184 『侮る』葛に倒さる
言祝座ルートもそろそろ大きめに動かしたいところということで、頭で練っていたあれこれのイベントを順次突っ込んでいきます。
純然たる敵役にもそこそこのバックボーンを即興で。
智鶴さんが、僕に会いたくないって……
そんな、何か嫌われるようなことでもしたんだろうか。
全然心当たりがない。
何しろ、今回の時間では一度も智鶴さんには関わったことがないんだから。
「ん、了大くん? 誰? ちづるさんって」
うっ……?
女性の名前が出たせいか、愛魚ちゃんの表情が厳しい。
でも違うんだ。
智鶴さんは本当になんにもない人なんだよ。
そんなに親しい相手でもないし、ましてや特にやましいこともないし。
あと、胸も。
「ふぅん。いくら了大くんでも、そうそう出会う女全員を口説いてるわけじゃないんだ」
「僕を何だと思ってるの!?」
なんてことを言い出すんだ。
むしろこっちがちょっとがっかりしたぞ……?
真魔王城に行く前に、りっきーさんのアカウント宛でルブルムに連絡。
ルブルムも好感度的なものが下がってたのをフォローしておきたくて、最近は次元を移動する前に必ず連絡するようにしている。
「はろー☆ りょーくん、今日も真魔王城?」
「うん。なんだか獅恩が来るペースが上がっててさ」
「じゃ、ワタシもそっち行こうっと」
会って話せばいいとなって、ネットでのやりとりは打ち合わせ程度で終わり。
さて、ラウンジを思い浮かべて《門》を繋げて、移動して……
「おっ、来たか! 待ちくたびれたぜ!」
「ぶぅーッッ!!」
……なんで獅恩が城内に居るんだよ!!
しかもなんでラウンジでお茶してくつろいでるんだよ!!
「出向中とはいえ言祝座の上女中である私たちとしては、やっぱり獅恩様を無碍には扱えないんですよっ。仕方ないじゃないですかっ」
「首里は気を利かせてくれただけだ。悪く言ってやんなよ」
獣王の三男、欧風とかファンタジー風とかで言えば第三王子。
しょうがないか。
特に暴れたり物を壊したりしたわけじゃないならいいや。
「てなわけで、早速おっぱじめようぜ」
だが、呑気な奴。
ここが言祝座じゃないこと、あくまでも敵地だということ、忘れたか!
「わかった!」
オーケーの返事を口にすると同時に魔力をいい感じに回して、前ステップで間合いを詰めて……
内回し蹴り!
「ぶえっ!」
「ふうー……」
インターネットって便利だよね。
大きい会館の、しかも全日本の大会で連覇したり世界大会で優勝したりしてるすごい人が、懇切丁寧に蹴り方をレクチャーする動画をアップロードしていて、しかもそれが通信料だけで観られるんだ。
思わずリピート再生して練習しちゃった。
「常在戦場。その精神を忘れたようでありますな?」
「そうですよっ。その状態からなら、私が首をはねちゃうこともできますからねっ」
「……ま、間違いねえ……今回は、おれが緩んでた……負けたぜ」
その結果がこれだ。
獅恩は身構える以前の問題で、隙だらけのところに僕の内回し蹴りを腹に受けてダウン。
床でのたうち回ってる。
これで五度目か。
「本当ならもう五回は死んでる。この意味、わかるよね?」
「……帰る」
今回は一撃で帰らせられた。
楽と言えば楽になったけど、来なくなればもっと楽なんだよな。
やれやれ。
獣王城。
今回は軽傷で済んだ獅恩だったが、次第に周囲の目が厳しくなっているのも確かだった。
特に『敵に繰り返し見逃されている』とあっては、武人としての面目は丸潰れと言っても差し支えないかもしれない。
「はっ、いいざまだ!」
そこを好機と嘲笑うところに、長男・一紗の性格がよく出ている。
周囲の者は皆、自分に従わないのであれば敵。
そのようにしか見られない思考が固まってしまっていた。
「一紗、おめえなあ」
「悪いか! だが父の正妻も愛妾も……つまり、貴様の母もだ! 寄ってたかってわたしを『所詮は女中の腹から出た子』と蔑み! そしてわたしばかりか母をも、一緒くたにして蔑んでいたではないか! そのせいだ! 母が、わたしの母が、心労で早死にしたのは! それを思えば!」
獅恩は何も言わない。
しかしそれはたとえ事実であったとしても、親の世代でのこと。
母親同士の確執について獅恩には責任のない話だ。
「結局、わたしを育ててくださったのはほぼほぼ、お祖母さまお一人だ。この城の者は皆……あの父でさえも、誰も彼もが母のことを忘れ、わずかばかりの俸禄を月々出しておけばよしとして片付けた。だが、わたしは生涯忘れんぞ」
一紗の瞳に、憎悪の炎が揺らめく。
この男は表向きは父に付き従い、その方針にも異を唱えることなどはないが、その実態はこれだ。
実父でさえも、忌々しく思っている。
「獅恩。貴様も、そしてあの了大とかいうガキも、所詮は甘ちゃんだ。一騎討ちなどにこだわって負ける貴様と、そのお前に付き合っては毎度毎度命までは取らずに貴様を見逃すガキ。仲良しごっこは楽しいか?」
「……おめえの泣き言を聞いてるよりは、楽しいよ」
「泣き言! ふっ、だが今は許してやろう。貴様の様子であのガキの弱点が、器が知れたのでね」
「器、だと?」
獅恩の眼光が変わる。
まともに戦ったわけでもない一紗が、了大の器が知れたと言う。
自分の命を懸けて戦ってきた獅恩からすれば、到底承服できない物言いだ。
「奴は貴様を見逃したと言うより、単に殺せんのだろう? 咆と哮の時は殺せたそうだが、おそらくはあれでかえって怖気づいたのだろうな? あの二人を殺した感触を思い出したくないから貴様を殺せんと、どうせそんなところだろう」
「言ってろ。あいつはそんなヤワなタマじゃねえよ」
無知と侮蔑からくる見当違い。
むしろ一紗こそ器が知れたと、獅恩は呆れて頭が冷えた。
「さて、そうとなればわたしは忙しくなる。もう貴様には当分会わんだろうから、せめて伝えておこう」
そんな獅恩を無視して、一紗は《門》を開けていずこかへ繋げた。
そして《門》に半身をくぐらせると。
「《侮る葛に倒さる》……子供と思って油断していると、時に命を落とすこともあるということだ。そう……咆と哮を産んだあの雌鶏も、貴様を産んだ正妻気取りのあの女も、あっけなかったな」
「おめえ……!? まさかッ!」
「ははは、さてなァ!」
自分の母と同じく既に故人となっている、他の兄弟の母親についての殺害をほのめかした。
はっきりとした言葉で白状したわけではないにしろ、当事者からすればそうとしか受け取れない物言いだ。
弾かれたように駆け出す獅恩だったが、一紗は素早く残りの半身も《門》にくぐらせ、閉じた。
そうなればもう跡も残らない、ただの空間だけだ。
「野郎、許せねえ!」
憤慨しても獅恩一人にはどうしようもない。
一紗の行き先も知らない、母たちの死も明確に一紗の仕業という証拠もない。
ましてや、いい知恵があるわけでもない。
手詰まりかと思ったその瞬間。
「見ていたわ。今の様子」
「智鶴……!? いつから!」
「最初からよ。本当、あれは他人に対する敬意というものが欠けた人ね」
そこに現れたのは智鶴。
了大が知恵を借りたいと言いつつ、しかし了大に会うことを拒んだ《叡智の鶴》の智鶴だ。
「貴方、了大様とは結構仲良くなってきたそうじゃない。それに貴方との戦いを通じて、了大様の方も日に日にお強くなられているそうで、何よりだわ」
「どうしてそれを」
携えた書物で口元を隠し、小声で獅恩に耳打ちする。
腹違いの姉弟であるからこそ両者に変な感情は起きないが、そうでなければ悩ましい囁きの声だ。
「今はまだ、まだ内緒。貴方には、了大様ともっと仲良くしてほしいから」
「仲良く、ねえ……できるか?」
「そんなの簡単よ。貴方があの父の言う事を聞くのをやめれば。魔王輪を諦めるか別のやり方で手に入れるかして、了大様の命を狙うのをやめれば、ね。それにはまず」
「一紗の奴が邪魔か」
「そういうこと」
了大の命を狙うのはやめる。
実のところ、獅恩の中でもそういう考えが浮かばないでもなかった。
しかしそれはつまり、獣王の座を、魔王輪を狙うのをやめることと同義であるがゆえに、選べない道でもあった。
その状況を打破する知恵が、この智鶴にあるのか……?
「まずは今一度、親父殿に会ってみるぜ。それからでもいいか」
「ええ、ええ、もちろんよ。私、無理強いは嫌いなの」
五度も負けた身の上で、獣王である父に何を言われるかはわからない。
しかし、向き合わずにはいられない話でもあった。
「……うん、いい感じね」
父の寝所へ向かった獅恩の背中を見送って、智鶴はひとりごちる。
思い描く方向に近い、思わしい傾向へと運んでいると見たためだ。
「鳳椿様にお願いした甲斐があったわ」
そう、智鶴なのだ。
初日から鳳椿を了大のもとへ寄越しては肩入れするように、獅恩についてはなるべく殺さないように、匿名希望で仕込んでいたのは……!
獅恩との五度目の立会を終えた翌日。
ゆっくり寝ていたところを、大慌ての黎さんに叩き起こされた。
まさか、昨日の今日でまた来たのか?
「違います! 今回は一紗様です! それも、大軍を引き連れて!」
「一紗ぁ……?」
と言うと、あのもやしネズミか。
いかにも自分で動くのは嫌そうなタイプだと思ったけど、結局来たということは、それだけ獣王の座が欲しいという意味だよね。
まあ、わからない話じゃない。
このところの獅恩相手に使う空手で、載せる魔力の量を増やしてみただけでも途端に差が広がったもんな。
肉体的にはそんなにでもないどころかむしろ恵まれてない方の、チビの僕でさえあれなんだ。
妖怪変化の類みたいな、元々の強さがある人物ならますます強くなれるから、そして獣王の後継者の地位も保証されるから。
だから魔王輪を求めるのは自明の理と言える。
どこもおかしくはない。
「愛魚ちゃんや皆のためならともかく、あんなもやしネズミのためなんかに死んでたまるか」
それにしても何百人いるんだろう。
こっちも同じように人数を集めるべきなんだろうけど、個々の質は有利でも頭数の方が不利だと、思わぬ不覚を取ってしまいそうだ。
しかもこっちの手勢はメイド、女性ばかりだ。
この状況で外に出したくはない。
「鳳椿さん!」
「ここに。準備万端でありますよ」
「なら、ここは男衆でがんばりましょう。なんとかなるでしょう」
女性だから弱いという意味じゃない。
女性はただ殺されるのでなく生け捕りにされると、その後は殺されるよりもつらい運命になるからだ。
そう思うと、頼れるのは男である鳳椿さんくらいか。
厳しいけどやってみせる。
「お言葉ですが魔王様。もう少々、わたくしを頼っていただいてもよろしいのでは?」
って、ここでよりによってベルリネッタさんだと。
どういうつもりだ?
まさか……?
「わたくしの能力であれば、疲れることも死ぬこともない不死の軍勢を向かわせることができます。あの程度の雑兵共であれば、どうということもございませんので」
……なんだ、そういう意味か。
ひょっとして『わたくしはどこまでも、りょうた様と一緒でございます』みたいないい台詞が出るかと期待しちゃったじゃないか。
残念。
「じゃあ、まずはそれで行って、勝てるようならそのまま勝っちゃいましょう。相手が獅恩じゃないなら、別に生死は……いいんですよね、鳳椿さん?」
「そうでありますな。特に注意されたのは獅恩くらいでありますから」
鳳椿さんがまた匿名希望の人から何か言われてるかと思ったけど、一紗は別にいいらしい。
そりゃあ僕だって要らないよ、あんなの。
まずはベルリネッタさんに任せてみると、彼女は外の軍勢が見える位置のバルコニーに出て、呪文を唱え始めた。
「命無き者共よ。女帝が言葉を確と聞け。死は終焉にあらず。死は闘争をやめる理由にあらず。女帝が指し示す敵を討て。生ある者には死を伝えよ。死を伝えた者は輩とせよ。今の言葉を絶対の掟と心得よ」
うっわ、キモっ。
半透明の人影はまだいい。
いかにもな感じの、損傷が激しい死体がいっぱい、どこからともなく湧いて出た。
それもめちゃくちゃ大量に。
一紗が連れてきた軍勢の倍くらいいないか?
これをベルリネッタさんが、一人で……?
「《彼岸よりの大群/Horde from Beyond》!……さあ、お行きなさい!」
ずいぶんとエグいことになった。
書物を読み漁って覚えた呪文か何かで、相手の声とか聴けないかな。
魔王様の耳は地獄耳!
「は、話が違う! 敵の手勢は子供と女中という話だったのに!」
「なんだこいつら! 死なない……死んでる!?」
「女中は捕まえたら好きにしていいって! そう言われたから俺は! なのに……」
「くそ、死ねっ、死ねよっ! どうやったら死ぬんだ、こいつら!」
めちゃくちゃ浮足立ってるじゃないか。
それにしても、やっぱりこっちをナメてかかってきてたのがよくわかった。
どうせ僕は子供と思って、メイドは生け捕りにしたら楽しめると思って。
そんなことしか考えていなかったからこうなったんだ。
《侮る葛に倒さる》ってやつだな。
◎侮る葛に倒さる
葛をたかが植物と侮り、弱いものだと思って油断すると、思いがけず足を引っ掛けて倒される。
相手を馬鹿にしているせいで、かえって不覚をとることをいう。
ようやく読者視点へは公開することができました。
鳳椿に指示を出していた匿名希望の人は智鶴です。
あとは周回ごとに株を下げていた感があるベルリネッタを能力面の公開で上げ。