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211 『他人』の空似

冥王登場!

ということで今回はいよいよ了大があの世を見に行きます。

ニグルムさん……フォルトゥナも交えての夕食が終わりかけた頃。

時限を越えて食堂に現れた謎の女騎士。


「冥王……!?」

「いかにも。この《ウリッセ/Ulysse》が、当代の冥王の座を預かっている」


視線は鋭く、身のこなしにも隙がない。

着ている鎧はよくよく見ると、手入れは行き届いていても端々によく使いこんだ痕跡が見られる。

なるほど冥王を名乗るだけはあって、このウリッセさんは只者ではないことが一目でわかるほどの実力者だと思う。

立食パーティー形式だった夕食の場が、一瞬で緊張する。

ベルリネッタさんを除いたメイドたちやトニトルスさんなども、厳重に警戒している表情だ。


「それで、その冥王さまがどうしてぼくを知っているのか、答えてはもらえないのかな」

「クルス・アルバに頼まれたからだ。彼がその生涯を賭して捧げて、育てた貴公をな」


そういう理由か……でも、だからってわざわざここまで来る?

しかもフォルトゥナが『気づいた』ばかりの、見計らったようなこのタイミングで。


「冥王様って、暇なんですか?」

「馬鹿を言うな。勿論、そこまで暇ではない。彼が、冥王の私でさえ滅多に見ないほど自己の死という事象に対して毅然とした態度で向き合い、そして受け入れ、そこに意味をも見出していたからだ。今回は特別扱いだぞ」


我ながら変なことを聞いちゃった。

そりゃそうか、なんたって死者の次元だもんな。

毎日誰かしら死ぬなら忙しそうだ。


「じゃあ、冥王さまはクルスに会った……? クルスは!? クルスは今もそこに!?」

「いない」


また会えるのなら会いたい。

そう願うフォルトゥナの気持ちは、僕にもよくわかる。

でも、冥王様……ウリッセ様の回答はやはり冷たく、希望のないものだった。


「それも頼みのひとつだった。『貴公が会いたがるといけないから、すぐ次の命にしてしまってくれ』というような内容でな。どこに転生したか初めの数回は目をかけていたが、今はもうどこでどうなっているかは私も把握していない」


つまり、フォルトゥナはもう本当にクルスさんに会えない。

日本で伝承として信じられるお盆休みのように、一時的に帰ってきてもらうことさえできないんだ。


「まだ十全につかめていなかったか? その事も含めて、それでも、貴公は生きてゆかねばならんのだ。彼なしで、彼のいない世界を」


残酷なようだけど、真実で、現実だ。

そしてきっと、それがクルスさんの願い。

人間の寿命では見届けることができない、ドラゴンの長い長い生涯に必要なもの。


「……あんまりじゃないか」

「何があんまりなものか。それが自然の摂理だと、彼は貴公に教えたはずだ」

「だからって、さ……」


仕方ないことだけど、どうしようもない事実でもある。

肩を落としたフォルトゥナが、食堂を出た。


「さて、私がここに来た理由はこれだけではない。真殿了大」

「は、はい!?」


急に名前を呼ばれた。

まだ僕からは名乗ってないけど、お見通しってことか。


「貴公が何度も何度も時間を捻じ曲げるせいで、こちらは大忙しだ。貴公はあのクルスとはまるで真逆だな。死の運命を受け入れようとせず、時間を、世界の摂理を曲げてまで抗うとは」

「……死にたくないのは、普通誰でもそうでしょう」


歳を取って老衰で死ぬなら話はわかる。

でも、あのアルブムの暴力で殺されるなんてまっぴらだ。


「貴公にも分かりやすい言い方をするが……そのままでは『地獄に堕ちる』ぞ」

「あなたが、その地獄ってことですか」


それで僕を殺しに来たんだろうか。

ん……時間を?


「僕が時間を戻してるのが、わかるんですか」

「死んで来た魂がフィギミィから元の次元へ戻ったり、戻ったはずの魂がまた来たりしていながら、それでも何かあると思わんのであれば凡愚というものだ。とても冥王など務まらん」


確かに僕は、時間を戻すことを通して周囲の人物の死を何度もご破算にしている。

それが死者の次元での魂の『収支』が合わないという形で影響していたのか。


「だが、貴公が捻じ曲げる範囲の外で死んだ者の中に一人、重要な人物がいる。その人物の死因は……《超越する白き者トラーンスケンデーンス・アルブム》による、殺害だ」

「それは!」


捻じ曲げる範囲の外ということはつまり、僕が戻せる時間より前ということ。

その人物、とは……!?


「ゆえにここで貴公を殺しはせんが、生きたままフィギミィに来て、その人物に会ってもらう。フィギミィから死者を外の次元に出すことはできんが、生者を一時的に来させることならできるからな」

「そこまでして会わねばならんほどの者か」

「ああ、そうとも。特に貴公、貴公も龍の血統であれば、来た方がいいかもしれんな」


トニトルスさんも会った方がいいというほどの人らしい。

ん、ドラゴンなら、ってことは?


「じゃ、ワタシは……その資格はある?」

「アルブムの娘、聖白輝龍だな。貴公は会っておく方がいい」

「わたしはパス。なんかめんどくさそう。ルブルム、後で様子を聞かせてくれ」


カエルレウムは来ないということで、僕とトニトルスさんとルブルム、あとはベルリネッタさん。

この四人で死者の次元であるフィギミィへ行くことになった。

ウリッセ様が開けた《門》は、思い出してみればさっきもそうだったけど、独特の怖さがあった。




そして《門》を抜けると、真魔王城とはまた違った石造りの内壁に、薄暗い雰囲気。

ここがフィギミィか。

薄気味悪い……


「怖いか? 怖い方が正常なのだ。恥じ入ることではない」

「いや、怖いというか、なんだかなじめないというか」

「死者の世界に馴染みたいのか? 死ねば今すぐにでも馴染めるぞ?」

「嫌ですよ!?」

「はっはっはっ、冗談だよ」


冥王ジョークは心臓に悪い。

しばらく進むと、なんだろう……銀行か郵便局の受付みたいな窓口?

そんなようなカウンターのある場所に出た。


「ウリッセ様! お帰りなさいませ」

「お帰りをお待ちしておりました」


奥から長身のイケメンが二人現れて、ウリッセ様をお出迎え。

ああ、ここに智鶴さんがいなくてよかった。

絶対『腐った目』で見る対象になるルックスだ。


「なんだか似てる感じですけど、兄弟ですか?」

「留守を任せていた側近の《ギブリ/Ghibli》と《カムシン/Khamsin》だ。どことなく似てはいるが、特に血縁関係というわけではなく、まあ、私の……独断で、死者たちの中から引き抜いてな」


好みのタイプってことかな。

深くは聞かないけど、全然不思議じゃないからいいや。


「まあ、それはいい。問題の人物はこっち……応接室にお通ししているな?」

「はい。先程、お茶とお菓子を追加しておきました」


茶菓子完備か。

と言っても僕たちじゃなく、その相手の人をもてなすためみたいだけど。

僕たちも応接室へ通されて……


「くっくっくっ、来たなぁ? 《世界を欺く者(チートキャラクター)/Cheat Character》よ」


……そこにいたのは、黒髪の変なロリっ子だった。

身だしなみ自体はよく整えていて、上質な黒いドレスを着てはいるけど、さっきまでお菓子に夢中だったのがよくわかる。

口の周りと指先が、菓子類の粉とか欠片とかでベタベタだぞ。

ていうか誰がチートだ、失礼な。


「えっ、と……」

「余か? 余は常に誰よりも速く、誰よりも先を行き、最前線に立つ龍。《先駆けるもの(アヴァンテ)/Avante》であるぞ!」


うわ、しかも偉そう。

どっかの王族とか貴族とかそういうのか?


「その名乗り、本当にアヴァンテか……顔に見覚えはあっても《他人の空似》かと思っておったが、縮んだな、お主。それに何やら、黒くなったか?」

「縮んだのも黒くなったのも、好きでそうなったのではない。《敗者枠(ルーザーズブラケット)/Loser's Bracket》に堕ちたがゆえの罰」

「え、ワタシ知らないんだけど、どういう人? トニトルスの知り合い?」


トニトルスさんは知ってる人らしい。

でも僕もルブルムも知らない人で、ベルリネッタさんも知らないらしい。


「このアヴァンテは、ターミアの魔王ですぞ。そのはずですが、な……敗者などと言ってフィギミィにいるということはお主、死んだのか?」

「そうだ。あの卑劣なアルブムめ! 顔見知りと思って油断しておったら、乱心した上に奇怪な力を使いおって、挙句に遠縁ということもあってか魔王輪まで奪われてしまってな」

「散々だ!」


そういえばそんなような話だった。

ターミアの魔王が殺されて、魔王輪が奪われたのがアルブムの侵略の始まりだと。

だからこの子がここにいるわけか。


「しかもそこのウリッセにはどうにか客分として扱ってはもらっているものの、他の変な動きをする死者どもと違い、余はまったく動けぬ! どうなっておるのだ!」


さっきの話に戻るか。

僕が時間を戻す時はマクストリィの暦で言うとだいたい五月中旬だけど、ターミアでのその事件をマクストリィの暦に換算すると三月くらいなんだそうだ。

だから僕が動かせる範囲を超えていて、死んだことをなかったことにできない。

という話をアヴァンテさんにも説明する。

斯々然々(かくかくしかしか)


「……まあ、仕方あるまい。《世界を欺く(チート)》にも限度があろうし、そも本来はそのような行いは禁じられておるし、な」

「そんなに生き返りたいか」


ここでウリッセ様が、アヴァンテさんの意思を問う。

そんなの聞くまでもないだろうに。


「当然だ!」

「ならば、もしもここで私の首を刎ねる(・・・・・・・)ことができれば、特別に生き返らせてやろう」

「言ったな?」


どこから出したのか、アヴァンテさんが武骨な斧を握った。

サイズだけじゃなくて形もエグい。

あんなの相手にウリッセ様はどうする気だろう。


「貴様はもう、死んでいる! うるぁー!」 

「私は冥王、死んでいて当然。それに……」


ウリッセ様がそう言い切るまでのごく短い間で、アヴァンテさんは素早く間合いを詰めて斧を振り抜いて、ウリッセ様の首が飛んだ(・・・・・)

そんな、あっさり首をはねられたのか!?


「手応えが、な……ひっ!? 嘘っ、何っ、それ……!」


ところが当のアヴァンテさんは驚愕の表情。

それもそのはず、ウリッセ様の首は。


「……まだ貴公には見せていなかったな。私の首は貴公に刎ねられるまでもなく、既に胴と別れている」


空中で自在に浮かんで、何食わぬ顔で喋っていた。

もちろん胴体の方にも何のダメージも見られない。

それぞれの切断面からは血じゃなくて、焚き火か火事のような赤黒い煙が少し出ている。

そしてピンピンしている本人。

怖ぁー!!


「もういいでしょう、ウリッセさん」

「驚かせてしまったかな。何かと多忙な立場でな、ついつい遊びたくなったのだ。それに、いくら冥王とて貴公を生き返らせてやることはできん。許せよ」


ベルリネッタさんにたしなめられると、ウリッセ様の首が高度を下げ始めた。

首のない胴が両手を上げて、浮かぶ首をつかんで本来の位置に据えた。

そして何事もなかったようにくっつく首。

切れ目も痕も何もない。

そこまで自由自在だともう怖すぎるだろ、冥王ジョーク!


「は、は、はっ、はひ」

「どういうことなの……」


ガッチガチに緊張してしまったアヴァンテさんをよそに、種明かしを頼む。

誰か説明してくれよ!


「今の私は《首無し騎士(デュラハン)》なのでな。本気を出すとああなってしまう首を《形態収斂》で繋げて、生前の姿にしているのだ」


首がつながってれば美人なのに。

美女で冥王で騎士でデュラハン。

なんか強烈なのが来たなあ……と思っていると、ルブルムがウリッセ様のことをしげしげと眺めている。

何かあったのかな。


「ウリッセ様ってさ……ファイダイのユリシーズに似てない?」

「バカなの?」


こんな時に何を言い出すのかと思えば、ゲームキャラの話だよ。

まあ、言われてみれば確かによく似てはいるけど《他人の空似》だろう。

そもそもあっちのユリシーズは二次元(フィクション)なんだから、血のつながりも何もあるわけがない。


「ん……ユリシーズ、だと?」

「あ、いえ、何でもないんです」


ほら、ルブルムが変なこと言うと、ウリッセ様だって困るじゃないか。

困ってる、よね?


「私の素性を知った上でのことではないのか?」

「あれ?」


いや、これは違うか?

困ってるというより、話が食い違ってるような反応。


「私の名は、今はフィギミィの訛りに合わせて《ウリッセ》と発音しているだけで、生前は同じ名を《ユリシーズ》と発音していたからな」

「それでなんですか」

「やっぱユリシーズじゃん!」


変な所でルブルムの興味にヒットしちゃったけど、僕たちは遊びに来たわけじゃない。

ウリッセ様やアヴァンテさんと話して、今後の身の振り方を考えなきゃいけないはずだ。




◎他人の空似

血縁がつながっていないのに、顔つきなどが偶然よく似ていること。


あの世を見に行くと言っても死んじゃったわけではありませんので、まだまだ続きます。

冥王ウリッセとターミアの魔王アヴァンテの顔見世回でした。

この時点では書かなくていい設定をついつい書きそうになってしまったり、書いてしまったものを消したりしていて、どうしても遅れてしまいました。

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