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210 親の心『子』知らず

了大の記憶が戻ったことで、地の文、一人称視点も前提とする知識がこれまでのものに戻ります。

そして今回は結構前からやりたかったフォルトゥナの介入と掘り下げです。

記憶が戻ったのはいいけど、もう夏休みまで時間が進んでしまっている。

そしてそれ以外にも、かなりまずい要素がある。


「勇者の光属性攻撃が《悪魔たち》に特に効くものだったから、触媒とされたヴァイスベルクの魂が除去されて、記憶が戻ったわけか」


それはヴァイスの不在。

どうやら、僕の体感とハインツ(・・・・)からの話とを総合してみると、ヴァイスは『前の時間で僕の記憶を封印するための呪文で材料に使われた後は、どうにか時間を戻した僕に魂だけがくっついていた状態だった』らしい。

それが《神月》で吹き飛ばされたということは、ヴァイスが魂ごと消滅してしまったということ。

最初の時間のフリューを例に挙げて同じ現象が起きると仮定すれば、僕さえちゃんと時間を戻せるならそこからでも復活は可能だろうけど、その復活とは今の時間を捨てることに他ならない。


「結局、自分の力で破ることはできなかった。それほど強い封印だったと思いたいけど」

「そう思って構わんだろう。触媒にされたヴァイスベルクとて、ここへの常駐を許されるほどの実力者である上に、封印そのものの方も術者が他でもないアルブム自身だ。誰も貴公を責められんよ」


ヴァイス抜きであの《凝視》による支配に対抗できるか。

無理じゃないだろうか。

これまで……つまり、僕が過ごしてきた時間の中で……ヴァイスに頼らなくてもあれに打ち勝つことができたのは、本当に僕と心から強く結びついた人だけだった。

そう、打ち勝つことはできなかったんだ。

あの時の、僕が愛した、僕を愛してくれた、最初のベルリネッタさんでさえも……


「浮かない顔だな」

「浮ついた気分に、なれると思うかい?」


失敗のパターンばかりが頭に思い浮かんで、心をいっぱいにして押しつぶしてくる。

愛魚ちゃんは僕を好きでいてくれても、その気持ちをこそこじらせて道を踏み外すんじゃないか。

トニトルスさんは、また師弟の上下関係で支配に負けて敵になるんじゃないか。

カエルレウムは僕の言うことを信じないようにして、母親の味方に回るんじゃないか。

ルブルムも僕を見放した末に『りっきー』としての側面を捨てるんじゃないか。

メイドや門番は僕と接する機会が少ないせいで、こぞって支配されてしまうんじゃないか。

そして、ベルリネッタさんは……


「……思わん」


ハインツが僕の表情を見て、察してくれる。

全部、実際にあったことだ。

誰も覚えていなくても、僕の心の中に刻まれた出来事。

確かにあったんだ。

成功も、絆も、愛も。


「お茶をお持ちしました」

「……ベルリネッタさん」


持って来てくれたお茶をちびちびと飲んで、ゆっくりと味わう。

いつもの茶葉、いつもの淹れ方、いつもの香り、いつもの味。

めぐり逢った時のままのように、いつまでも変わらないでいてくれるのは……

このお茶だけなのか?


「貴公の記憶が戻ったのなら、姉上たちに報告しておかなければな。私は失礼するから……ベルリネッタさん。リョウタをよろしく頼みたい」

「勿論、承知しております」


言葉通りに動くんだろうけど、気を利かせてのこともあるだろう。

ハインツが外してくれて、僕とベルリネッタさんが二人きりになった。


「りょうた様。勇者と戦いになって、何かございましたか?」

「なぜ?……あ、いや」


いや、なぜじゃない。

記憶が戻ったのは僕だけで、ベルリネッタさんを含めた周囲から見た場合、単に『勇者と戦って帰ってきてから様子がおかしい』としか見えないはず。

原因が勇者にあると思うのが当然だ。


「あの子は、ああ、えっと、子供だったんですけど、あの子は特に関係なくて」

「ですが、思い詰めたようなご様子で」


察してくれるのか。

僕がそんなにも思い詰めているように見えて、心配してくれるのか。


「ん、ええ……何から、どこまで、話したらいいか……」


信じていいのか。

ここにいる、今のベルリネッタさんを。

ためらう。

あと一歩が踏み出せない。

あと一言が言えない。


「気持ちの整理がつかない、というところでしょうか」

「そんな感じです」


もう少し手を伸ばせば届く距離。

手だって、髪だって、他のどこだって触れさせてくれるだろう。


「わがままを、言ってもいいですか」

「我儘などとご自分を卑下なさることはございません。何なりとお申し付けくださいませ」


でも、違う。

そうじゃない。

僕が本当に欲しいのは。


「今夜は、甘えさせてください」

「はい、喜んで♪」


安らぎなんだ。

もう近いうちにアルブムが来るかもしれない。

支配されるにせよ裏切るにせよ、誰が僕から離れるかわからない。

そんな不安に怯えて暮らすのには、もう疲れた……




翌朝。

結局、よく眠れたという感じはしない。

眠りが浅かったというか、やっぱり不眠症かもしれないというか。


「おはようございます、りょうた様♪」


ベルリネッタさんのおっぱいに甘えて、抱きしめてもらって。

望み通りの状況だったはずなのに、どうしてもっと……もう少しだけでも、素直になれなかったんだろう。

よりにもよって、この人を相手にしてまで。


「おはようございます」


ベルリネッタさんはうきうきと、つやつやとしているような、そんな風に見えてしまう。

僕を愛してほしいから、僕と過ごすことを嬉しく思ってほしいから、そういった願望ゆえの感想か。

それとも実際にそうなのか。

今の僕には理解できない。


「本日はこの後、どうなさいますか?」

「うーん……?」


一口に魔王と言っても特に僕が治める国家があるわけじゃなくて、この城の中で秩序が保たれていればいいから、綿密に予定は組まれてない。

先生として授業の予定を組んでいたトニトルスさんも、勇者の来襲とあって次の授業はいつという約束もしてない。

ということで他の子に伝えて、寝室まで軽い朝食も昼食も持って来てもらって、ベルリネッタさんにはここにいてもらって、ベッドでゴロゴロ、だらだらして過ごす。

カエルレウムだって三週間近くゲーム廃人で引きこもってたんだ。

今日くらい僕も休ませてくれ。


「ずっとこうしていられたら……」

「ええ、ずっと。りょうた様のお望みのまま、わたくしはいつまでもお側に居りますよ」


穏やかなひととき、緩やかな時間が流れる。

ヴァイスがいなくなったとしても。

しばらくすればアルブムが来るとしても。


「もう、いいかもしれない……」


そう遠くないうちに奪われる時間だとしても。

もう今度こそ時間が戻せなくなっても。

今、まさに今、この瞬間は、ベルリネッタさんがいてくれる。

それだけで……


「? 外が少々、騒がしいでしょうか」


言われてみると何か聞こえるかも。

何だろう?

ベルリネッタさんが様子を見に、部屋の外に出ようとドアを開けると。


「気が利くね。さすがメイドの統括責任者」


黒ずくめの少女の姿。

ニグルムさんが、ちょうどここに入ろうとしていた矢先だった。

何か僕に用だろうか?


「だから言ったんだよ。『そろそろ終わりかと思った』ってさ」


言い返せない。

確かに僕はさっき、もう終わりでもいいかもと思った。

薄々ではあったけどそれは事実だ。


三十七回(・・・・)も時間を戻して、やっとたどり着いた()がこれかい?」

「なんだって? 僕はまだ死んでないだろ」


でも、さすがにそれは聞き捨てならない。

僕が今までどれだけ、何を失って生きて来たのかも知らないくせに。


「死んだも同然だろう? 生き汚く抗っては都合の悪いことを何度も消して、本当ならとっくに死んでいたはずなのに、自分の運命(・・)を受け入れることができないでさ。哀れですらない亡者だよ」

「黙れ!」


こいつ、なんてことを言うんだ。

僕の人生を、これまでの時間を、否定して侮辱して。

そんな資格が、お前にあるのか!?


「お前にはわからないんだ! 大切な時間が失われることが、大切な人がいなくなることが、どんなに辛いか! お前の両親は、そんなことさえ教えてくれなかったのか!」

「ぼくに『両親』なんて存在はいない。親と呼べるのはクルスだけだ」

「じゃあ、そのクルスが教えてくれなかったんだな」

「何だと……!?」


勢い、口論になってしまう。

つい熱くなったせいで口が滑ったか、目の前の少女が放つ魔力が段違いに強くなる。


「きみこそ! きみこそぼくについて何も知らないだろうによく言えるな? ぼくだってクルスがいなくなると思った時は、どれだけ気が狂いそうだったか。クルスがいなくなった時は、どれだけ辛かったか」


……何だ?

こいつも、同じか?

僕が知らなかっただけで、こいつにだってそういう経験がちゃんとあるんじゃないか。

だったら。


「だったら、わかるはずだろう。僕だってそうなんだよ。他の誰も代わりになんてなれないほどの人が、誰より大切な人が、いなくなるのは悲しいって。楽しかった時間が、輝いていた季節が、終わるのは悲しいって。ねえ、そうだろう!?」


きっと、こいつ……いや、ニグルムさんは、気づいてないだけなんだ。

自分の悲しみは、自分だけに特有のものじゃないって。


「……きみも、そう、なのか……?」


ほら、やっぱりそうだ。

勢いが止まって、明らかに雰囲気が変わった。


「じゃあ、クルスが誰に何を言われても、あえて人間をやめなかったのは……? 老いていく日々と、死んでしまう瞬間とをぼくに見せつけて、最期まで人間のままで死んでいったのは……『ぼくに悲しみを教える』ために……!? 言うなれば、今日、この時のために……!」


ニグルムさんのその言葉で、僕も気づかされた。

クルスという人は教えてくれなかったんじゃない。

むしろ真逆、自分の老衰と寿命をこそ教材にして、ニグルムさんが絶対忘れないように教えていたんだ。


「う、わ、あ、ああああ!」


なんて人だ。

ニグルムさんを育てるために、その運命を受け入れて。

死ぬこと自体も含めて、自分の命を費やして、捧げて、尽くして。

それに比べたら、僕なんて。

いや、比べ物になんてならない。

時間を戻してまで、自分の死に逆らい続ける僕なんて。


「あの、りょうた様」

「泣き止むまで、そっとしておきましょう」


ベルリネッタさんも僕も、ニグルムさんに声をかけることができなくなって。

彼女の泣き声はしばらくの間、寝室中に響き続けた。




夕食の仕込みが始まるくらいの時刻になってからようやく落ち着いたニグルムさんだけど、まだ目が潤んでるな。

それに表情が、今まではどこか無感情そうな感じだったけど、今はだいぶ違う。


「クルスがしきりに『無闇に殺して済ませようとしちゃいけない』って繰り返してたのが、どうしてかやっとわかった……ような気がする。自分の悲しみに気を取られて、他人だって悲しむってことがわからなかったんだ」


どうせ量は多めに作るから、ニグルムさんも交えて皆で夕食。

美味しいものを食べて表情が緩む、可愛らしい少女の姿。

つい今日まで悲しみの意味を知らなかった精神的な幼さの現れだろうか。


「ニグルムさんもつらかったのに、さっきは言い過ぎた。ごめんね」

「うん、もういいんだ。それも必要なことだったんだろうから……あ、そうだ」

「?」


さっきの失言について謝罪すると、ニグルムさんは視線を合わせてきて、許してくれた。

それと、思いついたことがあるみたい。


「きみも『フォルトゥナ』って呼んでくれていいよ。クルスがつけてくれた名前で」

「いいの? 僕はそのクルスさんのこと、知らない人だけど」

「確かにきみはクルスを知らないけど、大切なものに……クルスの真意に、願いに、気づかせてくれた。だからさ」


カエルレウムやルブルムは僕と違ってクルスさんを直接知っているらしく、ニグルムさん……フォルトゥナとも普通に話している。

小さい頃はカエルレウムやルブルムとも遊んでいたこともあったんだって。


「はー。りょーたはフカシ野郎じゃなくて、やっぱりたらしだったか。まさかフォルトゥナをたらすなんて」

「そういうのじゃないから」

「でも、クルスが老衰で死んだことまでフォルトゥナの教育のためだったなんて。ワタシも気づかなかった」

「気づくわけない、あんなの」


なんでもフォルトゥナという名前、運命という意味の名前は、彼女と出会ったことでクルスさん自身の運命が決定的に変わったと感じたから名付けられたんだそうだ。

運命の転機になる出会いと言えば。


「? いかがなさいました?」


僕の運命は、ベルリネッタさんで変わったんだろう。

ついつい視線が向く……って!?

ベルリネッタさんの背後の空間が、歪んでないか!?


「! この感覚は……」


誰も呪文を使っていないのに《門》が開く。

そんなバカな。

城内への直接の《門》は、余程の力がないとできないはず。

まさか、もうアルブムが来たか!


「邪魔をするぞ」


違う。

出て来たのはいかにもファンタジーな騎士の鎧に身を包んだ女性。

金髪で、出るところはたぶん出ているんだろうけど、鎧の厚みかもしれないからそこまでは断言できない。


「ずっと《親の心子知らず》だと思っていたが、どうやらようやくつかんだな、フォルトゥナよ」

「誰だ。なぜぼくを知っている」


ただならない気配の女騎士に、しかしフォルトゥナはたじろぎもしない。

真っ向から受け止めて、立ち向かう。


「彼女は死者の次元であるフィギミィの魔王、つまり《冥王》だからです」


冥王!

この女騎士がそうだと、ベルリネッタさんは言う。

それじゃあ、本当に?




◎親の心子知らず

子に対する親の深い愛情がわからず、子が勝手気ままにふるまうこと。

また、自分が親になり同じ立場になってみなければ、親の気持ちはわからないということ。


この回で触れているクルスとフォルトゥナとの成長に主眼を置いた別作品『落ちこぼれて今は、龍血使い(ドラゴンテイマー)』の更新は、こちらを完結させることを優先として構想は進めつつも執筆は停止しています。(Nコード:N0021FI)

こちらの完結が優先もそうなんですが、何しろ『追放系』をベースに書き始めたところでシャバ僧どもの都合で引越を強いられて住まいを追われるという……つまり『自分こそが追放されてしまう』という出来事があったために、執筆意欲が失せていた時期がありました。

今は再開を見込んで構想だけでも少しずつ増やしてはいますので、こちらが完結するとか何か特に思いつくとかしたら執筆したい所存です。

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