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197 馬に乗るまでは牛に『乗れ』

もうあとちょっと進めれば、前々から書きたいと思っていた展開のパートに進められて、そうすればもっとサクサク書けるだろうとは目論んでいますが、そこまでいく直前が難産で困ってしまいました。

遅刻しつつも今週分です。

強化合宿もいいけど、そろそろ寺林さんが来てしまう頃合だ。

なかなか『流れの原理』がものにできない。

一言で流れとだけ言うと簡単そうに思えるけど、流れというものは目まぐるしく変わる。

変わりゆく流れをつかんだり、つかんだ流れを意図的に変えたりしないといけない……

これは難しい。


「おれもできる気がしねえよ……」


やっぱり獅恩もこれは苦手なようだ。

あまり、というよりほとんど、上達している様子がない。


「仕方ありません。獅恩は、これはもうやめておきましょう」


さすがの智鶴さんもお手上げ。

誰だって不得手はあるよ。


「他の方向でやってみるか。了大、あんたの使い魔は例の《罪業龍魔(シンドラゴン)》だけか?」

「いや、他にも《罪業海魔(シンクラーケン)》なら」


空を飛べるようになる《罪業龍魔》と、海を泳げるようになる《罪業海魔》。

どっちも便利だから、ここ数周は戻ったと思ったら合間を見て作るようにしていた。

自分の魔力……つまり魔王輪の闇の魔力でできているから、周回に必要な呪文を書き写せばわざわざ作り直す必要はないかもしれないけど、むしろ作り直した方が強くなった気がする。

出来映えが、僕の成長の度合いを反映するのかも。


「空と海か……うん? (おか)のものはねえのか?」

「そう言えば、ないな?」


言われてみると作ってなかった。

特に思い浮かばなかったり、特に必要な場面が来なかったりしたせいだ。


「じゃあ獅子にしてみねえか。おれの黄金獅子(ゴールドライオン)みたいな感じでどうだ」

「かっこいいよね」


ライオンは俗に百獣の王って言われるくらいだし、実際言祝座でも獅霊・獅恩の親子は獅子だし。

自衛隊も、航空・海上・陸上と三種類あるからな。

陸上を補わせるためにも、そうしてみようっと。


「よくイメージして……ライオン、ライオンは強い……」


少しでもアルブムに勝てる確率が上がるなら、何でも試してみるべきだろう。

僕は生き残りたい。

生き残りたい……


「僕が作ると《罪業》タイプに……発揮できる能力が僕の精神状態に左右されるタイプになるから、これは《罪業獅魔(シンライオン)》ってとこかな」

「へえ、いいじゃねえか。なら今日は使い魔同士で模擬戦闘にしねえか」

「そうしよう」


僕の《罪業獅魔》と、獅恩の《黄金獅子》の取っ組み合い。

形は似たような感じだけど、僕のは外見を似せただけなのが現れてしまって、本当の獅子の動きじゃないな。

そこは《黄金獅子》を見習わせてやろう。

数日取り組んで……うん、だいぶよくなってきた。

あくまでも使い魔として僕とは別個に動いて自律してくれるから、使い魔自身が動きのパターンを覚えてそれなりになってきてる。


「使い魔を、こう、体にまとわせるやつはわかるか?」

「それはわかる。ドラゴンで飛んだりしてたから」


以前の……前回の時間の獅恩だな。

上半身がライオンになった、たぶん《半開》の状態を思い出しながらやってみると、自分にもそういう能力が備わった。

腕が太く、長くなって、鋭い爪が出せる。

脚の方も地面を速く走れるように強化が回ってる感じだ。

これは良さそう。

ただし。


「使い魔の方は申し分ねえが……あんたの体格の方がなあ」

「それは僕も気にしてるんだけどね」


僕自身がチビだという点がどうしてもマイナスに働く。

爪のリーチも、脚の歩幅も、こればっかりはどうしようもない。

でもまあ、僕の使い魔なんだから僕自身の力の一部だ。

他人を頼ったり安易にもらったりした力じゃないんだから、胸を張って使おう。




そうしているうちに寺林さんが送り込まれてきた。

話が前後するけど、ファーシェガッハのミリオーネンや言祝座の獅霊が自分の次元から外に出なかったこと、それとイル・ブラウヴァーグでは勇者がどうなっているのかまったく知られていないこと、そしてヴァンダイミアムでは既に魔王輪と勇者輪が一体になっていたことで、地味に気づかなかったことがある。


「どこの誰が勇者かわかっておいでなら、さっさと行って取ってしまうのはどうなのでありますか」


寺林凛という人物がマクストリィの人間であることと、どこに住んでるかを知っていること、使い慣れた交通手段でそこまで赴くのが簡単なこと。

それを考えれば、わざわざ送り込まれるのを待たなくてもその前に終わらせられるのではないか。


「あれ……日食も月食も起きない」

「誰? あなた」


結論から言うと、ダメだった。

僕たちがそれぞれ持っているのがヴィランヴィーのものだから、マクストリィでは会ってみても反応しないというオチだった。

仕方がないので送り込まれるのを待って、今に至る。

連れて来ればよかったんじゃないのかって?

嫌だよ。

それをやったら単なる拉致で、アルブムと同レベルに成り下がる。


「あなた、どっかで会った変な人……こんなことになるのがわかってたの!? だったら、どうしてもっと早く助けてくれなかったのよ!」


とはいえ、アルブムから送り込まれるのがわかっていてなおそのままにさせておくのも、本当はよくないんだろう。

でも僕にはいろんな意味でどうしようもない。

また勇者輪を引き寄せて、寺林さんは家に帰して終了。

一晩休んで、翌日は勇者の剣を実際に振ってみた。


「せっかくじゃから、この勇者スキルとやらもよく見てみてはどうじゃろう。何、これは今や主様にしか従わぬ主様の剣じゃ。自身の力と思って遠慮は無用と思うがのう」


勇者スキル……

考えてみると《聖奥義・神月》の他は《メガロファイヤー》くらいしか名前を憶えてなかった。


「古来より《馬に乗るまでは牛に乗れ》と謂う……これを手にするまでの下積み、主様は十分に重ねてきたように思うがのう」

「そうだと、いいんですけどね」


もちろんこの凰蘭さんは、よかれと思って言ってくれているのはわかる。

それでも、これまでのことを……これまで失ってきたものを『下積み』の一言で脇にどけてしまう気にはなれなかった。

そして、剣が示す勇者スキルの数々を、それに見合うだけのものと感じる気にも。


「それでも今は、これに頼るしかないか……《馬に乗るまでは牛に乗れ》、馬がないなら牛に乗ってでも、先に進むしかない」


勇者スキルの数々に目を通す。

効果もネーミングセンスもバラバラだ。


殺牌(シャーパイ)紅中一色(ホンチュンイーソー)


幸せの虹イリーデ・フェリーチェ


《いい感じストライク》


「なるほど、わかんないや……どういうこと?」

「これは歴代の勇者が作り上げてきたスキルの一覧でもあります。私は、それを記憶し再現する機能を持たされているのです」


つまり少なくとも、このスキルの数だけは勇者がいたってことか。

中にはスキルを作り出す前に死んだ勇者もいただろう。

何か、使えそうなものはないのか。

もっと直感的に、基本的に、わかりやすいもの。


絶対絶鳴(ぜったいぜつめい)


《絶鳴》の進化形。

フィギミィの冥王と心を通わせた《黄泉帰りの勇者》が作り上げたスキル。

冥王の必殺剣と同じ特性を持ち、万物を斬る。


「これは何かよさそう。これを作った人は、どんな人だったの?」

「申し訳ありません。歴代勇者の為人(ひととなり)は、都度忘却する機能を持たされています」

「なんで!?」


勇者がどんな人だったかは忘れられちゃうって、なんでそんなことを。

覚えておけばいいのに。


「本当に、そう思われますか」


ところが、剣自身の見解は僕とはまったく異なるものだった。

その意思で僕に問いかけてくる。


「例えば、傑出した才覚を持つ勇者が過去にいたとして、当代の勇者がそれには及ばない人物だったとしたら。それを事ある毎に指摘され、お前はそれに及ばぬなどと言われ続けたら、どう思われます」

「……嫌になる」

「そうでしょう」


だから忘れるように作られたのか?

剣が、持ち主を他の誰かと比べないように。


「それだけではありません。私自身、過去の人物の記憶を永遠に忘れられないまま執着してしまっては、現在の持ち主に力を貸すにあたって障害でしかありませんからね」

「記憶に執着、か……」


有り体に言えば僕は『過去』の記憶に執着している。

むしろその執着こそが、僕を周回に駆り立てていくんだ。

でもその周回の中で、出会う人たちをどうしても過去と比べてしまう。

他の女の子たちとも折り合いをつけていた愛魚ちゃん。

良い先生として優しさと厳しさを兼ね備えたトニトルスさん。

真っ白で壊れやすいガラス細工のような扶桑さん。

イグニスさんや鳳椿さん、クゥンタッチさんも、もっとずっと先の領域にいるような感覚で。

そして、こういう気分の時はいつも、必ず思い出す。


「りょうた様♪」


僕をひたすらに甘やかしながら、全幅の信頼や掛け値なしの愛情を寄せてくれていた、ベルリネッタさん。

そしてそれらを全部台無しにしたアルブム。


「……末恐ろしいのう」


そんな声が聞こえて、目を向けると凰蘭さんが眉をひそめていた。

どうしたんだろう。


「今の主様は、魔に魅入られる者の眼をしておった。闇の魔力を、ぷんぷん匂わせて」

「そんなにですか」


寒気がして手が震えた感じがした。

ぞくりと背筋も震えて、指先を見ると、心持ち肌の色が暗い。

そんな気がするという程度じゃなく確実に変な色だ。

日焼けで黒いのとはまた違う、不健康な色。


「結局はどんな技も、本人がこれじゃ意味がないか……」


使い魔も勇者スキルも『流れの原理』も中途半端。

なるほど確かに、これなら剣が過去の勇者のことを忘れていてくれて助かったような気がする。

僕より強い勇者も、魔王も、いくらでもいただろうから。




夏休みも残り半分を切った。

手指の肌色は元に戻ったけど、それよりも重要なことをすっかり忘れていた。


「周回の話、結局ルブルムにしか言ってないや」


そう、トニトルスさんやイグニスさんどころか、愛魚ちゃんにすら話せていない。

それにルブルムだって『りっきーさん』としての付き合いだけで、具体的な『レベルアップ』には至っていない。

カエルレウムはいいとこ知り合い程度だ。

おまけにベルリネッタさんをはじめとしたメイド各位は、親密とは言えない業務だけの関係。

この調子だとまたドラゴン組がこぞって離反したり、真魔王城の面々がこぞって支配されたりする、今までと同じ負けパターンじゃないのか……?


「ちょっと、マクストリィに戻ります」


気持ちが落ち着かない。

考えないようにしようと思っても焦ってしまう。

夜、近所の公園でベンチに座る。

誰もいない。


「……!?」


公衆トイレから誰か出てきた。

女性っぽいシルエット……


「ベルリネッタさん? なわけないか」

「不明な単語です。『ベルリネッタさん』とは?」

「お前かよ!」


機械の体。

頬まで裂けた口。

どうして僕は一瞬とはいえ、こいつをベルリネッタさんと見違えたんだ。

ヴァンダイミアムのアイアンドレッドだよ。


「ベルリネッタさんは、お前にはきっと関係のない人だよ。今日はどっちの用件だ?」

「私が探しているのは、私の魔王です」

「そっちか」


このアイアンドレッドは自分の魔王を、つまりスティールウィルを探している途中の段階だ。

彼に言われて僕を助ける段階じゃない。


「見つかったか? いや、こんな所で僕に会うくらいだ、見つかってないのか」

「はい、捜索中です」


汚染だらけのヴァンダイミアムの魔王なんてどんな奴がやりたがるんだ。

そう思っていた僕をアイアンドレッドの眼が、二つのカメラアイが見つめる。


「僕には無理だぞ。前にも言ったけど汚染に耐えられなくて死ぬ。どうしてもって言うなら、特別製の防護服でも用意してもっと早いうちに来るんだな」

「検討致します」


冗談だよ、検討するなよ。

たとえ防護服を持ってきたってやらないからな。




夏休みが終わって、強化合宿状態も終わった。

智鶴さんは獅恩や鳳椿さんに凰蘭さん、さらに出向組のメイドのほとんどを連れて、言祝座に引き揚げると言い出した。


「今や私も獣王として、言祝座を守る責任を負ってしまっている身なのです。他と同じように結界を張り、あれに魔王輪を奪われぬよう備えたいと思います」


その結界に必要ということで大勢が帰ることになった。

さすがに出向メイドが全員帰るのはよくないだろうということで緊急時の連絡役として一人は残ったけど、くじ引きでもしたのかと思いきや志願者一人だけ、帰らなければしつこい男に会わずに済むからと候狼さんが居残り役を買って出ただけだった。

今回の僕はつくづく人徳がないらしい。

だとしてもやるしかない。

強化合宿は無駄じゃなかったと、そしてこれまでの時間は無駄じゃなかったと、そう証明するためにも……




◎馬に乗るまでは牛に乗れ

速く走る馬に乗る前に歩みの遅い牛に乗って、速さに慣れておく必要があるというように、出世をして偉くなるにも段階があることのたとえ。

また、馬に乗れるようになるまでは、がまんして牛に乗ってでも前に進め、次善の策であってもやらないよりはましという意味もある。

最後は全部うまく行く「ハッピーエヴァーアフター(HEA)」にしたいとは思っています。

いますが……試練は続きます。

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