205 暗黙の『了解』
年末はいろいろ忙しいというのもありますが、今回は特にフラグ管理を誤ったまま書き進めて『この時点でこのキャラがこんなこと言う訳ないじゃん!』というキャラクター性のブレを起こしてしまい、書き直して遅刻しました。
あの黒い子、ニグルムさんの言ってたことはよくわからないけど、世の中そうそううまい話なんてあるわけないってのはわかる。
このままだと破滅……
そう言われるだけの危険と引き換えだからこその、この王様待遇ということなんだろうな。
でなければ、僕なんかを魔王と呼んで、こんなにあれこれ尽くしてくれるわけがない。
「破滅は嫌だなあ……せっかく、人生が良くなってきたばかりなのに」
となると破滅を避けるために手を打つ必要がある。
例えば魔王として強くなるとか、配下を集めるとか……?
「魔王として何を為せばよいか、まるでわからぬというお顔ですな?」
「はい」
二人来たうちの銀髪の方、トニトルスさんはここに留まっていたので、そういう声をかけてくれた。
もう本当におっしゃる通り。
「だいたい、僕が魔王なんて言われて持ち上げられる理由もわからないんです。なぜだか皆、その……大胆というか」
「関係を持ちたがる?」
「……はい……」
そして、あのメイドたちの言動は、本当になぜだかわからない。
僕がいつ手を出してもいいと言うような《暗黙の了解》がある感じ。
何が狙いなんだろう。
「ふむ。ならば、この我が教師として指導するというのはいかがですかな。魔王たるもの、それ相応の学問も必要ですぞ」
「あ、それはいいですね。お願いします」
このトニトルスさんが先生か。
ちゃんと集中できるかな。
学校の先生たちが、オッサンオバサンばっかりだから話がつまらなくて集中できないのとは違って……
トニトルス先生は、というかトニトルス先生も、美人で巨乳だから……
は、いけないいけない。
僕はりっきーさんと付き合ってるんだから!
「りょーくん、先に言っとくね」
「あ、うん」
りっきーさんが何か言いたそうだ。
浮気するなってことなら、ちゃんとわかってるよ。
最大限そういう努力もするから……
「ムラムラしちゃったら仕方ないから。ヤッちゃえ♪」
「なんで!?」
……って、なんでりっきーさんが焚き付けてくるの!
ダメでしょ!?
「ルブルム、誰も説明しておらんのか」
「あれ? ……してなかった! そっか、そうだった」
説明……いや、本当にここ最近のあれこれは説明不足が過ぎる。
誰か説明してくれよ!
「ごめんごめん。りょーくんは一夫一妻の国で生まれ育った人だから、最初に言わないといけなかったね。魔王は重婚も全然アリだから」
「むしろ、一人だけで満足されては他の者達が困りますぞ」
「それでか!」
制度や風習が違うからということなら、それを最初に言ってくれ。
まあ、そうだとしてもりっきーさんを差し置いて他の人と、っていう気には、どうだろう……
なるのかな?
ということで、トニトルス先生の授業が始まった。
中庭に案内されて、広さのある場所を使う。
少し距離を取って、トニトルス先生と向かい合って立つ。
「さて、魔王……リョウタ殿はこれまで、どのような敵と戦って来られましたかな。些細な争いでもかまいませぬ、思い起こしてみてくだされ」
「敵……?」
そんなの急に言われてもな。
いや……何か、いたな……
いたような気がするけど、どうだったろう?
うーん。
「記憶の函の奥底より出でよ……《回想の探求》!」
考え込んでいるうちにトニトルス先生が何かしたのか、僕との間に何かもやもやした、溶けたアイスクリームみたいな塊が現れた。
うわ、何か人の顔とかモンスターっぽい触手とかもついてる。
キモっ。
「……何ですかな、これは」
「わかりません!」
僕に聞かれてもさっぱり正体不明。
先生はむしろどうして僕に聞くかな。
「ぬっ、この顔……否、まさかな」
先生が持っている杖を振ると、もやもやは消え失せた。
よくわからない現象だ。
「ひとまず、ここは一から説明しますぞ。この真魔王城がある次元、ヴィランヴィーにおいては……」
ここは魔法などが存在する異世界で、時間が流れる速さも僕の世界とは違ったり、特にこの城には選りすぐりの精鋭が集まったりしてる、という説明を受けた。
普通ならそんなの信じられないけど、あの《門》とかいうのをくぐると家の近所から一瞬でここまで来たことや、さっきのもやもやが出たことなどを思うと、信じてもいいんじゃないかという気がしてくる。
「でも、どうして先生は先生役を買って出てくれたんです?」
「あやつの物言いが気になりましてな。ニグルム……あやつはここ最近、めっきり他者に興味を示さなくなっておったはずが、ついこの間になってどうしたことか急に動き出した次第で」
あの子が動くのはそんなに珍しいのか。
どのくらいだろう。
「人の暦で言えばもう優に三百年は過ぎておりますかな。昔……仔細は省きますが、心に傷を負って以来はとんと。それからのあやつは無闇に他人に関わろうとはしない性分になっておりまして。なのにああしてリョウタ殿にわざわざ会いに来たからには、何の意味もないということはありますまい。意図は必ずやありましょう。決して無意味ではない意図が」
意図がねえ……
そのうちわかる時が来るのかな。
それとも、わかるようになった時にはもう破滅とか?
「さあ、破滅が嫌なら研鑽あるのみですぞ。魔王たるもの、お飾りでは勤まりませぬからな」
その後は魔法を使えるようになるために、魔力の属性とか呪文とかの基礎知識を勉強して、最後にその日の内容の簡単なテスト……
全問正解とは行かなかったけど、けっこうよくできた方じゃないかな。
「筋が良いですぞ。よしよし」
「えへへ」
頭を撫でられた。
ちょっと照れくさいけど、褒められてるんだから悪い気はしない。
「ありがとうございます、先生」
「んんっ……」
呪文は面白くて、マンツーマンで付いてくれる先生は美女。
こういう授業だったら大歓迎だな。
やっぱり、魔王って恵まれてる。
今日の授業は終わり。
簡単な呪文ならひとつ教えてもらえた。
でもまだ確実性が足りないから、先生が見ていない所では使っちゃダメって。
確かに、失敗して何か悪い事態になったら大変だもんね。
夕食も美味しかったところで。
「りょーた、遊ぼう」
「カエルレウムか。今日は何で遊ぶの」
「ガッツリ対戦やろう、対戦。《バトルマイスター》!」
「格闘ゲームか」
対戦格闘ゲーム、バトルマイスターで対戦。
やったことがないので、カエルレウムが合わせて買っていた攻略本を読ませてもらったり、適当に練習させてもらったりして……
取っつきやすいな。
なんだか、以前から知ってるような感覚で動かせる。
「よし、そろそろ対戦してみるか」
女子キャラのアルティナを選択。
褐色肌ってなんとなくいいな。
「女子キャラを選ぶか。りょーたもスケベだな?」
「そういうんじゃないから」
カエルレウムは手足が伸びるキャラのサーペントを選びながら、そんなことを言う。
でも、このキャラを選んだのは本当にそういう目的じゃない。
攻略本を読んでみて、触ってみてのチョイス。
「イーグル!」
「コンボ痛っ!?」
「シャーク!」
「中段見えないって!」
「パンサー!」
「今度は下ぁ……」
「捕まえたァ!」
「コマ投げ!」
突進技《太陽を追え!》からの派生で、コンボになる《イーグルビーク》、しゃがみガードできない《シャークバイト》、立ちガードできない《パンサークロー》、投げ技の《太陽を掴め!》に分かれる。
自分の操作を誤ると反撃を受けやすいけど、揺さぶりをかけて相手の対応を誤らせることで優位に立つキャラクター。
やってる方としても単調にならなくて面白い。
「なあ、りょーた。本当にこれ、やったことなかったのか? なんかすごいうまいんだけど」
「たまたまじゃない? なんか、やりやすくて」
「そうかぁ……?」
ボロ勝ちした。
いや、本当になんでなんだろうな。
不思議と『ここはこれで!』みたいなのが思い浮かぶ。
「アルティナって派生の使い分けが難しいのに。わたしもアルティナやってみよう」
「じゃあ主人公で」
同じキャラクターでの対戦を避けて、主人公のジョウに決定。
今度はカエルレウムがアルティナを選んだ。
「イーグル!」
「よし、チャンス!」
コンボのイーグルビークは斜めに飛び上がるから、ヒットしていればいいけどガードされていると隙だらけ。
そこを転ばせて、攻めに移る。
「フゥン!」
「あ!」
……突進技《旋円殺》から、ヒットかガードかに関わらずキャンセルで投げ技《スパイラル百舌落とし》が狙える。
攻略本に小さく書いてあったやつだけど、この連係はかなり強いな。
「おい、今のハメだろ……」
「……そうかも。考えてみたらヤバいね」
「これ、とりあえずブームに乗るために作ったって感じのやつで、バグ技多いからな」
いや、これは強すぎる。
カエルレウムはできるだけゲームをけなしたくないからか、やめろとは言わないけど、僕もハメ技と思うと使うのをためらう手だ。
結局、お互いにはっきりとは言わないものの使うのは避けるのが《暗黙の了解》になった。
そういうのさえ気をつければ楽しく対戦できる。
あっという間に、そろそろ寝ないといけない時間だ。
「りょーたは『たらし』なんだろ? 今日はどのメイドにするんだ?」
「しないの。今のところはだけど、僕はりっきーさんだけだから」
何てことを言うんだ。
僕が『たらし』だって?
そりゃ、いろんなメイドに片っ端から手を出してたらそうかもだけど。
でも、そうじゃないだろ。
「その証拠に、君とだってゲームで遊ぶだけで、そういうちょっかいは出してないよね」
そう言うとカエルレウムは固まったように黙り込んで、しばらく無言に。
少し間を開けて、動いたと思うと。
「……そうだな? なんでわたし、りょーたのこと『たらし』だって思ったんだろ』
「身の危険でも感じた?」
あくまでもゲームで遊んでただけの健全な時間だったとはいえ、部屋で二人きりだったもんな。
普通なら警戒されてるよね。
「あはは、ないない! りょーたに襲われたって、嫌なら軽く返り討ちにできるし……」
「だろうね」
嫌がる子を力ずくでどうにかするくらいならいっそメイドに言えば『テイクアウト可能』だそうだし、それ以前に力ずくなんてできる気もしないし。
そういう要素を考えれば、いたって安全だろう。
「……りょーたなら、いいしな」
「今のは聞かなかったことにしとく」
「えー!?」
カエルレウムはなんというか、変わらないでいてほしいような、それでいて仲良くはしていたいような、不思議な感じがする。
さすがはりっきーさんと双子というだけはあるか。
それが僕のスケベ心のせいで、姉妹の仲が悪くなったり絶縁したりしたら嫌だよ。
何だろうな、この感覚。
そんなはずないのに、前にもあったような。
寝室。
ベッドが大きい分、もしも他に誰もいないとなるとなおさら『一人だ』という実感が強くなる。
でも!
りっきーさんがいれば話は別。
「りょーくんがワタシを大事に思ってくれてるのは、よーくわかってる。わかってて、それは嬉しいよ。でもね、りょーくんには皆を分け隔てなく愛せるようになってほしいって言うかさ……」
「またそんなことを」
いくらこっちの風習では許されると言われても、やっぱり抵抗はある。
それに、僕が他の女性と関係を持ってもいいということは。
「僕はりっきーさんには絶対、僕以外の男とは……してほしくないもの」
りっきーさんが他の男性と関係を持ってもいいということにならないか。
きっと《暗黙の了解》としてそうなるんじゃないか。
そうなるだろう。
「どっ、独占欲……! りょーくんが、ワタシに……!」
そんなのは嫌だ。
僕と出会う前は、今まではともかく。
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今は、これからは、僕だけのりっきーさんじゃなきゃ嫌だよ。
誰にも取られたくない。
絶対だ。
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二回目が終わったところで、りっきーさんと抱き合って眠りに入った。
こんなにも幸せなのに、破滅なんてしたいわけがない。
どうすればいい。
僕は、一体何をどうすればいいんだ……?
眠れない。
何なんだ、この不安は。
◎暗黙の了解
口に出して明言しないものの、当事者間の理解や納得が得られているさま。
言葉にしなくても皆が了承しているさま。
あと、毛布や弁当箱といった『毎日使うレベルの生活必需品の買い足し』に時間を取られたりも。
年末年始で物流が特に止まりがちですので、買い物や給油は買えるうちにしておきましょう。




