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193 縁と浮世は末を『待て』

今回のループはあえて序盤の展開を遅めにじっくり尺を取って書いています。

了大自身の心理が『周回の知識で時短して済ませる気では勝てない』という方に向いていることの暗示としてご了承ください。

土曜日。

予定通り真魔王城へ行くことにして、うちに愛魚ちゃんが来た。

飲食も移動も深海家負担のデートという体裁だ。

帰りが遅くなっても、これで家族に怪しまれることはないけど……


「了大、深海のお嬢さんに失礼のないようにね! しっかりするのよ!」

「大丈夫だから! 行ってきます!」


……両親が深海家の威光で目の色を変えてしまっている。

このパターンには付き物の現象ではあるけど、自分の家族がこれってのはなかなか恥ずかしい。


「エギュイーユ……さよりさんは?」

「自分で言祝座に《(ポータル)》を開けられるように特訓中。父さんにも話を通して、会社の方も赴任扱いにしてもらったって」


エギュイーユは真魔王城の常駐要員としては珍しく、現実世界(マクストリィ)の身分とスマホを持っているため、連絡員として言祝座へ出張することが多くなる見込みだ。

頑張ってもらおう。

そして連絡員をお願いする相手はもう一人いる。


「真魔王城に、僕の前々からのネット友達のりっきーさんに来てもらう手筈なんだ。愛魚ちゃんは、気を悪くしないでほしいんだけど」

「気を……って? 危ない人なの?」


深海御殿に常設の《門》をくぐりながら、そんな話をして先手を打っておく。

りっきーさん……ルブルム自身はもちろん悪人じゃないけど、場合によっては愛魚ちゃんとの折り合いが悪くなるから。


「難しいかもしれないけど、できれば仲良くしてほしいかなって」


到着。

出迎えは誰もいないかな?


「お待ちしておりました。お帰りなさいませ」

「はい、お疲れ様です」


ベルリネッタさんだった。

つとめて事務的に、うやうやしく僕たちを迎えてくれた。

そして。


「待ってたよ。こんにちは、りっきーです」

「ん……了大です。こんにちは、りっきーさん」


ルブルムも出迎えに来てくれてた。

いつ来るか、城のどこで会うか、決め忘れてたから助かる。


「……あれ? それだけ? りょーくん、りっきーだよ?」

「うん」

「うんって……見たらびっくりするんじゃなかったっけ?」

「あ」


しまった、そういう話だった。

最初のうちは、僕はりっきーさんの正体を知らないはずなんだから、美少女が現れてりっきーだと名乗ってきたら、びっくりしないはずがないんだ。

周回(ループ)しててネタバレ済みだから、ついサッと流しちゃった。


「い、イヤービックリシタナー?」

「嘘じゃん! 絶対びっくりしてないじゃん! 棒読みじゃん!」


しまったなあ……

でもやっちゃったものは仕方ない。

この後はどうするんだっけ、確か、言われるまで先に『ルブルム』って呼んじゃダメだったんだっけか?


「了大くん? この人がネットの友達?」

「うん、そう。さっき言ったりっきーさん」

「友達かぁ……友達、ね」


ここで愛魚ちゃんが距離を詰めて、ルブルムの方を向く。

ルブルムの注意も僕より愛魚ちゃんの方に向いたところで。


「はじめまして。了大くんの彼女の(・・・・・・・・)深海愛魚です」

「……彼、女……?」

「ええ、よろしくお願いしますね。友達の(・・・)りっきーさん」


う、愛魚ちゃんが牽制してきた。

父親公認の噂が立つと、言うようになるんだよな……


「ん、まあ、よろしく」


既に水面下で攻防が始まっているのか。

だから折り合いは気をつけてほしいのに。


「りょーくん、後で話があるから」

「アッ、ハイ」


僕の肩に手をかけながらそう言ったルブルムは、絞り出したような重々しい声色だった。

というか手に力を入れすぎだよ。

痛い。




昼食を済ませて、城内を適当にぶらつく。

何も考えないで歩いてたら、ついついカエルレウムの部屋まで来ちゃった。

足が勝手に向くって、こういうこと?


「さすがに……覚えてないよね」


ドアの仕掛けに手を出したくなる気持ちを、ぐっとこらえる。

この中にいるのは、僕を知らないままのカエルレウムだ。

違う所へ行こう。

そう思ってドアから距離を置いた瞬間、内側からドアが乱暴に開いた。

中から出てきたのは……ルブルム?


「っく……えっ、りょーくん。ちょうど探しに出ようと思ってたよ」


ドアを開けたままの出入口で僕に詰め寄るルブルム。

表情が怖い!?

何をそんなに怒ることが……いや、どれの件だ……?


「な、何かあった?」

「いやあ、どうだろうね。ここの部屋はワタシの姉の部屋なんだけど、その姉が寝言で『りょーた』って言ったんだよね。どういうわけかなと思ってね」

「どういうわけ!?」


この段階のカエルレウムは僕を知らないはずなのに。

現に、この時間ではまだ僕は彼女と会ってないのに。


「それに、どうしてちょうどこの部屋の前にいたのか……ぜひとも、それを聞きたくてね」


ルブルムの表情が今まで見たことがないレベルのガチギレ。

なんでこうなるんだよ!?


「る、り、りっきーさんのお姉さん、か。お姉さんがいた話は、は、初耳じゃないかな」

「そうだね、ネットでも言ったことなかったからね」


カエルレウムに僕の記憶が少しは残ってるのか?

いや、それはどっちでもいい。

連絡の必要性を見直して、ゆっくりでも確実に地盤を固めようとしているのに、りっきーさんとして連絡員を頼むルブルムがここまで不機嫌というのは、正直困る。

どうする?


「……もー、うるさい……」


寝ぼけたような、別の声。

せっかく寝てたのが起きて来ちゃったのか。

僕のことを、覚えて……?


「んー? ルブルム、誰だこいつ?」


ないよね。

そりゃそうだろ。


「誰って……知ってるんじゃないの?」

「いや、なんかこう、おまえじゃない誰かと対戦プレイで遊んでた夢、だったような気はするけど、こいつだったかなあ? そっちのおまえは、会ったことないよな?」


当のカエルレウムの反応を見て毒気を抜かれたか、ルブルムの表情は憤怒から困惑に変わった。

会ったこと、か……


「……うん、ない(・・)よ。初対面」

「だよなー?」


こう言っておかないと場が収まらないだけじゃなく、辻褄だって合わない。

僕たちは、初対面だ。


「うーん、単なる聞き間違いだったかな? 疑ってごめんね、りょーくん」

「いいんだ」


改めてゆっくりと状況を整理してみると、こうなるのがわかっていてもなお重くのしかかってくる。

キツい。


「場所変えよっか」

「わたしは寝直す」


部屋の主が自己紹介もしないで奥に引っ込んだところで、ルブルムは廊下に出てドアを閉めた。

ラウンジにでも行くかとまた適当に歩く。


「まあ、とりあえず今は(アレ)のことはいいや。それより問題は」


問題は山積みだ。

いまだにアルブムに勝てる気がしないこと。

そのせいで時間を戻すと、一部の例外を除いては記憶も戻ってしまうこと。

トニトルスさんが隙あらば僕の記憶を読もうとしては、アルブムの敵になる僕が気に入らないと言い出すこと。

アルブムを敵に回すのならとドラゴンたちがこぞって僕の敵になりうること。

時間と時間の間を行き来するアイアンドレッドが不確定要素として計算に入れられないこと。

そして、何をどうしたらベルリネッタさんが僕を心から愛してくれるのかがわからないこと。

気が滅入る。


「りょーくんが彼女なんて作っちゃってることだよ。ワタシの正体が何なのか知ってたような感じなのにも関わらず、ね」

「え、そこ……?」


なのにルブルムの目先の問題はそこなのか。

もっと長期的な視点を持ってほしい。

特にルブルムには、それだけの理由が……母親の身柄や正気がかかってるんだから。

足を止める。


「? ラウンジでお茶するんじゃないの?」

「会議室にする。この後の話は、他の誰にも聞かれたくない」


行き先を変更して会議室に向かう。

開錠も施錠も魔王の権限で自由自在だ。

これで邪魔は入らないし、他の誰にも聞かれない。

テーブルに向かい合わせで座る。


「これからする話は他言無用。さっきの、お姉さんにでもだ」

「ずいぶん改まって。そんなに大事(おおごと)?」

「そうだよ。りっきーさんだから話すことで、りっきーさんが相手じゃなきゃ言えない話。あの愛魚ちゃんにだって言ってないから」


りっきーさんになら言える。

そう言うと、ちゃんと聞く気になってくれる。

そして、時間をかけてゆっくりと、自分の言葉でしっかりと、洗いざらいを話した。

これまで起きたことと、これから何を目指すのかを。


「だからワタシのこと、全部お見通しだったんだ」

「驚いてあげられなくてごめん。でも、それどころじゃなくなってて」

「カエルレウムの……あ、さっきの、姉の……寝言も」

「もしかしたら、少しは何かを覚えてるのかもしれない。でも、あの様子だと気のせいで片付けてかまわないレベルだと思う」


こうして話してるルブルムだって、本当ならもっといろいろなことがあったはずで、もっと深く気持ちが通じ合っていたはずだ。

それが今は一から説明し直し。

ズレていく。

僕の求める未来と、僕を知らない現在が。




というようなやり取りがあって、ルブルムには機嫌を直してもらって当初の予定通りに連絡員を引き受けてもらった。

引き受けてくれた一番の理由は。


「ワタシだけには話してくれる、二人だけの秘密って……いいよね♪」

「場合によっては、愛魚ちゃんあたりなら打ち明けるかもしれないよ」

「まあそれでも、一番にワタシに話してくれたのは……真っ先にワタシを頼ってくれたのは、変わらないからね。本当『りっきーさん』やっててよかった♪」


周回の件をルブルム以外の誰にも打ち明けていないというのが、優越感か何かを刺激したからだろう。

対して、愛魚ちゃんは。


「ネットの友達なんて言って、了大くんは私よりもあの人のことを好きそう」

「だから最初に言ったんだよ。りっきーさんは前々からの友達だって。りっきーさんだけが特殊で、親密になるのが愛魚ちゃんより早かっただけなの」

「でも……」


やっぱり釈然としない様子。

こうなるのがわかってたのに、これも回避の条件がいまいちわからない。

それはさておき。


「さあ、さあ。せっかくこちらに来ているのですから、遊んでばかりはいられませんよ。《縁と浮世は末を待て》とは言いますが、ただ座して何もせず待っているだけでは何も得られません。特訓です!」


智鶴さんの発案で、体育会系の強化合宿のような展開になった。

僕とハインツの他、鳳椿さんと獅恩は智鶴さんに言われて、あとイグニスさんが鳳椿さんに呼ばれて参加。

さらに。


何故(なにゆえ)(わらわ)もなのじゃ……のう、智鶴や。妾は別によくないかや?」

「よくはありませんよ、凰蘭様。そうして現状に胡坐(あぐら)をかいているものから、追い落とされて喰われるのです」


なんとこういう泥臭い展開にはまるっきり似合わなさそうな凰蘭様までもが参加。

いくら言祝座の勇者輪と魔王輪を両方押さえたからと言って、そこまで強く出られるものなのか?

男性陣に聞いてみよう。


「いやあ……言う事を聞かねば、その、後で酷い目に遭わすと言われたのであります」

「って事は鳳椿、おまえも言われたのか、アレ」

「いかにも、アレであります」

「えげつねえな、智鶴」


えげつない?

アレって何なんだろう。

凰蘭様の方は……


「それに、たまには鍛えて引き締めておきませんと、お肌にたるみや小じわが出ますよ」

「なんじゃとッ!? おのれ……やってやるわえ!」


えげつない!

遠回しに、それでいて平然と、凰蘭様を年増扱いか!


「仔細は省きますが、近々訪れる危機には今のままでは到底太刀打ちできません。皆が皆、それぞれ出し合って教え合って、出し惜しみなし。そうしなければ身の破滅と思っていただきましょう」

「で、さっきからなんでいちいち、おめェの仕切りなんだ。鳳椿の顔を立てとこうと思って来てはみたが、(オレ)ァ別におめェに指図される筋合いはねェぞ」

「ふむ、ふむ。でしたら、私に勝てれば貴方の仕切りで構いませんよ」

「上等だぜ」


あの立ち方は。

前の周で見せた『流れの原理・八の字の肩』か!

支配を受けてない本調子のイグニスさんにでも、あれが通じるのか?


「てえりゃァッ!」

「ふッ」


やっぱりそうだ。

自分から攻める技じゃないけど、攻めてくる相手の力を利用して投げたり倒したりしている。

同じような展開になって智鶴さんは一撃も喰らっていない。

ん、イグニスさんの魔力が!


「なら、これはどうだ……《焦尽飛斬(スコーチャー)》!」


魔力を載せた遠距離攻撃!

でも、それくらいだと……


「《鶴紙千枚(サウザンドペーパー)》」


智鶴さんは《鶴紙》で消せる。

相殺してそれまでだ。


「効かねェは承知ィ!」


《焦尽飛斬》を目くらましに使って距離を詰めたイグニスさんが、大きく踏み込む。

智鶴さんの足を踏む狙いだったのか、そのままなら踏まれるところだった足を、智鶴さんはわずかにずらして……


「甘いです。はッ」

「うおおッ!?」


……また投げて、今度はコンパクトに地面に転がした後、イグニスさんの喉元に《鶴紙》を当てた。

あれはもう刃物と同じ、実戦なら首をかき切れていたぞという合図だ。


「く……わーったよッ、己の負けだッ」

「目くらましまでは上々でしたが、距離を詰めすぎでしたね。(ゼロ)距離はむしろ素手の、私向きの間合いでしたから」


まさかイグニスさんにまで勝つなんて。

この智鶴さんは本当に強い。

争いを好まない人だという評判のわりに、強さに隙がないぞ!?


「了大様」

「は、はい?」


その智鶴さんの視線が、僕を見据える。

次の言葉は、僕の心を全部先読みしていたかのように。


「了大様さえお望みならば、この『流れの原理』、伝授いたしますよ」

「いいんですか!?」

「全員が出し合って出し惜しみなし、そう申し上げましたからには、私自身もまた全部お出ししますから」


あれを教えてもらえるなら、会得できればかなりのパワーアップになるはずだ。

僕が会得できるか、だけど……




◎縁と浮世は末を待て

いい縁もいい機会も、時節が自然に来るのを待つべきもので、焦ったところでどうにもならないという意味。


そして特訓イベント開始でシメ。

次回は各員のパワーアップと、できれば次回かそのもうひとつ次までには智鶴の動機も描写したいところ。

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