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191 『橋渡し』

これまで周回の知識で有利になろうとして失敗した反省を活かして、今回は順序立てて少しずつ周囲に理解を求めていきます。

命の洗濯、精神的なリフレッシュを済ませたところで、来週からはまた地盤固めだ。

時間が惜しいからと言って、一気にあれもこれも並べ立てたってダメだ。

少しずつ準備していこう。

それには。


「智鶴さんの協力は欠かせません。言祝座の方、お願いします」

「ええ。ですがそれには情報が欠かせません。了大様がご存知のことやこれまでの体験など、情報をお寄せいただきたく思います」

「喜んで」


智鶴さんにも助けてもらうために、必要と思えることは何でも話した。

せっかくだからハインリヒ男爵にも聞いておいてもらう。

斯々然々(かくかくしかじか)

特に、仍美(なおみ)さんを死なせずに済ませるための具体的な条件は、学校で使う罫線入りルーズリーフに書き出して詳細にまとめて渡した。

これなら口で言っただけより確実だから、忘れないか、忘れても見直せばなんとかなるだろう。


「まさか、仍美ちゃんのちょっとした出来心と悪戯心から、国全体が荒れ始めるなんて……これは、これは」


智鶴さんなら段取りや人選でミスすることはないだろう。

それに、あっちの人材の層だって決して薄くはない。

これで大丈夫と。


「ところで、これは勝利に欠かせない情報というほどでもありませんが、ひとつお尋ねしたい件が」

「?」


何だろう。

今、会っているうちに答えられるものなら、答えよう。


「お二人は、どういった間柄でいらっしゃるのでしょう」

「あっ……?」


僕とハインリヒ男爵の関係性か。

言われてみると確かに、これまで深く考えてなかった。

アウグスタの弟だからなんとなく知り合って、敵視されたり見直されたりはしたけど、具体的にどうとまでは。


「私とリョウタか。友人同士だ」


ためらっていた僕とは対照的に、ハインリヒ男爵の回答はそれはよどみないものだった。

友人同士だと。


「どうした? まさか、私を友と呼ぶのは不服か」

「いやいや、そんなことは! でも、いいの?」

「いいも悪いもあるものか。友人になりたいと思えんような相手になど姉上は預けられんが、貴公ならばあるいは、と思ってな」


友達か……

思えば魔王生活が始まって、女性だらけの真魔王城の中でいろんな女性と仲良くなっても、仲良くなれた男性っていなかったんじゃないだろうか。

まずアランさんが特殊過ぎるんだよね。

真魔王城での公的な関係では魔王と臣下であっちが下だけど、愛魚ちゃんのお父さんという私的な関係で接する時は、将来の義父としてあっちが上。

公私が変わると上下も変わる。

その点、友達っていいよな。

りっきーさんも、オフで会ってみてアレだと分かるまでは対等な男友達感覚だった。

うん、友達になろう!


「そうだね。じゃあ、対等の友達としてよろしく頼むよ、ハインリヒ男爵」

「水くさい」

「えっ」


何がよくなかった?

やっぱり、まだよくわからない……


「自分で『対等の友人』と言っておきながら壁を作るんじゃない。対等であれば爵位は関係ないだろう。『ハインツ』で構わんよ」

「そっか。じゃあ改めてよろしく、ハインツ!」

「うむ」


これだよ、これ、これ!

こういうのが今まで足りなかったんだ。

やっぱり男友達って大事。

あ、智鶴さんが置いてけぼりになって……


「…………何か」


……大丈夫か。

智鶴さんは持ってきていた本で口元を隠して、黙ってこちらを待っていただけだった。


「いえ、本日はありがとうございました。ハインツも、ありがとう」

「うむ。真魔王城に使っていない部屋があれば、そこに逗留させてもらいたい」

「メイドに言って手配させるよ」


情報共有の後は今後どう動くかの打ち合わせになって、会合が終わった。

これまでのアルブムの足取りは、僕が特に干渉して変えない限り再現されるということなら……ということで、智鶴さんはある提言をしてくれた。




週が明けて、また学校へ。

愛魚ちゃん……深海さんを呼び出しはするけど、ただちに交際を申し込むことはしない。

交際とまでは言わないけど、頼んでおきたいことはある。


「そう……真殿くんは気づいてたんだ。真殿くんを見張るように、父さんが工作してきてたこと」

「まあ、いろいろあってね。気づいちゃった」


アランさんの判断基準もよくわからない。

愛魚ちゃんに与えられた任務は監視まで。

ベルリネッタさんのようにいろんな手を使って篭絡とまではいかない。

それに、僕が魔王という点も詳細は伏せられていたようだ。


「それで、深海さんはもっとお父さんと話し合っておいてほしいんだ。今まではともかく、僕はもう自分が魔王だって気づいてる。だから魔王として僕に何をさせたいのか、娘として深海さんにどうなってほしいのか、それが知りたい」


なんとなくの予想はつく。

いくら魔王輪があるとはいえ肉体的には僕は普通の人間、それも身体能力は同世代の平均より劣る、貧弱な部類だ。

何か気に入らない理由が見つかって僕が『ダメ』だった時のために、終わりにしやすいようにあえて深入りはさせないようにした……なんてところじゃないだろうか。

何かあった時のマイナス、損を最小限にしたかったと思えば、合理的な判断なのかもしれない。

ましてや、自分の実の娘だ。

取るに足らない小僧を相手に傷物にされてからでは遅いもんな。


「ん……で、その智鶴さんって言うのは?」

「言祝座の新しい魔王、獣王だよ。代替わりしたばっかりでね。早速顔を売っておいたところだからアランさんもぜひとも、と思ってね」


これが智鶴さんの提言のひとつ。

僕がアランさんと、愛魚ちゃんをできるだけ通さない形できちんと話しておいて、合意を形成すること。

多忙を理由に渋るようであれば、新たな獣王に顔が売れるからと自分を釣り餌にしていい、と申し出てくれた。


「なるほどね。それじゃ、早速連絡しようっと」

「今すぐ? 仕事中に邪魔じゃない?」

「今だからだよ。この時間なら仕事中で秘書の人が近くにいるはずだから、その人にスケジュールを調整してもらうの。今連絡したのも、その人へだから」


そう言えば有能な秘書がいたな。

たしか……鮎川さん。

コーヒーのオリジナルブレンドから故意の回り道まで、たいがいのことは命令通りにこなせる人材だったっけ。

ということで会合は木曜日の放課後に決まった。

そしてその木曜日。

予想通りに高価そうな車が来て、鮎川さんが迎えに来てくれた。

今回は僕は助手席に座って、後部座席の愛魚ちゃんの隣は一人分空けておく。

さらに道中、具体的にどこの店舗かを指定して、コンビニへ寄ってもらう。


「智鶴さんとはここで落ち合う手筈になっています」

「かしこまりました」


店に入って、中を見回すと……いた。

イケメン男性芸能人グループのグッズがもらえるキャンペーンなんて見てる。

いつでも動けると言われたので出てもらって、車に乗り込む。


「ふむ、ふむ? これは……お席は替わりましょう。了大様と愛魚さんが後部、私が助手席で」

「皆様さえよろしければ、私はかまいません」


後ろを空けておいたのに、智鶴さんと助手席を替わることになった。

その後はもちろんアクシデントなどもなく深海御殿(ふかみごてん)に到着したけど、何だったんだろう。


「ふふふ」


愛魚ちゃんにはわかったのかな。

僕は思いつかない。


「きっと、運転してる鮎川さんのこと、見たかったんじゃないかな? カッコいいって」


それでか。

そう言われればコンビニでの行動を思い出しても一貫性がある。

智鶴さんも男性に興味がないわけじゃないんだな。


「社長、お連れしました」


最初の時間以降、何度か通されたことがある応接室。

中に入ると、アランさん……フカミインダストリ代表取締役社長、深海阿藍(あらん)氏が待っていた。


「うむ。さ、かけてください」


促されて着席。

……部屋に魔力を感じる。

これはカエルレウムの部屋と似てるから、たぶん防音に関するものじゃないかな。

そういうのがわかる程度には、僕も魔王を続けてそれなりになったってことか。

それじゃ。


「阿藍さん、本日はありがとうございます。前置きは端折らせていただいて失礼しますが、僕は……」

「むッ」


魔王輪の魔力をできるだけ回して、会合のステージに立つ。

この局面では、ただの子供ではいられない。

それなりの発言を引き出せる人物で、それに値する魔王でいなくちゃいけないんだから。

智鶴さんも智鶴さんで相応に魔力を回す。

今の状態なら僕より智鶴さんの方が強いからね。

そして、詳しい経緯は省きながらでも自分が魔王として立つつもりであること、近い将来には複数の次元にまたがる敵が現れるという情報を確かな筋から得ていること、その対策には智鶴さんと言祝座も協力してくれること、などを話した。

阿藍さんの方はと言うと、愛魚ちゃんを僕に近づけた目的は大筋で予想通りだった。

愛魚ちゃんを魔王に嫁がせて、正妃の父となれば自身の発言力もより強くなると、政略結婚も視野に入れて。


「……む、う……」


そんなさすがの阿藍さんも、魔王が一気に二人並ぶという事態は想像していなかったらしく、考えあぐねている。

しかも智鶴さんは元々勇者でもある。

事の重大さをわかってもらうためには、少し脅すような手も必要だというのも智鶴さんの策だ。


「で、あれば……イル・ブラウヴァーグにも話を通すと良い。あそこは我らの起源たる次元であるから、魔王にも話が通せる……はずだ」

「ええ、ええ。もとよりそのつもりでおりました。阿藍様には《橋渡し》をお願いしたいのもあって、参上いたしました」

「紹介状を書こう」


これでよし。

阿藍さんは鮎川さんを自分の側まで呼んで、あれこれと相談したり命令したりして、それから筆記用具と便箋を持って来させた。

思えば阿藍さんも年齢こそ重ねているけどハンサムではあるから、イケオジ……カッコいいおじさま、という風体なんだよね。

奥様とは別居中で、男性社会の中で仕事中毒(ワーカホリック)気味ではあるけど、だからこそ地位も年収も高いハイスペック。

そんな一連の様子を、目を離さずじっと見つめて、紹介状の書き上がりを待っている智鶴さん。

なるほどな。

凝視もするわけだ。


「パソコンで作成して印刷では真贋が疑われるかもしれんから、直筆にしておいた。愛魚も同行して、その上でこれがあれば、まず疑われることはないだろう」

「本当にありがとうございます」

「感謝致します、阿藍様。鮎川様もお疲れ様です」


事態は急を要する、ということでイル・ブラウヴァーグへの移動は深海御殿に常設の《(ポータル)》を使わせてもらった。

この足でそのまま行く。


「ここの《門》が動くとは……? むっ、これはこれは、愛魚様。そちらの方々は」


さすが深海御殿、イル・ブラウヴァーグの魔王城の中に直通とは。

そしてやって来た現地の人員は、あのノエルさんだった。

今回のこの時点ではいたって正気、アルブムの影響があるわけがない。

そうなる前に手を打ちたくて来たんだから。


「ヴィランヴィーと言祝座で、立て続けに魔王の代替わりがありました。こちらがそれぞれの新しい魔王様です。丁重にお願いします」

「了解しました!」


ノエルさんは配下の人員にあれこれと命令を飛ばして走らせた後、僕たちを謁見の間へ案内した。

謁見か。

僕はいいけど、智鶴さんを跪かせるのはどうなんだ?

歩きながら聞いてみると。


「問題ありません。必要であれば……」

「問題あります」


智鶴さんが答えている最中、なんとこちらの魔王であるセヴリーヌ様が現れた。

正装をしていただいて謁見かと思っていたのに。


「ノエル? 単にアランの紹介状を持つだけでなく、別の次元のとはいえ魔王であるお二方を、下に扱うなどいけませんよ」

「しかし、ここはイル・ブラウヴァーグであり、あくまでもここの王は」

「ノエル」

「……申し訳ございません」


セヴリーヌ様は決して怒鳴ったり、ましてや暴力を振るったりなんかはしない。

名前を呼んで、静かに諭すだけ。

ただそれだけなのに不思議と逆らえない、そんな気分にさせられる人だ。


「茶会を開いて、かしこまらずにお話ししましょう。ノエル、これは魔王同士の次元間の友好を得るためにも必要なことよ。そのように調整してちょうだい」

「かしこまりました」


そしてお茶にしながら雑談。

ここは陸がほとんどないから、茶葉だって本当は貴重なんだよね。


「そうね。正直、質の方も劣るから、時折アランに送ってもらっているのよ」

「母さん、父さんと完全に別れちゃったわけじゃないのね」

「隣人としては付き合えるわ。でも、男女としてはもうダメでしょうね。あの人は仕事にのめりこむと家庭を放置しがちだから、私は妻として付き合う自信は、もうないの」


地味に重たい話が飛び出た。

こればっかりは僕からとやかく言えることなんか何もないな。


「きっとアランの方も、男性社会で仕事に没頭していた方が気楽だと思うの。それはそれで一つの生き方だから、悪く思わないであげて」

「それは、それは……別居というより、実質上の離婚ですね。ですが、隣人としては良好で、愛魚さんの親権について醜く争うこともないのでしたら、それもそれで一つの生き方」

「智鶴さんは穏健派なのねえ。言祝座は代々、武闘派ばかりだったけど」


話も弾み、茶会はトラブルもなく終わった。

こういう風に僕も、あちこちの次元の《橋渡し》ができればいいんだけど。




◎橋渡し

橋を架けること。

転じて、接点がないかまたは少ない二者の間に入って、仲介してとりもつこと。

また、その人。


智鶴も重要キャラクターとして少しずつ、少しずつですが掘り下げているところです。

もう1~2回はかけたいところ。

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