176 『添え物』
今回もぎりぎり日付変更直前程度に。
でも今回でようやく捨てプレイ周回が終了します。
次回からはまた仕切り直しですからね。
ベルリネッタさんは《奪魂黒剣》を僕に貸すのは嫌だそうだ。
というか、口ぶりからすると僕には使いこなせないらしいけど、どうなんだか。
僕に渡したら戻ってこなくなると踏んで、脅しで言ってるだけかもしれないぞ。
だって。
「魂を吸うことで《奪魂黒剣》は、研ぎ澄まされ……研ぎ澄まされた《奪魂黒剣》は、また次の魂を吸います……この剣に、わたくしの魔力をまるごと、吸わせれば、きっと……」
何しろ、他でもないベルリネッタさん自身が、別の時間では最終手段として僕に《奪魂黒剣》を渡そうとした。
自分の命を剣に吸わせて、捨てながら。
それと今回の対応との差がどういうことかというのは、二つの可能性が思い浮かぶ。
一つは、四代前の魔王から禁じられたという話は嘘、という場合。
そしてもう一つは、その話は確かに本当だけど、その禁を破ってでも僕に尽くそうと、あの時間ではそれほど僕を愛してくれていた、という場合……!
「後者であってほしいな……」
「何です?」
「あ、いや……」
どっちであっても『今』は大差ないか。
さて、どうする。
無理にでも奪うか?
あまり気は進まないけど……
「……やめておくか。すいません、わがままを言いました」
……いや、ダメだ。
他のメイドたちや、それこそ仍美御前のような接点の乏しい子たちならともかく、この人だけは。
この人にそういう扱いをするようになってしまえば、僕はきっと、時間を戻せなくなる。
それはアルブムを倒せるとか倒せないとか以前の問題で、本当の意味で『負ける』ことに他ならない。
ダメだよ。
「……わたくしは剣の《添え物》ですか」
「え」
引き下がってマクストリィに戻ろうとしたところで、ベルリネッタさんの表情がいかにも不機嫌そうなものに変わった。
何だろう?
「貴方はいつもそう。まるで、わたくしなど必要となさってはおられない様子で、どこか遠くばかりを見て、わたくしのことは見てくださらない」
「そ……そういうわけじゃ」
確かに、この周回ではベルリネッタさんに対しては、過度の接触は避けてきた。
でも、それがベルリネッタさんからしたらそんな風に映っていたとは。
この人が気にするポイント、この人の気を引くポイントは、まだよくわからないな……
「挙句、たまに何かお命じになるかと思えば、御用があるのは剣だけ? 人を何と思っていらっしゃるのか。わたくし、これでも貴方の事は、ただの子供とは違うと思っておりましたのに」
「……すいませんでした。今は急ぎますから、また」
《門》を繋いで、アルブムのいる元の場所へ戻る。
この時間でベルリネッタさんに『また』会うことはまずない。
次に『また』会うのは、時間が戻って何も知らないベルリネッタさんだ。
「人の気持ちも知らないで……本当、あの方そっくり」
「……?」
《門》をくぐる直前、そんな台詞が聞こえた。
ベルリネッタさんの気持ちか……
僕だって、本当は知りたいよ。
戻った先は、確かに同じ場所のはずだ。
でも、明らかに様子が違う。
「あら、そこにいたの。逃げたのかとも思い始めていたわ。逃がすつもりはないけど」
アルブムがドラゴンの姿で大暴れしたんだろう。
教会の建物は瓦礫になって、敷地は更地のように。
さらに敷地の外にも、そこら中に被害が拡散していた。
「地面にいたら、たたみかけられるか」
あの瓦礫の仲間に入りたくはない。
色々な物が地面に散乱していて歩きにくいことも考えると、ここで必要なのは、補うべきは……
機動力か?
「来い! 《罪業龍魔》!」
使い魔の《罪業龍魔》を上半身に合体させる。
これで飛行能力を得られれば……
「よし、いけるな」
「たかが飛べるようになった程度で!」
……かわせる。
今のアルブムの攻撃はとにかく範囲が広いから、地面を走って避けるのではかわしきれない。
そうなるとやはり、これが正解か。
それと、ただ漫然と動いて避けるのではなくて、引き付けてから避ける。
そうすることでより切り返しやすく、攻勢に転じやすい。
「効かないわね!」
ただし、攻勢に転じたと言っても、肝心の火力がまるで追いついてないようで、触手はともかく本体への効果的な攻撃手段がないらしい。
いつもこれなんだよな。
夏休みを潰して読み漁った本に書いてあった、新しく覚えた呪文も似たような感じ。
何百回撃ち込んでもダメな気がする。
じゃあ、何千回と撃ち込んでみろって……?
それしかないのかな?
「何か忘れてませんか、了大さん」
「ヴァイス!?」
手をこまねいていたらヴァイスが来た。
忘れ物なんて、こんな時に?
「例の『勇者の剣』ですよ。時間を繰り返して剣技も学んだ今の了大さんなら、あっちを使うべきでは?」
「そうか!」
どうもついつい忘れてしまう。
あの剣は周回に付随するわけじゃなくて、勇者輪を得てからじゃないと使えないからな。
「来い、剣よ!」
ただし、勇者輪を得た後でなら次元を越えても呼び出せる。
これは間違いなく便利な点だ。
行ってみるか!
「小賢しい! 魔王輪の《添え物》風情が!」
「誰が《添え物》だっ!」
触手の攻撃は激しいけど、この剣でなら触手も斬れる。
でも、そこはさすがにスーパードラゴンか。
一気に頭や心臓を狙うような真似はさせてもらえず。
「まあ『今回』はいい……見切りに徹して、疲れてきたらそこまでの経験さえ持ち越せば」
いくら勇者の剣を使っていても、真面目にやっていても一度も勝てない相手だけはあって、触手を捌くだけでも手こずってしまう。
それに、僕には周囲への被害に気を配る余裕もない。
教会だった敷地から移動して、いつも通学で使う電車の路線にまで被害が及んで、駅にはまた停車中だった車両が。
「うわ、電車にまで!」
触手が電車をも簡単に切り裂く。
鉄の集合体のはずなのに、まるでロールケーキだ。
あれじゃ、乗客は死人が出てそうなものだけど。
「次はあなたがこうなる番……ッ!?」
電車を巻き添えにしても平然としていたアルブムの目の前に、その電車から何かが飛び出して、横切った。
しかもその際に何か一撃当てていたようで、少しだけとは言ってもアルブムがひるんでいる。
何だ?
「貴方ねえ! こんな所でこんな姿で暴れ回るなんて、本当に、本当に! 迷惑でしょうが!」
「え、ええー!?」
誰かと思ったら意外や意外。
言祝座の《叡智の鶴》、智鶴さん!
服装はマクストリィの今時らしい洋服で、片手には何か紙袋を持っていて、姿は特に何か《形態収斂》を解除しているわけではないけど、正体が鶴というだけはあって不自由なく飛べている。
「智鶴さん!?」
「あら、了大様。こちらの下種は了大様のお仲間で?」
下種て。
今、さらりと躊躇なくアルブムを侮辱したぞ。
まあ、乗っていた電車を破壊なんてされたらそう言いたくもなるか。
死ぬところだったもんな。
「いいえ、あれは絶対に倒すべき敵です」
「成程、成程」
とりあえず、仲間と思われたらたまったもんじゃない。
はっきりと即答して否定。
「天に轟く超龍たる私の偉大さがわからないとは! 本物の下種はこれだから!」
なおも触手は自在に飛び回る。
智鶴さんは大丈夫かと、ついつい心配になる。
自分自身だって完全に大丈夫とは言い切れないくせに。
我ながらおせっかいだな。
「……何ですか、これは。汚らわしい」
智鶴さんを襲う触手は、かすってはいるようなんだけど全然効いていない感じ。
いや、あれはかすっているんじゃなくて、智鶴さんが捌いてるのか?
触手自体の動きに、何か最小限の力を足して、少し違う方向に流しているような?
そして、横や後ろから襲われても、どうやってか察知して同じように捌いている。
しかも持ってる紙袋は大切にかばって、守りながらでだ。
すごい。
あの様子なら智鶴さんは大丈夫そう、自分の心配をしなきゃ、と思った瞬間……!?
「いけない! もっと動いて!」
ヤバいのが来る。
あれはドラゴンの《息吹》……《神聖必罰》か!
しかも触手で巧妙に智鶴さんの位置を釘付けにしたり、防御に意識を回させたりしている。
あれじゃやられる。
瞬間的に《有意向上》の倍率と《罪業龍魔》での飛行速度を上げて……
間に合え!
「ああっ!?」
間に合っ、た……か……!?
ちづ、る、さ……ん……
駄目、駄目。
とりあえず身を隠さなくちゃ。
ひとまず、駅舎で!
「了大様! しっかり!」
してやられた。
何て事かしら。
なんとなくまずいような気はしていたのに、あんな形で《息吹》を確実に当ててこようとするなんて。
私の体は大丈夫。
何しろ、了大様が身を挺して庇ってくださったから。
でも、でも。
「私などの為に……何という事を」
了大様の方が危ない。
あの《息吹》はきっと、波長を不規則的に何度も変え続けることで、相手の防御を多角的に抜く代物。
了大様の防御も完璧じゃなかったどころか、むしろほとんど防げていない。
速度を上げて避けようとはしたものの、体の左半分がお召し物ごとぼろぼろにされてしまっている。
瞬間的に灼けているようで、傷口から血が出ていないのは、まだよかったけれど。
「何が超龍ですか、こんな……」
拳を握る。
私だって無事だったのは体だけ。
体以外の、服の裾や荷物……そう、荷物!
特に紙袋が駄目で、手提げ部分だけになってしまっていた。
帰って、ゆっくり読むのを楽しみにしていた本、お店で最後の一冊だったのに……!
「こんな……!」
いいえ、いいえ!
私の本なんて!
本はまたどこかで見つかれば、替えがきくかもしれない。
でも、了大様は!
自らが傷つくのも構わず、私を庇ってくださった了大様は……!
「智鶴、さん……僕なら、大丈夫……そう、いう……仕掛けが、あります、から……」
「何が! 何が! 大丈夫なものですか!」
ああ、ああ!
そんな大怪我で、なお私の心配を……!?
なんというお人……!
「お腹の……魔王輪のところ……呪文が、あるでしょ……だから、僕は」
了大様のお腹には確かに魔王輪が。
どういうわけか、勇者輪も一緒になっているようで、輪が二重になっています。
それをよく見てみれば、確かにごく細かい字で、呪文が刻まれています。
これが、仕掛け?
「僕は、ね……こういう時、時間を戻せるんです……だから、平気ですよ」
「何を馬鹿な事を!」
時間が戻るだなんて。
そんな与太話、信じるわけがないでしょう。
それなのにこのお人は、少しでも私の気を楽にさせようと……?
「嘘だと、思うなら……智鶴さんも、写してみますか……? 見づらい、ですけど……?」
いいえ、いいえ。
これほどのお人が、こんな時に嘘や冗談など、仰る筈がありません。
きっと本気なのです。
時間を戻せるのも本当だから、こんな時でも言い切れるのでしょう。
ならば。
「やります」
私もそれに乗りましょう。
同じ呪文を写すことで、同じ仕掛けに賭けることで、この状況が変えられるのなら。
変えたい。
だから…………!
ああ、今回もひどい目に遭った。
アルブムの倒し方については、結局よくわからなかったな。
目に映る景色はまた天井の化粧ボード。
これは……戻ったな。
体には特に異常なし。
さっきの怪我もないし、魔王輪の魔力に侵食されている様子もない。
普通の人間の体だ。
また最初から……で、帰りのホームルームなどを適当に流して、愛魚ちゃんのあとをつけるように図書館へ。
僕が特に何もしない場合、初日の放課後の愛魚ちゃんは借りていた本の返却で図書室に行くんだよね。
「あれ、真殿くん? 体はいいの?」
「うん」
前回で愛魚ちゃんは交際について『本当は真殿くんから言ってもらうのに憧れてたんだけどなぁ』って言ってた。
言われてみれば最初の時間は、きっかけはともかく僕から言い出しての交際だった。
じゃあ、そうするしかないだろう。
本気で。
「交際を申し込もうと思って。僕とお付き合いしてほしい」
「……はっ!?」
しばらく呆気に取られていた愛魚ちゃんは、まず本の返却を済ませてから。
僕のところにやって来ると。
「よ、よろしくお願いします……嘘じゃないよね?」
「嘘なんか言わないよ」
「や……やったー!」
場所が図書館なのも構わず、つい大喜びしてしまっていた。
図書委員に注意されてしまう一幕も。
「んふふふ……♪ いやー、今日は人生で最高の日ですなー……うひひひ♪」
それから愛魚ちゃん、終始にやけっぱなし。
僕もつい顔が緩みそうになる。
この幸せを守るために今度こそ、捨てるつもりでなんてナメてかかることはしないぞ。
絶対に勝ってみせる。
僕は魔王輪の《添え物》じゃない!
◎添え物
本筋とは別の付け足しのもの。
商取引の本来の商品とは別の景品類や、食事の際に追加されるおかずの小鉢など。
転じて、付け加えにすぎないもの。
今回は漫然と描き進めているとついつい、アルブムの能力や勇者の剣の能力、了大本人が修得済の能力の(既に済ませていた)説明を入れてしまいそうになって、それである程度書いたものを消して没にしていたら時間がかかりました。
やはり毎日チョッとずつでも書く生活習慣に改めないとダメですね。
引っ越してからそれがまだできていません。