209 奥歯に物が『挟まった』
諸事情でやたらと間が空いてしまいましたが、再開。
飽きたとか商業化しないから止めたいとかでは全然ありませんので(そもそも商業化を絶対の目標とはしていませんので)マイペースです。
前回~今回ではそのマイペースを大きく崩しましたが。
結局、ニグルムさんの言う『アルブム』っていうのが何なのかは思い出せない。
まるっきり覚えがないわけじゃないような気はする。
大事な話だったような気もする。
でもダメ、わかんない。
トニトルス先生に訊いてみよう。
「ふむ。『アルブム』と言えば、我が師にして龍の中の龍、《超越する白き者》様のことかと。カエルレウムとルブルムの母親でもありますぞ」
「重要人物だ!?」
トニトルス先生のさらに先生で、りっきーさんたちのお母さん。
それは是非とも挨拶しておかないとダメなんじゃないの?
「しかし、フォルトゥナが? 妙ですな。アルブム様は久しく探索の旅に出られたまま、極々稀に娘たちに顔を見せに来る程度。あやつがアルブム様にお会いしたことなど一度もないはず」
「うーん? でも、フォ……ニグルムさんは、僕は今のままだとアルブムに勝てないって」
ぽろっとこぼした言葉が失言だったみたいで、トニトルス先生の目つきが鋭くなった。
怖い表情で僕を睨んでくる。
「勝つ? あのお方に?」
「ひっ!?」
声色も低くて怖い!
僕、そんなに怒らせるようなこと言ったの!?
「……いや、失敬。リョウタ殿に当たり散らしても詮無き事ですな。あやつはおそらくアルブム様のご威光を直接体感しておらぬために、過少に見積もっておるのでしょう」
「おそらく、なんですよね。直接聞いてみては?」
「いやあ……」
ニグルムさんは知らないんだなということで怖い顔はやめてくれたけど、今度は気まずそうな顔になった。
聞きにくい理由でもあるんだろうか。
あ、あっちが関わりを避けたがるからかな。
「あやつ、我より強いので……」
「先生よりもですか」
「うむ……人の姿になる《形態収斂》を教えてやったのは我ですが、五代前の魔王《覇王魔龍》の娘というのもあり、素質というようなものは正直、我以上でしてな」
むしろこれは、先生の方がニグルムさんに関わりたくないような……《奥歯に物が挟まった》ような……
そんな物言いかも。
つまり彼女は本当に先生より強いと。
やっぱり人の姿になってると、見かけじゃ全然わからないや。
その後、夕食の時にハインリヒ男爵と会った。
アルブムについて何か知っているか聞いてみる。
「アルブムについて、ということなら噂話程度しか知らない。しかし、アルブムの登場で貴公に何が起こったか、を話すことはできる。できるが……」
「できるが?」
「……私もその、ニグルムさんと同意見だ。貴公自身で思い出さなければならないことで、貴公自身の熱意がなければならないことだから」
男爵もまた《奥歯に物が挟まった》ような言い方。
何なんだろうな。
もしかして僕って記憶喪失なの?
そんな感じで結局思い出せないまま、鍛えることは鍛える。
いろんな意味で。
「了大くん。私だって、他の子に負けないくらい、了大くんのことが好きなんだから」
愛魚さんとも関係を深めていく。
父親公認の、結婚を前提とした交際という状態になった。
* サンプルを入手しました *
僕はこの真魔王城で魔王様になるのが、愛魚さんはお妃様になるのが、卒業後の進路か。
なんなら重婚もアリって言ってたっけ。
「ワタシが誰より一番……なんてことは言わないけど、ワタシのこと忘れちゃダメだよ」
りっきーさんとの関係もさらに深くなって『0.01』を使わず……生でするようになった。
実は魔法の世界はあれこれあって生でも平気、むしろ生の方が魔王の魔力でレベルアップできていいんだって。
* ルブルムがレベルアップしました *
そんなわけで、実はこれまで『0.01』を使っていたものは、サンプルとして調べた上で魔力をもらっていたという話をされた。
それなのにわざわざあれを用意していたのはどうしてかと尋ねると。
「ああいうグッズって、実際に使う相手とじゃないと話題にしないでしょ。つまりああいうグッズの話をするってことは『あなたとしたいです』って意思表示することになるからエロいなって。ほら、エロい絵のサイトでも『使用済みゴム』はシコいジャンルのひとつだから」
わかったような、わからないような。
でも確かに、あれがあると思うと妙に気分が上がったこともある。
そういうものなんだろうな。
でもエロいとかシコいとか言わないでほしい。
他にも、メイドの中から関係を持つ人が現れたり、以前お願いしたベルリネッタさんには定期的にお願いするようになったり、女性関係ばかりにかまけずに真面目に座学や実技で魔王として鍛えたり。
そんな感じで時間が過ぎて夏休みになった。
まだ自分で《門》は開けられないけど、学校に行かなくていいから真魔王城で寝泊まりしてまた鍛錬を積んでいると。
「当代の勇者が現れました」
メイドの一人……えっと、さよりさんか。
さよりさんから勇者出現の報告。
魔王と言えば勇者、お約束だよね。
勇者に勝てないとそれはそれで破滅で、アルブム以前の問題なんだけど。
「とはいえまだ成長前で、勇者としての力を存分には使えないようです。早いうちに叩くべきかと」
「ですよねえ」
殺られる前に殺れ。
暇を見つけては鍛えてきたし、自分一人では無理でも、誰か仲間と一緒なら大丈夫だろうし。
こんな時こそ魔王として、いいところを見せないと。
「あ、男爵」
ハインリヒ男爵はどうだろう。
一緒に来てくれるかな?
「いいとも……と普通であれば言いたいところだが、勇者と言うだけはあって光の属性の魔力を攻撃に使うはずだ。私やベルリネッタさんといった、闇の属性の者は連れて行かない方がいい」
「なるほど、属性の相性か」
ファイダイを思い出す。
城に電波が入らないから、ここ最近は城に来る前でネットにつながるうちにログインするだけ……という感じになってたけど、あれにもキャラの属性で有利不利の相性があった。
そういう理屈がここにもあるなら、男爵の言うことも納得できる。
「となると……誰がいいかな?」
「そりゃもう、ワタシでしょ。ワタシは《聖白輝龍》だからね。自分がほとんど光の属性だから、光攻撃は軽減か無効だよ」
「それはいい! よろしく」
さすがりっきーさんだ。
こういう時に真っ先に名乗り出てきてくれて、頼れる。
「ところで、カエルレウムはどうなの?」
「ああ、属性って意味ではほとんど同じなんだけど」
「けど?」
一方でここ最近は、なぜかカエルレウムから遊びに誘われなくて、会ってもいない。
食事もメイドに持って来させてて、お手洗いとお風呂以外ずっと部屋に一人でいるらしい。
どうかしちゃったんだろうか。
「ワタシが貸したゲームにドハマりして、もう二週間以上ずっとそれしかしてなくて、今日も」
「戦力外だ!?」
どうかしちゃってた。
あのゲーム廃人は本当にもう……
「やはりそんなところか……いつ出発ですかな? 我も同行しますぞ」
「トニトルス先生」
先生も一緒なら安心だ。
とはいえ油断は禁物、あくまでも僕自身がしっかりしてないと魔王として面目が立たない。
頑張って生き残るぞ。
さよりさんが言うには、偵察員を出して遠巻きに勇者の動向をチェックさせているそうだ。
さすが現代社会の身分もあるビジネスマンでもある人だ。
情報って大事。
その偵察員に手引きさせて、先回りする感じの位置に《門》で移動。
夜の闇に紛れて、不意討ちしよう。
「わざわざ出て来てるとは虫たちから聞いてたわ! お前が魔王ね!」
背が低いというか、幼いというか、ロリっ子。
こいつが《勇者》か。
虫と話すのが特殊能力なのか、不意討ちはバレていて失敗に終わった。
「お前を殺せば、私は元の世界に帰れるのよ! そしたらこの、くだらない勇者ごっこも終わり! 私のために死ね、魔王!」
嫌だよ、死にたくないよ。
わざわざ一騎討ちなんかすることもないから、基本的には自分で戦いながら、トニトルス先生やりっきーさんにアシストしてもらう。
すると勇者が何か大技を準備し始めた。
「行きます……《聖奥義・神月》!」
勇者の剣が、喋って……輝く?
眩しいくらいの光に照らされて、体が重く感じる……
トニトルス先生は何か呪文で軽減して防御してるけど、りっきーさんは平気そうだ。
「不死系や悪魔系を連れて来てたらヤバかったね。ハインリヒ男爵の言ってた通りになった」
道理で男爵が同行を断ったわけだ。
僕だって体が重く感じるもの……あれ?
なんか、目が冴えるような、頭がスッキリするような?
この感覚は……
……全部思い出した。
そうか、あの時に僕は記憶を封印されて、同時に時間も戻したから、こうなったのか。
「それで家に帰れると思ったら大間違いだぞ、寺林さん!」
「てらっ……どうして、私の名前を!?」
確かあいつは、ヴァイスの魂を触媒にとかなんとか言ってた。
それが《神月》の『対不死系・悪魔系特効』で吹き飛ばされたから、僕の記憶が戻ったんだな。
そして今はこの状況ということは、やる事は一つしかない。
「今こそ、月と太陽が食い合う刻……僕のもとへ来い、太陽!」
勇者輪をこちらに引き寄せ、勇者としての力を失わせることで《神月》を中断させる。
剣を扱えなくなった寺林さんは普通の少女になり、剣は僕の言う事だけを聞くようになる。
これまで何度もこなしてきた、お決まりのイベントだ。
「大丈夫、勇者の力さえもらえば殺しはしない。家にも帰してあげる」
何も寺林さんは必ず殺す必要があるわけじゃない。
自分で《門》を開けて、それを持続させたまま、彼女の家の近くの駅へ。
「ここからなら歩いてすぐだろ。家に帰るといい」
「あ、ありがと……?」
寺林さんを送って戻ったところで《門》を閉じる。
元の場所に、僕とルブルムとトニトルスさんの三人だけになる。
「りょーくん……今のって《門》だよね?」
「どういうわけですかな。今までリョウタ殿は《門》は会得しておられなかったはず」
説明が必要になる。
寺林さんを送り込んできたのがあいつということも、ちゃんと言わないといけない。
なら、話すのは今じゃなくて。
「話は城に戻ってからにしましょう。これは、カエルレウムにも聞かせないといけない話になります」
勇者イベントが終わった以上、外に用事はもうない。
また《門》を開けて、今度は真魔王城へ。
部屋まで出向いて、カエルレウムを呼び出す。
「おー、りょーた。いやー、本当に《ロボビルドマスター/Robo Build Master》ってすごいんだぞ! いろんなのが作れて」
「カエルレウム、悪いんだけど今はそれどころじゃない」
ゲームの話をしたがるカエルレウムを抑えて、こちらの話に加える。
あとは、他には……?
「まなちゃんにも話す?」
「うーん……愛魚ちゃんには、後で」
「……『ちゃん』?」
愛魚ちゃんはアルブムの直接的な関係者じゃないから、後ででもいいと思う。
しかし、つくづく記憶を失っていた間は相手の呼び方、二人称が変わっていて。
そこを突っ込まれた。
「長い話になる。嫌な話をしないといけない。でも、必ず最後まで聞いてもらわないといけない話で、大事な話だから、どうか途中で怒ったり出て行ったりしないで、最後まで落ち着いて聞いてほしい」
これまでの展開を思うと、もう前置きさえも長くなる。
でも、ここで話をきちんと聞いてもらえなかったら、その時点でおしまいだ。
カエルレウムの部屋が防音で助かる。
斯々然々。
「りょーたはたらしじゃないのかと思ったら、たらしじゃなくてフカシ野郎だったのか」
カエルレウムが信じない。
まあ、仕方ないか。
自分にとっては実の母親で、絶対的な力を持つアルブムが、様子がおかしくてこちらを襲ってくるなんて、もしも同じ立場だったら僕だって信じたくないもの。
「いや、嘘とばかりも言えん……むしろ、それであれば納得が行く件もある」
お?
ここでトニトルスさんが信じてくれそうな勢い?
「我は口先だけの者など信用しませぬ。しかし《回想の探求》の呪文で現れた、あの溶けかけた雪だるまのような物、覚えておいでですかな」
「出ましたね。僕が記憶を封印されていたために、断片的な記憶だけで形を作ってああなったんだと思いますけど」
「然り。あの呪文が生み出す幻影は、本人の記憶以上のものにも、本人の記憶以外のものにも、なれはしませぬ。あの時点よりも前のどこかでアルブム様にお会いしたのでなけれぱ、あれにアルブム様のお顔が現れるはずはないのですぞ」
あの呪文、毎回毎回心を見透かされるみたいで嫌だなと思ってたけど、たまには信用される根拠にもなるのか。
まぐれかもしれないけど。
「そういう理由で、我はリョウタ殿の話は信じてよいと思うが……」
「あっ……!?」
ここでルブルムが、何かを思いついたような、何かに気づいたような、はっとした表情になる。
いいよ、何でも言ってみて!
「フォルトゥナが『三十八周目』って言ってたの、そういうことか!」
「三十八周……なのかな。実は自分できちんと数えてなくて」
「ループしてきた本人なのに?」
「ちょっと、ね」
途中、やさぐれてたからな。
でもフォルトゥナことあのニグルムさんは、僕自身が把握しきれてない『今、何周目か』を正確に把握している、ということになる。
「その、やり直しの鍵……あやつかもしれませんな」
周回の鍵を握るのは、ニグルムさん?
そう言えば彼女は『そろそろ終わりかと』とも言ってた。
絶対に何か知っているからだろう。
会って話してみたいな。
◎奥歯に物が挟まった
相手に遠慮したり裏に何か事情があって、思うことをはっきり言えないことのたとえ。
また、何か心にひっかかるものが残ることのたとえ。
白状すると、Steamの『M.A.S.S. Builder/マスビルダー』にドハマりしました。
カエルレウムが『ロボビルドマスター』って言ってドハマりしてるのもそれがモチーフです。
それと『用意した構想をどのくらいの早さでどこまで出すか』の調節に迷ったのとで執筆が鈍化しました。
まあ、特に契約書を締結したり〆切日時が厳密に設定されていたりはしませんので、そこはプライベーターの気楽さと強みですね。
終わるまで書けば終わりますよ。




