19 過ぎたるは猶『及ばざる』が如し
バトルパートの前段階として、スキルレベルアップ過程パートと、メインヒロインの愛魚とイチャラブパートです。
結局、僕は《ドラゴン化》には失敗して、寿命や老化についての問題は先送り。
地道な鍛練による自己の強化と、それによる魔王輪の魔力の制御が先決……ということになった。
「今日は視覚に頼らず、直感的に魔力を察知して制御する修業としますぞ」
トニトルスさんはそう言うと僕の背後に回り込み、目隠しで僕の視覚をふさいだ。
そのまま後ろから、僕に語りかける。
「それと合わせて、左右の手で別個の属性を掌握する修業も……これからは厳しくしますからな」
厳しい修業も乗り越えられなければ、結局はまた魔王輪の魔力に『呑まれる』ということなのだろう。
しっかりしなくちゃ。
「さて、試しに魔力の塊を二つ出しましたぞ。混ぜてしまわぬよう、片手に一つずつ……触れて、つかんでみてくだされ」
魔力の塊。
どこにあるんだろう。
意識を集中して、目に頼らずに……見えなくても、他の感覚で……
これか!?
「うむ。まずは上出来ですな」
無事につかめたらしい。
右手のは冷たくて、左手のはちょっと熱い。
「さて、魔力の属性まではわかりますかな? 本当ならば、触れずともわからねばなりませんぞ」
属性……なんだろう……
手触りでは、なんとも言えないなあ……
「右手のが『水』で、左手のが『火』ですか?」
温度的な感覚を頼りにしてみる。
どうだろう?
「……いや、どちらも不正解。右手のは『闇』で、左手のは『地』ですな」
トニトルスさんに目隠しを外してもらうと、確かにそんなような色。
右手には暗い紫と、左手には金色っぽい黄色の、レタス一玉くらいの丸い魔力があった。
僕が不正解なのを確認すると、それらは僕の手から離れて、トニトルスさんの杖に吸い込まれた。
「熱い、冷たい、といった感覚に頼ってはいけませんぞ。魔力の属性の違いとは、そういうものではないのですからな」
難しい。
なんだか自信がなくなる。
そこに、もう一度目隠しがされた。
「次は少し易しくしてみましょう」
そう言うとトニトルスさんは、僕の背後から離れた。
少しすると、正面に魔力を感じた。
片方はさっきつかんだ地の魔力と同じ感じ、もう片方はなんだか涼しげな感じ。
横に並んでるかな?
そっと触れてみる。
「……うん?」
熱いとか冷たいとかいうより、柔らかい感触?
なんだかさっきとはまた違うぞ?
「なんだか、柔らかい……ような?」
トニトルスさんに質問してみる。
これもまた、魔力の属性の違いには関係ないんだろうか。
「魔力とはそもそも繊細なものですからな、そーっと扱わねばなりませんぞ」
そーっと。
乱暴に握ったり地面に落としたりしたらダメということかな。
下から持ち上げてみる。
……ちょっと重い。
「けっこう、重さも感じるんですけど」
魔力って不思議だ。
トニトルスさんはなんて答えるんだろう。
「先程より多めに固めましたからな。重く感じるやもしれませんな?」
効果には個人差があります、という感じ。
なんだか通販番組の健康食品みたいだ。
「どれ……まだ、わかりませんかな?」
触れている魔力が、ぐっと近づいてきて……指が埋まる?
反射的に思わず、指に力を入れてしまう。
押し返してくるような、張りのある感覚が返ってくる。
ていうか、これ……
「ゆっくり、丁寧に、じっくり確かめてみてくだされ?」
……もしかして『これ』は、魔力じゃなくて、別のものじゃないのか!?
思い切って、撫で回してみる。
「んんっ……」
正面、かなり近くから、トニトルスさんの声がする!
続けていると、あろうことか『硬い』部分が……
これ……これ、もしかして!?
「まさか……お、おっぱ……!?」
「正解♪」
唐突に目隠しが外される。
目の前にあったのは、僕の手がめり込んだトニトルスさんのおっぱいだった。
僕は指を曲げていたので、しっかり揉んでる手つきになってしまっている。
しかもトニトルスさんが着ている服の前が開いてて、直接。
「はぁ!?」
「おっと、手を離してはいけませんぞ? 一度高まった『魔力』は、暴発することもありますからな?」
魔力の感じ方の修業のはずだったのに!
何をさせてるの!
まさか、教師のトニトルスさんにふざけられるとは思わなかった。
これじゃ真面目にやっても意味がないじゃないか。
ということで今日はもう切り上げて、ベルリネッタさんにお茶を淹れてもらって一休み。
「まあまあ。トニトルスさんも、りょうた様が思い詰めてはいないかと心配してのことですので」
ベルリネッタさんはそう言うし、確かに心配で不安になってもいたし、わかるんだけど……それにしても、もっと違うやり方があるだろうと思うと、素直には喜べなかった。
おっぱい揉ませてもらえたとしても。
いくらなんでも、程度ってものがあるはずだ。
《過ぎたるは猶及ばざるが如し》とも言うよね。
「今週はもう帰ろうか?」
背後から声がしたかと思うと、愛魚ちゃんがいた。
なんだかもう帰り支度という感じの手荷物。
「うーん……とはいえ、魔力のつかみ方の修行も全然できてないんだよね」
向こうとこっち、電子文明と真魔王城の二重生活。
行き来に制限らしい制限がほぼないのは便利だけど、移動しないとできないこと、移動するとできないこと、というのを考えると不便なようにも思う。
わがままなだけだろうか。
「それなら、なおさら帰っちゃおう。私にいい考えがあるから」
愛魚ちゃんがそう言うなら、間違いはなさそうだ。
ベルリネッタさんに支度を頼んで、今週は戻ることにした。
次元を移動する時点ですでに時間の流れが歪むらしいので、向こうの一日とこっちの一日は厳密にイコールじゃない、と言うけど、体感での滞在日数が先週より短いので、今なら向こうでの土曜夜くらいには帰れるらしい。
「でも、かなり遅くなると思うから、うちで……次元を移ってからだから、深海御殿のほうね……うちでごはん食べて泊まって、日曜にお話しよっか」
考えてみればもともと、今週は深海御殿で常設の《門》から移動してきたから、向こう的には深海御殿で一泊する方がむしろ自然なのか。
とはいえ、愛魚ちゃん家にお泊り……って考えると、ドキドキするかも?
いや、めちゃくちゃぐっすり眠れた。
ドキドキするかと思ったら、全然そんなことはなかった。
夕食をごちそうになって、お風呂をいただいて、パジャマとベッドを借りて、日曜日の朝。
真魔王城じゃないから普通に電波が通じるということで、またファイダイにログインしたり、りっきーさんにゲーム内ポイントやメッセージを送ったり、充電のポートも借りたりしながら……
あとはベッドでごろごろ。
「……なんか、落ち着く」
考えてみたら、真魔王城の王様ベッドで寝ようとすると毎晩、ベルリネッタさんが『今宵はどのようにいたしましょう?』って、悩ましげに言うんだもん。
どうでもいいと思われるのは嫌だけど、毎晩絶対エッチする前提で話されるのもどうかと思う。
とはいえ、ベルリネッタさんを時々とはいえ断れるようになったり、状況が状況とはいえトニトルスさんにおっぱい揉ませてもらってスルーしたりするとは。
確実に感覚が麻痺してるというか、人としてダメを通り越した贅沢さになってる気がする。
気を引き締めないと。
とりあえず、顔を洗いに洗面台を借りに行こう。
「……おはよう、了大くん」
途中の廊下でばったり。
パジャマのままの愛魚ちゃんだ!
なんか新鮮だなあ……でも、なんか機嫌が悪い?
僕、何かしたかな?
「そろそろ痛くなくなってきたかなーと思ったのに……」
えーと……痛くなくなってきたって、何が?
ちょっと話の内容が飲み込めない。
「せっかく、こっちで過ごすように誘って、ようやく邪魔されないと思ったのに……」
邪魔って……ベルリネッタさんとか、他のみんなとか?
ああ、そういう?
「……よかった」
最後の一線を越えても、急に聞き分けがよくなったように感じても、やっぱり愛魚ちゃんは根っこのところでは変わらない愛魚ちゃんなんだ。
安心した。
「何が『よかった』なの! もう!」
そうやって怒り出す愛魚ちゃんも、なんだか可愛く見える。
だって、それって。
しばらく僕が他の人とばかりいたから、ヤキモチ妬いてくれてる、ってことだよね。
「ここ最近、愛魚ちゃんが変に静かすぎて心配してたんだよ」
「……あれ?」
いい機会だ。
これはきちんと愛魚ちゃんと話したいと思ってたから、今のうちに話しておこう。
「『大丈夫だよ』って聞き分けがよさそうなのは、一見都合がよさそうだけど……僕は、愛魚ちゃんが僕のことなんてどうでもよくなったのかと思って、心配になったんだから」
いつもいつもヤキモチ妬いて怒ったり、束縛してこようとしたりするのは困るけど、たまにヤキモチ妬いてくるくらいのことだったら、むしろその方が嬉しいかなって思う。
ヤキモチって、どうでもいい相手には妬かないからね。
「どうでもよくなんて、なるわけないよ! でも、そっか……聞き分けがよすぎたのもダメだったんだ。《過ぎたるは猶及ばざるが如し》だね」
そういうこと。
愛魚ちゃんはそういう意味でも聞き分けがいいのは、さすがだと思う。
そんなこんなで、朝食もごちそうになって、服も着替えて、少し出かけてみた。
マクダグラスで期間限定シェイクでも飲もう。
こういうのは真魔王城にはない楽しみだ。
「それで、愛魚ちゃんの考えって何? 魔力のつかみ方の修行になること?」
「もちろん。私も実際にやったカリキュラムの一つなんだけどね」
店内で席を確保して、話を聞いてみる。
愛魚ちゃんの実体験に基づくなら、それはきっと参考になりそう……なるのかな?
「内容自体はトニトルスさんが言ってたことをやるんだけど、それをこっちの次元でやる、だけ」
真魔王城に行かないで、こっちでやるだけ?
それだけ?
「了大くんは『高地トレーニング』って知ってる? スポーツの選手が標高の高い所に行って、低圧、低酸素、低温の厳しい環境で体を鍛えるの」
何かで聞いたことがあるような気がする。
心肺能力や持久力が上がるとかなんとか。
「それと同じような感じで、こっちの次元は魔力がすごく少ない環境だから、こっちで鍛えればより上達しやすいってこと」
なるほど。
魔力が少ないこっちの次元でも魔力を感じたり使ったりできるようになれば、あっちの次元に多く存在する魔力を簡単に感じて使える、って寸法か。
「ちなみに、今すぐここでやっても大丈夫だよ」
電子文明の次元……僕の感覚で言うと『元の次元に帰って来ている』から、さっきの例え話の感覚だと、もう『高地に来ている』状態なのかな。
あとは実際のトレーニングと。
「普通の人じゃ何が起きてるのかも見えないし、魔力がほとんどない分、変なことにもなりようがないから」
愛魚ちゃんがそこまで言うなら……さっそくやってみよう。
目を閉じて……
集中して……
知覚を研ぎ澄まして……
「……ダメだ」
全然感じられない。
本当に魔力が少ないんだな、こっちは。
とはいえ、すぐに投げ出すわけにもいかないので、目は閉じたまま。
「……じゃあ、これならどうかな?」
愛魚ちゃんの声がしたと思ったら、小さい点のような魔力を感じた。
そっと触れてみる。
柔らかい感じがするけど、細い棒のような形で、華奢な印象の手触り。
「指先に少しだけ、私の力を入れてみたの」
これは愛魚ちゃん自身の魔力なのか。
ということは、棒のような形は愛魚ちゃんの指と。
ちょっとだけ揉んでみる。
ぷにぷに。
「おお、イチャイチャしてますなあ……」
そうしていると、不意に横から声がした。
この声は……
「あら、富田さん。こんにちは」
「こんにちは、富田さん」
同じクラスの富田さんだった。
手には僕たちと同じデザインの紙コップ。
他のドリンクとは違う、今だけ限定のシェイク用のデザインだ。
「こんにちは……あっ、ごめんね、イチャイチャの邪魔しちゃって」
僕としては、イチャイチャしてたというより、トレーニングしてたつもりなんだけど……
愛魚ちゃんとしては、どうなんだろう。
「ううん、大丈夫だよ。富田さんは了大くんに意地悪しない人だし、だから気にせずイチャイチャできるし」
イチャイチャのつもりだったらしい。
愛魚ちゃんは本当に僕が基準なのか……
なんだか照れくさくなってしまう。
「はー。本当、深海さんは真殿くんラブなのねえ」
「当然! だって……本当はとっても優しくて、すっごくカワイイんだもん!」
カワイイって。
愛魚ちゃんは褒めてるつもりなんだろうけど、どっちかと言うと『カワイイ』よりは『カッコイイ』になりたいなあ……
「うーむ、なるほど……そういえば真殿くんは身長低めだからねー……年下系の良さか……」
富田さんにまで言われてしまった。
いよいよもってそっち系なのか。
でも、その富田さんの表情がどこか複雑そうになる。
やっぱり、僕と愛魚ちゃんとじゃ釣り合わないと思うのかな?
「……私も、彼氏欲しい……」
そっちかー。
でも、それは僕じゃどうしようも……
「了大くん、富田さんはダメだからね?」
「ちょ!?」
……どうもしないよ!
何を言い出すの!
富田さんだってシェイク吹いて絶句してるじゃない!
◎過ぎたるは猶及ばざるが如し
何事も程々が肝心で、良いことでもやり過ぎは害になるということ。
久々に現代社会描写とクラスメイトの富田さんが登場しました。
ラブコメとしてはこういう、攻略対象外サブキャラがいた方が断然、厚みが増しますね。