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196 箸にも棒にも『かからない』

今回は176の中盤あたりから前回までを智鶴視点でざっくり振り返る総集編回です。

単に振り返るだけでなく智鶴視点とすることで彼女の思惑や感想を盛り込んで、違う楽しみ方ができるようにとは試みています。

時間を戻すなんて本の中のお話だけのことかと思いきや、まさか本当に成し遂げてしまわれるとは。

マクストリィで理不尽に巻き添えを食わされたのも、せっかく買った本を駄目にされたのも、全部がご破算。

ぐるりと世界が回って、本当に時間が戻ったのには、ただただびっくりしました。

願いましてはとけっこうな時間が戻ったものでした。

気がつくと自分の庵で惰眠を貪っておりましたからね。


「了大様は嘘はおっしゃらないお方。そのお人柄に加え、あの見目、そしてヴィランヴィーの魔王という特殊性、どれを取っても敵に回すなどとんでもないことです。となれば」


ちょうど、鳳椿様は悠飛の様子を見がてら、お蕎麦をたぐって腹ごしらえのようです。

ここで捕まえて了大様に協力していただきましょう。


「魔王輪が失われていたはずのヴィランヴィーに、新たな魔王が現れましたよ」

「なんと、それは(まこと)でありますかな」

「もちろんですとも。この一大事に嘘など申し上げられません」


丁寧にお願いしましょう。

手を尽くして……


「というわけで、私のことは内緒にしていてほしいのですが、鳳椿様には魔王……了大様に協力していただきたいのです。心強い味方として」

「ううむ、しかしいきなり行けと言われても、そう手放しで信用できるものかどうか」

「いいから行ってみてください。言う事聞かないとお尻掘りますよ?」

「それは嫌であります!」

「私は匿名希望、絶対に了大様に味方するんですよ」


……手を尽くして丁寧にお願い(・・・・・・)すれば、鳳椿様も動いてくれました。

半信半疑で不承不承という感じではありますが、了大様にお会いすればきっと大丈夫。

仲良く、それはもう仲良くなれますとも。




しばらくすると、仍美(なおみ)ちゃんが危ないところだったものを了大様にお助けいただいた、という報せが入ってきました。

さすがは了大様です。

時間を戻せる力で予期して助け舟を出されたのでしょう。

しかし同時に、了大様の首級(くび)を挙げた者を次の獣王にするなどという話も入ってきたのには軽く眩暈がしました。

あの父はつくづく、まず暴力を使わなければ何もできない蛮族なので困ります。

そうした野蛮さとは少しでも遠ざかりたいからこそ、こうして庵を構えたというのに。

やはり、人物の魅力とは無思慮な暴力にあらず、むしろ窮地にこそ周囲に気を配る思慮そのものこそが、魅力として他者を惹きつけるのです。

そういう意味では了大様はかなり理想的なお方。

首級などむざむざ取らせはしません。

しませんが……むしろ『取れるものなのか』という疑問もあります。

何しろあのアルブムに半身を焼かれてさえ、時間を戻しただけでいたってお元気です。

それに、あれと対峙して怯まない程度には腕前も度胸もお持ちです。

まずは静観といたしましょう。




ヴィランヴィーに攻め入った咆と哮が討ち死にしたという報せが入りました。

それを受けて獅恩は、了大様を強者と認めた様子。

ええ、ええ、あのお方はお強いですよ。

しかもただお強いだけでなく、無益な殺生は好まれないご様子。

兄弟だけを一騎討ちで仕留めながら、兵には一切手出しをしなかったことからもそれは明らかです。

優しさにせよ打算にせよ、先を考えて動くお方ですね。

父親譲りの血気だけでは勝てない相手だからこそ、獅恩にはもっと精進してもらわなくては。

鳳椿様に丁寧にお願いして、なるべく獅恩は死なないように、そして了大様と仲良く……

そう、仲良くなるように。

あれはあれでなかなか憎めない奴と、了大様から見た感触も悪くなくなってきたそうで、良い傾向です。

ですが、私が直接会うのは駄目。

駄目ったら駄目。

男性同士の友情に、男性同士の友情以上の何かに、女の身で割って入るなど以ての外!

邪道、地雷、解釈違い!

私は遠くから見守るだけでいいのです。




獅恩に了大様と仲良くしてもらうには、一紗も父も邪魔。

あの二人には周囲に対する思慮がなさすぎる上に、今からその性根が治る見込みもなく《箸にも棒にもかからない》ありさまです。

しかも父は、いえ、いえ。

あの死にぞこないの老骨は!

よりによって獅恩に、せっかく了大様と仲良くなりつつあった獅恩に、腹を切らせて!

しかも、悠飛の店が襲われてお(みつ)さんが殺されたなどという話を、ヴィランヴィーの……了大様の仕業などと言いだして!

あの了大様がそんなことをするはずがないでしょう!

頭に来ました。

もはやあれを父とは思いません。




立て続けに人材を失い、跡目争いどころでなくなった言祝座の立て直しは、もはや時間そのものを戻すくらいでなければ無理。

勇者だからと力を隠す言い訳をつけながら、同時に自分の欲を優先してしまったばかりに、鳳椿様にお任せしすぎてしまった私の失態でもあります。

なのに了大様は嫌な顔一つせず、そればかりか私にさらなる情報をお教えくださるほど。

やはり私の理想の、理想の……『受け』です!


「ええ、ええ。そうですよ。私は単なる仕事相手のようなものと思ってください。了大様には私などよりもっと相応しいお相手がいらっしゃるって、ちゃんとわかってます。私は、それを見ていたいんですよ」

「智鶴さん……! いい人!」


了大様のご紹介で知り合った愛魚さん。

今のところは私と同じ趣味ではないようですが、仲良くしておくに越したことはないでしょう。

もっとも、了大様には私や愛魚さんよりも『ショタ受け』として鳳椿様や獅恩と仲良くしていただきたいです。

基本的には私は見ていたいだけなのですけどね。

外から。




ヴィランヴィーの勇者、寺林さんを軽くあしらわれた了大様。

やり方も何も、そして魔王輪と勇者輪の関係の秘密もよくご存知でいらっしゃるところこそ、了大様のこれまでの道のりにどれだけの苦難があったか、という証左ですね。

了大様のおかげで私も、労せずしてあの老骨の鼻を明かすことができました。

しかし、時間を戻す前は読めなかった本……『紫煙の邂逅』。

今度こそはと買い求めて読んではみたものの、いざ読み進めるとどうにも私の好みではないというか、何というか……

紫煙、つまりタバコが本題というあたり、いかにも大人の男性同士という感じを期待していたのに、どうして。

どうして不良少年にタバコを覚えさせる話なんですか。

表紙の絵だといかにも大人同士っぽい感じなのに、本文ではそこかしこに学校関係の描写が、しかもその不良少年の方が『攻め』な上にそこら中で遊び呆けるふしだらな人物って!

そういうのがお好きな方もいらっしゃるでしょうけど、私は駄目。

今回は表紙絵が罠だった上に解釈違いです。

もう『次』は買いません。




鳳椿様をも狂わせるほど強い精神攻撃を仕掛ける相手とは、聞いてはいたはずでしたが実際目の当たりにするのとではやはり違いました。

哀れ、アルブムの走狗と成り下がってしまわれた鳳椿様に喝を入れるには、やはりこれでしょう。


「言うことを、聞かないと、ッ……」

「ぐッ」

「……お尻掘りますよ!……って、言ったでしょうッ!」


流れの原理(ストリームベース)》の究極、荷重の流れをお(つむ)に直接叩き込む《(とお)し》の技に、勇者輪の魔力を惜しまず込めて。

少々やり過ぎのような気もしますが、鳳椿様でしたら死にませんからね。

そしていざアルブムの言い分を聞いてみれば《中空(カーウァ)》とかいう輩が来るからだ、自分は悪くない、などと言い張る始末。

やはりどうにもなりません。

時間を戻していただいて、今度は初日からあの老骨に引導を渡して……


「おっしゃることが深い」


……ここで新たな『攻め』の登場とは、神様は居ると信じたくなりますね。

ハインリヒ男爵とおっしゃるのですか。

聞けばお姉様を規範として日夜自分磨きに余念がないとか。


「そうだね。じゃあ、対等の友達としてよろしく頼むよ、ハインリヒ男爵」

「自分で『対等の友人』と言っておきながら壁を作るんじゃない。対等であれば爵位は関係ないだろう。『ハインツ』で構わんよ」


いい、いいですね!

そういう風に自己を厳しく律する男性が、良家の出でありながらそれをひけらかすことなく、親しい友人には気さくな呼び方を許す……

最高ですか?

最高です!

ああ、ああ、口元が緩みます。

にやにやしてしまうのが止まりませんよ。

こう、手持ちの本で隠して、と。




更に、水の次元であるイル・ブラウヴァーグの関係者と聞いて馳せ参じてみれば。

社長秘書の鮎川さんはいかにも『仕事の出来るイケメン』じゃありませんか。

そして社長、阿藍さんも相応に年齢を重ねながら、上品さと清潔さを欠かさない見目と物腰。

まさしく『イケオジ』というのが相応しいでしょう。

秘書だけに特別な距離を許し、てきぱきと仕事をこなすイケオジ社長。

これもこれで、いい……

一挙手一投足が見逃せません。

そして水の魔王、セヴリーヌ様への紹介状をしたためていただき、赴くと。


「きっとアランの方も、男性社会で仕事に没頭していた方が気楽だと思うの。それはそれで一つの生き方だから、悪く思わないであげて」


奥様、それは実質上の離婚です。

ですがそれもまた人生、今の阿藍様は鮎川様と仲良く仕事をこなしていらっしゃるご様子。

男性社会なりの、男性同士なりの、まっとうな生き方なのですから。




しかし社会生活には適切な情報の入手と、それを可能にする緊密な連絡が欠かせません。

電話機をお持ちの方を了大様に紹介していただいて……


「ハインツ。今日はいいけど、箸は使えるようになっておいた方がアウグスタに恥をかかせないで済むと思うよ」

「なッ!? いや、そうか、食事の作法など教養としては基礎のまた基礎だ……私が不作法では、姉上が恥ずかしいというわけだな。うむ、練習しよう!」


……最高。

ハインリヒ男爵は、また了大様とイチャイチャしてらっしゃるんですね。

この幸せのためなら、私は修羅にも羅刹にもなりましょう。

時間が戻ってしまった分、獅恩も鍛え直しですからね。

特訓です!

そしてその苦しみを、同じ経験を、共有することで仲を深めるのです!

とはいえ今の私は『言祝座の魔王であると同時に勇者』などという使命も背負ってしまった身。

言祝座の安泰なくして、私の自堕落な本読み腐女子生活もまたありませんからね。

ここは凰蘭様も巻き込んでおきましょう。

そして物惜しみせず『流れの原理』も伝授。

やはり特訓を言い出して正解でした。

力を惜しまず、切磋琢磨し、競い合う男性同士の、縮まる距離。


「智鶴さん、涎がたれてますよ」

「ふはっ!? いえ、いえ、すいません」


後で聞いてみたら、愛魚さんの指摘は半ば冗談だったとのこと。

しかし、少しとはいえ実際に涎が垂れていましたからね。

愛魚さんは何も悪くはありません。

ただ、まだ開眼していないだけなのです。

男性同士の関係性の尊さに。




そして愛魚さんのおやつ支給も励みに特訓を続けていると、阿藍様が視察にいらっしゃいました。

聞けば鮎川様共々、私的な時間であるにもかかわらず同伴でお越しだなんて。

しかも同じ銘柄のタバコを吹かしながら、仕事とは違う顔と関係性で談笑だなんて。


「これはもうそういう関係ですよね!?」

「違うと思いますけど?」


くっ、なんということでしょう。

了大様から直々に否定されるだなんて。

そんなことでは立派な『受け』になれません……いいえ、そうではありませんね。

知られてしまったからには致し方ありません。

違うと不平を言うよりも、進んで道を切り拓きましょう。

行く道はひとつ、ただひとつ。

それが、腐女子(わたし)の、生きる道……!




もうやだ。

周回の呪文も写せて、勇者で魔王でとても強くて、理知的で頼りになると思ってた智鶴さんが、よりにもよって僕を腐った目で見ると美味しいから協力してただなんて。

そう考えるとハインツや鳳椿さんと仲良くするのさえはばかられるような気になっちゃうじゃないか。


「どうしました? 了大様、稽古に身が入っておられないご様子ですけど」


せっかく『流れの原理』を伝授してもらって、なんとなくコツがつかめてきそうなところだったのに。

何だか、素直に喜べない……


「お任せください。私の趣味には関係なく、しっかりと説明して指摘して、きっちりと伝授いたしますから」

「本当に……?」


大丈夫だろうか。

とてつもなく不安になる。


「ハインリヒ男爵、模擬として『攻め』てみていただけますか。さ、了大様。『受け』は大事ですからね」


そこで呼ぶのがハインツってあたりで、攻めとか受けとかがもう違う意味に聞こえる!

というか絶対そういうつもりで言ってるだろ。


「当然じゃありませんか。了大様だって、見ていて好ましいと思う異性を目で追うことくらい、あるでしょう? 私としましてはどちらかと申しますと、好ましいと思う同性を目で追っていただきたいのですが」

「嫌だよ!」


バレた途端に開き直った!

もう《箸にも棒にもかからない》な、この腐れ具合は!




◎箸にも棒にもかからない

あまりにもひどすぎて、どうにもこうにも手がつけられないこと。

また、何の取り柄もない、どうしようもないもののこと。


ここ最近の男性キャラクターの出番増加は、テコ入れではありましたが同時に智鶴の腐った側面を打ち出すための布石でもありました。

やりたい展開に近づけていって一気に打つのは楽しいです。

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