178 『窮鼠』猫を嚙む
力づくが大好きな獣王・獅霊とでは意見が合わない了大。
そしてすっかりやる気の一紗。
思うようにいかないことばかりです。
目論みが大きく外れた。
獣王の獅霊様……いや、このジジイは言うに事欠いて『ヴィランヴィーを獲れ』なんて言い出した。
そして、長男の一紗は早速やる気。
「軽率だったな、小僧! わざわざ乗り込んできて、跡目に口出しなどするからだ!」
「僕は『僕が望む者に決めろ』とは言ってない。ただ『誰にするかは死ぬ前に決めろ』と言っただけだ」
「どっちみち口出しじゃないか。生意気な」
ジジイの方の様子を確認する。
咳き込んでいたのがいくらかおさまったようで、女中に水を持ってきてもらったり、若い衆に周囲を固めてもらったりしている。
確かに、軽率だったかもしれないな。
というのも。
「軽率と言えば軽率だったよ。肉親殺しで王様になったばかりか、自分の子たちにも肉親殺しをさせようとする脳みそ筋肉相手に、話し合いなんてしようと思ったのは」
僕はまだ、言祝座という次元に対する理解が足りていなかったということかもしれない。
所詮は暴力の次元ということだろうか。
だから、より強い力……アルブム相手に暴力で負けて、魔王輪や城を取られる。
僕がしたいのは、そんなんじゃダメだっていう話なのに。
「おい、小僧? 口出しの次は父上への侮辱か? 余程命が惜しくないらしいな」
ここは、病人はまあいい。
目の前の一紗だ。
どんな能力を持っているかがわからないから、迂闊には動けない。
さて、向こうはどう出るか。
「おとなしく跡目を指名しておけばいいものを、僕の……うん、僕のだよな……ヴィランヴィーを獲れなんて言うからだ。どうせ老い先短いにしても、もっと遺言は選んでほしいな」
「まァだ言うか! かっ……げふっ」
まあ、このジジイがもう長くなくて、この後じきに国が荒れるなんていうのは、実際にそうなった時間を見てきた僕だから言い切れることではある。
何しろ国が荒れるほどだ。
周囲にはいろんな意見があるだろう。
快復を願っている者や、快復すると信じている者。
または、そうでなくても自分が跡を継げば大丈夫と思っている者。
「者共、出会え出会え! この狼藉者を斬り捨てよ!」
「うわあ……」
何かの放送で見た時代劇みたいな台詞。
つくづく和風の次元だな。
同時に、暴力がはびこる次元でもあるけど。
なんて呑気に言ってる場合じゃないか。
この状況で無抵抗でいたら斬られる。
「これは何事じゃ!」
「ん、あれは……」
続々と現れて刀を抜く若い衆の中に、まるで場違いなやんごとなき女性。
前回までの周回で会った記憶は向こうにはないけど、僕の方にはちゃんとある。
長女の、傀那様だ。
「殿中じゃぞ! なぜ、刀を抜いておる!」
「傀那か。この小僧は狼藉者だ。父上に向かって、跡継ぎを指名せよなどとほざいてな」
「何じゃ、それくらい。万一を考えれば、何もおかしくはなかろう。しかもじゃ」
あ、傀那様は話がわかる感じか?
獣王の長女である彼女が話しているから、若い衆も騒いだり動いたりはしない。
これは助かる。
「この了大様は仍美の命の恩人じゃ。私からすれば刃を向けるなどととんでもない」
「父上が仰せなのだ。この了大を仕留めた者が跡目だとな」
「何と!」
さすがにそれは事実だから否定はしない。
跡目が、魔王輪がかかっていれば、そりゃ必死になるよな。
アルブムが来る以上、僕も必死だもの。
「……ほとほと、愛想が尽きたわえ……」
「うん?」
「父上! 孫娘の命の恩人を斬らせようなどと、正気ですか!」
傀那さんはジジイの方に向き直った。
そして僕抜きで話が進む……まあ、そりゃそうだ。
基本的には御家騒動、僕の出る幕じゃないはずだもの。
「おうよ……その小僧、儂に『万が一』などとぬかしよった。儂はまだ死なんぞ。こんな病など、必ず……必ず治す。『万が一』など、ありはせん」
「ないと思っておるところに起きるから『万が一』と言うのですよ、父上」
さすが長女というだけはあるか。
気丈な、強気な態度。
「もういいだろう、跡目の条件はわかったのだ。あとはこの小僧を殺せば、わたしが次の獣王ということだ」
「一紗、そなたもな」
こうしている間も、若い衆は動けない。
獣王とその長男と長女と、三者の間で板挟みなんだろうな。
僕もここは様子見だ。
「魔王輪が欲しいから父上に従う、父上が仰せじゃから了大様を殺す、と……そなたには『自分』が無いのう。いつも周りの顔色を伺いながら、それでいて周りを見下して」
「ぐっ、く……黙れ、黙れ! 女の分際で!」
わあ、露骨な差別発言。
言祝座は日本の社会通念が通用しないからさておくけど、マクストリィの現代社会だったらインターネットで大炎上ものだな。
そういうことを言うから器が知れるんじゃないのか。
「日頃は、咆や哮を指して『目先の利にとらわれる軽率な奴』などと陰口を叩いておるくせに。自分こそ跡目をちらつかされて、目先の利にとらわれておるではないか。軽率じゃのう」
これ、もう完全に傀那様のペースかも。
今のやり取りを見ていただけでも、一紗よりもよっぽど傀那様の方が人の上に立つ器っぽい……
なんとなくそんな気がする。
「言わせておけば……! 邪魔立てするなら、おまえとて斬るぞ!」
「ほう、斬れるものかや! その、ひょろひょろの『もやし』のような細腕で! この私を!」
「もやし!」
もやし……
まあ、細いもんな、一紗。
笑いそうになっていたら、傀那様から感じる魔力が大きくなった!
しかも魔力だけじゃない。
「一紗よ。そなたは昔から一度も、腕っ節で私に勝ったことなど、ないではないか。それとも何かや。ここにおる者共に私を斬らせて『自分が斬った』とでもぬかす気かや? ん?」
「ひいっ……!」
頭には角が生えて、体格が二回りくらい大きくなって、特に肩や腕が肥大化している。
あれはまさに、鬼……
そうか。
古い言葉で『腕力』は『かいなぢから』と言う。
だから傀那様は『かいな』なのか。
ともかく、これはチャンスだ。
「獅霊様、先程のお言葉、今ならば聞かなかった事にもできます。一時の気の迷いであったと仰るのなら、何もなかった事といたしましょう」
でも、チャンスだからと僕も暴力を振るってしまっては、結局は同類に、同レベルになってしまう。
あくまでも話し合いにこだわってみよう。
僕はこんな脳筋にはならないぞ。
「ですから」
「くどいわ!」
うん、ダメだよね。
たぶんそうだろうとは思ってたよ。
「儂さえ、儂さえこんな体でなければ! 小僧……其の方など、とっくに儂自ら斬り捨てておるわ! ふー、ふー……」
「あくまでも力が全てと仰せですか、父上」
「当たり前じゃ。傀那、何であれば其の方でも」
「ほう。ならば」
僕を殺して力を示せば、女でも関係なしか。
なるほど、それはそれでひとつの方向性だよな。
脳筋なりに『筋』は通ってる……けど……
「げふぅ!」
「はあぁ!? おい!?」
か、傀那様が、ジジイを殴った!?
しかもわりと思いっ切りじゃないか、あれ?
「力が全てならば」
「おごっ!」
「こうして私におめおめ殴られるのも、力ゆえの事」
「ぐはっ!」
傀那様の手が止まらない。
あれ、泣くまで殴るのをやめないつもりか?
「殴られ続けて死ぬのも、力ゆえの事。父上はそう仰せなのですよね」
「ごぼっ……」
傀那様が止まらない。
いくら魔王とはいえ、老人の上に病人のようだから、さすがにそろそろ死ぬんじゃないか?
僕としては跡目さえまともな奴になれば、ジジイの生死は問わないけどさ。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待てぇ!? さすがに見ておられんぞ!?」
「なんじゃ。いい所じゃ、もやしが邪魔立てするでないわ」
「また『もやし』と呼んだ!」
やめてさしあげましょうよ。
そいつ『うらなり』とか『もやし』とか、自分の細さをバカにされるとキレるんですから。
「ええい、何をしておる! 傀那の奴めが乱心だ! 謀反だ! 斬れ、斬れ!」
「し、しかし」
「しかしもかかしもあるか! ここで気張った者ほど、わたしが獣王になった暁には取り立ててやる! かかれ!」
若い衆もかわいそうに、腰が引けてるよ。
日頃の上下関係を抜きにしても、あのゴリラみたいなムキムキの、今の傀那様に斬りかかるなんて。
僕だって嫌なものを。
「おりゃ!」
「ぐはぁ!」
「ふんっ!」
「ぶべぇ!」
若い衆、まったく歯が立たない。
完全に『傀那様無双』になってる。
たまに背後から斬りかかって、当てたと思ったら。
「お、折れたァー!?」
「ぬるいわ!」
「うぶぅ!」
なんと、背中側の筋肉がすごすぎて刀が通らない始末。
刀が折れてワンパン。
これはひどい。
「どうした、もうおしまいかや!」
若い衆が全滅。
でも息切れどころか汗もかいてないんじゃありませんかね、傀那様。
もう怖いんですけど。
「おのれ、おのれ! こうなれば……!」
窮地に立たされた一紗の、顔の形が変わる。
鼻の先が伸びて、髭も伸びて……
鼠になった!
「来い! わたしの一族!」
一紗の正体は鼠か。
それでいて日頃の姿がやせっぽちとは、有名な漫画家の解釈みたいでわかりやすいな。
なるほど。
「一紗はああなるとちと厄介じゃ。鼠など一匹一匹であればなんでもないが、数が多すぎてのう」
床を埋め尽くす鼠の大群。
苦手な人だったらきっと卒倒してうなされるやつだ。
僕はそんなでもないけど。
「踏んでも蹴ってもきりがないのじゃ。了大様は平気と?」
「平気ではありませんが、策はあります」
前の周回で夏休みのほとんどを読書に費やして、その中で覚えた呪文が使えるだろう。
その中から今回は、空気を変質させる呪文を使う。
夏は暑かったから、涼しい空気と熱い空気を仕分けすることで、練習しながら涼んでたんだよね。
ここが、使いどころ!
「《気体分離/Gas Separation》!」
ガスセパレーション。
空気の中から特定の成分だけを分けて集められる呪文。
これが書いてあった本の筆者は、敵が罠や呪文などで毒ガス攻撃をしてきた時の対策くらいにしか使い道を思いついていなかった。
でも僕なら違う。
マクストリィで学校に通って、理科や化学の授業を受けてきて基礎知識がある僕は。
「二酸化炭素を分離して、低い方に集めろ。床を走るしかない鼠なら、それで窒息する」
「お、おお? 鼠がひとりでに、倒れよる……?」
思った通り。
酸欠で窒息させれば、鼠なんてイチコロだ。
数は多かったけど、無策で突っ込んでくるだけだから、バタバタ死んでいく。
無益な殺生だとは思うよ。
自衛でなければ、こんなことはしない。
「お、おまえ! 一体何をしたというのだ!?」
「わからないのか。じゃあ教えてあげない」
日本でだったら義務教育のうちに習う内容なんだけどね。
言祝座に日本の学習指導要領は通用しないから、仕方ないか。
でもわざわざ教えてやることはない。
「お、おのれっ」
あ、逃げた。
そりゃさすがに逃げるか。
さて、どうしたものかな。
「いかん! 了大様、あちらに逃がしてはなりませぬ」
ん、傀那様が慌ててる?
何があるのか知らないけど、傀那様がダメな方と言うならダメなんだろう。
追って捕まえるか。
しばらく追ってみるけど姿が見えなくなってる。
逃げ足だけはやたら速いな、あいつ。
「やーだー! もー!」
しばらく進むと、先の方で女の子の声……
この声、あの仍美さんか!
「く、来るんじゃない! このチビの首、へし折るぞっ!」
「最低だな……」
仍美さんが人質に取られていた。
しかもまだ距離を詰めきれていない。
確かに、この状況なら僕たちが何かするより、仍美さんの首が折られるのが早いかもしれない。
まずいような……
「油断したな、馬鹿どもめ! 昔から《窮鼠猫を嚙む》と言うだろう!」
「いや、せめて噛み方は考えろよ!」
これじゃ傀那様はまるで動けない。
さて、どうしたものかな……何か知恵はないか、こんな時こそよく考えろ。
熟考の悪魔は、僕にそう教えてくれた。
(そうだ。《気体分離》はまだ持続してる。外から傷つけることを狙うんじゃなくて、気体で……見えない形で仕掛ければ)
今度は酸素を分離させて、それを一紗の顔の周囲にだけ集める。
確か、酸素ってあまり濃度が高いのを吸いすぎてもダメなんだって。
いつの時間だったか、愛魚ちゃんと別荘で遊んだ時にダイビングの話題になって、聞いたことがある。
「く、何だ……吐き、気、が……」
酸素中毒は苦しいだろう。
さあ、人質を離せ。
「ありがとうございました、了大様。仍美、怪我はない?」
「だいじょうぶです!」
痙攣して倒れた一紗から、仍美さんを引き離す。
まだ死んでないけど、一応殺すのはやめておくか。
子供の目前じゃ教育によくないから。
しかし、こうして落ち着くと、傀那様はすっかり母親の顔だな。
「了大様。私は最早、この城には居られなくなったことでしょう。ヴィランヴィーを獲れなどという父の方針にも反対でございます。ここはひとつ、私と仍美もヴィランヴィーへお連れいただけませぬか」
「あー……こうなると、その方がいいかもしれませんね」
「お心遣い、感謝いたします」
結局、恩を売るどころか喧嘩を売ってしまった格好じゃないかな。
この展開は、これはこれで見たことはないけど……
なんだったら傀那様に獣王になってもらうのも、ありかもしれない。
◎窮鼠猫を噛む
鼠が猫に立ち向かって噛みつくように、絶体絶命の窮地に追い詰められれば、弱い者でも強い者に逆襲することがあるというたとえ。
傀那は種族的に鬼キャラなので、昨今の流行との差別化を工夫したいところ。
ギャルゲー的視点・用語で言うと攻略対象キャラではありませんので、全開状態をメスゴリラにして攻略対象ヒロインと差別化するところから。