179 『チキン』
跡継ぎ選びの条件に首を狙われて大変な了大。
そんな理由でそんな状況とはいえ、ここまでの周回で積み重ねたものをもってすれば大丈夫。
最初から強いチート主人公じゃありませんけど、徐々に強くはなってきた主人公です。
どうかお付き合いください。
えらいことになってしまった。
戦争だ。
ひとまず、傀那様と仍美さんを真魔王城へご招待。
いくら本気を出せばゴリマッチョと言っても、傀那様は僕と争う気がないと言ってくれるので助かる。
「しかし、他の者どもは違うでしょう。跡目がかかっておれば、男衆は皆、了大様の首級を狙って来るかと」
「でしょうね。まあ、予想はつきますよ」
仍美さんが目撃するといけないから、結局は一紗の奴もとどめは刺せなかったし、他の……たぶん六男までくらいは敵か。
五男は蕎麦屋になって脱落、七男はお飾り、八男はそれ以前……で五人は覚悟しておこう。
「了大くん、ずいぶん落ち着いてるね? 命が狙われてるんだよ。大丈夫なの?」
「まあね」
愛魚ちゃんが心配してくれる。
確かに、うかうかしてたら殺されるという話ではある。
あるけど……正直、アルブムから狙われっぱなしのループで慣れちゃったからなあ。
今更あいつら程度じゃ怖くならないんだよ。
「なんだか、私の知ってる了大くんじゃないみたい」
そりゃ知らないだろう。
周回して戻るたびに忘れちゃうんだから。
それを言っても仕方ないから言わないけど。
「……本当にあなたは、真殿了大くんなの?」
だからって、よりによってなんてことを言い出すんだ。
僕が偽者だとでも思うのか。
「そんなにもそっくり同じに偽者が作れると思ったら……あ?」
そう言いかけて、思い出した。
偽者騒ぎはあったじゃないか。
あの最初の時間に。
「ちょっと? 『あ?』って何?」
「いや、何でもない! とにかく、そんなにそっくり同じな偽者が作れると思うのかってことだよ。見た目だけならいくらでも化けられる。でも、この魔王輪はそうはいかないだろう?」
「それはそうだけど」
まさか他でもない愛魚ちゃんから疑われ始めるとは。
落ち着いて対処すべきというより、落ち着きすぎも考え物なのか?
なんだか、周回するたびにどんどん横道に逸れていくような感じもしてきた。
「私は……リョウタさまを信じます。いち早く仍美様の危機に気づいて、私を寄越したリョウタさまを」
「助かるよ。猟狐さんも言祝座から出向だもんね……って」
話が横道に逸れて、忘れてた。
言祝座から出向のメイドたちは、どっち側につくんだ。
僕か、それとも故郷か。
「そう言えば、上女中を何人かこちらに寄越しておったのう。そなたらには、私から話そう」
ここで、傀那様が出向組メイドたちへの説明と、意見の取りまとめを買って出てくれた。
渋る者も少しはいたようだけど、そこは跡目が見識のある者に決まるまでの辛抱ということに。
「見識ねえ……正直、誰ならいいんでしょうね。三男の獅恩さんも、他よりはいくらか好さそうではありますけど、気性があの父親譲りでしょうから」
「うむ、例の発案にも嬉々として乗ることかと。正直、将器とはとても……」
正気ではあるだろうけど、将器ではない。
気は確かだけど、人の上に立てるタイプじゃないか。
日本語って難しい。
「傀那様。もう傀那様が言祝座の魔王輪を獲っちゃってくれませんか」
「女の身であまり気乗りはいたしませぬが、他になければそういたしましょう」
女の身でと言えば、三女の……敦乃さんだっけか?
自分が立つより七男を立てようとしてたな。
それに、あの智鶴さんもさっさと引きこもりを決め込んでた。
あの人がどう動くか、動かないか、それでもまた変わるんだろうけど。
やっぱり言祝座って昔の日本みたいに、女性の立場が低いんだろうな。
「まあ、少なくともここにいれば仍美さんは安全ですよ。何と言ってもこの真魔王城、外敵への備えは抜かりありませんし」
アルブム相手ならともかく、言祝座の跡目候補相手なら立待月を起こすまでもないだろう。
今の段階で僕が操作できる機能だけでも、おそらく十分だ。
「身の回りの世話も、上女中……出向のメイドたちでしたら、見知った顔で安心でしょうし」
「お心遣い、痛み入りまする」
となると次の問題は……いつまでに片付けるか。
正直、夏休みからは寺林さんイベントになっちゃうから、それまでに言祝座方面は全部片付けたいんだよね。
打って出るか?
「魔王様、よろしいですか。門番組より、怪しい軍勢が現れたとの報告が上がっております。大将は何やら、鶏のような飾りの鎧兜だとか」
「それは咆様と哮様にござりまするな」
少し迷っていたら、早速来たか。
ベルリネッタさんからの報告を候狼さんが分析して、次男と六男だったか、ニワトリ兄弟だとわかった。
勝てない相手じゃないけど、背後は確認しておかなきゃ。
「ここから先は殺し合いになる。僕は死にたくないから相手を殺すつもりだ。皆はそれでいい?」
「御屋形様、手心は無用」
「ん……リョウタさまの方がいい」
「もちろん! 了大様の敵なら、首をはねちゃいます!」
「私も構いませんわ」
候狼さん、猟狐さん、首里さん、幻望さん。
出向組も問題なくついてきてくれるようだけど……
「大丈夫かな。魔破さんや黎さんは?」
「あたしも、かまいませんよぉ。何も言祝座以外に安住の地がないわけじゃありませんからぁ」
「こういう時って結局、なるようにしかならないんですよね。特に私のようなおっちょこちょいは」
……大丈夫だな。
ここは、早めに大将首を落として終わらせたい。
魔破さんに《形態収斂》を解除してもらって、騎乗。
武器は適当にそれっぽい手斧を借りて、それと手勢は、適当に十人ほど連れて出てみる。
向こうはそれなりの数を集めてきてるけど、今後を考えるとできれば殺したくないからな。
古式ゆかしい、あの手で行くか。
「大将同士の決闘、一騎討ちを申し込むぞ! どうする、受けるか否か!」
一騎討ち。
日本史などの授業でさっくり触れたか触れないか程度ではあるけど、敵の大将、指揮官を討ち取れれば軍勢の総数によらずに天秤をこちらに傾けられる。
昔の日本にそっくりな言祝座なら、合戦の手法として通用すると見て仕掛けるけど……
「ふん、その手には乗らんぞ。まともにやっては勝てぬからそのようなことをほざくのだ」
うーん、来ないか。
次男の咆は思ったより冷静な方みたいだな。
少し挑発するか。
「僕が怖いのか? 数で押さないと僕の首級を取れる気がしないから、一騎打ちは怖くてできないんだな?」
「なんだと? 言わせておけば……」
さすがに、対戦格闘ゲームのように相手のパワーが下がったり、その他都合のいい効果が出たりはしないけど、現実には相手の精神状態さえ崩せればいい。
冷静な判断力を失わせろ。
これも前回の夏休みで読み漁った本のひとつに書いてあった。
ページ数が少なくて薄かったのはさておき『効果的な挑発の仕掛け方に特化した本』というのはなかなか変だったけど。
続けて挑発しよう。
「そうだ。ひとついいことを思い出した。別の次元の言葉では、腰抜けのことを指して《チキン》と言うそうだぞ。お前みたいな、手勢に守ってもらわないと威張れない、一騎討ちにも出られない腰抜けのことだな!」
「おい、俺様が腰抜けだと! そうほざいたか、ガキが!」
効いてる効いてる。
さらに挑発続行、そして伝説へ。
挑発伝説。
「ああ、言ったぞ、腰抜けめ! そんなに僕が怖いなら、死ぬのが怖いなら、今すぐ帰ってあの父親にそう報告すればいい。『命が惜しいので魔王輪は諦めます』ってな!」
「ぐぐぐ……!」
「兄ィ、抑えて。怒ったら相手の思う壺だぜ」
おっと、六男がブレーキ役に登場か。
でも残念。
お前に対する挑発のしかたも思いついてるんだよね。
馬から……魔破さんから降りて、連れて出た中から候狼さんをピックアップ。
「あ! 候狼だと!?」
そう、候狼さんだよ。
またまた挑発続行、伝説から神話へ。
挑発神話。
「そうとも、候狼だ。お前がご執心のな!」
六男、哮にわざと見えるように、連れ出した候狼さんの腰を抱き寄せる。
候狼さんには説明してなかったけど、まあ、合わせてくれるだろう。
「おまえ! おれの候狼に触るんじゃねえ!」
「何が『おれの』だ。『僕の』だよ」
さすがに候狼さんも、ちょっと呆気に取られてる感じだな。
合間に小声で『話を合わせて』とお願いしておく。
これも挑発の一環なんだ。
哮が相手なら候狼さんを使わざるを得ない。
ついでにおっぱいも触って見せちゃえ。
やっぱり大きい。
「この候狼はいいな。特に抱き心地がたまらなかったぞ」
「な! おまええええええ!」
この時間ではまだ抱いてないけど、別の周回の時に抱いた感じは実際よかったんだよね。
戦場でもベッドの上でも従順。
裏切らない女はいい……おっと、いけないいけない。
今は思い出してる場合じゃないな。
「お、御屋形様♪ このような場で♪ 困りまする♪ あぁん♪」
「ふふふ。じゃあこんな場所じゃなければいいな? 雑兵を始末したら、場所を変えよう」
「御意に♪」
当の候狼さんもめっちゃ合わせてくれてる。
弱点が分かってる相手の挑発なんて楽勝なんだよ。
「あ、兄ィ! もう許せねえ! 一騎討ちでもなんでも、あのガキをブッ殺してやる!」
「おう、お前が行くか! 俺様の代わりに暴れてしまえ!」
咆はまだだけど、哮の方は一騎討ちに引きずり出せたな。
よしよし。
「前座にあんまり時間や手間はかけたくないなあ」
「おまえ! 候狼に手を出した上に、おれを前座だと!」
「上に兄がいて控えてるじゃないか。前座でなくて何なんだ? まさか自分が、兄がいなくてもやっていける一人前だと思ってるのか? 候狼の尻ばかり追ってるくせに」
「ぬぬぬ……!」
挑発を効果的に行うために必要なこと。
まずは、相手が『絶対に間違いない、変わらない、価値がある』と思う要素を見つけること。
その上で、その要素を『絶対に違う、無価値だ』と否定すること。
自分の大事なものを否定されて、何とも思わないでいられる者は滅多にいない。
クルス・アルバ著《挑発の極意》より
「面白いほど決まるな。あの本、すごいや」
「うおりゃああああああああ!!」
絶叫して向かってくる哮。
正直、鳳椿さんやイグニスさんあたりには遠く及ばない、遅い攻撃だ。
とはいえ僕を殺すつもりの攻撃であることに変わりはない。
念入りに《有意向上》で思考速度と動体視力を上げて捌く。
有意向上の倍率は高めに。
さらに倍。
「止まって見える」
こうなればコマ送りみたいなもんだ。
倍率が高いと長時間は持続できないとはいえ、一撃で決める前提の短時間なら問題ない。
攻撃をしっかりと避けた上で、相手の首筋に手斧で一撃入れて、解除。
普通の速度で見えるようになると。
「あ、う……」
いい感じで出血多量になるポイントに入った。
赤い放水みたいになってるよ。
「哮ッ! そんな、一瞬だと……!?」
驚いてる驚いてる。
次はお前だからな。
「哮様、最期にござりますれば、申し上げたき儀が」
候狼さんが来た。
確かに、これで最期だもんな。
せめて言い残したことのないようにしてあげてくれ。
「拙者、哮様の執拗な執着ぶりには、ほとほとうんざりしておりました」
「……な、に……」
「こちらの了大様こそが拙者の御屋形様、拙者は了大様に身も心も捧げて尽くして生きる所存」
「そん、な……」
うわ、えぐい。
死にそうなところでバッサリ振るのか……
僕がこれをやられたら、立ち直れる自信はあんまり無いぞ。
「さ、御屋形様。今宵も候狼を可愛がってくだされ♪」
「ああ、そう、だね……」
だから、この周回じゃまだなんだけど、まあいいか。
別に嫌いなわけじゃないし、むしろ好きではあるし。
「おまえの、目に、はな、から……おれは、映って、ないの、か……」
死んだ。
いろいろ行き違ったり立場があったりしなければ、と思わなくもないけど。
「ええい、止めるな! あれだけ愚弄された上に弟を殺されて! ここで退けるか!」
「来たか」
候狼さんを下がらせて、咆と一騎討ち。
先に言っておかなくちゃ。
「お前が負けたら、全員引き揚げさせろ。次に偉い奴にそう伝えておけ」
「ふん、無用だ!」
「わざわざ言わなくてもそうしてくれる程度には、お前より有能なんだな」
後々を考えないといけないから、できればこの兄弟だけピンポイントで仕留めて済ませたいんだよね。
僕を殺すつもりの奴からだったらいくら憎まれても恨まれても気にならないから、なんだったらいくらでもそうなるように挑発してみせるけど、その他の人々から要らない恨みは買いたくない。
「ぬりゃああああああああ!!」
「だから、遅いんだって!」
ヤバい、大差ないぞ。
似たような感じの展開になっちゃった。
弟よりは重装備だったから鎧の隙間をうまく狙わないといけなかったけど、それさえも《有意向上》をもってすれば余裕。
ほぼ止まって見える中で首の隙間にヒット。
「ば、か、な……」
「本当にね。僕もそう思う」
さすがに兄弟揃って討ち死にしたとなると、後の奴らは引き揚げた。
せめて死体くらいは丁重に持ち帰ってくれ。
ここに置いて行かれても困る。
「しかし、この調子で全員殺すのか? さすがに、それは……」
軽く鳥肌が立った。
僕はアルブムを倒したくて、そのために魔王としてちゃんとした奴になりたいんであって。
決して、殺人鬼になりたいわけじゃないんだ……
◎チキン
アメリカでのスラング。
寒い時や何か恐怖を感じた時、人間の皮膚は体温を維持するために鳥肌が立つ。
この様子がニワトリの羽根をむしった状態によく似ていることや、鳥類が周囲に気を配ってキョロキョロしていることなどから、いつも周囲を気にしている臆病者、腰抜けという意味で使われる。
侮辱的な意味合いの用法だが、実際のニワトリは好戦的な方の動物である。
今週は内容についての後書き云々より、これだけ言わせてください……
鈴原るるさんが引退でとてもつらい。