180 『武者』震い
とりあえず二人を返り討ちにした了大ですが、問題は暴力で片づけられる種類のものだけではなく。
あちこち大変なものです。
咆と哮、ニワトリ兄弟を一騎討ちに持ち込んでピンポイントで仕留めた。
後々を考えれば無駄に殺したくはないから、それについてはほぼ最良の結果だろう。
僕がどんどん慣れていってしまうという点について、良し悪しを考えなければ、だけど。
おっと、いけない。
「言伝を忘れたなあ……命が惜しければもう来るなって」
「否、言葉は不要にござりまする」
伝言を頼めばよかったのにと思ってたら、候狼さんからそんなことを言われた。
そういうものかな?
「あの二人の亡骸を見ればわかることにござりますれば」
兄弟二人、咆も哮も、僕がこの手で殺した。
でも、そうしなければ両軍に無闇な死傷者が出たり、僕の方が殺されたりしてたんだ。
仕方ないだろう。
「今日はもういいや。別の奴が来ない限り、もう休むよ」
「御意に。しからば♪」
僕も真魔王城に引き揚げようと思ってたら、候狼さんに腕を組まれた。
僕の肩に候狼さんのおっぱいが載る。
近い近い。
「もう帰って寝たいんだけど……?」
「はい。確かに先程『雑兵を始末したら場所を変える』と」
場所を変えてどうするつもりだよ。
そんなこと、言ったっけ……?
「『候狼を可愛がってくだされ』と申しましたらば『そうだね』と」
……言ったな。
哮があまりにも簡単に、挑発に乗るのが順調すぎて、つい言った。
これはどうしよう。
引っ込み、つくか?
「候狼ちゃんのやり方が汚い件」
お、首里さんが物言いをつけてきた。
なんとか言いくるめてさしあげてくれ。
「何が汚いものか。拙者はご下命を果たしたまで」
「むっ……確かにあれはっ、哮様が候狼ちゃんにお熱だったのを逆手に取る策だったけどっ」
「然様。あの場においては拙者にしかできぬお勤めでござった。ゆえに、お勤めを果たした拙者には相応の褒美があるのでござる」
「うぬぬっ」
むしろ言いくるめられたぞ。
首里さんが論戦は苦手かどうかというより、僕がそういう流れにしてしまってたからな。
もう今日は候狼さんのお手柄ということで。
せめて、愛魚ちゃんには事前に話を通しておきたいな。
獣王城。
無言で戻った咆と哮は、その骸を親兄弟に検められることとなった。
「傷の深さ自体はそれなりだが、血が止まらねえところに一撃、正確に当ててやがる。しかも他には一切、かすり傷ひとつなし、と。了大と言ったか、ありゃあ相当の手練れだな」
三男の獅恩は、正妻の子。
一番よく父親に似ていると評される戦いの感覚で、骸についた傷から相手の力量を推し量っている。
「しかしこの傷口、あんまり鋭くはねえな? 《熊井》よ。得物は何を使われた?」
「は。一騎討ちゆえ遠巻きに見守るしかできませなんだが、刀ではなく……何やら、手斧か鉈か。王たる者の武器どころか、そこらの百姓や狩人が薪割りにでも使うような程度の」
「なんだと?」
撤退を指揮した大男、熊井。
融通は利かないが実直な性分であり、誓って嘘は言っていない。
ゆえに周囲の誰もがそれとなく信用を置き、先の城攻めにも次官として付き従った。
「こいつらだって決して、獣王の子の立場だけで威張り散らしてた素人じゃあなかった。いくら頭に血が上ってたからって、そんな得物でこいつらをそれぞれ一撃だと……?」
「ふん、どうせ子供と思って侮っていたんだろう。油断大敵だな」
長男の一紗は、自ら進んで前に出るような気質ではない。
その母は、獣王が戯れに手をつけた女中。
旧鼠の本性がそうさせるのか、普段であれば目立たぬように陰で動く気質だ。
先だってのような、突発的な事態でさえなければ。
「そういうおめえも、あの了大には一泡吹かされたんだろうが。もっぱら城内じゃあ噂だぜ。仍美の見ているところでは殺せねえから見逃されただけだ、ってな」
「なっ!」
実際のところ、その認識は何も間違っていない。
電子文明の次元、マクストリィで生まれ育ち、過去の経緯から心療内科への通院経験や心的外傷の概念に対する理解もある了大は、あの場では仍美が精神的なショックを受けることを何よりも避けた。
そうでなければ一紗はとっくに、酸素中毒でこの世を去っていたはず。
「く……! あのガキが来てから、何もいいことがない! 不愉快な!」
「ならおめえがあいつの首を獲りゃあいい。そうすりゃあ誰もが、おめえを獣王と認める。親父殿もおれも認めるぜ。本当に獲れりゃあ、だがな」
結局のところは、その話にしかならない。
獣王が直々に御触れを出したのだ。
兄弟姉妹の中で、了大の首を獲った者が次の獣王だと。
「とはいえ、あいつは何か知らんが、仍美の奴を人さらいから助けたり、跡目争いにならねえよう遺言を残させようとしたり……この言祝座を狙ってるふうじゃねえ。むしろ、国を安定させようとしてたふしすらある」
「あんなものは猿芝居だ! どうせ、自分に都合のいい者を獣王に据えて裏から操る方が楽だから、そうしているに決まってる!」
本来の了大は決して、好戦的な性分ではない。
学校でのイジメ体験が、敵に対して容赦や躊躇をあまりしない性分を作り上げてはいたが、それ以前のところでは温厚な方ではある。
もちろん、言祝座の者には知る由もないが。
「おめえ、さては馬鹿だな。そうしてえんなら、仮におれなら哮を殺さねえで、そこに据えてたぜ。ご執心だった、ええと……候狼か。あの上女中でもあてがってやりゃあ、簡単に操れただろうからな」
「うっ」
それを指摘されて、一紗は言葉に詰まった。
搦め手を好まない獅恩にさえ思いつくほどに、候狼に対する哮の執心は有名であり、何しろ自分もまた必要であればそうして哮を引き込んだり操ったりできると、そう目論んでいたのだから。
「おれたちはあいつの首が欲しくて、必要とあれば城攻めもするが、向こうは、了大はそうじゃねえ。自分からはもうこっちに来ねえだろうな。一紗よ。獣王になりてえなら了大の首が要るが……」
「要るのが何だ。今更わかりきったことを」
言葉を区切って、獅恩は指さす。
初夏の陽気に死臭が強くなり始めた、二つの骸を。
「……こうなる覚悟はしとけよ。こればっかりは、たとえ獣王になったとしても変わらねえ」
負けて死ねば、同じように骸を晒す。
力が物を言う世界において、強く刻まれた価値観だった。
「そろそろ弔ってやんねえとな。熊井、任せた」
「心得ましてござる」
配下の者に骸を運ばせて、獅恩はその場を後にした。
震えているのは、怯えのせいではない。
「……面白え。血が騒ぐぜ」
父譲りの、戦いに狂う血が《武者震い》となって出るのだ。
殺るか、殺られるか……!
ひとまず夕食を楽しむ。
なんとか一騎討ちで済ませられた分、こちらの死傷者はゼロだからね。
まあ、体の怪我さえなければというものでもなく……
「何なの! 何なの、もう! 『お付き合いしてほしい』って言ってたのは嘘だったの!?」
「嘘じゃないよ、噓じゃ……でも、なんと言うか、ここってこういう場所だし」
「周りが許せばいいんだ!? 了大くんは、そういう浮気者だったんだ!?」
「浮気て……」
「浮気じゃない!」
……わかってた。
この段階じゃ、真魔王城の『食べ放題』状態になじめない愛魚ちゃんに泣かれてしまうのは。
「その……ごめんなさい」
「了大くんのバカ! スケベ! 嫌いよ!」
返す言葉もない。
今までの時間でカエルレウムが折に触れて言っていた『たらし』の代償がこれだ。
気が重い。
「お嫌いならば、お嫌いで結構。御屋形様には、拙者どもがお仕え申し上げる。お役目を返上されたいならば、それも結構。阿藍様に申し出られよ」
「…………あ゛ァ!?」
そこに、よりによって張本人の候狼さんが!
胃が痛いかもと思いながら見守っていると、しばらく無言でにらみ合った後、どちらからともなく視線を外して、愛魚ちゃんが出て行って終わった。
もうやだこの空気……
「りょーくん」
「……ルブルムか」
ルブルムは城内に姉が住んでいることもあって、状況が理解できないほどではないようだけど。
それでも、なんだか距離を感じる……?
「あれは、まなちゃんは悪くないからね。わかってる?」
「それは、もう」
「……ワタシも、なんか『りょーくんってそんな子だったかなぁ』って思っちゃってる」
ルブルムにまで、失望されてるのか?
どうしてそうなるんだ。
「それは、前に話したでしょ。ルー……例の、あの件があるから」
「あー、はいはい。だから仕方ないだろって?」
こっちまで頭に血が上って、危うく『周回』って言いそうになった。
周回については極秘事項なのに。
「だからって何をしてもいいわけじゃないでしょ。もっと気をつけてよね。わかった?」
「……わかったよ」
ルブルムもこの場を離れる。
もう言うことはない、とばかりに。
「さ、御屋形様。邪魔者は退散いたしましたゆえ、今宵は」
「そんな気分になるわけないだろ!?」
気持ちがすれ違う。
気持ちが逸れていく。
何なんだ、これは……
結局、寝かしつけにヴァイスを呼んで、何もしないで寝て、翌朝。
特に何か夢は見ないですむようにとも頼んでおいたから、少なくとも『嫌な夢を見て気分が悪い』ということはない。
「なんか、災難って言ったら変ですけど、つらいところですねえ。了大さんはただ、皆で平和に暮らしたいだけなのに」
「……ヴァイスたちだけか、わかってくれるのは」
目は覚めたけど、ベッドから出る気にならない。
上体も起こさずにぐだぐだしながら、ヴァイスと話して過ごす。
「もちろん、あたしはわかってますよ。これまでのあらすじも、了大さんの想いも。それに、あたしなら了大さんがいくら他の子に手を出しても、割り切れますからね。いちいちわめいたり、喧嘩したりしません」
「それは助かる」
起きたくないなあ……
起きなきゃいけないのかな?
起きる必要が?
「体の調子……じゃないですねえ。心の調子がよくない感じですか」
「いいとは、言えないかな」
ヴァイスは精神に作用する《淫魔》だから、自分が受ける精神攻撃を無効にすることもできるし、相手の精神状態がどのくらいかをおおよそで見ることもできる。
そのヴァイスから見て、今の僕は調子が悪いんだろう。
「失礼します。よろしいでしょうか」
誰かメイドの声がしたから、入ってくるように言う。
入られたり見られたりして困るような事は、何もしてないからな。
「言祝座より獅恩様がお越しですわ」
幻望さんが入ってきて、報告を上げた。
今度は三男が攻めてきたか。
あんまり大軍なら、対策を考えないといけない。
「数は」
「お一人。獅恩様ご自身のみ、ですわ」
バカな、単身だと。
僕が一騎討ちで次男と六男を仕留めたのは、死体を持って帰らせて伝わってるだろうに。
「ねえ、獅恩ってバカなの?」
ストレートに聞いてしまった。
そんな質問をしてしまうくらい、今の僕は精神のどこかがダメなんだろう。
「馬鹿かと問われれば、間違いなく、馬鹿ですわ。獅霊様にそっくりの、戦狂い」
戦闘狂、バトルマニアか。
なるほどいかにもあのジジイの子の中でも、一番似ているだけはある。
前に傀那様とも話してたけど、血の気が多すぎて、獣王になってほしいタイプじゃないんだよ。
武将としてはめっぽう有能なタイプなんだけど。
「ですが、それ故に百戦錬磨の猛者でもありますわ。咆様や哮様のようにはいきませんわよ」
「わかったよ……出るしかないんだろ」
単身で来るということはつまり、今度は向こうが一騎討ちを希望しているということだろう。
となれば人任せにはできない。
武器……どうしよう。
また前回の手斧じゃダメかな。
「いくらなんでも無謀ですわよ。それなりのものをお持ちくださいまし」
さすがにダメか。
幻望さんに止められた。
それなりのもの、って言ってもなあ。
着替えながら少し考えた結果……何も持って出ないことにした。
武器は持たない。
カラテだ!
「もっと無謀ですわよ!? 素手って!」
「下手に使い慣れない武器を持つより、内歩進の方が信頼できると思うんだ。自分の体なら、間違いなく使いこなせるから、ね」
「それは、そうですが」
「了大さんなら大丈夫。信じましょうねえ」
不安そうな幻望さんはヴァイスになだめてもらって、出る。
向こうが単身なんだから、こっちも単身。
門番も誰も配置そのままの、完全な一対一だ。
「悪いなあ、了大。仍美を助けてくれたあんたの首を狙うってのは、不義理だが……」
義理と人情を秤にかけたら、義理の方が重いんじゃなかったのか。
死んだおじいちゃんの遺品の古いカセットテープで言ってたぞ。
結局、こいつも僕の首と魔王輪が目当てか。
やっぱり将器じゃないな。
「……おれは、あんたみてえな強い奴と戦いてえ。今、こうしていても《武者震い》がしやがる」
腰の刀を抜いた。
あれは見るからにいいものだな。
僕も本来なら、こういう場にはああいう武器を持たないといけないんだろう。
でも、勇者の剣を使えるようになるのは、夏休みの寺林さんイベントのクリア後だからな。
今は持って来られない。
「おれの得物は、相手の頭も兜ごとかち割るこの太刀、《渡し地蔵》! あんたの武器は!」
「ない」
「は!?」
やっぱり、何も持って来なくてよかった。
渡し地蔵って言ったか、あれが相手じゃ生半可な武器は折られるだろうから。
それに。
「本来、僕は争いごとが好きなわけじゃない。だから特に、決まった武器は用意してなかった」
「なんだよ。智鶴みてえな台詞を言いやがる」
は?
智鶴って、あの智鶴さん?
あの人もそういうことを言ったの?
◎武者震い
戦いや重大な場面に臨んで、興奮のためにからだが震えること。
異種婚姻、恋愛ものとしてループの過程で各キャラの個別ルートのようなものを想定して執筆していますが、恋愛ものであること自体を際立たせたく、今回ルートで対象外になってしまった愛魚とルブルムの好感度が下がる展開としてみました。
最終的にはハッピーエンドにすると決めていますが、ただ楽にモテるのではなく、それまでは苦労してもらおうかと。




