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206 火事場の『馬鹿力』

年末はやることも多くて、休むかどうか軽く迷いましたが遅刻までで今週分も投稿としました。

一瞬で行き来できたり魔法が存在したりする不思議な世界でも、いつまでも居続けることはできない。

月曜日からまた学校に行かなくちゃ。

なのに、長くこっちに居すぎた気がする。

大丈夫かな。


「ずっとこちらにいらしてくださって、よろしいのですが」

「よろしくないから聞いてるんですが!?」


このベルリネッタさんは本当になんというか……

って、近い近い。


「りょうた様のお側にいられないのは、わたくし、淋しいですよ」

「ま、また週末には来ますから。来ていいなら」

「お迎えに上がります!」


よく考えたら、来週迎えに来てもらう前に今、送ってもらわないと帰れないぞ?

これは格好がつかない上に困る。

どうしよう。


「迎えに来たよ、真殿くん」

「え、愛魚さん!?」


なんで愛魚さんがここに!?

ここって不思議な世界じゃないの?


「私のね、父さんがここの関係者だから」

「そうなの!?」


事情を聞いて、斯々然々(かくかくしかじか)

実は愛魚さんが昔からずっと学校で同じクラスだったのは、魔王になる僕の監視目的だったそうだ。

そんな早いうちから目を付けられて、手を回されていたのか。

とにかく、それでスケジュール管理の意味で愛魚さんがこっちに来て、学校に間に合わせるならそろそろ移動しないといけない旨を知らせつつ、迎えにも来てくれたわけだ。

助かった。


「では、車を出しますので」


するとあのお城から移動した先は愛魚さんの家の中。

さらにそこから、社長秘書の鮎川さんという人がうちまで送ってくれた。

時刻は日曜の夕方……スマホの表示とはズレてるけど、待っていると自動の時刻合わせで『こちらの』時間が表示された。

うん、今から準備すれば学校には間に合うな。




翌日、月曜日。

ちゃんと学校に合わせて起きて、玄関を出ると愛魚さんがいた。


「おはよう、真殿くん」


おしとやかな挨拶。

僕はまだ夢を見たままなんだろうか。

一旦ドアを閉じて、改めて開けてみる。


「おはよう、真殿くん♪」


今度は満面の笑み。

やっぱり夢じゃないのか?


「ちょっとちょっと、こないだの子と違うじゃない! どうなってるの!」

「いや、それは! 帰ったら話すから!」


母親に突っ込まれたけど、話すと長くなる。

遅刻こそしないけど混雑するのは嫌だから、家を早めに出る習慣は崩さずに。

一緒に登校する格好になった。


「こないだの子、ってやっぱりあの?」

「うん、りっきーさん」


これは隠したり嘘をついたりしてもしょうがない。

正直に話す。


「そっか……」


愛魚さんは深刻な表情で考え込んで、時々何かブツブツ言ってる。

目の前には気をつけてくれればいいけど……あ。

向こうから来る人、わざとこっちに飛び出してきてないか?

止めるのも間に合わなくて、愛魚さんにぶつかった!


「ご、ごめんなさい」

「ごめんですむかや! オラァ!」


しかもガラの悪い、なんというか反社会的な相手だ。

これは厄介なことになった。


「あー、腕が痛いのう。姉ちゃん、これは出すモン出してもらわんとあかんのう」

「出すモンって」

「コレやろが! コレ!」


で、出た……人差し指と親指の輪っか。

要するに小金欲しさのチンピラだよね。

ここは僕が、しっかりしないと。


「本当にどこか怪我したんなら、病院で診察を受けてくださいよ」

「なんじゃい!」

「それで、今のでどこか怪我したってはっきりすれば、それから……」

「じゃっかあしいんじゃ!」


衝撃。

立っていられなくなって、数歩後ろに倒れた。

これ、殴られたか……


「このガキが! わしが《邪巣楽組(じゃすらくぐみ)》と知ってアヤつけよるんか! あ!?」

「うげっ……」


腹を蹴られたところで、相手がヤクザとわかった。

でも、今時は法律が昔とは違うから大丈夫と聞いたことがある。

それ以前にそもそも暴力を振るわれた以上、ただで許せるか!

なんとか警察を呼ぼうと、スマホに手を伸ばす。


「何してんの、真殿くんにッ!」

「ぶえっ」


でも、ヤクザの暴力はそれ以上襲ってこなかった。

起き上がってみると、愛魚さんがヤクザを鞄で殴っていた。

しかもそれだけじゃなく。


「あなたなんかァッ!」


近くにあった自転車を持ち上げて、振り下ろそうとしてる。

あんな物を持ち上げられるなんて《火事場の馬鹿力》か!?


「そ、それはやめよう! ダメだよ!」


自転車はいくらなんでもまずいって。

当たりどころによっては死ぬ!


「ち……ッ!」


見物人がちらほら現れ始めたことで、ヤクザは逃げていった。

愛魚さんには自転車を降ろしてもらって、元の場所に戻してもらう。

顔と腹は痛むけど、もう大丈夫だろう。


「う、うぅー、うえぇー……」


僕が大丈夫でも、愛魚さんのメンタルがダメか?

泣いちゃってるのは仕方ない。

学校に電話。


「もしもし、○年○組の真殿了大です。すいません、今登校中ではあるんですけど、同じクラスの深海さんが具合が悪そうなのを見かけまして、はい、それで放ってもおけませんので、はい、それで、はい。ちょっと付き添って、遅刻すると思います。よろしくお願いします」


こんな感じで言い訳しておけばいいや。

あとは、愛魚さんを人があんまりいない所へ……そこに公園があるのか。

じゃあとりあえずそこに行こう。

途中で見かけた自販機で冷たいお茶も買って、と。


「学校には電話したから、落ち着いてからゆっくり行こう。はい、これ」

「ごめんなさい……私のせいで、真殿くんまで」

「そんなのいいから」


ベンチに座らせて、お茶を渡す。

放っておけないって学校に言ったのは、まんざら嘘でもない。


「でも、私がぼーっとしてたせいなのに」

「確かに考え事してるみたいだったけど、どうしたの」

「うっ……それは」


おっかなびっくりという様子で、愛魚さんは語り始めた。

僕の顔をじっと見つめて、目を離さない。


「真殿くんの近くに、急に女の子が増えて……負けてられないと思って。それでまず家まで迎えに行って、それから先はどうしたらいいか、考えてたの……」

「えっ」


ここ最近の僕の環境の変化に……

あのモテモテ魔王状態に、介入するつもりなのか?

そんなことまで父親から言われてるんだろうか。


「学校でのお目付けは父さんの指示だけど、これは私の意思で、父さんもそうしなさいって言ってくれてるから」


えらいことになった。

あっちは女だらけの城なのに、こっちは愛魚さんって。

こうなると、まず学校での振る舞いに気をつけないとダメだろう。


「それでね、本当は、えっと……了大くん(・・・・)から言ってもらえるのを待ってたけど、私から言わなきゃダメだなって。私と、お付き合いしてください」

「えっ、と」


なんとも言い切れなくて、とりあえず学校に行こうと誤魔化して、いつもの駅から電車に乗った。

もうすっかり通勤ラッシュの時間は終わっていて、それはそれで混雑は回避できたけど、遅刻は遅刻。


「まあ、同級生の具合が悪そうだったということなら、仕方ないな」

「ちゃんと連絡もくれましたし、大事(おおごと)じゃなかったみたいですし、よかったですよ」


今回は理由が理由というだけはあって、先生たちはすんなり許してくれた。

僕がいいことをしたと言うよりは、優等生の愛魚さんの日頃の行いのおかげだろうけど。

二時間目の終わりかけくらいの頃合だったので、三時間目から普通に授業を受ける。

一時間目は体育で特にどうということもなかったのと、二時間目の板書は富田さんがコピーを取らせてくれる話になったのとで、影響はなし。

昼休みになった。


「何食べてるの?」

「今日は……メンチカツのやつと、ホワイトチョコのデニッシュ」


場所を変えて他人と距離を取って食べてたら、隣に愛魚さんが来た。

自分のお弁当を持ってる。

ここで……僕の隣で食べ始めた。


「了大くんはいつもパンだよね」

「別にパンが好きってわけでも、こだわりがあるわけでもないけど」


個別包装の総菜パンや菓子パンは、持ち運びやすくて常温で持っておけて、満腹までのペースに合わせて開封しないことで量の調節もしやすいからだ。


「給食と違って……『防御』しやすいんだ」


それに、開けてないうちなら嫌がらせでダメにされることも比較的回避しやすいからな。

気に入らない相手に嫌がらせをしたいからなんて理由で食べ物を粗末に扱うなんて、さぞや家庭でろくな教育を受けてないんだろうとしか思えないけど。

小中学校の同じクラスで騒動を目撃していたのを思い出したんだろう、愛魚さんが察したような表情になった。


「親も忙しいからお弁当まで作ってもらうのもキツいし、作ってもらってダメにされたら申し訳ないし」

「そっか……そう、なんだ……」


防御か……

思えば今朝のヤクザに暴力を振るわれた時も《火事場の馬鹿力》どころかまるで何もできなかった。

正直に言えばやっぱり悔しい。

こんな状態で何が魔王だろう、とは思う。

強くなれたらなあ。




放課後。

りっきーさんにメッセージを送ったけど返事がないようだから、普通に帰るか。

さすがに今日は誰も来てないかな?


「おう、リョウタ殿」


いないと思った曲がり角の先で、銀髪の美人と出くわした。

トニトルス先生だ。


「先生、どうしたんです」

「なあに、小用ですぞ」


手にはビニールのレジ袋。

中身は……飲み物の缶かな。


「リョウタ殿も一本いかがですかな?」


見ると『Alc. (アルコール分)9%』って書いてある。

お酒じゃないか。

僕は未成年だから飲めないよ。


「いえ、僕は遠慮しておきます」

「でしょうな。一応聞いておいただけですぞ、全部我のですからな」


お酒が好きなのか。

程々にしておいてくれれば、とやかくは言わないけど。


「さて、リョウタ殿。行きますぞ」

「行くって、お城にですよね」

「無論」


ためらう。

素直に足が動かない。

どうしようかな、と思ったところで、今朝の騒ぎを思い出して左の頬を撫でる。

ヤクザに殴られた方の頬だ。

あんな暴力にさえ勝てない状態で、何が魔王だと思い返して。

そうしたら、目の前にいる人が誰なのかを考えて、また思い直した。


「トニトルス先生は、先生ですよね」

「そうですぞ?」

「じゃあ、僕がもっと強くなれるように、色々教えてくれますか」

「当然ですぞ。魔王たるもの強くなくてはなりませんからな」


さっきまで動きが鈍かった足が、途端に軽く動くようになる。

眠れない夜、感じてた不安の正体がわかった。

いろんな女の子が現れて人生が良くなったのに、その幸せは簡単に奪われるんじゃないかと思ったからだ。

なぜかわからないけど(・・・・・・・・・・)嫌な予感がする。

その予感がもしも実現した時、強くなっておかなきゃ、絶対に後悔する。


「お願いします。それと、実は移動のやり方もわからなくて。教えてください」

「あれもこれも一度には無理ですぞ。順番にですな」


トニトルス先生が呪文を使って移動。

真魔王城だ。


「お帰りなさいませ」


ベルリネッタさんも他のメイドたちも、前回と同じように僕との距離を詰めようとする。

でも浮かれていられない。

今の僕には、浮かれていられるだけの力も、その資格もない……

そんな気がするんだ。


「では、先生。よろしくお願いします!」

「うむ」


ただ周囲からちやほやされるままに浮かれて、そこら中の女の子に手を出してズルズル行けば間違いなく、エッチすることばかりしか考えないダメ魔王になる。

そんなのは絶対にダメなんだ。


「では、今日も魔力を感じ取る鍛錬から」


感覚を鍛え上げる。

目を覚ます感じというか、自分の中の眠っていたものが起き上がってくる感じというか。

そして、その起き上がってきたものを磨き抜く。


「むう、なかなかどうして……リョウタ殿。本当に、ここに来るまでは何も知らなかったという話で間違いないのでしょうな?」

「そうですよ」


よく研ぎ澄ますとわかる。

この城というかこの世界は、いろんな魔力が豊富に感じられる。

そして、自分の中にある闇の魔力も。

これが魔王としての僕の特殊性で、これをよく制御して使いこなさないといけないんだって。

昨日よりも、今よりも、強くなるんだ。


「実直に、真摯に取り組んでおられますな。しかしながら、今日はこのあたりまでになされよ。向こうの暦では明日も学び舎に行かねばならぬはず」

「ああ、そうか」

「今のうちに戻れば、少々寄り道した程度の感覚で済みましょう。さ、今日は我が送りますぞ。今日のような調子であれば、そう遠くないうちにご自身で行き来できるようになるかと」

「はい」


先生の見立てでは、着実に成果が上がっているらしい。

やっぱり、いざという時に急に力が出るよりも、日頃の実力をどんな時でも発揮できること。

それこそが必要なんだ。




◎火事場の馬鹿力

火事の際に、自分にあると思えない大きな力を出して重い人や物を運び出せることもある。

切迫した状況に置かれると、普段は想像もできないような力を無意識に出すことのたとえ。


チンピラヤクザ相手にみっともないところを見せてしまうというのを、記憶喪失状態ゆえの弱体化演出としてみました。

記憶喪失ルートをやると決めた後すぐに盛り込むことを考えた要素です。

邪巣楽組というのは要するに著作権を盾にみかじめ料を請求してくるアレです。

ここでの投稿で歌詞が使えないと言われるのも、あの広域指定暴力団の圧力のせいですからね。

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