189 柳に『風』
アルブムに支配された鳳椿を前に、少しだけ智鶴が本気を出します。
でもまだまだ本当に全力ではないようで。
智鶴さんが珍しく、自分で戦う気になってる。
というか、僕は初めて見る光景だな。
前の時間でアルブムに出くわした時も単なる偶然で、巻き込まれて嫌々、仕方なくだったもんな。
でも、流れの原理って何だろう?
「了大様、ちょうど良い機会です。何事にも『流れ』があること、その『原理』を掴み、乗ることに活路を見出す技があること、お見せいたしましょう」
鳳椿さんが『八の字の肩』って言ってたように、なるほど確かに智鶴さんの両腕の開き方が漢数字の『八』の字だ。
もしくはカタカナの『ハ』か。
「聞いたでありますよ、智鶴殿。智鶴殿は実はこの次元の勇者で、しかも獅霊殿から魔王輪を取り上げて、勇者輪と魔王輪を両方持つようになったとか。その力がどれほどのものか、是非とも見たいものであります」
とはいえ、今ここにいる鳳椿さんはいつもの鳳椿さんじゃない。
アルブムに支配されて、その命令に従う尖兵にされてしまっている。
浮かべる笑みが、いつになく邪悪さを見せる。
「せいッやァ!」
真っ正面から距離を詰めて、鳳椿さんの正拳突き!
でも当たらない。
体を半分ずらした智鶴さんが受け流している。
その後も、突き、肘打ち、膝蹴り、回し蹴りと……
様々な攻撃が連続で繰り出されたけど、どれも一つ残らず受け流された。
智鶴さんは全然、慌てたり焦ったりなんかしていない。
平然とこなしていて《柳に風》といった感じ。
「何やら……平時の冴えがありませんね。これでは魔王輪以前の問題です」
確かに、アルブムに支配された人は皆、その影響のせいか元々の実力を十分に発揮できないらしい。
個人差の他、展開によっても変わるけど、ルブルムあたりはほぼデク人形になることもある。
鳳椿さんは割とそれほどでもない方だけど、やっぱりちょっと劣るかな?
なんとなく僕から見てもそんな気がしてくる。
「ですが、ただ流すだけでは話が進みませんね。せいッ」
「むう!」
智鶴さんが、流し方を変えた!
繰り出された攻撃の力を利用された鳳椿さんが、空中で四分の三ほど回転して、背中から地面に叩きつけられてしまう。
もちろん鳳椿さんもその程度ではどうということもなくて、素早く飛び起きる。
その後も全部の攻撃が受け流されては地面に転がされるという展開が繰り返され、さすがに鳳椿さんが土まみれになってきた。
「やはり、智鶴殿が本気になると、ろくに攻撃が通らんでありますな」
「こういうやり口では、支配は解けないということですか。しかし」
鳳椿さんにかけられた支配が解けないとわかると、智鶴さんは勇者輪の魔力を回し始めた。
獣王の次女という生まれのためだけでなく、それ相応の修練も積んできた風格を感じる。
自分の力の使い方に迷いがない。
僕はと言うと、いつも『どのくらい回すか』でまず迷うところがあるからな。
智鶴さんは間違いなく、僕より強いだろう。
「私はまだ、勇者として本気を出してはおりませんからね」
「くくっ……」
気圧されるような、試したくなるような、未知の領域。
その領域へ近づこうと踏み込んだ鳳椿さんの、渾身の正拳突きは……
「チェストォォォ!!」
……当たらない。
煌々と燃えるような火の魔力を、煮詰めて濃くしたような一撃が。
本当に寸前、うっかり《有意向上》を使い忘れていて見えなかったくらいの一瞬だけで立ち位置とタイミングをずらした智鶴さんにかわされて。
「言うことを、聞かないと、ッ……」
「ぐッ」
智鶴さんが左の掌底を、鳳椿さんの右のこめかみに当てる。
これ自体は前置きだった。
顔の向きを少し変えながら、荷重がかかったところに。
「……(パン!)……って、言ったでしょうッ!」
左のこめかみへ、右の掌底!
攻撃としてはこっちが本命で、猛烈に撃ち抜かれた頭が揺れて、うつ伏せに倒れた。
「うげっ……」
エグい!
目や耳から血が出てるぞ!?
あれはきっと、内臓の方がヤバいやつだ。
しかも当たる瞬間、多めに光の魔力をぶつけてた。
鳳椿さんだから出血までで済んでるってレベルじゃないか?
僕とか一般人とかだったら、頭が吹き飛んでそうだ。
「さて、これでも解けないような支配であれば、もう一丁行きますが」
気を抜かず構えを解かない智鶴さんが少し待っていると、鳳椿さんが回復して起き上がってきた。
あんまり使わないようにしてるみたいだけど、鳳凰だから自己回復の能力がすごいんだよね。
さて、どうだ?
「ぬ、うっ……自分は、また負けたのでありますか」
「ええ、ええ。今回もと言うより、今回はそちらは悪い影響のせいで実力を発揮できず、こちらの状態以前の問題でしたので。無効でしょう」
魔力の感じが、元に戻ってる!
あんなやり方で支配が解けることがあるのか。
でも、他の人には使えない手だな。
あんな勢いで頭を殴ったら普通は死ぬ。
鳳椿さん以外だとそれこそ、同じく鳳凰の凰蘭さんあたりにしか使えない手だな。
「不覚であります。見知らぬ顔に出くわしたと思ったら、何故か智鶴殿と戦うことばかりで頭がいっぱいになったようで……気づいたらこの有様であります」
支配されていた間のことは、ぼんやりとではあるけど覚えてはいるのか。
今まではずっと、支配された人は解除できずに諦めるか殺すかしてたからな。
何度も周回してきたけど初めて知った。
「ヴァイスがいてくれたら、手荒な方法でなくても解除できただろうとは思いますけどね」
「確か……ヴァイスさんというのは、淫魔でしたか。精神攻撃が無効で、先程のように支配されないからと信頼を置いていらっしゃる」
「そんな感じです」
周回の呪文の写しを持っているから、これまでの内容を忘れないという意味でも重要人物だけどね。
……ん、ヴァイス?
そう言えば真魔王城はどうなってる?
「了大様がこちらへお越しの隙を突かれた格好ですね。おそらく鳳椿様は陽動、もしくは時間稼ぎ。肝心のアルブム自身で真魔王城を襲えば、今ならガラ空き……少なくとも、私であればそう打ちます」
「しまった!」
「いえ、いえ。今回は言祝座がガタガタになってしまっている手前、お戻しいただけるのでしょう。あの下種の、真意とまでは行かないことでしょうけれど、思惑の一端でも聞ければよしとしましょう」
そうだった。
そう考えればまだ気楽な方か。
考えずに突っ走るのはもちろんよくないけど、あれもこれもと考えすぎるとそれもそれでよくない。
アウグスタに言われたっけ。
真魔王城に戻ると、思った通り。
城内の面々が支配されていて、僕や智鶴さんに襲いかかってきた。
建物は支配できないから、城が持つ機能で各人の現在位置などをモニタリング。
ヴァイスは……反応がない。
「逃げたのでなければ、真っ先に消されたのでしょう。これまでにそういった展開は?」
「ありました。何度も」
「では、そういうことかと」
見知った顔が、見慣れた顔が、僕の命を狙う。
何度体験しても嫌なものだ。
「《鶴紙千枚/Thousand Paper》!」
智鶴さんが魔力を四角い形で放つ。
縦横は大きいと体を丸々隠せるほど大きいのに、厚み方向が全部とても薄い。
なるほど、だから紙、ペーパーか。
武器での近接攻撃はさっきのように流れの原理で受け流したり反撃を入れたりして、それができない呪文での攻撃は《鶴紙》で受けて相殺する。
「これで首をッ……」
「首?」
首里さんだ。
確かに素早くて鋭い攻撃だけど。
「首を落とすなら、こうですよ」
首里さんの首が落ちた。
巧みに《鶴紙》を操って、広い面じゃなくて厚みの方を当てて極薄の刃物として使った。
この人はとても強い。
隙がないな。
その後は僕も、城の機能を使ったり勇者の剣を振るったりして、襲ってくる面々に対処していく。
智鶴さんだけにやらせられない、僕の責任なんだから。
アルブムの居場所は城のモニタリング機能で、不明な、不審な反応があるのを見ればすぐわかる。
そういう意味では楽だけど……
「不明? 了大様、ということはこの城、アルブムを既知の人物として認識できないと?」
「そう言われるとそうなりますね?」
……真魔王城がアルブムを知らない。
意識してなかったけどよくよく考えてみたら、変というか意外な話だ。
あの立待月にも、聞ける時には聞いてみないといけないかもな。
今はもう起こしてる余裕がないけど。
そういう話をしている間に、アルブムの居場所まで着いた。
「あら、ヴィランヴィーと言祝座の魔王輪ね」
「魔王輪を付け狙うしか能がないから、そんな言い方しかできないんだな。つくづく失礼な奴だ」
顔を見ているだけでも腹が立つけど、まだ我慢だ。
なぜこんなことをするのか、今回はそれを少しでも探らなくちゃいけない。
「お名前は聞き及んでおりますよ。悪名、ですけど」
「私が悪だなんて。馬鹿馬鹿しい」
「悪ですよ。奪われた方、壊された方からすれば。もっとも、善悪などというものは所詮、立ち位置だけで勝手に決まってしまうものですから、私はそう当てにはしません」
立ち位置。
僕からしたら最初の時間を台無しにされたり今もこうして城の皆を支配されたりして、アルブムは悪としか思えないけど、アルブムからしたら自分に逆らって魔王輪を渡さない僕たちの方が悪と。
つまり、ポジショントークか。
「そこでお尋ねしたいのですが、そもそも何故、このような所業を? 魔王輪を狙って、力を求めて、その先に何があると言うのですか。まさか田舎の蛮族でもあるまいし、ただ力を得ることだけが目的だなどとは言いませんよね?」
「目的……それは……」
智鶴さんは時折毒舌だけど、要所は締める。
さて、アルブムの回答は。
「敵が来るからよ。あらゆる次元を滅ぼす敵が」
「は?」
何だ、それ。
それこそアルブムそのものじゃないのか。
「そんなの、お前……」
「了大様、少々お待ちを。ここで熱くなってはいけませんよ」
そうだった。
もっと先までこいつの話を聞かないといけないんだ。
ついついヒートアップしちゃうから、今回は智鶴さんがいてくれて助かった。
「決まった形も、法則もなく、食い荒らして汚して、あとに残るのは荒野と、そこに広がる汚染だけ。私はそれを《中空/Cava》と呼んでいるわ」
「では、貴方の行いはそのカーウァへの対策に過ぎないと?」
「そうよ。物分かりがいい者は嫌いじゃないわ」
カーウァ?
それが来るから、そこら中の魔王輪を狙って奪うって言うのか。
そんな、本当にいるかどうかわからない敵のために。
だからって魔王輪も命も全部奪われたんじゃ、そんなの来ても来なくても同じじゃないか。
やっぱり、こいつの言うことは信用に値しない。
「物分かりがいいついでに、おとなしく死んで魔王輪を渡してくれない?」
「嫌ですよ。馬鹿馬鹿しい」
そりゃ智鶴さんだって死にたくはないからな。
アルブムに殺されるくらいなら僕と手を組む方が得だろう。
「そもそも私、大嫌いなんです。貴方のように、暴力で壊して他者から奪うしか能がない蛮族って」
「蛮族!」
ははは、言われてるぞ。
アルブムは蛮族だって!
笑っちゃいそう、と言うより僕は笑っちゃう。
押さえきれずに。
「この私を、天に轟く超龍たる私を、蛮族と……そこ、笑いすぎ!」
「だって、あははは、そうだろ、はははははは」
笑っちゃって笑っちゃって、涙もこぼしちゃう。
ああ……
えーと、アルブムの動機はざっくり言って外敵への対策、だっけか。
でも僕や智鶴さんにとってはアルブムこそ外敵だから、ポジショントークとして共存も服従もあり得ない。
「ふむ、ふむ……説得も共闘も無理というのはわかりました。私があれを引き付けて時間を稼ぎますので、了大様は例の件、お願いいたします」
「わかりました!」
僕は距離を取って、時間を戻す呪文を発動させる。
逆上したアルブムが仕掛ける触手を、智鶴さんが受け流しでしのぐ様子が、止まって……
世界が回って……
「戻った……」
また化粧ボードの天井、毎度おなじみ保健室だ。
何度やっても基本的には同じ光景。
いや、一度、フリューにせっつかれて戻した時にファーシェガッハの戴冠式までしか戻せなかったことがあったな。
今回はああいうためらいはなかったから、着ている服もギリギリ冬服で、暑くなり始めた季節。
また教室に戻って、愛魚ちゃん……深海さんから授業で進んだ範囲を聞いて、不良の猿どもを《柳に風》とばかりにかわして、と。
「時間を戻したばかりなら、スタートダッシュが大事かな。またすぐ真魔王城に行くか、またはさっそく智鶴さんに会ってみるとか、それとも」
……いや、違うな。
せっかく時間を戻したなら、早いうちの時間じゃないとできないことがしたい。
それに、今回で必ず勝てるという保証もなければ、寄り道をしたら必ず負けるという証拠もない。
一日だけ、寄り道しちゃおう。
◎柳に風
風になびく柳のように、流れに逆らわない物は災いを受けないということ。
また、相手が強い調子であっても、さらりとかわして巧みにやり過ごすこと。
アルブムにもまた敵視する相手がいる、これまでの内容はその相手に対策するための行動、というのが明らかになりました。
分かり合えない相手だとか、自己の利益のためなら他者に被害を与えて謝らない相手だとかは、まあ珍しいことではなくわりとそこらへんにすぐいるものです。
次回以降はちょっと寄り道と、また新しい時間になりましたので、前回までで死んだ獅恩などを再登場させたり、他の各キャラにもまた仕切り直しゆえのイベントを起こしたりしたいところ。




