフラグ管理に悩んだり、いろんなゲームにハマったりして、更新が大幅に停滞していまして。
飽きたというのだけは絶対にありませんので、再開です!
キツい冥王ジョークが炸裂したことで腰を抜かしそうなアヴァンテさん。
応接室の椅子に隠れるようにして、ウリッセ様から距離を取っている。
「怖かったか。まさかそこまで怯えるとは思わなかったが」
「こここっ、こっ、怖くなんかなっ、ないぞ! おびっ、お、怯えてなんか……」
いやいや、怖がってるし怯えてるし。
魔王って言う割になんだか普通の子供みたいだな。
「アヴァンテさんって、精神面も幼いんですかね」
「あやつ、肝心なところが意外とヤワですぞ」
ダメっぽいなあ……
これは大丈夫なんだろうか。
一口にそれぞれの次元の魔王と言っても、ウリッセ様は普通に『様』って付ける気になるのに、アヴァンテさんは『さん』止まりになっちゃう。
「よっ、余は……《龍血の姫君/Dragon Princess》は……必ず甦ってみせるぞ!」
彼女はそう言うけど、この状況からの復活は率直に言って無理だろう。
冥王直々に生き返らせられないって言われた上に、じゃあ時間を戻せばと思っても、僕はアヴァンテさんが死ぬより前に時間を戻せないらしい。
愛魚ちゃんの気持ちを知って付き合うようになったあの初夏より前に、僕の印象に強く残ってるイベントが何かあればよかったんだけど。
「そうとも」
「? そう、とは?」
ここでウリッセ様が言い出した『そうとも』という言葉。
あまりに省略しすぎてトニトルスさんが反射的に尋ねたほどで、僕もそれだけじゃわからない。
「あのアルブムが振るった力、アヴァンテを殺害した力は、あまりにも『不自然すぎる』のだ。単なる人工物というだけのことでもなければ、次元や種族、または属性の違いというだけでもなく、はたまた善悪や生死といったものですらない、不自然さ……それが証拠に」
アルブムが時折使う得体の知れない力は、そんなにも奇妙なのか。
そこまでで言葉を区切って、ちらりとトニトルスさんを見た後、ウリッセ様は僕に向き直った。
僕に何かあるんだろうか。
「愛魚という娘が、あの力に取り込まれた回があったな」
「ああ……ありました」
思い出す。
確か、カエルレウムが僕を本気で愛してくれて、ルブルムと喧嘩になったりはっきりとアルブムの支配を拒んで抵抗に成功したりした時間のことだ。
あの時は代わりにとでも言わんばかりに、愛魚ちゃんが敵になってしまっていた。
「あの時の彼女は戦いの末に命を落としたが、魂がここまで……フィギミィまで来られなかったのだ」
「死んだ魂が、ですか」
「うむ。彼女だけでなく他にも、同様の報告が複数上がって来ていてな。ああなると魂までもが取り込まれるのか吸い取られるのか、いずれにせよ『まともに死ねなくなる』と見た。それも我々のような《不死なる者》が配下として死者の魂をいっとき手元に置くのとは訳が違う。世界の法則や規律といった『道』から完全に外れる、不味い事態だ」
魔毒にやられるというのは、そんなにも重大なことだったのか。
道理で冥王でさえ動くわけだ。
「そんな訳で、あんな力がそこら中で跋扈してしまっては、いずれは全部の次元の全部の魂が道を外れて、生も死もない空虚な世界になってしまう。それは一個人の生死とは比べ物にならない、世界全体の滅亡と言って差し支えない。冥王として、到底看過はできん」
アルブムのせいで世界がヤバい。
そんなの止めるしかないじゃないか。
いずれにせよ、止められなければその過程で僕は殺されてしまうというのもある。
出来ることは何でもしよう。
「生も死もない、空虚な……? となると」
ここで思い出したことがある。
アルブムもまた空振りに終わるという、滅亡していたらしい次元の話。
「イアミィとイーラァ、それとドイズ・ダガードも、そこの人たちは魂が来てないということですか」
「何だと? 少し待て……記録の管理はギブリの管轄だな。どうなっている?」
「急ぎ確認します」
ウリッセ様の配下のイケメンの片方、ギブリさんがさらに下の人たちに資料を探させる。
体感で数分くらいかな?
「……来て、いませんね……誰も」
「馬鹿な、そんな訳があるか。誰もここに来ていないということは、誰も死んでいないということだぞ。他の、力ある誰かの干渉がない限りは」
やっぱりどこか、僕の周回よりも前の時点ですでに滅んでたんだ。
三つが三つとも。
「その『力ある誰か』がアルブムで、魔毒の影響だとしたら」
「いよいよもって不味いだろう。普通なら《督促担当/Dunninger》が見ているはずなのに、どうしたことだ」
ダニンガー?
わからない用語だと思っていたら、もう一人のイケメン、カムシンさんが簡単に説明してくれた。
来るのが遅い魂を直接回収に向かう担当、いわゆる僕らのイメージしやすいところの『死神』に相当するポジションだそうだ。
「改めて《督促担当》を行かせろ。多めにな」
「かしこまりました」
で、回収のような直接的な動きはカムシンさんの担当と。
なるほど、死者の世界もそれなりの仕組みと仕事があるんだな。
「そうそうすぐに戻っては来ないだろうから、今はヴィランヴィーの面々には帰ってもらうか。回収の度合いによっては、本格的な協力を頼むかもしれんが……そうならんことを祈る。本来は異なる次元間での争いであっても『生存競争』であるならこのフィギミィからは干渉せんのだ」
「殺し合いもまた、自然の摂理の一つということですかね」
「話が早くて助かるよ」
現時点でできることや提供できる情報は、もうなさそうだ。
帰る前に、アヴァンテさんは……
「一名でよい。ターミアへもその督促を頼む」
「アルブムが使った力があれならば、ターミアの死者も同様になっている可能性があるか。カムシン」
「直ちに手配いたします」
……何だかんだ言っても魔王なんだな。
要所を押さえるようにウリッセ様に頼んだり、ウリッセ様も軽く扱わずにもてなしたり。
何かの方法で復活してもらえれば、話も違ってくるかな。
ということがあって、ヴィランヴィーの真魔王城に戻った。
場所は元の食堂だな。
こっちではどのくらいの時間が経ったんだろう。
「あれ、戻ってきたの?」
愛魚ちゃんがそんなことを言う。
戻ってきちゃいけなかったの?
死者の世界だよ?
戻ってこないってことは、死んじゃうってことなのに。
「さっき行ったばっかりだよね」
「え。さっきって、何分くらい?」
「一分にもなってないよ。行ってすぐ戻ったようにしか見えなかったの。数秒?」
周囲を見渡してみる。
卓上の皿が片付けられていない。
皿の上の料理も減っている感じがなく、温かい状態で出されたものが冷めた様子もない。
「りょうた様、死者に時間は流れませんので」
つまり時間が止まっていたようなものか。
便利なばかりでもないだろう。
気をつけないと。
「でも、いろんな情報が手に入ったね。ああしてフィギミィにも伝手ができて、アヴァンテちゃんからも話が聞けたとなると、また違うじゃない?」
ルブルムはそう言う。
確かに、これまでターミアでの出来事は誰からも聞けなくて《死人に口なし》と思ってたけど、こちらもこちらで問題は山積みだ。
記憶喪失状態で夏休み終了直前まで過ごしてしまった時間的なロスだけじゃない、人材や、蓄積も。
これはもう、時間を戻すしかないんだろうな。
「……りょーくん?」
また、戻すのか……
また、失うのか……
僕は……
「りょーくん、どうしたの?」
「ん……今日は、もう休むよ。一人にしてくれ……」
……きっと今の僕は、とても見られたものじゃない表情になってる。
戻さなきゃいけないとわかってる義務感とか、戻してどうなるっていう絶望感とか、そういういろんなものが、顔に出ていそうだ。
翌日。
カエルレウムの機嫌が悪い。
僕が何かしたかな。
「いや、すまん。りょーたのせいじゃないんだ。ないん、だけど……どーしても、本当にどーしてもクリアできないゲームが」
安心した。
またゲームの話かとは思うけど、彼女らしいと言えばむしろ微笑ましいくらいだ。
「キャラのレベルも最大まで上げたし、装備も最強のを揃えたし、戦法もいろいろ試して、アイテムだって惜しまず使ってるのに、何回やっても勝てない……」
でも、内容は全然安心できなかった。
僕にとっては決して、ゲームの話だけとは思えなかったから。
あの手この手でいろいろやっても一度も勝てていない、つまり『現実を攻略できていない』僕には……
「もー、あんまりイライラしすぎて、当分置いとこうかと……もうやらないかもだけど」
「それもいいかもね」
ゲームなら後回しにすることも、投げ出すこともできる。
でも、人生は……自分の運命はそうはいかない。
「……りょーた? どうした? 難しい顔して」
また表情に出てたのか。
カエルレウムには何でもないと言っておいて、移動。
「まずいな……何もやる気が起きない」
あちこちをうろついても何も手に付かず、寝室へ戻った。
王様ベッドに一人でごろ寝。
「死者に時間は流れない、か」
だとしたら、僕はもう死んでいるのと大差ないのかもな。
何度も何度も同じような夏を過ごして、また同じような負け方をして。
「これからどうしよう、なんて、その『これから』がどこにあるんだか」
わからなくなってきた。
僕は……いつから死んでいる?
メイド統括責任者として、複数のメイドから報告が上がる。
了大の無気力ぶりが目につくと。
色気にも食い気にもさしたる興味を示さなくなり、日々を怠惰に過ごしている。
「いかがなさったのでしょう。わたくしや他のメイドたちに至らぬ点がありましたかと尋ねてみても、そのようなことは決してないとおっしゃいますけれども」
「うむ……」
ラウンジで相談を振られたトニトルスは、しばし黙考。
以前、了大から語られた重要な話を思い起こす。
「……お主、聞いておるか。今のリョウタ殿は『三十八周目』なのだそうだ」
「は?」
「聞かされておらんのか」
了大は、ベルリネッタには周回の件を話していない。
あともう少しのところで、ベルリネッタを信じきれなかったためだ。
「繰り返しに……疲れたのやもな」
「ですが、わたくしは必ずやりょうた様のお力になりますとも。何が来ようとも」
その先の台詞を喰って止める。
そうするに足る確信が、トニトルスにはあった。
「アルブム様でもか?」
「うッ……!?」
光の属性を多く持ち、それ以外の属性も搦め手も多数取り揃えるアルブムに、闇の属性一辺倒のベルリネッタはいささか相性が悪い。
自身の格そのものを更に上げ『純度』をもって対抗したなら話は別だが、苦手意識というものはまた更に別の話でもある。
「それでも、勝たないと彼は死ぬよ」
そこに現れたのはフォルトゥナ。
この周になって初めて、人前に姿を現した黒龍だ。
「確かお主だったそうだな。最初に『三十八周目』と言い出したのは」
「そう、そしてこのままだと確実に負けるだけじゃなく『三十九周目』が来ない。ベルリネッタ、ぼくと来てくれ。内緒の話がしたい」
そう言いつつベルリネッタを連れ出そうとすることは、トニトルスを除け者にすることと同義。
かねてからの疑問が、その態度と繋がる。
「お主か? やり直しの鍵は」
「鍵はぼくじゃない。ベルリネッタだよ」
いずれにせよ、自分ではない。
それでも。
「だからと言って、手をこまねいていられるか」
トニトルスにも、彼女なりの誇りや意地といったものは勿論ある。
この状況をよしとするはずがない意志も。
このままじゃいけない、なんてことはわかってる。
僕だって、僕なりに積み重ねてきたものや、求める未来だってある。
「お茶をお持ちしました」
やる気のなさげな僕に愛想が尽きたか、ベルリネッタさんの態度もつとめて事務的だ。
いつもと変わらないようにお茶を淹れてくれるからいいけど。
「……ん、そう言えば」
そうだ、ベルリネッタさんは確か、いつか言っていた。
フィギミィのウリッセ様とは腐れ縁だと。
「ベルリネッタさんからフィギミィに渡りをつけられませんか。ウリッセ様に聞いてみたいことを思い出しまして」
そして、勇者スキルのうち特に使えそうな《絶対絶鳴》は、冥王と心を通わせた勇者のものだったと。
あれについて、ウリッセ様に聞ければ……
「はあ、できないこともございませんが」
「それには及ばん。私から来た」
……と思ってたら、ウリッセ様が来た!?
タイミングが良すぎないか?
「以前言った《督促担当》を行かせた件だがな、無事に帰れた者が一人もおらん。未帰還が七割、三割は……例の魔毒によって変質し、別物になって帰ってきた。殺すしかなかったほど……いや、殺すというのも変な話だな。消滅させるしかなかったほどという意味で」
つまり十割、壊滅じゃないか。
どうすればいい。
「死という事象に近づく《督促担当》に通常の攻撃など通用せんはずが、このざまだ。もはや傍観などしていられん。フィギミィも可能な範囲で協力せねば……」
そんなウリッセ様の言葉を遮る、爆発と振動。
防護の呪文があるからすぐに被害は出ないけど、確実に何かとんでもない攻撃だとわかる。
そして、そんな真似ができるのは!
「アルブム……!」
「周囲にいるのは、あれは《督促担当》か!? なぜ奴に従う? 冥王である私を差し置いて」
「そういう奴なんです」
たくさんの《督促担当》を従えて、最初から《全開形態》のアルブムだった。
楽団の指揮棒のように、右肩の触手が振られる様子に合わせて隊列が組まれる。
もう、やるしかない。
◎死人に口なし
死人は無実の罪を着せられても釈明することができない。
また、死人を証人に立てようとしても不可能である。
先駆ける龍、アヴァンテはもちろん今回もタミヤRCでありアバンテなのですが、小さくなっているのは魔王輪を喪失した弱体化とJr.(ミニ四駆版)のメタファー、黒くなっているのはブラックスペシャルのメタファー、という感じです。
本来は大人体型で青いドラゴンだろうなと。