02 『悪事』千里を走る
R15指定。
エッチなことをしました的シーン(と、そのシーンを中略しましたという意味の言い回し)は、第9話からです。
ラッシュの時間より早い、まだ人がまばらな車両内。
電車を早いものにするだけで、あれこれとメリットが生まれる。
学校生活を楽にする秘訣だ。
しかし、昨日は本当にびっくりした。
登校中の電車で、座席で考え込む。
あの超絶美少女、深海愛魚と付き合えることになるなんて……
しかも『メッセするね』と言われて送られてきた内容ときたら。
『結局はきっかけになったわけだから、あの人たちは許してあげてね』
という慈悲あふれるお言葉。
女神か。
それと、おやすみなさいとかなんとかのスタンプ画像。
自分じゃ普通は絶対買わないような、かわいいファンシーキャラクター系のやつだ。
女神か。
大事なことなので二度言ってしまった。
ゲームやアニメのキャラのスタンプ画像セットしか持ってない自分に少し凹んだ。
こういうのは俗に言う『萌え』系であって『かわいい』の方向性が違う。
今ある残高で、当たり障りがなくて使いやすそうなのを買っておこう。
「……っと、忘れてた」
スマホの画面ロック設定をスライドのみからパターンセキュリティに変更したところで、電車が学校の最寄り駅に着きそうだ。
車内に駅名のアナウンスが響く。
ここで乗り過ごしたら意味がない。
「あ……真殿くん、おはよう!」
駅のホームに降りると、同じ列車の別の車両から深海さんも降りていた。
「……おはよう」
まるで実感がわかない。
正直なところ、電車が同じになることが多いのは知っていた。
見かけたことは何度もあるし、同じ車両になったことだって何度もあるし。
しかし、電車や駅で話したことはこれまで一度もなかったな。
なんて考えていたら。
「さあ、リア充イベント!」
深海さんが不可思議な台詞を言い出した。
リア充イベントて。
「彼氏と一緒に登下校って、憧れてたんだー……」
そうだ。
この後は駅から学校まで歩くんじゃないか。
で、同じ電車ということは同じ時間、同じ目的地になるわけで。
「明日からは、電車に乗るところから一緒に行こうね」
この超絶美少女と一緒にか。
まあ、この早めの電車ならさほど人目にはつかないだろう。
運動部の朝練に出る人はもっと早い電車で来るし、余程の用事でもない人はもっと後の電車で来るし。
気持ちを落ち着かせて改札を抜ければ、もう少し。
駅から徒歩五分の好立地、いつもの道で学校に着いた。
……途中、こちらを見た他の学生が一様に驚いたような、鬼気迫るような表情だったかもしれないが。
本当に注目の的だな、深海さんは。
「ふひー……」
自分の席に着くと、ついつい間抜けたため息が出る。
深海さんの席は割と離れていて、他には誰もいない。
だらけてる僕と読書してる深海さんのあとから、他の奴らはみんな電車ごともっと遅く来る、という図式が定着しつつある。
そういや深海さんは昨日も、図書館に本を返しに行ってたらしい。
また新しいのでも借りて読んでるのかな、と思いきや。
「……す……と……い」
「ふふっ♪」
深海さんの手には、本ではなくスマホ。
しかも何か音声が漏れてるような感じがして、少しずつ深海さんの……含み笑い?
そういう感じの声も一緒に聞こえてくる。
「……で……き……い」
「はぁ……♪」
いつもは黙って読書なのにな……何か様子が変かも。
動画か何かを見てて、それがよっぽど面白いとかなんとかかな?
黙々と読書にふけるいつもの深海さんとは、明らかに挙動が違いすぎる。
ちょっと聞いてみよう。
「何見てる……の……!?」
深海さんに近づいて、その手の中のスマホの画面が目に入ると、僕は度肝を抜かれた。
『交際の申し込みです。僕とお付き合いしてください』
昨日、猿どもが盗撮してたやつだ!?
スマホの中で僕が、延々と無限ループしている。
まさか、そんな……これが面白くて……!?
『交際の申し込みです』
「きゃー♪」
『僕とお付き合いしてください』
「あふん♪」
『交際の申し込みです』
「うふぁ♪」
『僕とお付き合いしてください』
「でゅへへ♪」
……さすがにそろそろ止めよう。
笑い声がだんだん、美少女キャラにあるまじき感じのアレなやつになってきた。
「深海さん……それ、ちょっとやめよう……」
というか……『でゅへへ♪』って。
交際二日目にしてちょっと引いたぞ。
「はよー」
「ういーす」
と言っているうちに、後の電車で来た奴らが入ってきた。
教室に入る挨拶が『ういーす』って女子はどうなんだ。
品がないし、僕がいつもより深海さんの近くで立っていたせいか、不審者を見る目でこっちを睨んでくるし。
それを思えば、さっきの深海さんはまだいい方……
いや……いいのか?
「なんか深海さんってさー、いっつも学校来んの早いよねー。なんか理由でもあんのー?」
クラスメイトの女子の一人から、そんな質問が飛び出す。
そういえば、確かに深海さんの朝はいつも早い。なんでだろう。
僕も知らないや。
と、その前にひとつ。
「あー、僕は」
「はぁ? お前には聞いてねーよ。関係ねーだろ!」
かかった!
一見無駄そうに話しかけて引っかけに行くと、見事に予想通りの反応を返してくる。
聞かれてないのは百も承知。
こっちはお前の機嫌が悪くなれば、それでいいんだよ。
品性下劣な本性を周りに宣伝しながら、一日を不快に過ごすといい。
「関係あるよ?」
って、子供の頃から意地の悪い奴ばかり周りにいたせいか、どうも自分も意地が悪い奴になってる。
こんな意地悪な奴なんか、本当は深海さんに相応しくないんだろうな……って。
今、なんて?
「だって、いつも真殿くんが来るのが早いから、私も早く来てるだけだもん」
「「はぁー!?」」
僕が基準なの!?
そりゃ驚く。みんな驚く。僕もだ。
「そういえば真殿くんが早く来るのって、なんでだっけ」
深海さんがこっちに話を振るので、他の奴らの視線もこっちに向く。
まあ、僕のはたいした理由じゃないんだけど。
「あー、僕は早く来ておかないと、机や椅子に悪さされることがあるとかかなー……あとは電車が空いてて楽とか? まあ、なんとなく?」
本当にたいしたことはない。
そこまでで話が終われば。
「机や椅子に悪さかー、うん……されてたねー。小学校でも中学校でも」
しかし、今まで見てきたように言って話を続ける深海さん。
見てきたようにというか……
「なんでそんなん知ってんの?」
「真殿くんとは小学校も中学校も同じで、クラスも毎年ずっと一緒だったから、ね」
……実際、見られてたけどね。
机には天板いっぱいに油性ペンで落書きされたり、残して放置してカビが生えた給食のパンを入れられたり。
思い出したくない話を思い出してしまった。
昔からずっと、なんでかこっちに敵意を向ける奴がいつも絶対いたんだよな。
最近はもう、そういう敵意の類はなんとなく察知できそうな気すらしてくる。
体質なんだろうか。
「そんで高校もここで一緒なん? もっと上の学校とかおジョ校とか行けたんやないの?」
おジョ校……お嬢様学校か。それは僕も思ってた。
本当、なんでなんだろう。
「だって……真殿くんと一緒がよかったんだもん……♪」
「「うわぁぁーーー!?!?」」
あ痛ぁー!
どんどん話が進む!
衝撃的事実のバーゲンセールか! 公開処刑か!
「で、やっと昨日『お付き合いしてください』って言ってもらえて、お付き合いし始めたの♪」
「「ギャーーー!!」」
「「キャーーー♪♪」」
公開処刑だこれ!
死ぬ! 主に僕の立場が!
最早クラス内は阿鼻叫喚。
「ねえ……まとめると、どっちかと言うと深海さんの方がラブラブな感じするけど……告白は真殿くんからなの?」
クラス委員の富田さんだけは、幾分冷静な様子。
でも話をさらに掘り下げるのはやめてほしい。
立場以外にも僕のあれやこれやが危なくなる。
さしあたって命が。
「それは、ほら……やっぱりそういうのは、男子の方から言ってもらうのが憧れだったから、ね♪」
「うん、ロマンは大事」
女子たちはわかりあった。
男子たちのメンタルは死んだ。
教室という針のムシロの上で、ようやく一日の授業が終わった。
英語の授業で黒板に回答を書きに行けば、行きも帰りも僕を転ばせようとする足が伸び。
好奇や憎悪の視線は刺さり、怨恨の小声は渦巻き。
生きた心地がしない。
静かなのは、特に変わった感じがしない富田さんと、例の猿どもくらいか。
猿どもの方は昨日の時点でオーバーキル状態で、既にこっちを見ようとすらしない。
正直助かる。
富田さんはなんか……休み時間でもノートに何か書いてる方が多くて、そっちに夢中で干渉してこない、という感じ。
こっちを見る目が生暖かい気がするのはきっと気のせい。
しかし、誰よりヤバいのは他の誰でもない、深海さん本人だ。
「お昼、一緒に食べよう?」
昼休みのリア充イベント。
一緒に昼食。
「真殿くんはいつもパンだよねー」
だから、なんで逐一知ってるの……
実際、パン持参だけど。
「一緒に帰ろうよ」
放課後のリア充イベント。
一緒に下校。
「あいつか、深海愛魚がオッケーしたって」
「クソッ、なんであんなチビが」
「ムカつくぜ!」
ただ一緒に歩いてるだけでも、自分の悪い噂が聞こえてくる中を歩く。
もう別のクラスにも別の学年にもあまねく知れ渡ってるらしい。
こういうのをきっと《悪事千里を走る》って言うんだ。
僕にとっては悪事でもなんでもなくても、深海さんを狙ってた奴らには悪でしかないだろうからな。
「《マクダグラス/McDouglas》って行ってみたいの」
そんな中でも深海さんはマイペース。
あろうことかジャンクフードですか、お嬢様。
「うーん、味がどうこうより、この厚さにかぶりついて食べるのが苦手かなー」
僕は周囲のプレッシャーが苦手だよ。
どこへ行っても注目の的。主に敵意で。
昼のパンもマクダグラスのハンバーガーも、味はもう何がなんだかわからなかった。
あ、また下腹がじくじくする。
家に帰って、家族に夕食はいらないと言おうとしたら、むしろ誰もいなかった。
『外食してきます』の書き置きと千円。
家庭でもぼっちかよとは思ったが、今日はかえって好都合だった。
マクダグラスで食べてきた分として財布に入れておこう。
スマホに充電のケーブルを挿して、ゲームアプリを起動。
「りっきーさんからエールが来てる……エール返しして、と」
ゲーム内のフレンドにエール……ポイントを送り、ガチャで引いたキャラクターをぼんやりと眺める。
《閃電の騎士ユリシーズ/Ulysses, Lightning Knight》
☆☆☆☆☆☆ MR LEVEL48/50 P83300/T63700
「いっそゲームのキャラの方が気楽、なんて思うようになるとは……」
ファンタジーで露出度が高くて派手な装備の、金髪で巨乳の女騎士。
レアリティは最高のMR、ガチャ確率1.5%の神話レアだ。
たまたま当たったけど、ネットでは『くっころ』とか『乳騎士』とか言われて、薄い本――同人誌のことだ――とか、コスプレとかでよくネタにされてる。
僕もついついあれこれスクリーンショットを撮っちゃったり、気に入って一番よく使ったりしてるキャラだ……いろんな意味で。
そういや、レベル上げの途中だったっけ。
レベル最大の50まで上げるとストーリー最終章解禁で、あと少しだからな……
なんて思っていたら、メッセージの通知。
……深海さんだ。
『いろいろごめんね。なんだかつまんなさそうにしてたから、嫌だったのかなって』
おお……
そうだよな、深海さんが悪いわけじゃない。
僕が周りを気にしすぎてただけなんだ。
『嫌じゃないよ』
『深海さんといると注目されちゃうから、緊張してただけだよ』
さっそく返信してフォロー。
ていうかこういうメッセのやりとりも、リア充イベントのうちなのかな。
『真殿くんは優しいね』
ありがとうの画像スタンプと一緒に、すぐ返信が来る。
こうして返事をもらえるのはいいな。
さっきまでゲームのキャラの方が気楽なんて思ってたくせに、我ながら身勝手だとは思うけど。
『もうひとつごめん』
『昨日の盗撮の話の時に』
さらにメッセージが来る。
それと画像。
「え!?」
乳騎士だ!?
しかも、エッチなファンアートのやつ!
『ついつい見ちゃったんだけど』
『真殿くんはこういう、おっぱい大きいのが好きなの?』
盗撮動画のデータを移す時の手際が悪かった気がしたのは、これか!?
さすがにちょっとこれは……
『そういうの勝手に見ないでほしい』
……ちゃんと言っておかないと。
彼氏彼女だからいいってもんじゃない。
『本当にごめんなさい』
『もうしません』
まあ、本人もついついって言ってるし、もしも悪いと思ってないなら謝らないし。
『気をつけてね』
いちいち怒るのはやめよう。返信。
『気をつけます』
『おわびに』
『おっぱい大きいのが好きなら』
また画像が送られてくる。
今度はちょっと時間がかかるな。
サイズが大きい画像? 動画?
「んなっ!?」
送られてきたのは自撮り画像だった。
目元は画面に入ってなくて見えないが、口元と髪型で深海さんだとわかる。
「な……な……」
しかし問題は服装。
下半身はパンツだけ。
上半身は制服のワイシャツだけで、しかも前をぜんぜん留めていない。
その状態で、へそ辺りの所でワイシャツを絞るように左手で持ち、右手は画面の外へ。
ワイシャツの布地が胸に押しつけられる格好になってて、胸はもう、巨乳というか爆乳というか……
胸元はノーブラに対して大きく開いてしまっていて、もう少しでオーバー・ザ・トップというか……
布地が薄いせいで、トップの突起が浮かび上がって……!?
あー、ダメダメ!
エッチすぎる!
『これで許してね』
『他の人に見せちゃダメだよ』
見せられないよ!
こんなの……こんなの見られたら、悪事千里どころじゃない!
◎悪事千里を走る
悪い行いや悪い評判についての情報はとても速く、広く伝わるということ。
メッセっていうのは、まあぶっちゃけLINEです。
ジャンクフードのマクダグラスは、マクドナルドとマクダネル・ダグラスを足して割って縮めました。
次回はヴィクトリアンメイドが登場します。