187 老いては『子』に従え
正体を明かし、了大に協力を申し出た言祝座の勇者、智鶴!
今回はその人となりの片鱗がちょこちょこ出る回にしました。
実は今まで匿名希望で鳳椿さんを動かしていた智鶴さんが、勇者として自分で動いてくれるのなら。
それはかなり強力な味方になるんじゃないだろうか。
ということで場所を変えて、真魔王城にお招きした。
「でも、智鶴さんが言祝座の勇者って……皆、知ってたんですかね?」
「それなりに隠してはきましたからね。頭がおかしい戦狂いの父は知っていましたが、他の者はさてどうだか。獅恩も『何か違う』とまでは薄々気づいていながらも確信まではしていなかったようでした」
ん?
獣王……魔王なのに、勇者が誰だか知っていて見逃してたのか?
やっぱり、なんだかんだ言っても娘だからかな。
「あの父は頭がおかしいので、いつか私が成長して強くなれば一世一代の殺し合いができるなどと考えて、あえてそのまま生かしておいたという程度ですよ。親子の情などそれこそ薄紙程度もありはしません」
「うわぁ……」
本当に頭がおかしいジジイだった。
そんなにまで戦いが生きがいだなんて、僕には到底理解できないや。
「智鶴ではないかや。外に出るのも珍しいそなたが、ここまで来るとはなおさら珍しいのう」
「あら、あら、私はけっこうこまめに出かけますよ? 世の中にはまだ見ぬ御本がいっぱいですもの。仍美ちゃんは元気? いろんな御本を読んで勉強しないといけない年頃でしょう」
ここで傀那様が登場。
趣味がインドア派でもそういうものでしょう。
決めつけちゃ悪いですよ。
カエルレウムもレトロゲームのカセットを買いに外に出ることを思い出して……と、いけない。
話を本題に移さないと。
「先代の死に方の都合だそうですが、今はヴィランヴィーの魔王輪も勇者輪も、さらに別の次元……マクストリィの人間が持って生まれています。そのうちの魔王が僕で、勇者の方は近いうちにこちらに送り込まれてきます」
もうちょっとしたら夏休みだ。
そうなると寺林さん関連のイベントが始まるけど、問題はいつから仕掛けるかだな。
前回みたいに颯爽と登場して寺林さんのピンチを救う展開だと、変に懐かれて話がこじれる。
かと言って殺してしまうというのも寝覚めが悪い。
それに、あまりイベントを早く終わらせすぎると、アルブムが異変を察知して乗り出してくる。
落としどころはやっぱり……しばらく泳がせて苦労をさせて、それなりに悪い印象を持たせてから仕掛けるのが一番無難かな。
前回の時間で智鶴さんと会う前にどんなイベントが起きてたかをかいつまんで説明する。
斯々然々。
「確かに、夢見がちなお子様につきまとわれても邪魔ですね」
「はっきり言うとそうなります。でも、はっきり言いますね」
「事実でしょう?」
で、言い伝えの話もここでしておく。
勇者輪と魔王輪は互いに引き合うけど、同じ次元のもの同士でないとダメっぽい。
僕は寺林さんのしか、フリューはミリオーネンのしか、という感じで。
「それで父の魔王輪を私に引き寄せられるなら、戦わなくて済んでいいですね」
「やっぱり戦いは好まない人なんですね。智鶴さんのことは、獅恩もそう言ってました」
「それもありますが、戦いになれば勝敗以前に、あの父を楽しませることにもなります。それは癪ですもの」
その他もあれこれ情報を共有して、時間を戻すまでに何を調べるかを確認した。
しかし、また捨て周回か……
いつだったか、アイアンドレッドに『僕がこの後もどれだけ周回することになるか』を吐かせようとしても、口を割らなかったことを思い出した。
絶対に変えてみせる。
今回はダメでも、次こそ……!
そんな感じで夏休みを待ちつつ暮らしていたら、マクストリィで智鶴さんに会った。
しかも、愛魚ちゃんと一緒の時に。
「え、何? この人」
「前にも言ったでしょ。智鶴さんはあくまでも協力関係で、そういう人じゃないから」
「はい、智鶴です」
夏休みの宿題の読書感想文は何にしようねって話で本屋に寄ったらエンカウント。
さすが読書大好き智鶴さんだ。
僕はそんなに『読書が好き』というほどじゃなくて『必要に迫られて読む』程度なんだよね。
ただ、この読書感想文の宿題に関しては、適当に過ごしてた時は面倒くさがって毎回同じ感想文を提出してたけど、ここ数周は何の本にするか毎回変えるようにしてみている。
学校から特に課題図書の指定はないし、そうでもしないと毎回同じ時間で飽きるし。
「ええ、ええ。そうですよ。私は単なる仕事相手のようなものと思ってください。了大様には私などよりもっと相応しいお相手がいらっしゃるって、ちゃんとわかってます。私は、それを見ていたいんですよ」
「智鶴さん……! いい人!」
僕と愛魚ちゃんの仲を邪魔しないとわかると、なんというか愛魚ちゃんはちょろいな。
智鶴さんを疑うのはあっさりやめちゃった。
「そうだ。智鶴さん、何かよさそうな本のおすすめってありません? 学校の宿題で、感想文を出さないといけなくて」
「ふむ、ふむ……いえ、特には。というより私、恋愛物語以外はほとんど読みませんから。それで感想文を出されましても、学校の方がお困りになるかと思いますよ?」
あれ、ちょっと意外。
智鶴さんってそういうキャラなのか?
「恋愛ものですか。それでそのヒロインに感情移入したり?」
「いえ! いえ! 違います! 私は見ていたいだけなんです! 外から!」
そして妙に激しく否定してくる。
やっぱり……なんだか変わった人だな。
結局、愛魚ちゃんに適当に表紙で選んでもらって、僕も同じのを読むことにした。
夏休みに突入。
寺林さんにはすぐには手出ししないけど、幻望さんに言ってチョウゲンボウの監視はつけてある。
足取りはちゃんとつかんで……
そう言えば、どこのタイミングで《虫たち》と接触するんだ?
あれもあれで好きにさせておくと厄介なんだけど。
「幻望さん。変なのが勇者に接触して協力を申し出たりなんかしたら、消して」
「かしこまりましたわ」
タイミングだけ報告させておけばいいか。
どっちみちこの段階で寺林さんに協力する虫は操り人形でしかない。
本当に面倒なのは寄生虫の《撚翅》だから。
で、寺林さんの勇者生活・八日目。
「きちんと化けられない半端者の蜂が、勇者に何か囁いていたようでした。ご命令通り、消しておきましたわ」
「ありがとう。お疲れ様」
八日目とはずいぶん早いな。
でもまあ、タイミングがわかったのは収穫だ。
他は特にないか……
これまでの周回で体験したり自白させたりした情報でも、それくらいだったな。
よし、智鶴さんを呼んでおこう。
都合を合わせて、実演。
「僕の元へ来い、太陽!……というわけで、月……魔王輪と、太陽……勇者輪は食い合いますので、智鶴さんなら引き込めるはずです」
「成程、成程」
やっぱり、それなりの日数を泳がせておけば、変に僕に懐くようなことはなかった。
怪しまれながらも家に帰してあげて寺林さん自体は終了。
勇者輪も僕のものになってる。
「早めに片付いてよかったです。明日は、欲しい本の発売日なので」
よく日付を見てみたら、前回の時間で智鶴さんに会った日の前日だった。
なんでも、電車に乗っていたのはその本を買いに行って、その帰りだったからなんだそうだ。
「本を買ったまではよかったのですが、あの下種のせいでダメにされて、読めませんでしたから。今回はちゃんと読みたいんです」
「それはまた、なんとも」
そう言われてみると前回の智鶴さんは何か紙袋を大事そうに抱えていた。
あれはそういうことだったのか。
じゃあ、その本を読んでから時間を戻すのがいいだろう。
僕も読書の時間を増やすか。
城の《書庫》のまだ読んでない本とか、今回の読書感想文の本とか。
ということで翌日はお休みにして、そのまた翌日。
いよいよ獣王、獅霊が持つ魔王輪を智鶴さんに引き寄せてもらうことにはしたものの。
「はああ……あーあ……」
智鶴さんのテンションがやけに低い。
何があった?
「やっぱり気が進みませんか? 実の父親が相手では……」
「そんなことはどうでもいいんです」
「どうでも」
そんなこと呼ばわりか。
じゃあ、何が原因だ?
「昨日の本でしたが……ハズレでした……解釈違いッ……!」
「それで!?」
楽しみにしてた本が期待外れだったせいか。
それでそこまで落ち込むとは、よっぽどだな。
本好きもそこまで行くと考え物かも。
「とはいえ、本に罪はありません。さっさとあの老骨に引導を渡しましょうか」
「わあ、無情」
本当に親子関係に愛情がないんだな。
でもそれは当人同士の話だから、僕がとやかく言っても仕方ない。
「道中に邪魔が入りそうですね」
「いえ、本気を出せばあの老骨の寝床まで直通ですよ。《門》!」
もう父と呼ぶことすらなくなったぞ。
でも変に躊躇されたり拒否されたりするよりはいいか。
「な! 其の方ら……!」
驚いてるな。
でもここで手下を呼ばれると面倒だ。
ここは《書庫》で読んだ中から使えそうな、あれで!
「決着を迎えずして、何人もこれに入ること、これより出ること、能わざるなり! 《雷の円天井》!」
トニトルスさんお得意のサンダードーム。
以前使った《西風十字》と同じ感じで天の属性の割合が多く求められる呪文だから、僕ではトニトルスさんほど広範囲に展開できず、また、長時間の維持もできない。
でも、一部屋分くらいを短時間だけなら。
智鶴さんが事を済ませるまで邪魔されないで済めばいい。
お願いします。
「父上。貴方が欲を捨てぬせいで、無駄な血が流れました。貴方が力を求めるせいで、死なずにすんだはずの人たちが死にました。その報いは受けるべきです」
「ぬかせ、智鶴! 浮いた話のひとつもないと思えば、ヴィランヴィーの小僧にたぶらかされよったか! それで儂を亡き者にしようなどと、百年早いわ!」
このジジイは病気で臥せっていてもすぐそばに刀を用意しているほどだ。
それを抜いて、智鶴さんに向けて構えた。
魔力の方もいっぱいまで回してるのか、とても強く、ひしひしと感じる。
病気の老人とは思えない。
「むしろ遅かったとさえ感じていますよ。《老いては子に従え》と言うでしょう。早々に獅恩あたりに後を継がせて隠居していれば、あとは好きにしていただいて構いませんでしたのに」
「まァだ言うか!」
智鶴さんが勇者輪の魔力を回すと、その大きさと強さにジジイの口角が吊り上がる。
楽しい殺し合いが始まると思っているんだろう。
いちいち付き合っていられるか。
「私の許へおいでなさい、言祝座の月」
「ぬう!? 力が……抜ける……?」
やっぱり同じ次元のもの同士の間では食い合って引き寄せられる。
外の景色は見てないけど、たぶん日食か月食が起きてるだろうな。
「馬鹿な、何が、起き……げふっ、がふっ!」
「勇者として、貴方の魔王輪を頂載しました。最早貴方は獣王ではありません。抜け殻の老骨ですよ」
「ふ、ふざけるな……儂と其の方の、魔王と勇者の、決着がこのような、ハァ、こと、で」
見るからに呼吸も荒くなってる。
これはもう、余命すら怪しいかもしれないな。
「さ、参りましょう。本当の敵は他におります。このような搾りカスに、もう用はありません」
「うっわ」
撤退。
智鶴さんって、変わった人なのはまあいいけど、実はけっこう毒舌?
端々で言い方がキツい気がする。
その後はついでに他の次元の様子も軽く探ってみた。
イル・ブラウヴァーグとファーシェガッハは、やっぱり結界が張られていて入れないようになっていた。
「ちょっとくらい、フリューにも会いたい気はしてたけどな」
まあ、仕方ない。
それでファーシェガッハが攻め落とされたり魔王輪が奪われたりしたら台無しだからね。
あとはそうだな……?
おっと、いけない!
「智鶴さん。実はですね、智鶴さんの方から時間を戻すというのは、できそうです?」
これは確認しておかないと。
僕の方がうまくいってても、智鶴さんの都合で戻されたらそれもそれで台無しだ。
「いえ、私の方からの発動は無理なようです。軽く見た感じでの推測ですが、発動には強い意志、そのための強い動機付けが必要なのでは? 私にそういうものはありませんので」
「なるほど、それで」
智鶴さんから時間は戻せないそうだ。
やっぱり、時間を戻す鍵は僕の中にある。
僕の中だけにしか残っていない、あの頃の思い出が……
あの時のベルリネッタさんが。
◎老いては子に従え
年老いた後は、何事も子供にまかせ、その方針に従うがよい。
中国の「礼記」や仏典に由来する三従の教え「若い時は親に従い、盛りにしては夫に従い、老いては子に従う」が元。
日本でも古くから女子教育の規範とされてきたものが変化して、最後の部分だけが性別を問わず使われるようになり、現在に至る。
実は前回でこの作品が文字数100万文字を突破しました。
そうそう目立って流行しているわけではない作品ですが、今後ともよろしくお願いいたします。