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207 蚊帳の『外』

日頃は木曜日更新と言っておいて盛大に遅刻しました。

今回はこれまでで一番の難産だった感じで、全編が三人称視点、了大は登場しますが少しだけです。

ほんのりと光る壁が、何もない場所に現れる。

異界の扉が開かれた。


「ここは? えっと……あ、ここならわかります」

「でしょうな。そうではないかと思い、ここにしましたぞ」


酒屋の裏手、人目につかない場所。

そこから姿を現したのは、一見何の変哲もない少年と、次いで銀髪の美女。


「今日もありがとうございました、先生」

「うむ。本気で強くなりたいのであれば、また明日も迎えに来ますぞ」

「本当ですか! お願いします!」


まだあどけなさの残る目を見開き、瞳を輝かせる。

憧れを乗せた少年の瞳だ。


「んんっ……まあ、本当に強くなれるかどうかは、リョウタ殿次第ですぞ。さ、今日はもう日が暮れますからな、ご実家へ帰られよ」

「はい。それじゃまた!」

「うむ」


少年、了大は振り向き、歩き出した。

その背を見送ると……


「はあっ……可愛いものだな。あれは、魔王でなくても放っておけなくなる」


美女、トニトルスは満足げな表情を浮かべ、溜息を漏らす。

聞き分けがよく、真摯な態度で授業に臨み、日に日に成果を上げては、今日のような眼差しで師を見つめる。


「自分で言っておいて……『また明日』が楽しみになってきた」


トニトルスは決然と歩き始める。

そして……


「いらっしゃいませ」


……センサーの前に立ち、自動ドアを反応させる。

酒屋の扉が開かれた。




トニトルスがレジ袋を引っ提げて真魔王城に戻ると、初めてではないが見慣れてもいない顔がいた。

慌てているような様子の少女。


「あ、あのっ、こっちに了大くん、来てませんか」


そう尋ねて来たのは《水に棲む者(アクアティック)の主(ロード)》の娘、深海愛魚。

学校の制服ではなく、私服に着替えている。


「つい先程までこちらで我の授業を受けていただいて、向こうへお送りしたばかりだ。行き違いだな」

「はうっ!」


学校が終わった後すぐに《(ポータル)》で真魔王城に来た了大と、いったん帰宅して着替えてから来た愛魚とでは、二つの次元の間で時間の流れる速さに差があることも手伝って行き違いになってしまった。

同じようにすぐに来ればよかったものをとは思うが、今日のところは仕方がない。


「明日もまた同じように、こちらにお越しいただく話をつけておる。寄り道せずに来ることだな」

「そうします……」


明らかに意気消沈(しょんぼり)している。

そこに鉢合わせる二人。


「いやー、やっぱり協力プレイの方が面白さ倍増だな!」

「キャラの組み合わせでエンディングが変わるのは罠でしょ。キャラ変えて何回もやっちゃった」


カエルレウムとルブルムの双子姉妹だ。

どうやらゲームに没頭していたらしい。


「お主らもリョウタ殿に用事だったか」

「え! りょーたが来てたのか!?」

「先程帰られたが、な」

「えー!」


自分も了大と行き違いになったと分かると、途端にゲームプレイの余韻が吹き飛ぶ。

このカエルレウムにとっても、了大はなかなか大きな存在になっていた。


「りょーたが来てたんなら一緒に遊びたかった! なんで教えてくれなかったんだ!」

「ふん、知れた事よ。リョウタ殿は遊びに来た訳ではないからだ。寸暇を惜しんで、鍛錬を積むために割いた時間で、お主と遊んではおられん」


カエルレウムの素直な感情も、トニトルスの整然とした理屈も、どちらも間違ってはいない。

ただ、身一つでは自身も含めた全員の要望はかなえられないと言うだけだ。


「むー!」

「まあまあ。ここはトニトルスの言う通りだよ」


そんなカエルレウムをなだめるのはルブルム。

ネットでは《りっきー》として了大と親睦を深め、そしてそのルートから直接顔を合わせて交際相手となった、現状で最も先んじている人物だ。


「おまえはいいよな! あとでスマホでりょーたと連絡できるんだろ! わたしはそうじゃないんだが?」

「まあ、それはそうだけど……まなちゃんだ。まなちゃんはりょーくんと連絡先交換した?」

「あっ? ……そう言われると、してない!」


ただ、現状では了大がルブルムに対する独占欲を見せている一方、その欲に対する相応の義理として、ルブルム以外に手を出そうとしていない。

愛魚を始めとして様々な女性が了大に好意を寄せており、ルブルムもまた『重婚も許される風土だから』と説明して認めているにもかかわらず、である。


「なんだ、おまえもか? でもそうなると、ますますりょーたとルブルムが二人だけの世界って感じになる、かも」

「えぇ!?」

「いや、本当、りょーくんにはちゃんと言ってあるんだよ? 別に大丈夫だよって言ってるんだけど」

「でも私たちがまるで《蚊帳の外》じゃない!」


笑い事ではない。

なにしろルブルムだけは、了大と最後の一線を越えてしまっている。


「先程から、何の騒ぎです?」


そこにやって来たのはベルリネッタ。

メイドの統括責任者として、真魔王城の平常業務を切り盛りしている才女だが。


「実はですね……」


斯々然々(かくかくしかじか)

事情がベルリネッタに説明された。

いずれか一方からだけの狭い視野にならないよう、各人が印象と実体験を出し合う。


「なるほど。でしたら明日はわたくしがお迎えに上がりましょう」

「迎えに行くのが毎回同じ者というのは不公平でもあるからな。それもよかろう」

「むっ、私なら学校から一緒なんですけど?」

「わたしも! わたしも行きたい!」


こうなると喧々囂々(けんけんごうごう)

言い争いが白熱してしまう。


「ああ、もう。落ち着いて話し合おう? 紙に書き出すとか、均等に割り振るとかしてさあ」

「これはもう会議ですね。会議室で集まりましょう」


個々の目的としては魔王の魔力や次元の安泰などもあるが、全員に共通する目的として『了大と親密になる』ことは一致している。

それを達成するためのすり合わせとして、会議が設定(セッティング)された。




会議室。

ここは室内の物音や話し声が外に漏れないようにする結界が張られている。

ゲーム中の音声を考慮したカエルレウムの部屋と同じものだ。


「さて、せっかくですから初歩のまた初歩から、共通の認識、合意形成を得ましょう」

「父さんが言う、コンセンサス……」


以前、愛魚とルブルムはいがみ合いをハインリヒに見咎められたことがある。

ああいった醜い争いは問題外だ。

全員が協力し、折り合いをつける(・・・・・・・・)環境こそ、了大の理想のはず。


「まずは各員の印象、そして『りょうた様のどこを推したいか』を出し合いましょう。まずはそうですね、あちらでりょうた様とご一緒されることが多いということで、まななさんから」

「はい!」


この形式なら愛魚は慣れたものだ。

学校でのクラス委員会議も同然と思えば、気後れや緊張はどこかへ行った。


「ズバリ! 『了大くんは可愛い』。 これは絶対に間違いないと思います」

「そうだね、そこは間違いない。りょーくんは可愛い。特に不安げな時なんかは」

「そうなんだよな。実はさ、わたしの胸とか脚とかちょいちょい見てるくせに見てないフリするのも、なんかカワイイ」

「成程な。実は我も……もしや視線がこう、胸に来ておるのではと思う時がある。別に、それで授業の内容をおろそかにしてはおらんから、腹が立つよりむしろ可愛らしいものだがな」

「何のかんのと仰っても、やはり欲求自体がないというわけではありませんからね。素直になればよろしいのについ理由をつけてしまうところも、可愛らしいと思いますよ」


愛魚からは率直に『可愛らしさ』が推された。

年齢相応よりも幼く見えてしまう外見も相まって、全員がそれぞれ思い当たる節を持ち出して同意する。


「では次に、顔を合わせるようになったのは最近とはいえ、かねてより内偵を進めておられた、ルブルム様」

「はい。『りょーくんは本当は淋しがり屋さん』だと言いたいです」

「学校だとほとんど誰とも会話しなくて、一人でいること、すごく多いからね」

「そうなのか? わたしのところに遊びに来れば、淋しくないのに」

「成程な、道理で『リョウタ殿は打ち解ければ人懐っこい』ような気がしておった」


ルブルムの『淋しがり』ついでに、トニトルスから『人懐っこさ』も推された。

いつも見ていたはずの愛魚でも知らない面が出始める。


「え、人懐っこいんですか?」

「リョウタ殿が授業を真面目に受ける話はしたかと思うが、我が出す質問に正しく答えられて理解度が深まったと思った時にこう、頭を撫でてやるとな。目を細めて『ありがとうございます』と照れ笑いをしてきてな……あれは、なかなか効くぞ」

「了大くんの頭を! 撫でる!?」

「そうだね。ワタシも撫でてあげたことあるけど、小動物みたいでほんと可愛いの」

「くっ……!?」

「へー、わたしも今度撫でてみよ」


やったことはないがやってみよう、とだけ思ったカエルレウムと、やったことがない点そのものが出遅れと感じる愛魚とベルリネッタ。

このあたりから段々とヒートアップしてくる。


「ゲームで対戦してて負けた時なんかに、悔しがるのもカワイイんだよな。『りょーたは負けず嫌い』だと思う」

「あー、それな。ガチャの引きなんかも、爆死した時の凹み方なんかでそんな感じするー」

「そういうのも、学校だとあんまり感じなかったなあ……誰かと比べることがほとんどないから」

「ふむ? メイドと距離を置きたがるのも、もしやご自身の欲に負けることを恐れていらっしゃるから……でしょうか?」


これまでの逆境の蓄積が形成した人格としてやはり、負けることや負けたことで強いられてしまうデメリットを忌み嫌う傾向はある。

それでいながら癇癪を起こして当たり散らすことがない。

そんな行動は幼稚で醜いと感じているのか、そんな行動に出ても誰も助けてくれないと観念しているのか。


「悔しい時にギュッって我慢してるの、可哀想なんだけど……でも、たまらなく可愛いの」

「それがわかっていながら、お主は学び舎で助けてはやらんのか」

「最初に父さんから言われてたんです。『甘やかすとろくな大人にならないから、過度に干渉するな』というようなことを。それで、それとなく程度しか助けてあげられなくて、中学に上がってだいぶ経ってからなんですよ。『助けてあげてもいい』って許しが得られたの」

「ほう。ムッシュ・アランらしいというか、手厳しいな」


政略結婚の相手としては接近させたいが、監視役としては過度に接近させられない。

アランもジレンマの中で匙加減を探っての決断だった。


「あ、最後になっちゃったね。ベルさんはどういう印象?」

「わたくしが思うに『りょうた様は臆病』でいらっしゃいますよね。傷つくことが怖い、拒まれることが怖い、だから信じることも怖いと……それで、時間をかけた信頼関係のあるルブルム様と違って、わたくしたちは《蚊帳の外》になってしまうと」

「そっか、怖いからか……」


比較的、距離を置かれてしまっているベルリネッタにも伝わる『臆病さ』。

それもまた全員が同意する、了大に見られる特徴だった。


「まとめると……臆病で負けず嫌いなんだけど、淋しがりで打ち解ければ人懐っこくて、可愛い」

「カワイイよな!」

「うん……だからワタシには懐いてくれるんだけど、ワタシを失うのが怖いから、ワタシを独占したいから、それに見合う男になりたくて、義理立てして他の子に手を出さないようにして……可愛いかよ!!」


了大がどういう人物かという合意形成が得られたところで、感極まったルブルムの発言。

しかしそれは、他の参加者の禁忌に触れる失言でもあった。


「……あ゛ァ?」

「こいつ、マウントポジション取った顔してるぞ! マウントクソ女だこいつ!」 


愛魚とカエルレウムが過敏に反応する。

精神的に成熟した大人であり、自身の出遅れを客観的に認められるトニトルスやベルリネッタと違い、この二人はまだ少女の精神で熱くなってしまう。

そのせいでルブルムの発言を許せなかったのだろう。


「え、いや、そんなつもりじゃ……ごめんって! ほんと!」

「まあまあ。今日の内容でりょうた様がどういうお方か、理解が深まったことでしょうから。今後巻き返して行きましょうね」


ベルリネッタの仲裁で暴力沙汰は避けることができた。

今後の振る舞い次第できっと了大は自分にも心を開いてくれる。

そう信じられる、実りのある会議だった。




一方その頃、了大はと言うと。

あともう少しで自宅という位置にある公園で、奇怪なシルエットに呼び止められていた。


「誰? ……何? え、ロボット!?」

「この通り、特製の防護服をお持ちいたしました。どうか」


ヴァンダイミアムの使者、アイアンドレッド。

記憶を失っている了大には思い出せないことだが、時間を戻しては繰り返す周回の中で『特別製の防護服でも用意してもっと早いうちに来るんだな』と言い放っている。

そのために、彼女は本当に防護服を用意してきたのだ。


「し、知らないよ、そんなの!」


今の了大はその発言も彼女自体の存在も忘れているせいで、わけもわからず走り去ってしまう。

そのまま家に帰り、すぐ自宅に閉じこもり、スマホで指を滑らせる。

目的は、ルブルムへの連絡。


「りっきーさん、出て、出てっ……なんだよアレ、あんなの意味わかんないよ……」


怯えながら、祈りながら、ルブルムの応答を待つ了大。

今の彼はまだ何も知らないのに等しい。

誰が自分を狙っていて、誰が自分を助けてくれるのか。

そして、自分に何ができるのか。




◎蚊帳の外

集団の中で、大切な情報を知らされない立場や物事に関与できない立場に置かれて、無視されること。

虫除けの蚊帳の中に入れないと、防虫効果を得られず虫に刺されてしまうことから。


原則として主人公の一人称視点で書き進めているために、主人公のいないところの描写が少なくなりがちということで、そのあたりの補足と今回の各キャラクターの心理演出として、こういう展開になりました。

キャラクターの掘り下げなどの目的で、動画サイトなどで実在の人物の言動についての情報もあれこれ集めてみて、やっと書けた感じです。

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