183 『一足飛び』
まだまだ全然諦めない獅恩ですが、戦いを繰り返すうちに了大の方でも成長の糧になるようで?
ちょっと心境に変化が出てきたのかも。
結局、それからも獅恩は一切諦めない。
十日くらいかな、前回よりも短い間隔でまた来た。
「今日は勝ぁーつ!」
僕に二度も負けてるのに、全然気落ちしている様子もない。
まあ、逆に言えばたったの二度だ。
まだ僕には見せていない、使っていない技か何かがあるのかもしれない。
「僕だって負けるわけにはいかない。死にたくないんだ」
「じゃあ次に勝ったら、おれを殺せばいい。少なくともおれに殺されて死ぬことはなくなるぜ。もっとも、おれは勝ったらあんたを殺すけどな」
また立会人として来ている鳳椿さんをチラ見。
無言で、表情が渋い。
思わしくはない選択肢だ、という意味なんだろうな。
「行くぜえ!」
「来るなよ!」
もう来たくなくなるほどボコボコにした方がいいだろうか。
そんなことを考えながら、刀を避ける。
見切り、肌の感覚、踏み込み……
なるべく目だけに頼らないように、有意向上の倍率も低めにして、それでも避けられるように。
死と隣り合わせではあるけど、どこか修行のようにも感じる。
この感覚は不思議だ。
「へっ、いいぜ……あんた、面構えがよくなってきた!」
顔?
表情に出てたか?
「前までのあんたは、おれに嫌々付き合ってるって気持ちが顔どころか全身から出てたが、今日はそんなにでもねえ。むしろ、兵の顔になってきてるぜ」
「……ありがとう……?」
獅恩なりに褒めてきたってことだろうか。
たぶんそうなんじゃないかな。
「それでこそ! 首級を狙う価値がある!」
褒め言葉のためになんて死ねるわけがないだろう。
やっぱりこいつは戦いがすべてのバカだな。
それならそれで結構だ。
「だから死ぬのは嫌だっての!」
確か、鳳椿さんが自分の火の魔力を空手の型に載せてたのを何度か見かけたな。
踏み込みの速度を格段に上げたり、正拳突きに載せて飛ばしたり。
なんかそんなようなのを自分でもやるか。
幸い、火の魔力は自分でも多めだし、足りない分は魔王輪の闇の魔力で増やせばいいし。
そういうのをまぐれとかたまたまとかでなく、ちゃんと自分で制御しきった上で出せれば、実力の差として目に物見せられるんじゃないか。
そうだといいな……よし!
「おおッ!」
自分の内側の魔力を、意識して多めに回す。
魔王輪からの闇だけに頼るのでなく、火の魔力も意識して。
熱気が出てるかな。
体感で暑く感じる。
「くうう、いいぜ! ビリビリきやがる!」
何を浮かれてるんだ。
間合いが遠いと思って、ナメてると……!
「チェェストォ!」
「な、ぶっ……!?」
……その程度の距離は一瞬で詰めるんだからな。
ぶっつけ本番でやってみたけど、たったの一歩、《一足飛び》で懐まで入っちゃった。
もう僕の体格でも拳が届く間合いだ。
すぐさま、体に魔力を回したままで正拳を腹に入れると、獅恩の全身が大きく吹き飛んだ。
体重の差も何もあったもんじゃないな。
それからけっこうな距離を飛んで、数回バウンドしたり滑ったりして止まった。
「ぶぅえッ……」
あ、血を吐いてる。
外から見えないところにダメージを与えられたか?
一応立ち上がったけど、かなり動きが悪くなってるというか、足元もふらふらじゃないか。
でもここでもう一撃。
同じ要領で突進の速度と攻撃に魔力をたっぷり載せて、今度は飛び蹴りだ!
また吹き飛んでバウンド。
今度は起きてこないので、また鳳椿さんをチラ見。
「なんとか、死んではおらんようでありますな。連れて帰るであります」
「お願いします」
今の二発で、なんだか感覚がつかめたような気がする。
これはもっとやってみよう。
でも、相手が獅恩だから『なんとか』で済んだけど、これは普通の人間相手にはダメだな。
死人が出るから、マクストリィでは禁じ手にしておこう。
自分が強くなったような気がしちゃうけど、今回だけのまぐれかもしれないからな。
本当に使いこなせると確信できるまでは安心できない。
真魔王城に戻った。
汗を流したいな。
「でしたら、浴場の用意をさせましょうか。供はいかがなさいますか」
「いや、本当、自分一人でいいですからね」
このベルリネッタさんは本当、ブレないなあ……
僕にとっては好ましくない方向で。
「というより、体を拭く程度でもいいかな? 熱々のおしぼりか何かありませんか」
「では、それを用意させましょう」
蒸しタオル的なものを想像してたら、それっぽいものを持ってきたのはエギュイーユさんだった。
まさに想像してた通りのクオリティ。
というか、マクストリィで作られた工業製品のタオルか。
「了大様はやはり、こういった生地の方が慣れ親しんでいらっしゃるでしょうから」
「そうだね、ありがとう」
せっかくタオルを持ってきてくれたわりに渡してくれないから、もしかしたらと思って先に脱いでみたら、やっぱり……
拭くのはエギュイーユさんがやってくれた。
「了大様がこちらのメイドに手を出してはおられない旨、愛魚お嬢様には私からお伝えしております。お立場上いつまでもこのままとは行かない件ではありますが」
「ああ、そうか。エギュイーユさんは《水に棲む者》だから愛魚ちゃんに近いってことか。お願いするね。あと、アランさんからもっと愛魚ちゃんに説明しておいてくれって、ちゃんと言っておいて」
「承りました」
このくらいならさすがに浮気じゃないだろう。
エギュイーユさんも距離感をわかっていてくれてて助かる。
「さあ、紅茶とシュー・ア・ラ・クレームもございますよ」
「やった!」
シュー・ア・ラ・クレーム。
日本国内のカタカナ語だと『シュークリーム』って言うことが多いけど、海外でそう言うと靴磨きのクリームかと思われちゃうんだって。
そんな豆知識を思い出した。
「いただきます。うん、美味しい……」
シュー生地が重すぎないタイプで、クリームがふんわり。
以前にマクストリィで買ったちょっとお高めのやつはシュー生地がしっかりしたタイプだったけど、こういうのもやっぱりいいな。
ん、エギュイーユさんがこっちをじっと見てる。
もしかしてこういうお菓子にありがちな、顔にクリームがついちゃってる恥ずかしいパターン?
「いえ、そうではなく……お召し上がりになるご様子が可愛らしいなと。眼福です」
「可愛いって言うのやめて」
もしかして、ちょっと言えばすぐにおやつを出してもらえるのって、そういう目的?
僕って餌付けされてる?
後日、学校でそんな話を愛魚ちゃんにしてみた。
愛魚ちゃんも僕がものを食べてるところを、けっこう注視しがちな気がする。
「私もね、了大くんがお昼にパンを食べてるところ、カワイイって思いながら見てたけど、そっか……餌付けか……」
やっぱり思ってたのか。
いつだったかに勇者輪の光の魔力を軽率に回してた時も『ハムスターみたいでカワイイ』とか言われたな。
というか、餌で思い出した。
「愛魚ちゃん。僕は別に、パン食に強いこだわりがあるわけじゃないからね。個包装とか常温保存とか、お手軽だからパンにしてきてるだけで」
「そうなんだ? こだわりかと思ってたけど」
昼食にお手軽さを重視しすぎたせいで、そんな誤解が生まれてる。
今回は解いておこう。
「だから、もしよければなんだけどさ、面倒じゃなかったらでいいけど」
「なあに? 前置きはいいから、ちゃんと言って?」
他ならぬ愛魚ちゃんだ。
やってもらえて当たり前とまでは思わないけど、きっとやってくれるんじゃないかと期待して。
「お昼にお弁当を作ってきてもらえたらな、って思ってる」
「餌付け!」
僕だって男子だからね。
彼女の手作り弁当に憧れもするんだよ。
「もちろん、いいよ! 来週からになるけど、はりきって作っちゃうから!」
「ありがとう。楽しみ」
きっと大丈夫と思ってたけど、実際に言質が取れると喜びもひとしお。
実際に食べられれば、なおさらだろう。
生きる希望がわいてくる。
なんてことを思って週末に真魔王城に行ったら、また獅恩が来た。
今度は一週間経ったかどうか程度。
明らかに前回よりさらに間隔が狭まってるぞ。
「なんかあの兄さん、けっこうイケメンっすよね」
「そう思うならアプローチしてみたらいいよ」
もう四回目とあって、門番のシュタールクーさんも獅恩の顔を覚えちゃった。
君は門番なんだからもっと部外者に警戒してくれ。
「あっ、ヤキモチっすか? 大丈夫、あたいは了大様の方がいいっすから!」
「緊張感のない子……」
まあいい。
どっちみち僕が自分で出てボコボコにしないと終わらないんだ。
愛魚ちゃんの手作り弁当も食べてないうちから死ねるか。
行くぞ。
「お? 前より更にいい顔になってやがる。魔王の自覚が出てきたか、それとも」
「何だと思う?」
「女!」
面白いな。
こいつは別に愛魚ちゃんのことは知らないだろうに、よくわかったもんだ。
「当たりかよ。いいんじゃねえか? 星のじっさまにはよく『女にかまけるなど以ての外』なんて言われたが、おれはそうは思わねえ」
「意外だな。女に興味がないんじゃないかと思い始めてたけど」
「何言ってやがる。生きるか死ぬかの瀬戸際、もう諦めそうって時に『帰りを待ってる女がいるんだ』と思うと、それがどれほど心の支えになるかってんだ」
確かに。
せっかく、来週からお昼が愛魚ちゃんの弁当になるんだ。
ここで死ぬなんて嫌に決まってる。
気のせいか、また今回も来てる鳳椿さんをチラ見してみても、表情が穏やかかもしれない。
「んじゃ……ぐえっ」
じゃあも何もあるか!
また突進正拳突きで秒殺。
ギリ死んでないけど。
「あんた……あんた自身、日に日に強く……なってる気が、するぜ……だからこそ、勝ちてえ……」
今度はちゃんと自力で帰った。
余力があるうちに負けを認めるのはいいけど、もう来ないでほしいかも。
……ん?
待て、今『かも』って?
「あれはあれで、なかなか憎めん奴でありましょう?」
獅恩が自力で帰った分、今回は立会だけで済んだ鳳椿さんから、そんな話を切り出された。
そうだね、嫌いってわけじゃないんだよ。
ただ、命の取り合いなのは困るけど。
「まあ、例の……匿名希望の人があいつはなるべく殺すなって意向なのも、なんとなくわかる気はしてきます」
「うむうむ。件のお人も、良い傾向と見ているのであります」
良い傾向って言われてもなあ。
いい加減に諦めてほしいんだけど、いい手は思い浮かばない。
単純にボコボコにすればいいってものでもなかった。
むしろ思い切りボコボコにするようにしたら、喜んで再挑戦しに来る始末。
あいつはドがつくエムの変態さんなのか?
「しかし了大様の空手、なんだか自分のものと、自分がお教えしたいと思ったものと、本当によく似てきておるのであります。まるで《一足飛び》に修行を終えたかのようでもあり」
「そこはまあ、色々と。でもこうして再挑戦の繰り返しでズルズルいくのは、もうさすがに……何かいい知恵は……知恵?」
そうか、自分で考えてダメなら、他の人のアイデアも聞こう。
考えると言えばまずアウグスタだけど、彼女はファーシェガッハ組として忙しいし、トニトルスさんは今は会うのが怖いし。
でも今ならもう一人、候補が思い浮かぶ。
獅恩の気性を知っていそうで、いい知恵が思い浮かびそうな人。
「鳳椿さん、獣王の次女の、智鶴さんに会えるよう調整してもらえませんか。彼女なら《叡智の鶴》ですから、きっと何かいい考えが出そうじゃないですか」
「ん、智鶴殿……? 智鶴殿でありますか……一応、意向は伝えてみるであります」
そう、智鶴さん。
鳳椿さんはなんだか苦手に感じてるそうだけど、僕はそんな印象はないからね。
向こうはまた僕を知らないところからなのがちょっと困るかな。
でもきっと大丈夫だろう。
そんな週末が終わって、月曜日。
愛魚ちゃんにお願いした昼食の弁当は、ミートボールにスイートコーンに……
気のせいか、甘い味付けのものばかりだったような気がしたけど、すごく美味しかった。
やっぱり彼女の手作り弁当って最高だな!
充実した気持ちで放課後、愛魚ちゃんと一緒に下校しようと校門を出ると、鳳椿さんがいた。
「あ、例の件ですか?」
智鶴さんのことだから日程の融通は効くだろうけど、いつになるんだろう。
そう思っていたら、鳳椿さんの返事は想定外のものだった。
「は、智鶴殿は『会いたくない』と仰せでありました」
「えぇー?」
会いたくないとはまた、ずいぶんはっきりと断られたもんだ。
僕、何か気に障ることでもしたかな?
「なんでなんでしょう。何か理由が?」
「さて? しかし自分は確かに、智鶴殿からそう返答されたのでありますからして」
この鳳椿さんが仕事をサボったり嘘をついたりなんてありえないからな。
ということは本当に、智鶴さんには僕と会う気がないということだ。
困ったな……?
◎一足飛び
ためらわず目標に向けて移動すること。転じて、普通の順序を飛び越えて進むこと。
しかし執筆の方は一足飛びとはいかないのがつらいところですね。
学生時代から考えていたキャラクターたちの方(N4430FA)ならもっとスラスラ書けるような気はしますが、こちらの完結が優先です。
さすがに次回からはもう少し派手に話を動かしたいところ。