201 人の振り見て我が振り『直せ』
本編200回達成。
1部分あたり5000文字前後が200部分ということで、読み応えには自信があります。
今回はりっきーことルブルムが「今日は会えない」と言った理由が明かされる回。
(2021/12/17追記 本編の回数をサブタイトルナンバリングで1個間違えていました)
今日はりっきーさんの都合が悪いそうだから、学校が終わったらおとなしく家に帰るか。
また一緒にファイダイのイベントを走る時に不自由しないよう、キャラのレベル上げかな。
そんな事を考えているうちに、降りる駅に着いた。
「ね、真殿くん……一緒に行こうか?」
「えっ」
そんなバカな。
まさか本当に、りっきーさんが言うように愛魚さんが、僕を?
いやいや、そんな、ねえ?
「まあ、どうせ教室も一緒なわけだから、そうなっちゃうのかな」
「そうそう、そうだよ、うん。一緒の、ね」
学校までの短い道を歩く。
さすがにまったくの無人というわけはなく。
部活の朝練やクラスの日直で早めに登校していた生徒には、バッチリ目撃された。
「おい、お前! お前は確か、金髪巨乳の彼女がいるんだろうが! それなのに深海さんにも手を出すだと!?」
「そうだそうだ! この浮気者め!」
しかも昨日の騒ぎを知ってる奴だと。
面倒だな……
「違うよ。真殿くんが私に手を出してるんじゃないの。私が」
「電車が同じになって、同じクラスだから、それで一緒になっただけ」
せめて、ちゃんと分けて考えないと。
僕はりっきーさんと付き合ってるんだ。
愛魚さんはクラスメイトなだけ。
「あっ?……うん、まあ、そう……」
「なんだ、それだけか。ならいいぜ」
愛魚さんが何か言いかけてたけど、こういうのは僕が自分でしっかり言わないと、後々まで付きまとわれる。
小さい頃からずっとそうだったからな。
ひとまず解決。
あとは体調も良くなって、お腹が痛くなることもなくなったことで、授業も真面目に受けて、放課後。
帰ろうと思ったら、今日も正門が騒がしい?
「りっきーさん……じゃないよな? 会えないって言ってたから」
出てみると、なんというか美男美女。
欧風のイケメン男子と、和服のスラッとした大人の女性。
なんとなく男子の方が年下に見えるけど、どっちもすごく人目を引く美形だ。
昨日のりっきーさんと違って男女一組だから、誰かが声をかけようという感じにはなってないみたいだけど、僕も別に知らない人に声をかけようとは思わない。
「おい、リョウタ。今回はどう動くつもりだ?」
「は!?」
いや、どうして!?
どうしてまた僕が声をかけられるの!?
しかもイケメンさんはなんで僕の名前を知ってるんだ。
「こちらはまた前回同様にしてまいりましたが、了大様の方は……」
女性の方まで!
知らないよ!?
「え、いや、何の話ですか! 知りませんよ? それじゃ!」
せっかく美形なのに残念な人たちだ。
関わり合いにならない方がいいかな。
帰ろう、帰ろう。
動きを見せない了大の様子を見に来たハインリヒと智鶴だったが、了大の反応は予想外のものだった。
これまで時間を繰り返してきたはずの了大本人が、何も覚えていない。
ハインリヒの事も、智鶴の事も。
「どうしたと言うんだ、リョウタの奴は。まるで私たちの事など知らないかのように」
「あれは、本当に知らないのでしょうね」
切り替えの早い智鶴は、冷静な分析を下す。
そうさせるのに充分なほど、了大の対応はあからさまに違いすぎていた。
「私の知る了大様はいつもお悩みで、何をしていてもどこか焦っているような、そんなお方でした。それが先程は、まるで何も悩みなどないような歳相応の雰囲気でしたから」
「なんと……だが、どうしてそんな事に。了大自身がこれまでの出来事を忘れてしまっては、勝てるものも勝てはしない。それに、負けたとして誰が時間を戻すのだ」
そう。
これまで時間を戻してきた呪文は、使い手の熱い心に依存する。
その熱さがなくなれば、発動はおぼつかない呪文なのだ。
だからこそ、呪文の写しは得ていてもそこまでの動機を得られていないために、了大以外は時間を戻せない状態でいる。
「何にせよ移動しましょう。約束の時刻まではまだ余裕はありますが、時間ぎりぎりというのもよろしくありません」
「うむ、ムッシュ・アランは時間に厳しいだろうな。了大が動かないとしても、根回しはしておかなくては」
二人が向かう先は、深海御殿。
深海阿藍と、彼を通じて水の魔王セヴリーヌに、顔を繋いでおくのだ。
そこに乗り付けられる一台の高級車。
「ハインリヒ様に智鶴様ですね。お迎えに上がりました」
「足を用意していただけたのか。ご配慮、痛み入る」
社長秘書、鮎川が降りて出た。
少し待っていると、学校からは彼の雇用主の令嬢である、深海愛魚も現れた。
「鮎川さん、今日の集まりというのは?」
「一連の件につきましての続報となります。こちらのお二方は外部よりご協力と伺っておりますので、会合にもご参加いただく手筈です。さあ、車へ」
鮎川が運転席、愛魚が助手席、智鶴とハインリヒが後部座席へ。
全員が乗り込み、シートベルトの着用を済ませると、アクセルが踏まれる。
「さすがに、人目のある中で堂々と《門》の使用はできませんものね」
「それもありますが、むしろGPS……機械による現在位置の把握が普及している点によります。呪文で瞬時に座標が大きく移動してしまうというのは、測位という観点からは不都合ですので」
「成程、成程」
雑談を交わしながら、三十分か四十分ほどだろうか。
四人は深海御殿へ到着し、予定を承知している家政婦に通されて応接間へと入った。
そこで待っていたのは。
「うむ、愛魚も一緒だな。よし」
「や、こんにちは」
深海阿藍以外に、もう一人。
金髪の美少女が待ち構えていた。
「あなたは……!」
愛魚の情緒が乱れるのも無理はない。
昨日『りっきー』として了大に接近し、その仲を愛魚に見せつけたこの少女こそ、その実体は赤の《聖白輝龍》。
サンクトゥス・ルブルムだ。
「睨まないでよ。今日はそういうのは後で、ね」
阿藍、愛魚、ルブルム、ハインリヒ、智鶴。
五者がそれぞれの情報と思惑を交換する会合だった。
「まずは、ヴィランヴィーの魔王輪はいよいよ覚醒したと、そう認識してよいのだろうな」
「間違いないだろうね。近くにいても、魔力をひしひしと感じた。サンプルの採取はできなかったけど」
「サンプル?」
オンラインだけの連絡を脱してオフラインで顔を合わせた、ルブルムの率直な感想。
いよいよ阿藍も、了大の潜在能力を確信することになった。
しかし、サンプルとは何か。
愛魚は訝しむ。
「魔王の寵愛を受けた女子は、その力を大きく増す。要するに精液を見れば一目瞭然なんだけど、りょーくんってしっかりしててさ。ゴムは買ったんだけど、そこまで行かなかった」
「な!? ご、ゴムっ……!?」
魔王としての覚醒を確かめるためにどうこうと言うより、了大を色香で惑わそうとした点こそが許せない。
飛びかかるように、愛魚はルブルムの目前まで距離を詰める。
「あなたねえっ! 真殿くんの気持ちをもてあそぶつもりなの!? いやらしいッ!」
「勘違いしないで。ワタシだって、りょーくんの事が好き」
ルブルムは一歩も退かない。
この後すぐに取っ組み合いになるとしても、恋敵として愛魚が立ちふさがるとしても。
「まだこっちの社会じゃ大人として責任をとりきれないりょーくんには、避妊をしっかりしてもらう。その上で、一緒に出される魔力は無碍にはできない。遊びじゃないよ。ワタシ個人としてはりょーくんに対する気持ちは本気だし、魔王の臣下としては彼にどれだけの魔力があるかは知っておかないといけないし」
「何よ、魔王、魔王って……真殿くんはそんなの」
「だったらサンプルの採取、代わりたい? 代わってあげたっていいよ。やりたいんだったら」
「…………あ゛ァ!?」
「何さ?」
愛魚に対する優越を浮かべたルブルムの表情。
ルブルムに対する憎悪を隠さない愛魚の表情。
いずれも好ましくないと、立つのは。
「よさないか、貴公ら。今のその顔、はたしてリョウタに見せられるのか?」
「ああ……」
「うっ」
ハインリヒ。
敬愛する姉ではない他の女性だからこそ、公正な視点で判断を下せる。
「いいか。《人の振り見て我が振り直せ》と言うだろう。今のやり取りでお互い、相手の表情がさぞ腹立たしかったのではないか? リョウタの気を引きたいなら、リョウタに嫌われたくないなら、そんな態度は慎むべきだ。いがみ合いも含めてな」
「おっしゃる、通り、です……」
「まあ、そりゃ、嫌われたくなんかないし」
ハインリヒに喝破され、二人は冷静さを取り戻した。
それに、今はもっと大切な話もある。
「こちらの智鶴さんは言祝座の新しい獣王でな。ご隠居なさったお父様に代わって、我々と友誼を結んでくださるそうだ。そしてその上で共通の敵に対処したいと」
「ええ、ええ。確かな筋からの情報ですが、複数の次元を襲う強敵が現れますので」
強敵とはもちろんアルブムのことだ。
しかしハインリヒと示し合わせて、この席で多くは語らない。
迂闊に多くを語ってしまったがために了大が失敗をしてきたこともある点を鑑みて、周回の情報は小出しにすると取り決めをしていた。
「愛魚は引き続き学校での彼の様子を。学校以外ではルブルム、君が。お二方はイル・ブラウヴァーグへの紹介状をご所望でしたな。直筆でしたためますので、あちらにも話を」
「確と承りました」
細部は違えど、おおよその話がこれまで通りに進む。
走らせた万年筆を置いて紙を折る阿藍に、遅れての来客の報せ。
「遅くなるとは聞いていたが、やっと来たか。お通ししてくれ」
「はい、旦那様」
通されたのは金茶色の髪の美女。
ヴィクトリアンメイドの装いと、眼鏡の奥には人を射殺す妖しい瞳。
「ベルさんも来たんだ」
「それはもう。ようやく真魔王城の主となられるお方が現れたとなれば、じっとしてはいられませんので」
ベルリネッタ。
城内のメイドを束ねる統括責任者にして、本来の了大が求めてやまない動機そのものと言える女性だ。
「サンプルについては今夜、彼女にも仕掛けてみてもらう」
「そんな!?」
「ん、まあ、そりゃ……りょーくん次第だけどさ」
余裕の表情を崩さないベルリネッタの、怜悧な美貌。
気が気でない愛魚と、魔王を独占はできないと理屈では知っているルブルムと、いずれにも脅威として映った。
イル・ブラウヴァーグで魔王セヴリーヌへ話を通したハインリヒと智鶴。
その後は深海御殿を経由し、言祝座にある蕎麦屋で夕食を注文していた。
「嫉妬も、適量であればそれはそれで隠し味の一つですけれども、あれはいただけませんでしたね。男爵、よく冷静に止めていただけました」
「ん、いや、なあに」
愛魚とルブルムのいがみ合いを的確に止めて見せたハインリヒの人心掌握に、智鶴は敬意を表する。
実のところ、恋愛物の本を読んでばかりいる一方で実際の恋愛には縁が遠い智鶴は、ああいった場面は苦手かもしれないと自覚している。
「彼女らには《人の振り見て我が振り直せ》と言ったが、実はあの場面、私自身も決して他人事ではないのだ。最近まで散々、姉上に近づく男など許せんと思って敵意を持っていたが……実はそんな敵意こそが幼稚で、姉上にとってはどこか疎ましかったのではないのかと」
「まあ、まあ」
欧風の外見に似つかわしくないほど、器用に箸を扱って蕎麦をたぐる。
ハインリヒはすっかり箸の扱い方も心得るようになっていた。
「だから私も考え直して、リョウタくらいの奴であれば姉上の好きにさせようと思ったのだ。しかし、肝心のリョウタがあの体たらくでは困る。何としても調子を、記憶を取り戻してもらわなければ」
「取り戻すという事は、その見込みがあると?」
「ああ。あの後、考えてみたのだが」
学校の正門では少し言葉をかけただけで避けられてしまったが、判断の材料は他にいくらでもある。
目に見えないものを感じ取るのが悪魔の面目躍如だ。
「思えば、リョウタにぴったりとくっつくように、ごくわずかにだがヴァイスベルクの魔力も感じていた。最初は早めに仕掛けるために何かさせているのかと思ったが、いざ会ってみるとヴァイスベルクはいない。残り香のようなものでもなく、彼女は真魔王城のどこを探してもおらず、ファーシェガッハに戻ってもいない」
「ふむ、ふむ?」
「そして彼女は淫魔……ということはつまり『精神に作用するもの』として、リョウタの記憶を封印するために悪用されているのではないかと見た。それならば、リョウタに記憶がない点も、リョウタから彼女の魔力も感じる点も、彼女自身に会えない点も、三方辻褄が合う」
了大の記憶喪失が最大の危機とすれば、それに次ぐ危機。
それはヴァイスベルクという強力な戦力の不在だ。
本来であれば周回の記憶を持ち越して了大に協力するはずの味方が、今回は姿さえも見られない。
同郷の《悪魔たち》であるがゆえに、彼女の特性からハインリヒは仕掛けを見抜いたが、しかし仕掛けを見抜いたかどうかと、仕掛けを外せるかどうかは別の問題。
「了大様の記憶を取り戻そうと無理をすれば、そのヴァイスベルクさんが失われるのでは」
「そうなのだ。だから迂闊に手は出せない。それもあって、あのメイド……ベルリネッタだったか、彼女に仕掛けてもらう話にも乗った。彼女がうまくやってくれるといいが」
ヴァイスベルクを助けながら、了大の記憶を取り戻す。
そんな芸当ができそうには思えないと感じつつも、智鶴は蕎麦を食べ終えて箸を置く。
了大の記憶が戻らないなら。
時間が戻らないなら。
もう、失敗も後戻りもできない……
◎人の振り見て我が振り直せ
他人の言動の良し悪しを見て、自分の振る舞いを反省し、直すべきところは改めよという教え。
次週からはベルリネッタが了大に仕掛ける回になります。
第3~第5部分あたりの再演に近い感じになりつつ、微妙に変わっていって事態を動かしたり解決したりする予定です。




