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188 『棚』から牡丹餅

今回も智鶴のキャラ掘り下げ回に。

あとはいよいよこの周回にもアルブムの魔手が!

その後は愛魚ちゃんと、期間に余裕を持って宿題を終わらせた後『夏休みらしいことでもしよう』といういつものパターンで、無人島の別荘をお借りした。

ここに来る時は毎度おなじみになる、管理人の鮫島さんにも挨拶。


「それではごゆっくり、お楽しみください」


最初の時は考えてなかったけど、生えてる草木の種類……植生が、日本じゃない感じなんだよな。

まともな交通手段がなくて《(ポータル)》でしか来られなかったり、来ても鮫島さんにしか会わなかったりするから、なんとなくでしかわからないけど。

嫌なわけじゃない。

非日常という感じが増すから、むしろ面白い。


「でも、よろしいのでしょうか。私、お邪魔じゃありません?」

「智鶴様は遠慮などなさらないでくださいませ」


今回は僕と愛魚ちゃんの他は、お世話係として敦賀(つるが)さよりさんことエギュイーユさん。

そして、愛魚ちゃんが誘ったことで、智鶴さんも来た。

海ということで一応は水着姿も見せてくれた……けど……


「がっかりされましたか? 何も無くて(・・・・・)

「そんなことは言ってませんよ?」

「ええ、ええ、口ではそうですね。目の方はそうでもないようですが」


……ない。

本当にない、胸が。

その気になれば《形態収斂》で無いもデカいも自由自在とはいえ、そのラインはまさに水平線。

とはいえ気にしない。

智鶴さんは『そういうつもり』じゃなく、あくまでも親睦が目的だ。

何しろ言祝座の勇者でありながら、周回の呪文を写し取って僕の戦いに協力してくれる。

こんなに心強い援軍を相手に、色欲なんかで関係をこじらせたくない。


「これまで伺ったお話からすると、秋口には言祝座が襲われそうですね。来月最初の週末に会合といたしましょう。あとは実際に襲われてしまったところで、戻していただけましたら」

「わかりました」


思い切り楽しんだところで作戦会議の約束を取り付けて、智鶴さんをお見送り。

そういう、これまでの周回ともまた違った夏休みが終わって、二学期。

席替えはまた愛魚ちゃんがこっそり能力を使うんだろうな、と思いきや……?


「ん、五番」

「あっ!?」


適当に引いたら欲しかった窓際席をゲットしたけど、今回は一番後ろで、しかも隣がすでに埋まっている。

富田さんだ。


「そんなぁ……了大くんの隣、欲しかったのに」

「まあまあ。くじ引きなんだから仕方ないよ」


僕の隣の席を狙っていた愛魚ちゃんが落胆している。

学校以外で隣にいる時間を多く取ってるはずなのに、まだ足りないのか……

足りないな、うん。


「はああ……あーあ……」


そんな感じで新しい席についたけど、隣の富田さんのテンションがやけに低い。

何があった?


「やっぱり……僕が隣だと嫌だった?」

「いや、これはそういうのじゃなくてね」

「ほっ」


とりあえずは僕のせいじゃないらしい。

じゃあ、何が原因だろう。

富田さんと話す機会って意外と少ないから、ちょっと聞いてみたい。


「いやぁ、夏休みの間に買いたかった新発売の本が買えなくて……しかも悪いことに、ネットで転売目的の高値出品が横行して……死ねッ、転売屋は死ねッ」

「うわぁ。でも、電子書籍でもよくない?」

「よくない! やっぱり真殿くんは普通の人だからわかってないわね。まず私は『紙派』なの。その上、今回は店舗限定の特典もついて、なおさらプレミア価格に……くうっ」


オタクは好きなもののことになると早口になっちゃう、ってルブルムが言ってた。

カエルレウムも自分が気に入ったゲームの話だと熱が入るからな。


「つまり、その特典がつく対象のお店で買わないといけなかったわけか。通販とか事前の予約とかは?」

「忘れてたのよ……詳細は省くけど、宿題以外がいろいろ忙しくてね」


そんなに人気なんだったら、もしも買えたら読書感想文のネタにはちょうどよかったかも?

ベストセラー本なら話題としても普遍性があるからね。


「どういう本?」

「いや、真殿くんは読むな」

「命令形!?」


富田さんからそんな強い口調で命令されるなんて、これまで何周してきてもなかったぞ。

表情の方も相応に険しい。

すごいな、本に対する情熱。


「あ、その、ね、女性向けがすぎるから、真殿くんは読んでも面白くないと思う」

「はあ、それでか。ちなみに本のタイトルは? 僕じゃなくて、知り合いの人が好きそうかも」


僕は読まないけど女性向けということなら、せっかくだから智鶴さんにおすすめしてみよう。

なんなら話くらいは聞いたことがあったりして。


「ん……『紫煙(しえん)邂逅(かいこう)』……メモするくらいはいいけど、検索しちゃダメよ」


邂逅、って難しい字だな。

手書きじゃパッと書けないから、スマホのメモアプリにメモ。

智鶴さんに振ってみよう。




週末。

約束した日になったので言祝座に移動して、作戦会議。

智鶴さんは今まで通りの、竹林の中の自分の庵にいた。


「どうせこの回は時間を戻しますからね。獣王城に引っ越すのも面倒です。あちらは星十狼に任せています」

「なるほど。あ、そうだ。同じクラスの子がですね」


本題に入って忘れる前に、富田さんが言っていた本の話をしておこう。

斯々然々(かくかくしかじか)


「……ああ、そういう……」


浮かない顔というか、反応が薄いか?

あ、それとも、これから作戦会議って時にする話じゃなかったか?


「少々お待ちください」


智鶴さんは奥の部屋に入って行った。

それから少しして、茶色い紙袋を持って戻ってきた。

この紙は日本で普通に出回ってるクラフト紙だな。

サイズと感触は、ちょうど本一冊分くらい。


「これを、その御学友の方へ。中を見てはいけませんよ」

「はあ……?」


富田さんに渡せばいいのか?

まあ、今は作戦会議が優先だ。

後回し。


「問題はあの下種、アルブムがそもそも何を思ってそこら中の魔王輪を狙っているのか、言い伝えでも私の体験でも同じ次元同士の勇者輪と魔王輪が引き合っただけであったものが、なぜアルブムはそこら中の魔王輪を奪えるのか、が謎というところです」

「そう言われれば、突き止められていません。まだと言うより、考えていなかったかも」


そうだ。

よくよく考えてまとめてみれば、アルブムの能力は常軌を逸している。

ドラゴンだから強いとか魔王輪があるから段違いとか、そういう意味じゃなくて。

勇者輪と魔王輪は同じ次元のもの同士だけが喰い合うとか魔王輪は一人に一つとか、そういう『世界の法則』からの逸脱……

いわゆる、チート?

若年層向けライトノベル的な物言いをしてしまうと、そういう感じがする。


「では今回の展開を御破算とする前に、その辺りに探りを入れましょうか。相手の思惑すらわからないのにただ守ってばかりいてもどうしようもありませんし、物語でも得てして、面白い作品や魅力的な登場人物にはすべからく、明確な動機付けがあるものですからね」


動機ならもちろん僕にはある。

時間を繰り返し戻してでも、再び手にしたいものが。

でも、アルブムの動機か……

自分を守ることや相手を憎むことに気を取られすぎて、その発想に至れなかった。

やっぱり僕は、まず精神面が未熟なのかも。


「そこに気づくことができたのですから、今、ひとつ熟したと思えばいいのですよ」

「そう……ですね」


智鶴さんは色恋が絡まないから接しやすいのもいいけど、理知が色恋で狂わないのもいい。

さすが《叡智の鶴》の名は伊達じゃないな。

頼りにさせてもらおう。




週明け、また登校。

智鶴さんに言われた紙袋を、言われた通りに封を切らずに富田さんへ。


「真殿くんの知り合いの人が、私に? 何だろ、本っぽいけど……ぶっ!」


中身を確認したところで吹き出したぞ。

何か非合法なブツでも運ばされたのか!?


「これ、『紫煙の邂逅』だ……! しかも、店舗特典も付いてる」

「えー……?」


なんと。

富田さんが買えなかった本を、智鶴さんが持ってたってことか。

夏休み期間に新発売って言うから、その間に買ったと……

もしかして、ハズレって言ってたアレか。


「何か入ってる。メモ? 『私が一度読んでおりますので新品ではありませんが、よろしければお納めください。私には解釈違いでした』だって。いいの!?」

「いいんじゃないかな? お金の話は何も聞いてないよ」

「うっわ、とんでもないたなぼただわ……ありがてぇ、ありがてぇ……!」


たなぼた、つまり《棚から牡丹餅》。

富田さん本人は全然予想してなかったところ、智鶴さんの手持ちから、自分が欲しかった本がタダで出たわけだから。

正しくたなぼただろう。

思えば智鶴さんは楽しみにしてた本が期待外れで落ち込んでたことがあったけど、それが『紫煙の邂逅』のことだったんだな。


「知り合いの人にお礼言っておいて。真殿くんもありがとうね」

「うん、まあ僕は運んできただけだけどね」


誰かのハズレは、誰かの当たり。

そういうこともあるだろう。

つまり、無いもデカいもポジショントークなんだよ……




また翌週も智鶴さんのところにお邪魔することにした。

アルブムが来ていないか経過観察と、富田さんが言ってたお礼を伝える件とで。


「買い求めていざ読み終われば解釈違いと思っていた本が、因果なものですね。ただ棚の肥やしになるだけで終わるより、ずっとよいでしょう」

「お金はよかったんですか?」


同封されていたメモに希望額などは書かれていなかったのもあって、富田さんからはいくら出せばいいか聞かれたりお金を預かったりはしていない。

いいのかな。


「どうせ時間を戻すのでしたら、今の時点で金銭にこだわっても無駄ですし、次以降の時間は、あれを買わない分で別の御本を買えばよいだけですし」

「なるほど、ものは考えようですか。あの本を気に入ってくれるといいですね」

「いえ、どちらでもかまいませんよ。そのままお気に召されるのであればよし、私は期待外れと感じた御本ですから、むしろハズレと感じていただけた方が趣味が合って友人になれるかもしれませんので、またよし」

「はあ……なるほど……?」

「むしろ、よい友人ができるのであれば、その方が私にとっても《棚から牡丹餅》ですね」


叡智というか、機転が利く感じだな。

それもあって『なるほど』を言わされる、唸らされる場面が多いかも。

とにかく、お金はいらないらしい。

よかった。


「と、話を戻して……夏休みをかけてイル・ブラウヴァーグ攻略に失敗したアルブムが、そろそろ来る頃合のはずです」

「もういつ来てもおかしくないと。であれば、どのような形で来るか」


問題はそこにもある。

言祝座が落とされる時、まず僕のいないところで話が進むから、相手の手口がわからない。

結界を張るのを怠ってイル・ブラウヴァーグが落とされた時を思い出して、たぶん王政の中で重要な地位にいる人物を《凝視》で支配してくるかなという予測は立ててみた。


「ふむ、ふむ。確かに効果的な手段ですね。特に、侵略が予測できていない時点であれば魔王と言えども油断はしがちなもの、そこを裏切る形で実行犯を別に置くなら、しくじってもアルブム本人にまで危険は及ばず、次の手も打ちやすいですから」


この言祝座であれば、星十狼さんあたりがやられて獣王がそれに気づけなければ、同じような展開になっただろう。

ただし今はもう、僕が予測済でなおかつ魔王輪が智鶴さんの手中にあるから、そうは行かないけど。


「今回に関しては楽な方ですね。誰が来ようと殺してかまいませんから」

「それは、まあ、そうですけど」


殺すという言葉が出ると、やっぱり気分が滅入る。

支配を受けて向かってきたり、自分の意志でアルブムについたりして、敵に回った人を殺したことは何度もある。

でも、だからこそ殺すのは嫌だと、強く感じる。

感じる……うん?

強い魔力が来てるのを感じるぞ。


「御免、智鶴殿。在宅でありますかな」

「あれ?」


鳳椿さんだ。

来るとは聞いてなかったけど、どうしたんだろう?

それに、魔力の感じがちょっと違う……

違う、だって!?


「あら、鳳椿様。本日はどういった御用向き……」

「ダメです、智鶴さん! やられています!」


魔力の感じがダメだ。

アルブムの支配にやられている感じになっている。

つまり、ここに来ている今の鳳椿さんは、刺客。


「なんてこと……鳳椿様をも支配して、操るなんて!」

「ははは。智鶴殿、自分を操ろうとしたのは、智鶴殿も同じでありましょう」

「いえ、いえ、私は……私は、他者を支配するなど!」


痛いところを突かれた。

今回の時間では匿名希望として鳳椿さんに動いてもらっていた件を指摘されると、確かに他人を動かすという点では同じと言えるかもしれない。

でも、智鶴さんはアルブムとは違う。


「ですが、よいでしょう。今回は特別、慣らしも兼ねて私がお手合わせいたします」


智鶴さんが前に出た。

構えは……構えって言うほどか?

向きはまっすぐ、普通に立って、腕だけちょっと広げてるだけのような感じ。


「ほう。流れの原理、八の字の肩……珍しく、やる気でありますな」


でも、智鶴さんはたぶん、とても強い。

あのアルブムの触手も、買った本をかばいながら捌いていたほどだ。

その気になりさえすれば……




◎棚から牡丹餅

予想しなかったところから、思いがけない好運を得ること。

労せずしてよいものを得ることのたとえ。

たなぼた。


流れの原理、八の字の肩というのはアレです。

旧キットのザクの肩はハの字にカットしましょう。

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