186 『白羽』の矢が立つ
獅恩が切腹になってどんどん男子が減った言祝座の獣王城が、さらにとんでもないことをしでかします。
力で勝つだけでは済ませられない了大も大弱り。
獅恩が切腹させられた。
もちろん、原因は僕に勝てなかった獅恩にもある。
でも僕だって死にたくなかったんだし、負け続きだからと言って腹を切らせたのはどうせあの父親……国家老の星十狼さんなら、そこまではさせないと信じれば……あのジジイだろうし。
「どうかしましたかな。自分の命を狙う者が減ったのであれば、何も困らぬのでは?」
「そう単純に割り切れればいいんですけどね」
トニトルスさんにまでは話が行ってないんだろうな。
獅恩は匿名希望のテコ入れで、殺さないようにと言われてきていた。
それにそろそろ、僕も当事者としてなかなか悪くない奴だと思い始めていたところだった。
なのに切腹で死にました、もういません、では都合が悪いし、寝覚めも悪い。
嫌な展開だ。
「せめてこちらで死んでくれれば、前回のように《大群》の仲間に入れて拾い上げることもできましたものを」
「そういう問題でもありませんよ」
ベルリネッタさんはわかってないな。
獣王になるかどうかはともかく、あいつには生きて成し遂げてもらわないといけないことがあったはずだって話だよ。
こうなるとなおさら、智鶴さんに会えない件と匿名希望の人の正体がわからない件が難点になる。
困った。
「ねえ鳳椿さん、やっぱり智鶴さんはどうしても、僕には会ってくれないんでしょうかね」
「ん、む……こう事情が変わると、また別でありますな。もう一度頼んでみるであります」
「お願いします」
せめて何か、使えそうな案か情報をくれたらいいけど。
あとは……
「お待たせしましたぁ! お食事の用意、できましたよぉ!」
「待ってました!」
……そう、食事。
もうお腹がペコペコだよ。
後はとりあえず、食べてから考えよう。
ああ、今日も美味しかった。
ごちそうさまでした。
やっぱり魔破さんはずっとこっちにいてほしいな。
「ところで了大様、明日は蕎麦でもたぐりに行くであります」
「蕎麦……あ、悠飛さんですね」
「いかにも、悠飛の店であります」
あの天ぷらそばも美味しかったんだよね。
確かにまた食べたい。
「むぅ、鳳椿サマ? 魔王サマには毎日でもあたしの料理をお召し上がりいただくんですからねぇ?」
「それならば魔破も来るでありますよ。他の職人の味を経験しておくのも修行であります」
「なるほどぉ、それならいいですねぇ。ご一緒しますぅ♪」
外食で済まされると自分の出番が減るからと不満を述べた魔破さんは、逆に修行の名目で連れて行くことで決着。
僕、鳳椿さん、魔破さんの三人で、悠飛さんの店へ行くことになった。
近くまで《門》を出して、少し歩いてお店へ……
「な! これは……!?」
……お店がない。
火事でもあったみたいで、焼けた後の真っ黒な柱や板が少し残っているだけだった。
後片付けすら終わってないということは、つい最近のことか?
振り返ると僕たちの後からここに食べに来た人も、知らなかったようで驚いている。
「あっしは、昨日は遠出の仕事で来やせんでしたが、一昨日も食いに来て、そん時ゃあ普通だったんですぜ。それがこんな……」
一昨日も来てるような地元の人も知らなかったなんて。
どうなってる。
「……鳳椿の旦那か。噂を聞いて、来てくれたんですかい」
「噂? いや、自分らは何も」
半ば呆然としていたら、当の悠飛さんが現れた。
見たところ怪我なんかはしてないようだけど、あちこち汚れてるし表情は暗いし目の下はクマができてるし。
ひどいもんだな。
「ヴィランヴィーの魔王が攻めてきて、うちの店を焼いたんでさあ」
「は!?」
バカな、何の話だ。
僕はそんな命令は誰にも出してないし、自分でだってこんなことはしない!
それに、土地勘だってなくてここに一人では来られないんだぞ。
何かの間違いだ。
「事が起きたのは俺等がいねえ頃合いだったから、俺等はこの通り怪我はねえんです……でも、お満が」
「お満と言うと、女房でありますな」
「ここの焼け跡から、真っ黒焦げで見つかって」
「なっ……」
別の時間で一度だけここに来た時に、見かけたことがある。
夫婦で仲良く店を切り盛りしていたあの奥さんだ。
それが、そんな死に方を。
「ただ焼けただけじゃねえ、斬られた痕もあった……畜生、うちはそんな火付け盗賊なんぞに入られるほど、金なんかねえってんだ!」
「待つであります。悠飛、自分がいない間にヴィランヴィーの魔王が攻めてきたという話、なぜヴィランヴィーの魔王の仕業とわかるのでありますかな」
そう言えば変だ。
犯人は殺人も放火もやるような人物なのに悠飛さんは無傷だったというのは、タイミングが完全にずれていて、実際に犯人とは会っていないんだろう。
なのにどうして『どこの奴にやられた』なんてことがわかる?
「その賊を追って来たからとあの糞親父の手勢が来て、そいつらが、下手人はヴィランヴィーの魔王の手下だと」
「ふむ?」
悠飛さんも獣王の子息だから、つまり糞親父というのはあのジジイ。
しかも来るタイミングがやけに、都合のいい時では?
んん?
「了大様、これはどうも自分ら、はめられておるようでありますな。悠飛ごと」
「ですよねぇ。一昨日なんてあたしたちも誰も、ここになんて来てませんもん」
「……やられた」
つまり、自作自演。
悠飛さんの店に火を放ったのも、お満さんを殺したのも、むしろその父親の手勢が怪しい。
それを僕らがやったということにして、僕らの立場を悪くしたり悠飛さんを追い込んだりしているんだ。
でも僕らの方はともかく、なんで悠飛さんを?
「俺等はあの糞親父に会ってきて、そこで言われたんでさあ。ヴィランヴィーの魔王をぶち殺してお満の仇を取れれば、次の獣王にしてやるって」
「そんな話に乗ったのでありますか」
「乗るしかねえんですよ。店はこの通り焼けちまって、お満も……せめて仇は取らなきゃ、腹の虫がおさまりゃしねえでしょうが。聞きゃあ、ヴィランヴィー攻めをしくじって他の兄弟がバタバタ死んだって話で、それで俺等に《白羽の矢》が立った、って寸法でさあ」
これまでのことで跡目候補を殺しすぎたせいか。
だからって、やる気のない悠飛さんをその気にさせるために、悠飛さんが城に戻らざるを得ないようにするために、店を焼いてお満さんを殺したと……?
やる事がせこいにも程があるだろう、あのジジイは!
「獣王なんて誰がなろうがどうでもいい。でも、お満を殺した奴だけは許さねえ!」
え、やけに睨まれてない?
信じてもらえないとしても僕は無実だし、それ以前の問題として、この時間じゃまだ悠飛さんに顔は知られてないはずだし。
そんなに睨まれるって変では?
「人相書きの通りだぜ。変な服のチビ助」
似顔絵が出回ってたのか。
そんなものまで用意されて焚き付けられたんじゃ、もうどうしようもないな。
「てめえはぶち殺す! ぶち殺して、その首をお満の墓前に供えてやらあな!」
周囲の空気がざわつく。
何かの鳥が空を埋め尽くして、グゥグゥ、またはガァガァといった声がそこら中から響いてくる。
「そして、首から下はこいつらの餌だ! この《伽藍鳥郎党/Pelican Followers》が残さず食うぜ!」
あの鳥は全部、ペリカンか!
エグい数がいる。
面倒なことになってきた。
「待つであります。こちらの了大様はそのような狼藉は働いておらんであります! この鳳椿が請け負うものでありますから」
「……と言って、旦那も一味じゃねえって証拠もねえんですぜ」
悠飛さんは、鳳椿さんの説得にも折れない。
無理もない。
愛する奥さんが死んだんだ。
その絶望感は察するに余りある。
「証拠、証拠って言うならぁ、あたしたちがやったって証拠はどこですかぁ? ヴィランヴィーの仕業っていうのはぁ、あくまでも城の人が言ってただけなんですよねぇ?」
「んなもん、どうだっていいんだよ。お満が死んだ以上な」
もちろん魔破さんが何を言っても無駄。
これはもう、ダメだな。
この状況からは、言祝座はもう取り返しがつかない。
いっそ時間を戻してしまわないと無理だ。
でも、だからってまた戻すのか?
どうする……!
「ガアァ!」
手をこまねいていたら、斜め後ろの方角の空で一際大きい鳴き声が上がった。
振り返ってみると、ペリカンが何羽か落ちるところが見えた。
何が起きてる?
すると次は、突風と……何かが落ちてきて、土煙を上げて滑ってる!?
「ろくでもない事になっていますね。本当に、本当にあの父は!」
土煙が収まって、姿が見えた。
猛スピードで飛んできて急減速して止まったのは、智鶴さん!
「ちづ姉!? ちづ姉まで何だよ、皆してそのチビ助の肩を持つのかよ!」
「はめられている事にくらい気づきなさい、お馬鹿!」
「うっ!?」
あ、智鶴さんに言われたら勢いが止まった。
やっぱり言葉っていうのは『誰に言われたか』も比重が大きいな。
「確かに、お満さんが殺されたなんて信じたくはない話で、実際、到底許せないわよ。でもね、ここで了大様を殺したところで本当に喜ぶのは誰だと思うの。貴方自身でもない、ましてやお満さんでもない、あの欲ボケの父だけでしょうが」
「…………」
さすがに頭が冷えたのか、さっきまでの勢いがなくなってる。
それから少しして、悠飛さんが黙って片手を上げると、ペリカンたちが全部引き揚げた。
「じゃあよう……じゃあ、俺等はどうすりゃいいんだよう……お満ぅ……」
「大丈夫、今は悲しくても、こちらの了大様なら助けてくださるわ」
え、僕?
いくら何でも。
「戻せばよろしいじゃありませんか。私もご一緒しますよ」
「一緒って、いや、ちょっと待って」
智鶴さんに、時間を戻せる話が知られちゃってる?
そんな、いつの間に。
「前回の事、あまり覚えていらっしゃらない? 身を挺して私を庇ってくださった時、大丈夫だと仰ったじゃありませんか」
「ごめんなさい、あんまり」
前回の終わり際って、実はほとんど覚えてないんだ。
アルブムの《息吹》にやられて、あちこち痛かったから。
それで変なことを口走ったり、時間を戻せる話までしちゃったりしたみたいだな。
でも、それだとまさか……?
智鶴さんの魔力がどういう属性なのか見てみよう。
魔王様の目なら透視力!
「何だ、これ!?」
光の属性と闇の属性が入り混じってる!?
しかもどっちもかなり強い。
なるほど、これだけ闇の魔力が強いなら、周回する呪文を書き写しても残るだろう。
「え、ってことは、さっきの『ご一緒しますよ』って、まさか」
「ええ。私、例の物の写しを頂戴しておりますから」
ここにいる智鶴さんは、既に周回の呪文を書き写した後。
前回の記憶を持っているのも、それなら納得がいく。
「今回の件は、私の失敗でもあります。矢面に立とうとせず、陰から他人を動かして済ませようなどとした私にも、責任の一端はあります」
「もう明かしてもよさそうでありますな。了大様、自分を寄越した匿名希望のお方というのは、智鶴殿でありますよ」
「それでか!」
うわぁ、なんかいろいろつながっちゃった。
前回の時間の終わりに智鶴さんが呪文を書き写して、前回の記憶を持ち越したから僕のことも知ってて、だから鳳椿さんを来させてテコ入れしてたと。
「集めておきたい情報がいくらかございます。戻すのはそれからといたしたく思いますが、いかがでしょう」
「それは、もう……せっかくですから、僕もそうします。でも」
それはいいけど、気になることはある。
鳳椿さんを来させる一方で、僕に会いたくないと言ったり、そもそも跡目争いから早々に手を引いたり。
さっき感知してみた魔力からして、智鶴さんは本気を出せばかなり強いはず。
なんなら獅恩より強そうというくらいだ。
なのにどうして、目立たないように目立たないようにと動くのか。
それは本当に、争いを好まない性格だからというだけなのか?
「智鶴さん、本当の理由を教えてくれませんか。今まで自分で動こうとしなかった、本当の理由」
「……それは、生まれた時から私に《白羽の矢》が立っていたせいです」
智鶴さんが光の魔力を回す。
とても強い光……それもそのはず!
これは!
「獣王の娘でありながら、この力を持って、言祝座の勇者に生まれてしまったからですよ」
勇者輪の力!
よりによって獣王の、いわゆる魔王の娘が、勇者だなんて。
そんなことってあるのか。
ん、でも、待てよ?
「それなら、智鶴さん。時間を戻す前に、僕と来てほしいところがあります」
「まあ」
「ヴィランヴィーで魔王と勇者が出会った時にどうなるか、それを見てもらった方がいいと思います」
勇者である智鶴さんが、僕の周回に付き合ってくれるなら。
例の言い伝えはぜひ知っておいてもらった方がいい。
そうすれば一気に跡目争いは解決じゃないか?
◎白羽の矢が立つ
白い矢羽を持つ矢のこと。
日本古来の風習あるいは伝承によれば、生贄を求める神は求める対象とする少女の家の屋根に、白羽の矢を目印として立てたという。
このことから転じて「多くのものの中から犠牲者として選び出される」という意味として使われる。
読者視点だけでなく了大視点でも匿名希望の人の正体がわかったり、匿名希望の人の正体である智鶴が言祝座の勇者輪を持って生まれていたりと、次回以降のためのフックになりそうなものをちらほら用意しておきました。
また時間戻し確定の展開ではありますが、なるべく飽きが来ないようにともう少し、智鶴にはまだ出していないネタを仕込んであります。