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192 便りの無いのは良い『便り』

各方面への連絡は大事、という話になりました。

展開の速度は遅めですが、ここはご容赦ください。

複数の次元にまたがる共通の敵……アルブムが言うところの《中空(カーウァ)》に、そしてそれ以前にアルブム自体に対処すべく、それぞれの次元の魔王は共同戦線を張らないといけない。

セヴリーヌ様の協力も、もちろん不可欠だ。


「その……カーウァ? というのは、本当に実在するのかしら」

「それはわかりません。ですが、穢れた魔力によって汚染された次元と、その汚染の影響はこの目で見ました。それを《中空》がもたらしたものと仮定すれば、まんざら嘘ではないかもしれません」

「具体的にどこがやられていたか、了大さんはご存知?」

「はい、僕が見たのはヴァンダイミアムです。寄越した使者が病気のようになって死んだところも」

「まあっ」


トニトルスさんほどの強者でさえ耐えられなかったほどの深刻な汚染。

どうやって防ぐのか想像もつかない。

そうか……ヴァンダイミアムには機械人間ばかりだったのは、機械の体なら耐えられるからなのか?

とはいえ僕は機械の体になんてなりたくないからな。

どうしようもない。

あの時みたいな特別製の防護服が使えたら、また違うんだろうけど。


「あとは話に聞いただけのところは、えーと」


何って言ったっけな、凰蘭さんから一回さらりと聞いただけだったからな。

しかもその時は覚えなくていいって言われてたから、本当に覚えてないかも?

なんとか思い出せ、たしか……


「うーん、何だっけな……嫌味? だったかな……そんな感じの名前の」

「イアミィかしら」

「あ、そう! そうです」


……イアミィ。

その名前が出たところで、セヴリーヌ様の表情が曇った。


「最近は連絡を取らなくなって《便りの無いのは良い便り》かと思っていたの。でも、滅ぼされていたなんて。ねえ、話を聞いたのはイアミィだけ? イーラァや、ドイズ・ダガードは?」


言われて思い出したその二つもダメだったらしいことを伝える。

するとセヴリーヌ様の表情はさらに強張って、ノエルさんを呼び出し、彼にだけ聞こえるように小声で何かを命じた。

ノエルさんは足早に退室。


「ここは早めに狙われるはずです。入念に準備をして、結界で守りを固めるのがよろしいかと」

「ターミアの異変を聞きつけていましたから、元々そのつもりでした。ノエルを走らせたのは日程を前倒しするためです。籠城戦となれば、足りなくなりそうな物資はあらかじめ仕入れたいのですけど」

「父さんに送らせましょうよ、母さん」


アランさんの社会的地位と財産なら、それくらい何とでもなりそうだな。

一年分くらいまとめて送っておいてほしい。


「では、その物資が着き次第で、イル・ブラウヴァーグは結界で閉ざします。後はお任せしてよろしいのね?」

「戦いについてはこちらでどうにかします。正直、実在が疑わしい《中空》よりは、もっぱらアルブムの方が厄介ですから」


ついでに思い出した。

どうも《水に棲む者(アクアティック)》は、汚染に対しては死ぬよりも変化を起こす方が先らしい。

アルブムの仲間になってしまった状態の愛魚ちゃんを思い出した。


「では、失礼します」

「よろしくお願いしますね。それと、愛魚」

「何?」


いよいよ帰ろうという直前、愛魚ちゃんを呼び止めたセヴリーヌ様。

アレか、アランによろしくねみたいな。

そういう……


「事態が落ち着いたら、孫の顔が見たいわね?」

「っ……!」


……違った。

孫って言われて、愛魚ちゃんが真っ赤に茹で上がってる。

セヴリーヌ様から見て孫ってことは、愛魚ちゃんの子供ってこと。

愛魚ちゃんが子供を作るのは『いつ』になるだろう。




そんなイル・ブラウヴァーグへの根回しを済ませて、深海御殿に戻った。

アランさんは取引先との会食があるそうで、用件は鮎川さんのスマホに連絡するようにと、家政婦さんから伝えられた。


「いろいろ送らせちゃおう。保存食とか、紅茶とか」

「足りなくなりそうだったからね」


こういう時は社長の経済力が頼りになる。

物資補給は基本的には量が勝負。

アランさんなら、セヴリーヌ様のために質も量も申し分ないように手配してくれるだろう。

お金で。


「あら、またウイスキーだわ。旦那様はお酒に弱いのに」


忙しい社長は、贈答品の開封も家政婦さんに任せているらしい。

お酒か……

そう言えば、トニトルスさんには会わなくなっちゃってるな。

どうしたものか。

他にも、誰に会うか、会わないか、会って何を言うか、言わないか……

それでもう話が無限に分岐していく気がする。

ずっと考えてもきりがないか。

できるだけ真魔王城で過ごす時間を増やして、修練や勉学に充てよう。




翌日。

そんな訳で愛魚ちゃんには、僕の家族に対して帰りが遅くなったり外泊になったりしても言い訳がつくよう『アリバイ工作係』をお願いする。

何も今回が初めてじゃないから、僕の中ではもう既定路線かもね。

そしたら昨日の件、迎えに来た高級車に二人で乗り込んだのを複数の生徒が見ていたらしく、そこから詰められて……


「お付き合いしていますって、父さんに会ってもらってたの。もう親公認だから」


……愛魚ちゃんが話を盛った。

アランさんとはそこまでの話はしてないよな?

でもいいのか。

僕がちゃんとしていれば政略結婚としても成功な上、そもそも本人が乗り気なのなら。


「父親公認は強いわー」


クラス内で富田さんにもそう言われてしまう。

ただ、やっぱり反応が普通で済むのは富田さんくらいなもの。

女子が噂好きなのはともかくとして、男子の刺々しい視線や態度。

もう慣れたけど、嫌じゃないわけじゃないからな。

男友達を学校で期待するのはもう無理だな。

ハインリヒ男爵に……ハインツに期待しよう。

そんな事を考えながら、ようやく帰れると思ったら昇降口が騒がしい。


「こら、君、部外者が入ってきちゃいかん。あー、なんだ、そのー」


誰か学校関係者じゃない人が入ってきちゃってるのか。

まあ、よっぽどのことが……それこそアルブムが来たくらいのことがなければ、大丈夫だろうけど。


「日本語じゃダメか。ええと、安藤先生、こういう時は」

「ヘイ・ユー! ドゥー・ノット・エンター! オーソライズド・パーソネル・オンリー! オーケー?」


英語の安藤先生が駆り出されてる。

侵入者は外国人なのか。


「ああ、やっと見つけた」

「ハインツ!?」


誰かと思えばハインツだった。

確かに外国人にしか見えないけれどもさ。


「何だ? 真殿の知り合いかね」

「ええ、そうなんです。すぐ連れ出しますから」


慌てて先生に言い訳をつけて、外へ出ようと校門へ向かう。

なんで入ってきちゃったかな。


「校門は閉じてなかったと思うけど」

「そうなんだが、他の奴らが女どもにつかまってしまってな」


他?

ハインツ以外にも誰か来てるのか?


「ああ、助けてほしいであります」

「なんとかしてくれ! 話が進まん!」


ああ……鳳椿さんと獅恩か。

スポーツマン系のイケメンとワイルド系のイケメンだもんなあ。

そりゃ女子が殺到するよ。


「この三人とも、真殿の関係者なの!?」

「そうではあるけど」

「紹介しなさいよ!」

「えー……?」


こいつら……

都合のいい時だけ僕を利用しようとするなよ。


「すまんが腹が減った。蕎麦食いに行こうぜ、蕎麦!」

「それがいいであります。いい店を紹介するでありますよ」


蕎麦。

聞くとやっぱり、悠飛さんの店らしい。

そう言えば今回は戻したばっかりの上に跡目も智鶴さんがかっさらって終わったから、きっと平和に過ごしてるんだろう。

そう思うと俄然行きたくなった。


「そんなわけでな、今日は男の友情の日なんだ。また今度な。お嬢ちゃんたち」

「キャーーー♪」


男の友情か……

思えば学校ではもっぱら、ぼっちだったからな。

外食する件を家族に連絡して、新鮮な気分で言祝座へ。


「らっしゃい! おっ、鳳椿の旦那! ……と……」

「そう睨むなよ。半分とはいえ兄貴だぞ? いや、今日はただの腹ペコの客だな」

「ちづ姉に言われて奥座敷を空けてあるが、お前たちだったのか」

「そういうことであります」


悠飛さんと獅恩さんは異母兄弟だから、僕の知らないところに複雑さがあるんだろう。

座敷に通されると、智鶴さんが待っていた。

けっこう待たせちゃってたかな。

開いた本のページがかなり後の方……あれ?

本の綴じ方、装丁っていうか、なんかきっちりした、日本の本屋で売ってるやつみたいな。

ということはマクストリィで買った本だな。

表にはカバーがかけてあるから、どんな本かはわからないけど。


「さあ、さあ、私もお腹が空きました。お食事にしましょう」


僕と愛魚ちゃん、ハインツに鳳椿さんに獅恩、そして智鶴さんと、六人。

なるほどこれは座敷を空けてもらってないと集まりにくいか。

店主自慢の天ぷらが載った蕎麦をいただく。

そして後回しになってたけど、鳳椿さんと獅恩には時間を戻してからは初めて会うのでまた自己紹介。


「ふむ、この揚げ物、美味いな……ヌードルは、えい、くっ」


ハインツは、味には満足だけど蕎麦を箸で取るのが難しいらしい。

結局、パスタみたいにくるくる巻いて食べる方法に落ち着いた。


「さて、今日お集まりいただきましたのは、今日お集まりいただくまでに問題点がお分かりいただけたことかと思うからです」

「謎かけかよ」


智鶴さんが訳の分からないことを言い出した。

いや、分からなくはない気がする。


「スマホさえあれば連絡なんて一発なのに、わざわざ来ないといけなかったからですかね」

「そういうことです。私たちはスマホは持てませんから、困りものですね」


スマホを持つには身分証明や決済手段や経済力といった生活基盤が要る。

外の次元からやって来て魔法やチートで適当にでは済まされないんだ。


「次元間を《門》で移動できて、それでいてスマホも使える人物か……」


少し考えて、二人ほど思い浮かんだ。

エギュイーユさんとルブルムに頼めばなんとかなるかな。

たしかエギュイーユさんは運転免許証を持っているほど日本での身分がしっかりしてる。

たぶん言われなくてもスマホを持って……持ってて連絡先も交換してあるって愛魚ちゃんに言われた。

それなら条件に合致する。

ルブルムに至ってはそもそもイコールりっきーさんだ。

いちいち聞くまでもない。


「そりゃあいい。使い走りのたびにあれじゃあたまらんぜ」

「じゃあ、さよりさんとその、りっきーさんが重要なのね」


そもそもあんなにも女子にキャーキャー言われるくらいなら、最初からエギュイーユさんが来ればよかったか?

違うな、それはそれで男子がギャーギャー言う。

ルブルムがそうだった。

どっちにしても、スマホで連絡できるならそもそも学校にまでは来てもらわない方がいい。

連絡か……

そう言えばファーシェガッハの皆とはこないだ会ったけど、逆に言うと別行動と言われてからこないだ会うまでは、競馬で当てる途中のシュヴァルベに偶然会った以外何もなかったし、この後も当分は音信不通だろう。

いくら《便りの無いのは良い便り》と言っても、やっぱり不安になる。

その後も追加で小鉢なんかを頼んで、お店の売り上げに貢献しながら雑談を……

ここでちょっと意地悪を言ってみよう。


「ハインツ。今日はいいけど、箸は使えるようになっておいた方がアウグスタに恥をかかせないで済むと思うよ」

「なッ!? いや、そうか、食事の作法など教養としては基礎のまた基礎だ……私が不作法では、姉上が恥ずかしいというわけだな。うむ、練習しよう!」

「今はもう麺は食べ終わった後だから、また今度ね」


ぶれない男はわかりやすくて助かる。

様子を見ている智鶴さんも楽しそうで何よりだ。

智鶴さんってこういう時、少し距離を空けて口元を本で隠しながらこっちを見ることがある。

その仕草が癖になってるのかな。




帰宅して、夜。

そういう出来事がありましたとりっきーさんに連絡して、同時に真魔王城で会えるように頼む。

りっきーさんを心の友と見込んでお願い。


「まあ? そこまで言われたら? 断れないなあ……それにしても、とうとう限界突破(げんとつ)しちゃったか」

「ファイダイの限凸みたいに言わないで?」


思えばルブルムは僕とネットで知り合ったのは偶然だったけど、その後でアランさんから僕が魔王だとは聞いていたらしい。

だから、知らなかったから驚くという反応じゃなくて、こういう反応になる。


「それじゃ明日が土曜日だから、朝から真魔王城かな。明日すぐ会えるけど……りっきーさんの正体、見たらびっくりするよ?」

「びっくりさせて、させて」


こうして連絡していると、本当にりっきーさんは心の支えなんだなって感じる。

だからこそ、失いたくない……

アルブムに勝たなきゃ。




◎便りの無いのは良い便り

問題があれば何か言ってくるはずだから、手紙や知らせが何もないことは、むしろ無事に過ごしている証拠であるということ。


ハーレム物の体裁で始まった作品ですが、このルートは意図して男性キャラクターの比率を増やしています。

これはこれで了大本人が新鮮な気分になれそうなのでいいかなと。

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