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199 喉元過ぎれば熱さを『忘れる』

新展開スペシャルで抜き打ち追加更新です。

前々からやりたかった展開ということで執筆快調、これの次の話(200)もほぼ毎週定格程度の分量ができかけていますので今週定期の分は落とさない見通しとして、1回増やします。

なんだか体の調子がいい。

今日まで(・・・・)なんだかお腹が痛かったのが、嘘みたいに治った感じ。

このアクセサリーもいつ付けたかは覚えてない(・・・・・)けど、雰囲気があるというか、カッコいいというか、いい感じ。

家に帰るか。


「んん……?」


そこでぎょっとする。

深海さんが、こっちをじっと見てる!?

いや、そんなまさか。

少し移動してみる。


「ね、真殿くん」


僕の移動に視線がついてくる上に、声までかけられた。

やっぱり僕なのか。


「体の調子は、大丈夫なの?」

「うん。むしろなんか、すごく調子いいかも」


そうか、授業を抜けて保健室で休んでたぐらいだから心配してくれたんだな。

さすがみんなの人気者は僕相手にでも優しい。


「ありがとうね、愛魚ちゃん(・・・・・)

「はうっ!?」


あれ?

今、僕……深海さんのことを名前で。


「おい、真殿、お前! 深海さんに馴れ馴れしいだろ!」

「いや、えっと、その、つい?」


なんで下の名前でなんて呼んだんだろう。

自分でもわからないけど、近くにいた男子生徒に突っ込まれた。

そりゃそうだ。

しまったなあ。


「いいの、真殿くんはいいの!」

「え!?」


ところが当の深海さんが僕をかばってきた。

いいんだ!?


「真殿くんは、ほら、えっと……ね? ずっと同じ学校だったから、だから知り合ってからけっこう長いっていうか、なんていうか……とにかく、いいの!」

「あっ……はい」


猛烈にまくしたてられたような気がするけど、許してもらえたならいいか。

当の深海さん本人がいいみたいだし、今の男子も深海さん本人にそこまで言われたらもう突っ込めないみたいだし。

助かった。


「それで、あっ、そうそう。お腹の中なんて見えないところなんだから、また何か悪くなったらすぐにお医者さんに行ったほうがいいよ?」

「そうだね、そうする」


そうだな、明日またすぐに痛くなることだってあるかもしれない。

ありがたく忠告を受け取って、家に帰った。




夜。

深海愛魚は自宅で、父と夕食をとっていた。

大企業の社長とその令嬢として『御殿』とさえ呼ばれる大邸宅を構え、使用人に家事を任せつつ不自由のない生活を送る親子。

しかして、その実態は。


「彼から感じる闇の魔力が、保健室に行く前と帰って来てからで、とても大きく違いました。何かあったのかもしれません」

「ふむ……いつかお前には『時期が来れば教える』と言ったな。その『時期』がすぐそこまで来ている、あるいはとうとう来た、ということかもしれん」


ヴィランヴィーの魔王輪を持つ少年、真殿了大を監視し、勢力争いのカードとして取り込むべく暗躍する《水に棲む者(アクアティック)の主(ロード)》と、その娘だった。

了大が魔王として覚醒する予兆を察知するため、学校での出来事も愛魚に報告させているのだ。


「それと、真殿くんがこういう……こんな感じのアクセサリーを。それも、強い闇の魔力を感じる品で。大丈夫なんでしょうか」


ボールペンでざっと書き上げたラフなイラストではあったが、了大が持つアクセサリーの特徴はしっかりと捉えていた。

思い当たる節があるアランは、一定の考えに行き着く。


「それはおそらく《魔牛(まぎゅう)ニオリス/Niolris, Demon Bull》の骨だな。ファーシェガッハに伝わる、飼い慣らせば便利に使える上に狩って食せば美味、食品にならない部位も素材として余すところなく使える、と重宝される牛だ。もちろんそのアクセサリーはサイズから言っても、形を模しただけで骨でできてはいないだろうが……だがそんなものを持っていたとなると、ファーシェガッハの者も彼に着目して手を回しているということになる。急ぐ必要があるかもしれん」


何を急ぐのだろう。

まだ全貌を知らされていない愛魚は、不思議に思いつつも夕食を食べ終わる。


「《水に棲む者》ではないものの、協力関係にある者が彼個人の連絡先を知っているそうだ。そちらのルートも使ってみることにする」

「……はい」


そう言われて愛魚は不意に思った。

自分はまだ、了大の連絡先も知らないのだと。

恋しく思う男子なのに、知らない事ばかりだと。




翌日。

やっぱり体の調子がいい。

またじくじくするようなら医者に行かなきゃとは心配してたけど、大丈夫そうだな。

いつも通り……混み始める時間の前に電車に乗って、登校。


「あ。真殿くん、おはよう……少しいい?」


駅のホームに降りると、同じ列車の別の車両から深海さんも降りていた。

正直なところ、電車が同じになることが多いのは知っていた。

見かけたことは何度もあるし、同じ車両になったことだって何度もあるし。


「おはよう。どうかしたの?」


でも、このタイミングで話しかけられてきたのは初めてな気がする。

何か用事かな?


「昨日のことなんだけど、私のことを名前で呼んでたから……」

「あ、ごめん、あれはつい」

「ううん、怒ってるんじゃないの。むしろ、これからも名前で呼んでほしいかなって」


え、マジでか。

この超絶美少女を、下の名前で呼ぶ!?

他でもない本人の希望ならいいのか……まあいいや。


「そ、それじゃ、えーと……『愛魚さん』?」

「うん……ていうか『愛魚ちゃん』でもいいのに」

「さすがにそこまでは」


実際に呼んでみると、その様子を見た他の学生が一様に驚いたような、鬼気迫るような表情だったかもしれない。

本当に注目の的だな、深海さんは。




結局それからも腹痛がぶり返してくることはなく。

本当に《喉元過ぎれば熱さを忘れる》という感じで、すっかり元気に過ごした。

今日の夕食は家族で揃って外で。

なんとなく見本写真が目についたエビチリを注文。

なかなか美味しい。

合間にスマホでゲーム……っと、いけない。

乳騎士ユリシーズの画像は、親がいるところじゃ出せないな。

後でにしておこう。

帰宅して、改めてチェック。


『はろー☆』

『こんばんは、りっきーさん』


フレンドのりっきーさんとチャット。

学校では嫌われ者の僕だけど、りっきーさんはいつも僕の味方をしてくれる。

ネット経由で知り合って、会ったことはないから本名も顔も何も知らないけど、だからこそそういう情報を抜きにしてチャット送信のテキストから感じる人柄に信頼を寄せられて、何でも話せると思う。

単にゲーム内のフレンドというだけじゃない、大事な友達だ。


『今日は外食に行って、エビチリ食べて来たんだ』

『いいねえ、美味しそう』


とりとめのない会話のようでも、大事なひととき。

正直、学校で一番の美少女とどうこうって言うより落ち着く。


『ところでさ、明日、会いに行ってもいい?』

『え!』


りっきーさんが来る!?

いよいよ実際に会えるのか。

どんな人なんだろう。


『どこの学校か以前教えてもらってるから、放課後っぽい時間に学校まで行くよ? それでいい?』

『うん、オッケー!』


リアルのりっきーさんか……

楽しみだなー!




楽しみすぎて、目が冴えてよく眠れなかったまま、翌朝。

遠足前日の小学生か。


「ふあ……あふ」


あくびをしながらでも、なんとかいつもの時間の電車で登校。

特に何事もなく……そう、いくらあの深海さんを『愛魚さん』なんて下の名前で呼んでいいとしても、特に呼びかける用事もなく時間が過ぎて。

いよいよ待ちに待ってた放課後だ!

りっきーさん、どのあたりにいるんだろう。


『普通に正門から出てきて。そのあたりにいるから』


じゃあ靴を履き替えて、正門へ……なんだか人だかりができてるぞ。

何か事件でも起きたのか?


「だから、ワタシは待ち合わせしてるところだからダメって言ってるでしょ」

「ちょっとぐらいいいじゃんかよ。な?」


僕はチビだから人垣の向こうが見えない。

でも、何か男女の話し声なのはわかった。

ナンパしようとして断られてる。


「何が『な?』なのか知らないけど、相手の話が聞こえないほど耳が悪いの? それとも聞いた話を理解できないほど頭が悪いの? どっち?」


もう言い方がキツい。

でも無理もないよ。

待ち合わせしてて相手が来るのを待ってる人をナンパしようなんて、どだい無理だろ。

僕には関係ないけど。


「それとも両方なの? だったら最初からそう言ってよね」

「うげっ、キツっ。顔はいいのに性格悪すぎだろ……」


そんな事より、正門がこんなに混雑してるのは困る。

帰るのにも邪魔だし、今はりっきーさんが来てくれてるはずだし。

ということでどうにか通り抜けて、学校の外に出ると。


「ああ、やっと来たぁ!」


さっきのナンパを断ってた女性の声だ。

振り向くと金髪の、すごい……すごい美少女で、しかも巨乳。

あの愛魚さんもすごいけど、この子も負けないくらいすごいぞ。

でも、来たっていうのは?


「もう、待ってたんだからね?」

「え、えぇ!?」


僕!?

待ってたのは僕の事なの!?

でも。


「あの、僕、僕は僕で、その、待ち合わせしてて」


せっかくすごい美少女なのに、僕はこれからりっきーさんに会わないといけないから……

りっきーさん、どこ?


「うん、だから来たんじゃない。ワタシが、りっきー」

「は? いやいや」


この美少女はあっけらかんと、そう言ってのけた。

嘘でしょ?

りっきーさんと僕はファイダイの……ソーシャルゲームの攻略から推しキャラ、果てはキャラのエロ同人誌まで、とても女性には聞かせられない話題で盛り上がってたんだぞ。

いくらなんでも、そんな……


「ほら、この画面のここ。《りっきー》って書いてあるでしょ?」

「本当にー!?」


……そんなまさかだった。

この美少女は僕の目の前でスマホを操作して、ファイダイを起動して、りっきーさんのアカウントでログインした。

とてもまだ信じられない。

試しに僕もファイダイを立ち上げて、自分のアカウントからりっきーさんにメッセージを送ってみる。


「うん、来た」

「本当だ……」


するとまた目の前でスマホを操作して、出てきた画面をこっちに見せてくる。

僕が今しがた送ったばっかりのメッセージが映っていた。

そんなやりとりをしていると。


「何だよ、あいつ……あんな美少女と親しくしやがって」

「待ち合わせってあんなチビとかよ。なんであんなのと」

「リア充かよ、爆発しろ」


周囲にいる奴ら、つまりさっき僕が越えて来た人垣から、そんな声が聞こえてきた。

なんとなくそうかもという感じじゃなくて、はっきり聞こえて(・・・・・・・・)きたんだ。

よっぽどはっきり言ってたのか、僕の耳がいいのか。


「とにかく、別の所に行こう。ワタシ、ドラッグストアに行きたいんだ」

「あ、ああ、うん」


美少女が……りっきーさんが、手をつないできた。

積極的なのか、それともこれくらいは当たり前なのか。


「真殿くん!?」

「え、ふか……愛魚さん?」


移動しようとした瞬間、僕に声をかけてきたのは愛魚さんだった。

なんだか、美少女同士のにらみ合いに挟まれちゃってる感じなんだけど。


「真殿くん、その子……真殿くんの、何……?」

「えっ、えっと、その、何だろ」


ネットのりっきーさんはフレンドだけど、ここにいる美少女は何なんだろう。

答えられないで詰まっていると、左腕ががっちりと掴まれたような感覚の後、一転して柔らかい感覚と目まぐるしい変化を起こす。

どうしたのかと左を向くと。


「ワタシは、りょーくんの、彼女♪」

「え、えぇー!?」


左腕が美少女の巨乳に埋まっていた。

聞いてない!

そんな、か、彼女って!


「そっちこそ、りょーくんの何? りょーくんに、ワタシを差し置いて他に彼女がいるなんて話、聞いたことないけど?」

「んなっ……それは……」


言い返せない愛魚さん。

そりゃそうだよ。

呼び方はともかく、交際しましょうってどっちかがはっきり言ったわけでもなければ、ましてや連絡先さえちゃんと知ってるわけでもない。

とても恋人と呼べるほどのお付き合いじゃないよ。


「愛魚さんは、クラスメイトだから」

「ふーん、そっか。じゃあ……」


僕がそう補足すると、りっきーさんが僕から離れて、愛魚さんの手を握った。

大丈夫か?


「はじめまして。りょーくんの彼女の(・・・・・・・・・)りっきーです」

「……彼女……わ、私は、あの……深海、愛魚、です……」

「愛魚……まなちゃんね。よろしく。クラスメイトの(・・・・・・・)まなちゃん」


自己紹介、だよね?

台詞だけ聞くとそうではある。

あるけど……何か含みというか、それ以上の何かがありそうというか。


「それじゃ、行こっか♪」


また掴まれた左腕は、柔らかい感覚の中へ。

おっぱい、めっちゃ当たってるんだけど!?


「りょーくん、巨乳が好きってちょくちょく言ってたでしょ? だから、こうする方が嬉しいかなって」


僕が以前、ネットで何を言ってたかを知ってるあたりで『この子はりっきーさんなんだ』と信じざるを得なくなった。

でも、何だろう。

それ以外に、それ以上に、何かを……

何かを忘れてる(・・・・・・・)ような気がする。




◎喉元過ぎれば熱さを忘れる

熱い食べ物や飲み物も飲み込んでしまえば熱く感じなくなることから、苦しいことや辛いことも、過ぎてしまえば忘れることのたとえ。

また、苦しい時に人から受けた恩もやがて忘れ、ありがたく思わなくなることのたとえ。

多くは体験に学ばない者や恩義を忘れる者を批判して使われるが、少数ながら肯定的に使う時も。


記憶喪失ルートということで、今回の了大は精神面ではこれまでの知識がなかったり女性に対する免疫がなくなったりしています。

それを他のあれこれのフラグにして話を展開する予定です。

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