177 『末生り』
言祝座はケモミミルートのはずが、目立った成果が得られず実にここだけで三周目へ。
前途多難な了大は、また経験を活用して早目に動きますが……
新しい周回の初日。
いつでも真面目に全力で動かないと……ということで、愛魚ちゃんにはいろいろと話がある。
寄り道を提案して、僕も僕で家に連絡。
「学校帰りに彼氏とデート……♪ いい、いいね! で、どこに行きたいの?」
行きたい場所は、いろいろある。
時間を繰り返しても、行ったことのない場所、見たことのない景色が、まだまだあるはずだから。
でも。
「あっ……でも、あんまり変な場所はダメだよ? まだ学生なんだから」
「変な場所、か。確かにそうかもしれない」
「え、真殿くん?」
行きたい場所よりも『今』は、行かなきゃならない場所の方が多い。
今回は、捨てるつもりなんて甘い考えはなしだ。
「ヴィランヴィーへ、真魔王城へ行く。もちろん来てくれるよね」
「っ! それは……」
「深海さん、隠さなくていい。僕は自分がヴィランヴィーの魔王であることも、そのために深海さんが監視役として僕に付けられたことも、ちゃんと知ってる。その上で……深海さん?」
一気に全部は情報量が多すぎるかな。
愛魚ちゃんの顔色が悪いかもしれない。
たぶん、この時点だと僕に海魔の正体を知られたり、姿を見せたりする心の準備ができてないからだろう。
それは後でフォローしよう。
「深海さん。その上で僕には、君が必要なんだ。僕を信じて、話を聞いてほしいから」
「……うん、わかった」
愛魚ちゃんはこれでよし。
でも、愛魚ちゃんだけじゃダメだ。
「? スマホ?」
「ちょっと、別方面にもね」
移動する前に、電波が届くうちに。
りっきーさん……ルブルムにメッセージを送って呼び出す。
『はろー☆』
『こんばんは、りっきーさん。急で悪いんだけど大事な話ですぐ会いたいから、真魔王城まで来てほしい』
返信が来ないな。
はぐらかすかどうか、迷ってるのか?
『とぼけてる時間はないんだ。だから頼むよ。赤の聖白輝龍、サンクトゥス・ルブルム! 返信はしなくていいから、必ず来てくれ』
それでもまだ返信が来ないけど、返信を待つより真魔王城に行くのが先決だろう。
そうしたら電波は届かなくなるから、返信は不要と強調して《門》で移動。
愛魚ちゃんと、真魔王城へ。
そのままだと侵入者扱いされるから、ここで魔王輪の魔力をできるだけ回す!
「直接城内に《門》など、何者かと思えば……まさしく、ヴィランヴィーの魔王輪」
「そういうわけだから、ひとつよろしく」
とりあえず、ベルリネッタさん以下常駐要員一同はこれでよし。
問題はルブルムが、ちゃんと来てくれてるといいけど。
「……りょーくん……?」
「そうだよ。来てくれて、ありがとう」
よかった、来てくれてた。
あと、もう一人今すぐ押さえておきたいのと、話をするのに防音の部屋が欲しいのとで、向かう先は。
「真殿くん、ここは初めて来るんじゃないの? まるで、間取りがわかってるみたい」
「わかってるんだ。わけは後で話すよ」
「ちょっと? こっちに行くと、あの」
「そう。君の姉さんに用がある」
カエルレウムの部屋。
いつもはゲームを楽しむための防音部屋だけど、今日は大事な話のために借りたい。
それにもちろん、カエルレウム本人も必要だ。
「間取りだけじゃなくて、誰がいるかもわかってるの? なんだか、昨日までのりょーくんじゃないみたい」
「あなたもそう思う? 私もね、昨日までの真殿くんはああじゃなかった気がして」
二人とも何も覚えてない。
僕だけが覚えてる『これまで』を基にした行動は、二人にとっては不可思議だろうな。
目的の扉の前に立って、仕掛けに魔力を流して、住人を呼び出す。
「うーん? ルブルムと……誰だ、おまえ?」
カエルレウムも、やっぱり何も覚えてない。
また『はじめまして』からだな。
そうして四人集まったところで、核心に触れる内緒話。
余程のことがなければ……城内の全機能を把握している、あの立待月が動きでもしなければ……ここでの会話は外には漏れない。
「かあさまの様子が変だなんて、本当か?」
「ワタシは信じていいと思う。そうでないとカエルレウムのことや母様のことに、ここのことも知ってるなんて、何も説明がつかないから」
「それで、何度も時間を繰り返してきてるから……だから私のことも、正体がわかってるんだ」
「そう。今日は、その繰り返しの始点、初日になる」
「だから慌ててるのか。なるほどな」
さすがにこの三人は話がわかる方で、順を追って説明していけば聞いてくれる。
話のあちこちにこれまでの体験談を盛り込むことで『そうでなければそれを知っているはずがない』ことを強調して、話を続ける。
斯々然々。
「それでも、時間は流れる。ゲームの中でも、シューティングやベルトアクションなんかは、一度進行方向に画面が流れたらもう戻れないからな」
「もう、カエルレウム? 今はゲームの話をしてる場合じゃ」
「たとえ話だ。最後まで聞け」
カエルレウムは遊んでる時は『アホの子』に見える時があるけど、地力としては頭がいい子だ。
そうでなければゲームシステムに適応できないとも言うけど。
「……だからな? 今日が初日なら、早いうちに取っておかないと後から取れないアイテムとか、起きないイベントとかがあるはずだ。そうだろ?」
「そう。僕がこれまで体験してきた中だと……」
言祝座で仍美御前が人さらいに捕まる話や、それを無事に助けられなければ国が荒れ始める話もしておく。
もう二度と、あの子は見捨てないぞ。
そして、三人にはもちろん、周回する呪文については極秘として言い含めておいて、話をまとめる。
そろそろ家に帰るか。
「愛魚ちゃん。愛魚ちゃんには恋人として僕とお付き合いしてほしいのはもちろんなんだけど、魔王としての僕を助けてもらいたいというのもある。例えば……愛魚ちゃん?」
「ま、真殿くんが……私を、名前で……♪ はふぅ♪」
初日ごろの愛魚ちゃんは純情乙女だから、やっぱりこういう反応だな。
話の進みは悪くなるけど、気持ちが癒されるからよしとしておく。
愛魚ちゃんには実利面でのサポートとして、家に帰る時間が遅くなったり外泊になったりしても許してもらえる行き先、言うなればアリバイ作りに協力してもらわないといけない。
「で、とりあえず今日は帰るんだけど……」
「おや、お帰りになる? そのような必要性が?」
出たよ、ベルリネッタさん。
この段階では僕を誘惑したり堕落させようとしたりする。
その手には乗らないぞ。
「今日は顔見世程度ですから」
僕が乗ってこないとなると、眼鏡の奥の瞳がわずかに震える。
彼女なりのプライドの問題なのか、何なのか。
とりあえず現時点ではどうしようもないから《門》を開けて……
「おお、本当にいらした」
「あれ!?」
……帰ろうとしたら、初日から鳳椿さんだと!?
僕はまだ呼んだり繋ぎを頼んだりしてないぞ。
どうなってる。
「自分は鳳椿であります。魔王、了大様でありますな」
「はい、僕が真殿了大ですが」
魔力の流れを見ても、特におかしいところはない。
アルブムの支配にやられている感じはまったくしない、いつも通りの鳳椿さんだ。
もちろん、態度も行動も普通。
初日から登場するという、これまで一度もなかったことを除いては。
「さる筋より魔王の出現を聞き、馳せ参じた次第であります」
「その『さる筋』というのは……?」
「それは匿名希望と言われてしまったであります。自分とて半信半疑でありましたが、しかし『必ず了大様に味方せよ』と言われ、来てみれば実際に了大様が現れたとなれば、自分としては信頼に値する筋でありますよ」
誰だ?
僕に味方しようと、鳳椿さんを寄越した人物?
行けと言って鳳椿さんに言うことを聞かせられるほどの人物?
うーん……?
「それ、お姉さんの凰蘭さんですか?」
「いやいや、姉上ではない別の人物でありますよ。むしろ姉上であれば、匿名などと言わず派手に目立って自分の顔や名を売ろうとする場面でありますゆえ」
「ああー……」
「しかし姉上についてもご存知とは、魔王というのも本当のようでありますな」
凰蘭さんじゃなかった。
でも、とりあえず『凰蘭さんを知っている』というところから、鳳椿さんにも僕の話を信じてもらう取っ掛かりができた。
結果オーライとしておこう。
話を信じてもらうと言えば、やっぱり獣王城だろう。
跡目争いも大概にして、団結してアルブムに備えてくれって話だよ。
そこで第一歩として、人さらいに捕まった仍美御前を救出。
これは過去二回にわたって日時が同じだったから、また同じ日時に現地で待ち伏せして解決。
来てもらうのを誰にするか、迷ったら猟狐さん。
それと前々回のパターン同様、鳳椿さんも。
「リョウタさまのおかげで……仍美御前をお助けできました……感謝」
「僕にとっても必要なことだから」
そう、このイベントが地味に必須。
幼女なんて興味ないやと思っていると国が荒れるというトラップだった。
今回はセーフ。
せっかくだから、賊からは有り金全部いただいてやる。
「しかし、賊のくせにそこそこ持っておりますな」
「近いうちに、お蕎麦屋さんに行きましょう。いい所があるでしょう」
「悠飛の件さえもご存知でありますか。かなわんでありますな」
あの天ぷら蕎麦、また食べたいんだよね。
現地通貨は大事。
そして、手柄を立てて獣王城へ。
「此度は何と御礼申し上げればよいか」
「おう! あんたか、鳳椿や猟狐を連れてきて、仍美を助けてくれたってーのは!」
「はい。これは必ずやお助けせねばと」
国家老の星十狼さんと、三男の獅恩さんに、恩と顔を売る。
ここからが肝要だ。
「さて、獅霊様には是非ともお願いしたい旨がございまして。少しでかまいません、お目通りをと」
「上様は病ゆえ、手短にでご容赦いただけるのであれば……」
獣王の獅霊様と対面。
御簾の向こうは一人分の布団と、臥せっている人影。
「仍美の命の恩人とは其の方か……大儀であった」
「はい。つきましては上様に、一つお願いしたいことが」
顔は分からないけど、用があるのは外見じゃない。
ほんの少しだけ言質を取れれば、それでいい。
「褒美か……できる限りの便宜は図ろう」
「いえ、褒美など求めません。今後の万が一に備えて、跡目を誰になさるおつもりか、今のうちにご指名いただきたいのです。それが僕のお願いです」
「なんと……!?」
あ、起きた。
御簾の向こうで、人影が立ち上がった。
病気のせいだろう、やせ細っているけど、背が高い。
「其の方……其の方、よもや儂が! 儂がこのまま没すると、そう申すか……!」
怒り狂って御簾をまくり上げたことで、人影が具体的に人物像になった。
寝間着姿の老人。
獅恩さんによく似た、彼がもっと年を取るとこうなるだろうなという、予想図のような顔。
「そうは申しません。あくまでも万が一、後々の争いを避けるためです」
魔王輪からの魔力は弱くない。
まともに戦えるなら強いんだろうという風格はある。
でも、あの体ではもう、魔力に耐えられないだろうな。
「争い合って何が! 何が悪い……儂とてそうした。兄者を、弟を斬って、獣王として出世したのじゃ……」
「だから殺し合えと仰るのですか。腹違いとはいえ、我が子でしょうに」
「勝ち残れぬなら……それまでよ。大体が、皆、言いつけただけで素直に……聞くものかよ」
倒れたり咳き込んだりはしないな。
魔王の魔力をそれなりに回しているのは感じるから、きっとやせ我慢だろう。
「今、素直にご指名くだされば、その者をヴィランヴィーの魔王としても支持すると約束しましょう。それならばいかがです」
「ぬッ……この、魔力は……!」
こっちも魔力を回す。
力があることを示して見せないと、ここじゃ通用しない。
とりあえず同程度回しておこう。
「何をしている!」
ん、誰か来た。
あの、年齢や病気じゃないのに痩せた姿。
長男の一紗か。
「おのれ、曲者め! 父上に狼藉を働くつもりだろう!」
「違う! 僕はな!」
面倒くさい奴が来た。
せっかくだ、少し試してやれ。
間合いを詰めて、首を掴む!
「僕はな、お前のような《末生り》がここの魔王に、次の獣王に、ふさわしいとは思えないから獅霊様にお尋ねしていただけさ」
「……う、うらな、り……だと……!」
なんだ、あっさり捕まえられたな。
見た目で判断はできないと思って仕掛けてみたけど、本人の戦闘力はからきしか?
今の段階ではまだ殺したいわけじゃない。
手を放す。
「よくも! よくもわたしを《末生り》などと嘲ったな!」
「あ、気にしてたのか?」
他人の陰口は軽率に言いふらすくせに、面と向かって自分の悪口を言われるのはダメなのか?
ずいぶん勝手な奴だ。
「くふふ……丁度良いわい」
ん?
獅霊様の笑い方が変だ。
こっちはこっちで何か企んでるのか?
「この小僧を仕留めて、ヴィランヴィーを獲った者が、次の獣王! 儂の跡目じゃ! くははは……がふっ、げふっ!」
「なんだと!?」
何を言い出すんだ、このジジイは!
病人とはいえ魔王だと思って下手に出ていれば!
「ほう、面白い。ならばこの一紗こそ跡目に相応しいと示すため、その首もらい受ける!」
「ふざけるな!?」
なんてことだ。
穏便に解決しようと思えばこそ早目早目に動いたのに、こんな形で……
しかも、ヴィランヴィーを獲れだと!?
◎末生り
うらなり。
瓜やカボチャなどで、時期が遅くなってから、つるの末の方に生った果実。
通例、日照や栄養の条件が良くなく、大きく美味な果実にはならない。
転じて、顔色が青白かったり瘦せこけたりしていて、健康でない人を指して言う。
なんと了大が跡目候補から狙われる展開になってしまいました。
言祝座とヴィランヴィーで戦争になると、失敗じゃないですかね。