185 年寄りっ子は三文『安』
あんまり何でもかんでも自分だけで済ませちゃおうとするのは、私生活でも物語の運びでもよくないですね。
頼れるものは頼る、使えるものは使う、大事です。
そして、使わせてもらえるように日頃から根回ししておくのも。
出向で来ている上女中、元々こちらにいるメイド、いずれにしても女性は生け捕りにされた時が大変だから、ここは男子である自分の頑張りどころ……
あの軍団が現れるまでは、そう思ってた。
「崩れ始めてしまえばあっけないものですね。あの程度でも、向こうでは一人前として勤まるものなのでしょうか」
彼岸よりの大群、ホードフロムビヨンド。
ベルリネッタさんの命令に背くこともなければ、連戦に疲れることもなく、ましてや敵の攻撃で死ぬことすらない。
既に、死んでいるからだ。
多少の怪我は……いや、あれは『怪我』というより『損壊』で、その深さも『多少』では済まないけど……とにかく、多少のことでは歩みを止めない。
もちろん、言祝座の精鋭相手には個々の質では劣る。
しかしそれを補って余りあるほどの数。
敵に対してざっと倍ほどの数で襲いかかり、しかも敵をただ殺すだけでなく、死を通じて味方に引き入れてしまう。
さっきまで仲間として隣で戦っていた者が、倒れた後すぐに、正面に……つまり、敵に回る。
その恐怖は筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。
僕としては何度も周回してきた知識で言えば、勇者輪や勇者の剣を手に入れた後で、月が出ている時に《聖奥義・神月》で対処すれぱ勝てるとは思う。
でも、それらの条件が揃わないうちはあの軍団を敵に回したくはない。
そう思わせるだけの、奇怪な強さ、不気味さがあった。
「ひっ……退け、退けーっ!」
さすがに命が惜しいか。
半分近くがやられたところで、敵は撤退を始めた。
そう言えば、あのシュヴァルベさんに付き合って調べ物をしていたついでに見かけた話だと、現代でも『三割やられれば全滅、五割なら壊滅』って言ってたな。
「追撃はいかがなさいます? 魔王様のお命を狙う不届き者など、五割などと言わず十割殺してご覧に入れることも可能ですよ」
五割なら壊滅、十割なら殲滅。
恐ろしいことだ。
そして、ベルリネッタさんはそれを可能にするだけの力を示した。
死者たちにほんの少し命じただけで、自身は城内から一歩たりとも出ることなく。
さすが《不死なる者の主》。
「いえ、今回だけは勘弁してやりましょう。次は殲滅でかまいません」
「かしこまりました。次があるとすれば、もっと手早く済ませられますよ。こちらの手勢は増えましたので」
そう、増えた。
死という不可逆の変化によってベルリネッタさんの配下に加わったことは、今回だけの使い捨てじゃない。
次も、そのまた次も、一言あれば戦いに赴く。
文字通り『死んでも戦う』軍団なのだから。
「そうそう、見どころのありそうな者がおりましたよ」
「……オレっちは……」
オレっち、という変わった一人称の少年は、縞模様のある獣耳を生やしていた。
両腕も猫っぽい感じの造形に、縞模様と鋭い爪。
以前に獅恩が《形態収斂》を半分解除した時も、そんな感じの両腕になってたな。
「こ……っ、虎曜様っ! ということはっ……」
面識があるらしい首里さんがものすごくびっくりしてる。
虎曜って確か四男あたりだっけ?
この子も結局は獣王の跡目候補になり得る人物だったか。
ということはこの獣要素は、虎のものだな。
「どこのどなたの御曹司であろうと、この際関係はありません。全ては、この真魔王城を攻めようなどと考えて向かってきたからこそですよ。わたくしを敵に回しておきながら、生きて明日の朝日を拝めるとか、ましてや楽に死ねるとか、そんなとち狂った勘違いをしていたのが悪いのです。異論は?」
「いっ、いいえ……っ」
「よろしい」
おびただしい闇の魔力で威圧するベルリネッタさんに、首里さんはぐうの音も出ない。
僕にも異論はないからいいや。
一紗の奴は逃げおおせたのか、それとも最初からいなかったのか、とにかくこの軍団には加わってなかったけど、これで四男も言祝座から見れば討ち死に。
長男はもやし、次男と四男と六男が討ち死にで、あとの五男以下は跡目たりえない。
となるともう三男……獅恩が頼りなんじゃないか。
ボロボロだな、獣王城。
戦闘員の数そのものも、今回のことでこっちに傾いちゃったことを考えると……
「……これ、ダメでは?」
……一紗だろうと獅恩だろうと、跡目が決まったところでアルブムに対処のしようがない気がする。
またアルブムにまんまと魔王輪を奪われて、パワーアップされて以後は同じ展開になりそうだ。
ううっ、気が滅入る。
一晩休んで翌日。
獅恩は一昨日、一紗の軍勢は昨日、それぞれ追い返したばかりだから、さすがにゆっくりしたい。
ラウンジでだらだらして昼食の支度を待つ。
「はろー☆ 今北産業!」
「開口一番からネットスラングはどうかと思う」
ここでルブルムが遅れて来た。
とはいえ既にあれこれ終わって話が進んでいるから、それこそ今来たルブルムには三行で説明するくらいしかないか。
「三男にはまた勝って追い返した。長男が大軍で攻めてきた。そっちはベルリネッタさんが返り討ちに」
「オッケー、把握」
ルブルムに、他に聞いたり、頼んだりすることか……
一応、あの人のことは聞いておくか。
「そういえば、トニトルスさんには最近会ってる?」
「ん-、直接会ってはいないけど、言祝座に行くって言ってたよ」
「なんで!?」
トニトルスさんはどうしてるだろうと思ったら、言祝座に何の用だろう!?
まさか、あの獣王に味方して僕を殺すつもりか?
「御家老様と友達なんだって、だから個人的に会うって言ってたよ」
「えぇ……?」
家老と言えば、星十狼さん。
あのおじいちゃんに顔が利くのか。
古株のドラゴンというのは、長生きする分だけ交友関係もあちこちにできるんだろうな。
「我がどうかしたか」
「と……っ!」
そんな話をしてたら本人登場。
なんだか久しぶりに会う気がする、トニトルスさんだ。
「見たところ、まだ年少のようだが……お主が当代の魔王で間違いないか」
「ええ、そうです。僕が魔王、真殿了大ですよ」
やっぱり周回のたびにリセットされてる状態で、僕のことは何も知らないところだ。
魔王輪の魔力を回して、存在感を示しながら自己紹介。
ナメられたら終わり。
「ふむ。本当に魔王で……随分と、やってくれましたなあ?」
「何の事です」
「よもや、とぼけるおつもりですかな? 言祝座の跡目について余所者でありながら口出ししたばかりか、次男や六男を直々に手にかけたと、星十狼から聞いておりますぞ?」
星十狼さんを呼び捨て。
それ自体は僕がとやかく言う話じゃなくて当人同士の問題だからいいけど、跡目の件は僕だって遊びで介入したわけじゃないんだ。
言われっぱなしで終われるか。
「僕は死にたくないだけですよ。それにそう言うあなたも、言祝座からしたら余所者なのはお互い様でしょう」
「確かに。我とて、友と認めるのは星十狼一人だけですからな。後の者共についてはさして親しいわけでもないどころか、顔も名も知らぬ者ばかり」
最初の時間で僕にいろいろ良くしてくれたあのトニトルスさんならともかく、この状況、この段階のトニトルスさんに、僕に対してとやかく言う筋合いはどこにある?
それを聞かせてもらおうじゃないか。
「しかし、その星十狼が困り果てておるからこうして、足を運んだ次第。この事態、如何にして収拾をつけようと仰るか。是非ともお聞かせ願おう」
どうもこうも……
正直、言祝座についてはこんなに長引くなんて思ってなかったからな。
「お言葉ですが、それにつきましては私が」
「傀那さん! ありがたいです。お願いできますか」
いいところに来てくれた。
獣王の長女である傀那さんなら、特にこの話題についての発言力なら僕より上だ。
投げちゃおう。
「ほう。女に面倒を押しつけて、逃げるおつもりですかな? 大した魔王ですなあ?」
「違います。私は獣王の長女であり、言祝座の者で、星十狼にとって余所者ではありません。ですから、私が当事者として申し上げるのです」
「ふむ」
やっぱり僕に対して懐疑的なトニトルスさん。
僕の言葉より、傀那さんの言葉の方が効きそうだ。
言葉は往々にして『何を言われたか』よりも『誰に言われたか』で効き目が変わると……
そう僕に教えてくれたのは、実は最初の時間でのトニトルスさんだったのにな。
「此度の件は、父の片意地や偏狭といったものに落ち度があります。了大様はただ、それをたしなめようとしてくださったまでのこと。なのに首級を狙われこちらへまで攻め入られたのではまるきり逆恨み、了大様こそいい面の皮というものです。それが証拠に、言祝座から誰がこちらへ攻め入ろうとも、了大様が言祝座へ攻め入ったことなど一度もございませんから」
「……むう」
「収拾をなどと、了大様にそのような責任も義務もございません。あの父が妄執を捨て引き際を知り、三男の獅恩あたりに魔王輪を継がせれば、それで終わる話でございますので」
「お主の言い分はわかった。どうも星十狼の話の方にも、贔屓目があるようだな。立場がある以上、致し方ないが」
そうだ。
あの場で一紗にも言ったけど、僕は『僕が望む者を跡目にしろ』なんて言ってない。
病気が治らずに死ぬかもしれないから『万一に備えて跡目はあらかじめ指名しろ』と言っただけだ。
なのにこの事態だぞ。
鳳椿さんが匿名希望の人に言われてなかったら、なんなら獅恩だってとっくに殺してる。
「結局、あのジジイ……あ、獣王の方ですよ。あのジジイは何がしたいのやら」
「それは我にもさっぱり。少し話した程度ですが、往生際が悪いとしか思えませんでしたのでな」
ひとまず、トニトルスさんがたちどころに敵に回ることはないかな。
安心したところで食事にしたいかも。
まだかな?
「御屋形様、敵襲にござりまする!」
「えー!」
候狼さんが来たからやっと昼食かと思ったのに、誰だよ!
食事の邪魔は重罪だぞ。
殺すぞ。
「さすがに規模は昨日には劣るものの、本陣のあたりは昨日とほぼ同様……一紗様にござりまするな」
「よし、殺す!」
今日はいつになく荒れてるって?
お腹がすいてるのに命を狙われてるんだぞ!
でも程々にしないとな。
黎さんにちょっと引かれた。
「ベルリネッタさん、あの大群をお願いします。陣形を包囲殲滅にする感じで、大将を逃がさないように」
「かしこまりました。しかし《門》などの呪文の妨害まではできませんが」
「では、それについては我が請け負おう。この我を、ただ口やかましいだけの年寄りと思われては困るのでな」
敵の軍団は、こっちの次元へ移動してくる段階で前回とは別の位置に出たようで、城から見て前回と違う方角から来てる。
……正直、こっちだとだいたい城内にばかりいるから、東西南北の感覚がない。
どっちが北なんだろうね。
まあとにかく、前回同様にベルリネッタさんが《彼岸よりの大群》で死者の軍団を出して、敵をどんどん殺していく。
前回でさえ楽勝だったのに、今回は数の差がさらに開いているから、もっと速いペースで死人が増える。
見ているだけで。
「よし、そろそろよかろう。少し気合を入れて……《半開》! 決着を迎えずして、何人もこれに入ること、これより出ること、能わざるなり! 《雷の円天井》!」
ずいぶん久しぶりに見た、トニトルスさんのサンダードーム。
この雷の結界で、相手は《門》で逃げることもできないわけだ。
「せめて大将は僕が直々に仕留めましょう。この僕を、手下に任せるだけのお飾りと思われるのも敵を殺す覚悟のない臆病者と思われるのも、困りますから」
「では、御手並拝見」
わざと、ついさっきのトニトルスさんと同じような言い方をして、意趣返し。
少しだけ結界に隙間を開けてもらって、中に入る。
かわいそうに、一紗の周囲にはもう、わずか数人の手勢しか残っていなかった。
「どいつもこいつも役立たずどもめ! 無様に敗れて死んだと思えば、死んだら死んだで敵の死人どもに混じって襲ってくるとは!」
そんな中にあって、一紗は臣下の者たちに当たり散らすばかり。
こいつは人としてダメだな。
残った手勢も蹴散らして、一人にする。
「到底無理だ。お前に魔王は務まらない」
「お、おまえ! おまえさえおとなしく死んでいれば! おまえのせいで散々だ! 父はおろか、お祖母さまにも顔向けできん!」
「お祖母さまって」
こんな時に言うことが、おばあちゃんだって。
ははあ、さては。
「お前、もしかしておばあちゃんっ子か。甘やかされて育ったから、そんな風に育ったんだな?」
「お祖母さまを悪く言うな! お祖母さまはわたしを、周りが敵だらけのわたしを、大切に育ててくださったんだぞ!」
「それで自分は周りの皆をバカにして敵にしてるんじゃ、世話がないだろ。お前みたいなのをな……」
もう察しがついたので仕留める。
やっぱり自分で直接戦うタイプじゃないから、獅恩どころか咆や哮より動きが悪い。
前回し蹴りで万全。
「……《年寄りっ子は三文安》って言うんだよ。お前みたいな安い奴は、魔王輪に見合わない」
「お……ば、あ……さま……」
まさか最期までおばあちゃんとはな。
本性が知れたらこんなもんか。
「さて、これで後は獅恩あたりが素直に魔王輪を継げればいいんだろうけど」
「獅恩? と言うと、あやつは……無理ですぞ」
無理って。
トニトルスさんは何か聞いて来てるのか。
「あやつは父より命じられ、腹を切らされましたのでな」
「はァ!?」
獅恩が、切腹!?
それって、まさか……僕に負け続けたせいか?
◎年寄りっ子は三文安
祖父母に甘やかされて育った子は、わがままで我慢がなく、自分のことが自分でできない。
だから普通の子より値打ちが低いという意味。
久々にトニトルスを登場させてみました。
あんまりほったらかしもアレですし、実は近々(2021年9月18日(土)ごろ発売)発想の元ネタであるところの1/10RCサンダードラゴンが復刻ですし。