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190 鬼の『居ぬ間に』洗濯

新しい周回の出だしに寄り道を画策した了大ですが、行き先ははるか彼方の……

思えば、初日から急いで詰め込もうとしたらそれで逆に失敗したパターンもいくつかあった。

今回は逆に考えて、初日は休んでみよう。

それと、早いうちでないと行けなくなる場所に行きたい気分。


「そう、今のうちでないと行けないのは……」


思い浮かべる。

貴族の屋敷、気難しいところはあるけれど悪い奴じゃない男爵、そして、彼が敬愛してやまない姉。


「……ファーシェガッハだ。繋げ、《(ポータル)》!」


アウグスタとハインリヒ男爵、そしてその実家である屋敷を思い浮かべて繋ぐ。

手応えを感じて《門》をくぐると、食堂らしい大きめの部屋に出た。

ここは確かに見たことがある。

成功かな。


「何事だ! まさか、直接ここに奇襲を!?」


慌ただしい足音が近づいてくる。

その声は、ハインリヒ男爵だな。


「何だ、貴公か……脅かさないでくれ。予定外の出来事かと思って、肝を冷やした」

「ごめん、ごめん。ここしか思い浮かばなくてね」


男爵を安心させているうちに、別の足音も続く。

落ち着いた感じだけど、今度は複数だ。


「おや、リョウタ様ではありませんか! 時間が戻って初日になったかと思えば、一体どういったお考えで?」

「了大くんのことだ。フフッ……きっと、何かいい案が浮かんだんじゃないかな?」


アウグスタと、シュヴァルベさん。

よかった、忘れられてない。

安心した。


「いや、そういうわけでもなくて……フリューは?」

「フリューは自分の屋敷にいるよ。ほら、縁談話が溜まってるから、全部断らないといけなくてね……フフッ、モテる女も一苦労ということさ」


なるほど、そういう動きになるのか。

やっぱり皆、生きてるんだ。

僕の見えないところで、ちゃんとそれぞれの暮らしと人生がある。


「しかし、初日からこっちへ来るというのは初めてじゃないかな。何か重要な用件でも?」

「重要ってほどでもないんですけど……」


それぞれ生きてる皆に、僕の戦いに付き合ってもらって、繰り返させてる。

そんな立場の僕が、言えたことじゃないかもしれないけど。

でも、今はすごくそういう気分だから。


「……皆に、会いたくなっちゃって」


そう。

別行動ばっかりになるのが仕方ないのも、後々で結界を張って出入りを遮断しないといけないのも、ちゃんとわかってる。

わかってるからこそ、会えないと思うと淋しい。

だからせめて一日だけ。

今日だけ、ここの皆に会いたかったんだ。


「貴公、姉上を見くびっておるのか」

「うっ……」


ハインリヒ男爵の表情が険しい。

やっぱり、ダメだったかな?


「重要と言う程でもない、だと? 馬鹿を言うな。重要だろうが」

「え」


男爵の険しかった表情が一転して、困ったような、それでいて優しさも合わせ持つ、複雑な笑顔になった。

最初に会った時のような刺々しい感じはどこにもない。


「そうだよ、了大くん。了大くんの方から『会いたかったから、来ちゃった♪』だなんて、フフッ……可愛いじゃないか♪」

「んもう、リョウタ様ったら! そんなの考えるまでもなく、重要に決まってますよ! フリューも喜びます♪」


来てもよかったんだ。

それどころか、全員が……ハインリヒ男爵さえも、優しく歓迎してくれてる。

嬉しいな。


「時間が戻るたび、姉上は考えを巡らせてはこぼしていたぞ。『またリョウタ様が失敗なされた。くじけてはおられないだろうか、落ち込んではおられないだろうか。心配だ』とな」

「それは、まあ、いろいろ原因があって……ごめん」


やや大げさな身振り手振りを交えた男爵の説明を、アウグスタは少しも否定しない。

本当のことなんだろうな。

様子を思い浮かべるだけでもしみじみとしてくる。


「フフッ……それに、私も了大くんには言っておきたいことがあったからね。丁度よかった」

「ん、何です?」

「それは」


シュヴァルベさんが僕に言いたいことだって、と思ったところで別の《門》が開いた。

この気配は忘れもしない。


「やっぱり! なんだかリョウタが居そうな気がすると思ったら、本当に来てるじゃない!」

「フリュー。久しぶり」


勝気な表情と、自信に満ちた物腰。

僕が知っているままのフリューだ。


「どうしたの、今回は急に」

「会いたくなったから、来ちゃった」

「来ちゃったって、アンタねえ」


ん、フリューは歓迎してくれないのかな。

仕方ないか。

別行動にしなきゃダメって言い出したのはフリューだもんな。


「もう一回言ってみなさい。上目遣いで、おねだりするような感じで。さあ」


また言うのか。

まあ、嘘を言うわけじゃないからいいけどね。

おねだり……おもちゃを買ってもらう子供みたいな感じでか?


「んっと……会いたくなったから、来ちゃった♪ ダメだった?」

「ダメなわけあるかぁー! いい! いいに決まってるでしょうが!」

「はぶっ」


フリューに思いっ切り抱きしめられた。

身長に差があるせいで、顔がおっぱいに埋まる……


「会えなくて淋しかったの? そんなの、アタシたちも同じだったのよ? しょうがないんだから……」


頭を撫でられて、離してもらった。

やっぱり、忘れられてないっていうのは大事だな。

心温まる感じがする。


「よし、じゃあ後はパターン通りに動くわよ。シュヴァルベは《技巧(クンスト)》を、アウグスタは《心意(ガイスト)》を、それぞれ持ってアタシの屋敷に。リョウタも来なさい」

「あ、うん」

「じゃあいつも通り、留守は任せたよ、ハインツ」

「お任せください」


フリューたちも記憶を持ったまま周回を繰り返してるからな。

ゲーム攻略で言うところの『開幕パターン』みたいなのができてるんだろう。

御三家(ごさんけ)のそれぞれが一本ずつ持つ《美徳の剣(ヴァーチュソード)》を三本集めて、魔王・ヴィントシュトースさんの霊魂を復活させる手筈か。

そしてそれはフリューの屋敷で行うのがパターン化してると。


「到着っと。どう? ウチの屋敷は」

「すごいね。ただ豪華なだけじゃなくて、手間暇がかかってる感じがする」


アウグスタの屋敷からフリューの屋敷へ移動。

文化や建築様式は同じだから明確に違うというほどではないけど、やっぱり爵位の差があるからか、屋敷そのものもなんだか格上のような気がした。

いや、アウグスタの屋敷も充分すぎるくらい立派なんだけどね。


「さて、それじゃ」

「ヴィントシュトースさんを復活させるところからか」

「そんなの後ででいいわ」


そんなの呼ばわり!?

重要なフラグなのに?


「これまでの繰り返しで、時間の余裕がどのくらいあるのかはつかんでるのよ。今日一日くらいどうってことないわ。それより、せっかくリョウタが来てくれたんだもの。今夜は……わかるでしょ? ね♪」

「フリューだけじゃないよ。もちろん私も、フフッ……♪」


え、フリューとシュヴァルベさんの雰囲気が、何かアレな……

それに距離も近い。


「いやあ、こちらへ移動する手筈が定例化していてよかったですよ。さすがに私も、ハインツにあられもない声を聴かれるかもしれないと考えると……♪」

「アウグスタまで!?」


こうなっちゃうともう、うぬぼれじゃなくて、わかる。

三人が三人とも『そういう気分』なんだな。


「何よ。ヴァイスから聞いてるわよ。この状況の夢を見せてもらったんでしょ?」

「うっ!? それは……うん」

「フフッ、じゃあ今日は夢と言わず、現実のものにしようじゃないか」

「今日なら、どこからも邪魔は入りません。となればこの後どうすべきかなんて、考えるまでもありませんから」


いや、最初はそんなつもりじゃなかったんだ。

会ってちょっと話ができればよかったんだけど、でももう僕もすっかり『そういう気分』になっちゃった。

こうなるともう止まれない。


* フリューがレベルアップしました *


* アウグスタがレベルアップしました *


* シュヴァルベがレベルアップしました *


三人全員を同時に楽しむフルコース。

じっくり味わって、ごちそうさまでした。


「あ、そうだ」


めくるめく快楽のオンパレードで忘れそうになってた。

話の途中になってたことがある。

言いかけたところでフリューが来たから、途中になってたんだよね。


「シュヴァルベさん、言っておきたいことがあったから丁度よかったっていうのは、何でした?」

「……それだよ」


ぎょっとした。

シュヴァルベさんは少しも笑わないで、僕を睨んでくる。

睨まれるようなことをしたなら、それはそれで言ってほしいけど。


「どうして私だけ『さん』付けでよそよそしいんだい。フリューもアウグスタも呼び捨てにして、普通に話してるだろう? なのに私だけ仲間外れみたいじゃないか! 笑えないぞ!」

「ああ……」


そう言えばそうだった。

会うのが遅かったのと真魔王城に関わらないのとで、シュヴァルベさんはついついそういう接し方になっちゃってる。


「となると……これからは呼び捨てでいいってこと?」

「そうだよ。もっと前からそうでもよかったんだけどね。フフッ」


これからは気をつけないとな。

シュヴァルベさん……シュヴァルベだって、大切な仲間だ。




一晩過ごして、翌日。

アウグスタの屋敷に戻って、ハインリヒ男爵も交えて今後の相談。

僕がシュヴァルベを呼び捨てにするようになった件は、男爵は特に興味なさそうだった。

ぶれない男である。


「しかし、こうしてリョウタ様が繰り返しを続けておられるということは、つまり負け続けておられるということ。今はまだよくても、長期的に考えればもちろんよくはありません。そこで」


言葉を区切って、アウグスタはハインリヒ男爵を指さす。

男爵に何かさせるつもりか?


「ハインツ、あなたはヴィランヴィーやマクストリィで動くようにして、リョウタ様をお助けしなさい」

「いいの?」

「実は……いいんですよ、これが。繰り返しの中で考えながら行動を効率化しているうちに、ハインツがいないと困る局面というのはなくなってしまいまして」

「私達も『レベルアップ』しているからね。フフッ」


仲間が増えるというのはとてもありがたい。

それに、ハインリヒ男爵は男性だ。

女性には言いにくいような話題でも、いくらか言いやすいかもしれない。


「姉上がそうおっしゃるならば、私に異存などあるはずもない。貴公の悲願こそ、姉上の悲願でもあるのだからな」

「ありがとう、ハインリヒ男爵」

「では、ヴィランヴィーの真魔王城に行くとしよう。マクストリィの方は私からヴァイスベルクへ伝言して、貴公の身代わりを頼んであるから大丈夫だ」


根回しまでしてもらっている。

やっぱり、シスコンなところ以外は有能なんだよな。

顔もいいし。

その後は真魔王城で魔力を回して身分証明をしたところで、また一泊して、マクストリィへ。

自宅近所の公園で、僕の身代わりをしてくれていたヴァイスと落ち合う。

既に木曜日の夜になっていた。


「忘れてましたねえ? ファーシェガッハと他とでは時間の流れが違いますから、あっちで長く過ごすのは危険ですよ」

「そうだった。ごめんね、長いこと」

「いえいえ、お安い御用です……あたしも『レベルアップ』させてくれれば、ですけど♪」

「あはは……」


ヴァイスもヴァイスで、いわゆる『本職』みたいなものだからな。

今回の分をお返しする意味でも、後日そういう時間を設けよう。




ということがあって、一日だけのつもりがマクストリィではもっと経っちゃったけど、精神的なリフレッシュという意味では価値がある時間を過ごした。

すごく癒されて気分も良くなったところで、週末に智鶴さんと落ち合う。

僕の協力者同士ということで、ハインリヒ男爵にも同席してもらった。


「それはそれは。《鬼の居ぬ間に洗濯》でしたか。良い事だと思います」

「言われてみれば、確かに」


まさしくそうだ。

アルブムが来ないうちに、ベルリネッタさんに会わないうちに、と動いてお楽しみだったんだから《鬼の居ぬ間に洗濯》だよね。


「智鶴さんの方はどんな感じですか」

「やはり周回の起点へ戻ると魔王輪の方もあの老骨の所へ戻るようで、都度やり直しかと。しかし病床の老骨など何程ということもありませんので、この通り」

「おお……」


智鶴さんは既に魔王輪を引き寄せていた。

こうなると、最初のちょっとくらいと思って女性と楽しんでいた自分が申し訳なく感じる。


「いえ、いえ。よろしいのです。ただ相手を倒せばよいというものではありません。心からの充足、幸福を得ることこそが、真に『勝つ』ということなのですから」

「おっしゃることが深い」


ハインリヒ男爵も感心して聞き入っている。

そうか。

お姉ちゃんじゃないのに対応がぶっきらぼうじゃないと思ったけど、アウグスタは熟考の悪魔で、智鶴さんは叡智の鶴。

知的な女性が好みのタイプなんだな。


「機会がありましたら、そのお姉様にもお会いしたいですね」


確かに、話が合うかもしれない。

アウグスタと智鶴さんか……絵になる取り合わせだろうな。




◎鬼の居ぬ間に洗濯

怖い主人やうるさい監督などの邪魔な者がいない間に、のんびりくつろいで気晴らしをすること。

洗濯とは命の洗濯の意味で、日頃の苦労や束縛から心を解放して楽しむこと。


愛魚もルブルムも初期からある程度の好感度があるとはいえ、周回の出来事を忘れてしまうということで、周回を忘れないファーシェガッハ組が恋しくなったという回でした。

愛を責めないでやってください。

あとはここからハインリヒ男爵がテコ入れとして寄越されますので、また今後の展開が変わってきそうです。

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