181 『切羽』詰まる
獣王の三男、獅恩が単身で乗り込んできました。
それだけの自信がある相手ということで、咆や哮よりも格上に描写しています。
獣王の三男、獅恩との一騎討ち。
こうなるともう敵でしかないから、おのずと呼び捨てになっちゃう。
で、向こうが手下を誰も連れてきてないから、こっちも自分一人で前に出てる。
一応、主だった面々は離れたところで控えてるけどね。
それにしても。
「まあ、そりゃ智鶴さんなら争いは好まないよな」
何しろ智鶴さんは、いち早く跡目争いから抜けて山林の中に庵を構えて、そこで引きこもって読書に明け暮れてた人だ。
争いごとなんて嫌いに決まってる。
……それにしては、偶然居合わせたところでアルブムの触手を捌く身のこなしは、それなり以上の腕前を感じたけど。
「で、だ。そんなことはいい。問題は、あんたがこのおれを相手にして『素手で来てもただで済む』と思ってるってことだ! 随分となめられたもんだな、おれも!」
太刀の切っ先がこちらを捉えて、片時も離れない。
なめてかかれる相手じゃないのがよく伝わってくる。
「なめてるわけじゃない。使いこなせない武器を持ってくるくらいなら、いっそ自分の手足の方が当てにできるからさ」
こちらも構える。
日課として毎日反復して、身体に覚えさせた内歩進の型だ。
「んっ……そりゃ、あんた……っと、待て。この気配!」
「飛んでくる、この魔力の感じは!」
いよいよ始めるか、と思ったところで、かなり遠く、高くから空を飛んでくる速い気配。
獅恩も気づいたようで、同じ方を向いて、同じ気配を察知する。
この、あからさまな火の属性は。
「ふう、間に合ったようでありますな」
「鳳椿さん!」
派手に滑って着地したのは、やっぱり鳳椿さん。
姉と並んで《鳥獣たちの主》と呼ばれるに相応しいだけの強く、そして純粋な魔力。
鳳椿さんの魔力はとてもわかりやすい。
「そう、鳳椿だよ! 了大、あんたの今の構え、鳳椿によく似てた。どういうことだ」
ああ、そこから突っ込まれちゃうのか。
どう説明したものか。
正直、端折りたいんだけど。
「自分が習った武術は、ここでも言祝座でもない次元にある島国のもの。自分はそこにしばしお邪魔して修行したものでありますが、了大様は何しろ、その島国で生まれ育ったお人でありますからな」
「じゃあ、その島国に行けば似たような使い手がゴロゴロいるってのか」
あ、鳳椿さんがうまいことしてくれた。
そんな感じにしておこう。
「ゴロゴロかどうかは知らないけど、大きい流派は人数も多いんじゃないかな」
「ふふふ、いいぜ、いいぜ。人数が多いってことは、上の方は磨き抜かれてるってことだ。そいつらとも戦いたくなる」
本当にこの人はバトルマニアだな。
正直、僕としては苦手なタイプかも。
「そのためには」
構えと、視線の鋭さが戻る。
今の話で、なおさらやる気になっちゃったのか。
「あんたの首級を獲って、おれこそが獣王にならなくちゃあな」
「はあ……」
嫌だよ、死にたくないもん。
というか……アルブムに何度負けても周回で時間が戻った僕だけど、じゃあここで斬られて死んでも時間が戻るだけじゃないのか?
僕の周回を断ち切ることはアルブムにもできてないのに、この獅恩にそれができるとは、どうも思えない。
たぶん単に戻るだけで損なだけの、無駄死にじゃないか?
「さて、勝敗を決するには立会人も必要でありましょう。この鳳椿がつかまつるものであります」
「そりゃあいい。本当はおれが一人くらい連れてくるべきだったんだろうがな、忘れてた」
鳳椿さんが立ち会うとなれば、お互いに卑怯な手は、使おうとしても止められるだろう。
もっとも、獅恩はそんな手で勝って喜ぶようなタイプじゃないだろうけど。
反面、どっちか死ぬまで止めてもらえなさそうというのはある。
ここまで来た以上、殺すのが嫌とまでは言わないけど……
もうちょっとなんとかならないものか。
「さて、今度こそやるぜ。構えな」
「わかった」
ならないな。
やらなきゃやられるし、二学期どころか夏休みにすらならないうちからやり直しなんていうのもアレだし。
双方構えて、場の空気が……温度が下がったような感覚。
開始の合図なんてものはない。
もうさっきから、いつ死んでもおかしくない勝負が、すでに始まってる。
「ちえぇい!」
来た!
さすがに太刀の長さと鋭さからは目が離せない。
これは、目に頼りすぎだと弱点を指摘されていても、見ないといけない『見切り』が必要な部分だ。
基本的な型に含まれる動きと、太刀の振られる方向をうまく合わせて、捌く!
「ちぃ、なかなかやる……が! 受けてるだけじゃ勝てねえぞ!」
もちろん、獅恩も少し捌かれたくらいで諦めるような奴じゃない。
どこまでも執拗に、間髪入れず、切り込んでくる。
思考速度や動体視力が《有意向上》でよくなっても、僕の体の動きまでもが劇的によくなるわけじゃない。
見てから考えた範囲で、僕の動ける範囲で最適な動きで合わせるだけ。
懐に入るのは無理か……
「だから、素手なんてやめときゃあよかったんだ! 鳳椿ならともかく、体格に恵まれてるように見えねえあんたじゃあ、勢いこうなる!」
この状況は、初めてのような、そうでもないような。
何か引っかかるな。
なおも続けて捌いているうち、こちらを見定めるように立つ鳳椿さんの姿が目に入った。
……そうか、鳳椿さんだ。
思い出したぞ。
「でも、まだ何も当たってないだろ。これからだ」
最初の時間で、僕が思いつきで言い出した武術大会。
あの時、大会に出ていた候狼さんと鳳椿さんは。
(抜き身の刀なら、間合いも測れる)
まず、あの時の候狼さんは『居合』で攻めてたけど、今の獅恩はそうじゃない。
そろそろ太刀の長さにもなんとなく慣れてきた。
それと、太刀を振る腕の長さにも。
「当たらねえ……本当に全部、見切られてんのか……!?」
そして、あの時の鳳椿さんは、獲物の間合いが見えなくても別のものを見ていた。
だから試合にも勝った。
「だとしても! おチビの手足がおれに届くことはねえ!」
そう。
あの時の鳳椿さんが見ていたところは。
今の僕が見るべきところは。
「それはどうかな!」
「が……っ!?」
腕だ!
太刀はまともに受けることができなくても、避けるしかないとしても、太刀を振る腕や柄を握る手は別だ。
特に、手だけでいいと考えるのなら、間合いの差は太刀を含めずに、体格の差だけのところまで詰められる。
だから《有意向上》で太刀を持つ手を、その中でもさらに手を、ピンポイントで狙った。
魔王の魔力で保護しつつ攻撃力も足した拳で、獅恩の右手を砕く!
「くう、っ……まさか、手だけを正確にだと……いや、まさかじゃねえ……咆や哮を一撃で仕留めたのも、その正確さがまぐれじゃねえからか……!」
太刀を取り落として、右手は親指以外の四本が嫌な方向に曲がっている。
僕がそのつもりでやったとはいえ、嫌な光景だ。
「そういうことかよ! なおさら! おれはあんたに勝ちたくなったぜ!」
今度は左手で太刀を持った。
右手が使い物にならなくて、添えることもできないのに。
「まだ向かってくるだと!?」
「当たり前だろうが! たかが右手ひとつ砕けただけで、泣き入れて帰れるかよ!」
左手一本で振る太刀は、さっきよりはいくらか避けやすい。
とはいえ、わずかな差でしかない。
こういう時のためにか、実際に以前にもこうなったことがあるからか、いずれにしても経験や修行を積んできているからだろう。
怯えるでもなく怒るでもなく、引き続き僕の命を狙う。
「これでもかっ!」
「あぐっ!」
左の拳も同じようにして砕いた。
それに、二回も立て続けに強い攻撃が来たせいで、今度は刀の柄や外装に関するところ……『拵え』って言ったかな、そういうのがダメになった。
柄は砕けて、ほとんどの金具も飛び散ったり落ちたりして、刃だけになってしまっている。
これじゃきちんと持てないだろう。
「それまででありますな」
「鳳椿! おい、止める気か!?」
ここに来て鳳椿さんが、獅恩を止めに入った。
状況を見れば勝敗はついてるとわかるだろうからね。
「砕けた両手と刃だけの太刀で、まだ粋がる気でありますかな」
「当たり前だ! おれはまだ負けてねえ!」
あきれた。
まだやる気なのか。
「言祝座の武士が、これしきで大将首を諦めてたまるかよ! 鳳椿、あんたが今の俺の状況だったら、諦めて帰るかよ!」
「それを言われると困る話ではありますが、獅恩。自分は、なるべくお主は死なせぬようにと言われてきているのであります。ここらで退いてはもらえんものか」
「……なんだと? 誰からだ? 親父殿じゃあねえよな? 親父殿は、そんな女々しいことは言わねえ」
獅恩をなるべく死なせないようにだって。
そんな指示を鳳椿さんに出した人物?
指示を出して、鳳椿さんをそのように動くよう従わせる人物?
「鳳椿さん、それって、例の?」
「ええ、ご当人は匿名希望であります」
やっぱり内緒の人か。
そっちは後回しだな。
今は、まだ諦めない獅恩の方だ。
「誰の差し金か知らねえが、後で伝えとけ! おれは死んでも戦うってな!」
雰囲気が変わった。
外から感じる獅恩の魔力が、一層強くなる。
その後、足元が揺らいだと思ったら、何もないはずのところからライオンが現れた。
全身金色の、まぶしく輝くライオンだ。
「霊気を秘めて、闘志に燃えて、征くは黄金の獅子……! これがおれの使い魔、《黄金獅子/Gold Lion》よ! こいつの牙はおれの牙、こいつの爪はおれの爪!」
ゴールドライオン、なるほど見ているだけでも迫力がある使い魔だ。
もちろん、見かけ倒しじゃない魔力の気配もひしひしと伝わってくる。
それならこっちもだ。
「それはさすがに、素手で捌く自信があんまりないからな……! 来い、《罪業龍魔》!」
こっちも使い魔を呼ぶ。
ライオンじゃなくてドラゴンだけど、決して負けないはず……いや、絶対に負けない。
自慢じゃないけど、人間の肉体が耐え切れない分の魔力をこれでもかと回して作った使い魔だ。
正式な獣王として魔王輪を持っているわけじゃない獅恩の使い魔に、使い魔同士で負けてたまるか。
「龍かよ、相手に不足はねえぜ! 行け!」
「こっちもだ。しっかりひねってやれ!」
獅恩が両手を壊してるのと、僕が素手でライオンの爪や牙を受けたくないのとで、モンスターバトルになっちゃった。
互いに爪や牙を駆使しての肉弾戦。
尻尾も振り回すと武器にできる分もあって、こっちが有利ではあるけど、こうなるとアレだな……
この使い魔同士のバトルで勝てたら、獅恩を退却させられないかな。
「ドラゴンだからな……他のドラゴンみたいに《息吹》が吹けたら」
どんな《息吹》になるだろう。
やらせたことがなかったけど、絶対できるはず。
僕が『そういうもの』と信じているかぎり、この《罪業》タイプの使い魔はどこまでもそれを実現させる。
それゆえに精神状態の良し悪しが強く出てしまうのが欠点にもなる、ピーキーなタイプだけど。
「無駄に広範囲にする必要はない、とはいえ《輝く星の道》みたいにごく狭いのも困る。程々で……」
「やべえ気配がしやがる。大技か!」
僕自身が、地の属性と火の属性が多めのところに魔王輪で闇の属性をふんだんに足したものだから、使い魔もおのずとそうなる。
制御が難しそうだ……
「行け……っ!」
闇の炎、なのかな?
一瞬、紫がかった炎が走って、ゴールドライオンの半身が消えてなくなって倒れた。
「あっ、危ねえ……! そんなのありかよ……!」
獅恩本体の方はギリギリで避けていたみたいだ。
でも、本当にギリギリだったせいか、服の端の方がちょっと焦げてる。
死なずにすんでよかったな。
「両手に加えて、頼みの《黄金獅子》もその有様では、打つ手なしでありますな。対して了大様はこの通り無傷。獅恩よ、いい加減に諦めるであります」
「ぐっ、くうぅ……!」
これだけされてやっと諦めたようで、砕けた両手でなんとか太刀の刃を拾って、両方の手のひらではさんで回収していた。
表情の方がすごく怖いんだけど。
「無様に負けた上、命を取られずに見逃されるだと……屈辱だぜ! おれは、おれは諦めねえからな!」
「やれやれ。《切羽詰まって》やっと帰ったでありますか。強情な奴であります」
渋々《門》を開けて獅恩が帰った後、鳳椿さんは地面から何かを拾い上げた。
太刀の拵えから落ちた金具のどれかかな。
「これが『切羽』でありますよ」
「へえー……」
知らなかった。
《切羽詰まる》の切羽って日本刀の金具だったんだ。
「しかし、あの様子では獅恩は諦めんことでありましょう。手を治し、拵えを仕立て直したら、またすぐ来ることかと」
「でしょうね。どうしたらいいんでしょう。毎回こうするのも面倒なんですけど」
「毎回しばき倒して、わからせるよりないやもしれんでありますよ」
「うえぇー……」
今回、すごく疲れたんだけど。
あんなバトルマニアに毎回付き合ってたら、命がいくらあっても足りないよ。
確かに武将としては有能だろうから、匿名希望の人が殺したくないと思うのはわかるけどね。
◎切羽詰まる
切羽とは、日本刀の鍔の両面に添える薄い楕円形の金物のことで、これが詰まると刀が抜けなくなる。
窮地に追い詰められた時に切羽が詰まると、逃げることも刀を抜くことも出来なくなるため、為す術が無くなることを「切羽詰まる」と言うようになった。
ぶっちゃけ最近毎回、切羽詰まってから執筆になっちゃってます。
この周、言祝座ケモミミルートはアイデアの思い浮かぶペースがそれなり程度なのに、この先のルートのアイデアばっかりどんどん出ています。
逆に言えば、このルートが終わると展開が早いかも?