182 下手の『考え』休むに似たり
獣王の三男、獅恩が諦めません。
女性関係もこんがらがって、困りながらも戦う了大です。
単身でやってきた獅恩をどうにか退却させられたけど、諦めてる様子は全然なかった。
あの様子だとまたすぐに来そうだ。
「鳳椿さん、匿名希望の人は何を思って、獅恩はなるべく死なせたくないなんて言うんでしょうね」
「ん、む……さて? 実は自分も、そのあたりははぐらかされておるのであります。やはり、自分のように政治は苦手でも戦場は得意だから使えるということでは?」
「それだけですかねえ……」
あの気性を抑え込んで殺さないようになんて、考えるだけでも大変だってわかりそうなものなのに。
何かあるような気がするんだよねえ。
「そもそも、誰の指示なんです? 鳳椿さんってむしろ《鳥獣たちの主》で、偉い方じゃないですか。その鳳椿さんを動かすことができて、なおかつ凰蘭さん以外でって時点で、かなり候補が絞られそうなものですけど」
「おっと? それを言ってしまうわけにはいかんでありますよ。匿名とはそうしたものでありますからな」
個人情報保護はマクストリィでも大事だからね。
仕方ないか。
とりあえず今日のところはおしまい。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ。お疲れ様です」
「おしぼりをどうぞ!」
「焙じ茶とようかんにござりまする」
真魔王城に戻ると、門番からメイドまで皆がねぎらってくれた。
熱々のおしぼりとお茶と菓子。
至れり尽くせりだ。
ようかんの甘さもうれしい。
「皆、ありがとうね」
……いるのは、メイドたちだけか?
愛魚ちゃんは?
「まななさんでしたら、お帰りになられましたよ。それと、ルブルム様も」
「えー……」
まいったな、愛魚ちゃんどころかルブルムまでもか。
この分だとここでゆっくりはしていられないぞ。
イコール、ここの女と浮気してたと思われちゃう。
「じゃあ、僕も急いで帰ります」
このままじゃいけない。
誤解は解いておかないと。
ということでマクストリィに戻って……結構遅い時間かな。
でもまあ、絶対寝てるような午前中じゃあない。
連絡先はこの段階だと交換してないから、登録はしてない。
でも、嫌というほど周回した中でほぼ毎回聞いた番号だ。
頭に入ってる。
発信!
「もしもし……え、了大くん? 私の番号、どうして」
「それも、ほら、周回でね」
「そっか。私は教えた覚えなんてないから、ということはその話が本当ってことなんだ」
「最初からそう言ってる。愛魚ちゃんに嘘なんてつかないよ」
僕が獅恩と戦ってたぶんだけ時間があったからかな。
昨日みたいに取り乱してない、落ち着いた愛魚ちゃんだ。
「僕はもう本当に何度も何度も負けてきて、そのたびに新しい周回を始めてるから、だから登録がなくても愛魚ちゃんの番号に電話できるし、それぞれの周回がどんな結果になっても愛魚ちゃんは僕を思いやって行動してくれたのを覚えてるし、だから僕は、愛魚ちゃんは僕の話を聞いてくれるって信じられるんだ」
「だから……だから、他の子に浮気しても平気だと思うの?」
「そうは言ってないよ」
不安が伝わってくる。
ここは、僕がしっかりしないとな。
「じゃあ、何なの? 私、バカみたいじゃない……今の了大くんは知ってるんでしょう? 私が父さんから言われて、父さんに裏から手を回されて、ずっと同じクラスで了大くんを見てたこと」
「うん、聞いたよ」
「私だけなんにも知らされないで、了大くんも父さんもそのつもりで動いてるって言うんなら……私だけ、まるで都合のいい駒か何かみたいじゃない……」
泣きそう……いや、泣いてるな、これは。
電話の奥から伝わってくる。
これは愛魚ちゃんに詳しい説明をしていなかったアランさんが悪いとばかりも言えない。
愛魚ちゃんは僕のことを好きなんだって思い込んで、そこの一点に甘えた僕の責任だ。
僕がしっかりしよう。
「愛魚ちゃんは駒なんかじゃない。僕の大事な人だよ」
「ほんとう……?」
「もちろん」
僕はただアルブムが憎くて殺したいから戦うんじゃない。
皆と、愛魚ちゃんと幸せに暮らしたいから、アルブムが邪魔するなら倒さなきゃいけないだけだ。
そう思えば、大事にするべき事柄が何なのかは明白だ。
「こんな時間に悪かったね。それじゃあ、おやすみなさい」
「ううん。了大くんの声が、言葉が聞けて、嬉しかった。おやすみ」
通話を終了。
愛魚ちゃんは、これでよし……次は、電波が届く今のうちに。
「はろー☆」
「夜遅くでも元気だね、りっきーさんは」
ルブルムにも連絡を取る。
愛魚ちゃんがああいう状態な手前、ルブルムには『ネットの友達のりっきーさん』の距離でいてもらわないとダメだろうな。
それに、向こうも早い時間のうちはそのくらいのつもりだろう。
「ワタシのこと……正体のことも、家族のことも知ってて、その上でそういうこと言うんだ。ワタシは体のいい『キープ』ってこと?」
「キープ……そんな、そういう意味じゃなくて」
「じゃあ、何? 『まなちゃんが大事です、だから友達でいましょう』って意味でしょ?」
「それ、は……」
ルブルムは、愛魚ちゃんと比べるのがいけないのかもしれないけど、比べると『ブレる』立ち位置だ。
でもそれは、あちこちの女にふらふらしてる僕が悪いのもあるし、母親の安否がかかってるのもあるし、本人の責任じゃないんだ。
「ワタシ、確かにネットで自分の性別は明かさなかったよ。でも、そこまではっきり『そういう風には見てない』って言われるのは……少しも傷つかないわけじゃ、ないんだから」
「……ごめん」
愛魚ちゃんへの態度をはっきりさせた分の、残った曖昧さをルブルムに投げたようなもんだ。
僕が逆の立場だったら、もちろんいい気分なんかするはずがない。
失敗だったな。
そもそも……焦って最初からあれこれ詰め込もうとしたのが失敗だったか?
「また時間を戻す? いや……時間を戻せばいいと思って動くのはダメ、捨てプレイはもっと本当にどうしようもなくなってから……うーん……」
やっぱり、あんな最初みたいにうまいこと皆で仲良くできてた方がありえなかったのかな。
ベルリネッタさんも相変わらずだし、トニトルスさんやクゥンタッチさんには会ってもいないし。
なんだかなあ……
もう今日は時間も遅いから寝よう。
とりあえず、できるだけ真魔王城にいられる時間を増やして、しばらく経った。
またいつ獅恩の奴が来るか、獅恩以外の勢力が来るか、わかったもんじゃない。
なんならあのジジイが本当に病気を治して、僕を殺しに来るかもしれないな。
そんな展開は今まで一度もなかった以上、今後もたぶんないけど。
今は、ぼんやりとラウンジで一休み。
「休める時には休むというのも、大事なことですよ。さ、今宵はいかがいたしましょうか」
ちょっとお茶を出してもらったと思ったら、ベルリネッタさんはまたこれだ。
哮を挑発する時に活躍した候狼さんに手をつける件も、結局うやむやにしたせいもあるだろう。
僕に女をあてがって操縦しようとしてる。
「どうもしませんよ。獅恩はそうでなくても、例えばあの一紗なら夜襲でも毒物でも何でも使うでしょうから、遊んでられません」
「困ったことになりましたね」
「そうでなくても、僕は愛魚ちゃんが大事ですから。女遊びというわけにもね。さ、普段の仕事に戻っちゃってください」
「……かしこまりました」
ベルリネッタさんを下がらせてお茶にしていると、いろんな子が行き交う。
メイドたちをはじめ常駐要員には、僕が呼び止めない限りは本来の業務に集中するよう言ってあるから、皆は仕事中。
《鳥獣たち》の黎さんとか、《悪魔たち》のシュタールクーさんとか、《鳥獣たち》と《悪魔たち》の間の子である魔破さんとか、それに《水に棲む者》のエギュイーユさんなどなど……
ベルリネッタさんが《不死なる者》なのを考えると、これで四種。
「真魔王城って、寄り合い所帯みたいだな……」
他の次元の魔王城を見ても、イル・ブラウヴァーグには《水に棲む者》だけしか、ファーシェガッハには《悪魔たち》だけしかいなかった。
こうしていろんな種族が入り交じってるのは何なんだろう。
寄り合い所帯だから結束が弱くてアルブムの支配に負けるのかな……なんて、失礼な考えが思い浮かんだところで。
「りょーたじゃないか。何してるんだ?」
カエルレウムが通りかかった。
そう言えばカエルレウムは《龍の血統の者》……これで五種か。
あと一つ、話を聞いただけの宝物軍団はほぼ壊滅というので省く。
「ん、いや……なかなか思う結果にはならないなって、ちょっと考え事」
そっけない返事だったかな。
でも、それだけ言うとカエルレウムは。
「ベルリネッタが冷たいのがイヤか? それともルブルムが?」
「……誰から聞いたの」
カエルレウムからこういう話を切り出してくるのって、ちょっと意外かも。
もっぱら、こういうのはルブルムと……
「否定しないんだな。わたしに聞かせる奴なんて、おまえ自身かルブルムしかいないだろ」
「そっか」
……そう、今はそのルブルムが冷たいというか、僕が冷たくしたから相応の返し方しかされなくなったというか。
考えて動いたつもりなのにこのざまだ。
「なら、もしも次の周回になったら最初の時のマネしたらどうだ?」
「なんでさ」
そんなことを言い出す。
いい考えでもあるのか?
「前に聞いてた話だと、最初が一番うまくいってたんだろ? ゲームでもさ、隠しアイテムとか隠し扉とかを探す時はそんなもんだからな。ダメならすぐ次に行って、変わったところがあればそこを攻めてみて、それでもダメなら探し残したところがないか、何か忘れてることがないか、後戻りもしてみる」
「忘れてること、か……?」
あの時間のことは今でもはっきり思い出せる。
忘れたことなんて、忘れてることなんて、あるはずがない……
ないはずなんだけど……?
「何だろうな。何かあるのかな」
「自分で考えないと。それこそトニトルスあたりだったら、呪文で直接記憶を覗くけどな、わたしじゃわからないぞ」
「うえぇ、それはやだなあ」
考えてもまとまらない。
確かに《下手の考え休むに似たり》とは言うけどさ。
「それでもいいじゃないか。今はあのシオンとかいうのが来るまで休んでれば」
「それもそうか」
考えてもしょうがない時って、あるもんな……
あるということにして。
「獅恩様がお越しですわ」
「来たか」
出てみると、今度は鳳椿さんと一緒に来ていた。
一人じゃ勝てないから泣きついたか。
「あんた、おれを馬鹿にするにも程があるだろう。鳳椿はあくまでも立会人! おれとあんただけの真剣勝負だ!」
「諦めるって選択肢はなかったの?」
「最初からねえよ!」
見たところは両手も治して、刀の拵えも作り直してきてる。
でも、前回からそう経ってないのに、そんなに劇的に強くなったとは思えない。
もちろん侮ってかかることなんてしないけど、よく見切って、対処すれば……!
「ぐうっ、ま、またかよ……! だが!」
また《黄金獅子》を呼び出した。
でもそれだけじゃなくて、獅恩本人の様子が違う。
形が変わる……《形態収斂》を部分的に解いた《半開形態》だな。
獅子の上半身の人、という感じになった。
腕も爪も太くて長い。
その状態で《黄金獅子》と分担しながら、別々の方向から攻めてくる。
二対一か。
「どうだ! どうだ! これでも、捌けるかってんだ!」
あ痛っ!
見えてなかった方向から攻撃をもらって、派手にひっかかれてしまった。
これは痛いなあ……
「へっ、そういうことかよ。あんたは目で見てる分にはよく見切るが、見てねえものはそうでもねえ。肌の感覚や経験が足りてねえんだな」
そんなの言われなくても理屈じゃわかってるよ。
って、体がついてこないと殺されるんだよな。
うかうかしてられない。
「とりあえず! また使い魔には使い魔で! 《罪業龍魔》!」
使い魔同士で戦わせて一対一になれば、あとはなんとかできるはずだ。
刀と同じで、爪は受けられないとしても、見切れば!
「くっ、すばしっこく逃げ回りやがる!」
ある意味、学校で愛魚ちゃんと噂になった時のイジメっ子野郎に対処するのと似てるかも。
あっちは校内で大事にできないから大っぴらに殴れなくて、それでこっそり足を引っかけたり踏んだりする程度でしか動けなかった。
こいつも、結局は足で立って動いているんだから。
「うおっ! いっ! ってぇー……」
突っ込みが人間以上の速度だった分、足を引っかけたら派手に転んだ。
何度も起き上がってくるけど、見切れば同じこと。
何度でも。
「くそ……これだけ何度も隙だらけのところを見せても、まだ命は取らねえって言うのかよ……!」
「そうした方がいいって言うんだもの、仕方ないだろ」
そうこうしているうちに《黄金獅子》は《罪業龍魔》だけで仕留めてきたみたいだ。
逆に二対一になっちゃったぞ。
さあ、どうする。
「ち……! おれは諦めねえからな!」
「まだ言ってる!」
なんとかまた帰らせたけど、どうやったらあいつは諦めるんだ。
考えてもうまい手が思い浮かばない。
《下手の考え休むに似たり》か……?
◎下手の考え休むに似たり
碁や将棋などで、下手な者が時間を使って長考していても、その時間を浪費するだけでなんの効果もない。
考えるだけ時間の無駄ということ。
前回が女っ気なしのドッ硬派な話になってしまいましたので、今回はさすがに女性キャラをいくらか登場させてみました。
カエルレウムのくだりは、以前(148回目くらいのころ)に短い場面だけ書き溜めていたシーンのアイデアを移植して対処しています。