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175 『手塩』にかける

暑くなってきました。

合法ハーブをキメて執筆しています!

……蚊取り線香を焚きながら、ですよ?

所期目標の21時よりは遅刻ですが、幾分マシな時間で済みました。

もう嫌と言うほど見て、見飽きて、実際嫌になった顔。

それがこいつだ。


「まったくもう。やっぱり、勇者輪も魔王輪も『ただ持ってるだけ』じゃダメね。それに相応しい、適切な者が持たなくちゃ」

「まるで自分だけが相応しいみたいな言い方をするな」


アルブム。

いつもいつも、こいつは僕の邪魔しかしない。

そんなに魔王輪が欲しいのか。


「ええ、私こそが相応しいのよ。こんな子供じゃなくてね」


無造作に振り回された触手。

そんなに速度は出てなかったから、当たりはしなかった。

むしろ、僕を狙った動きや軌道じゃなかったからだ。

でも。


「……寺林さん」


振り回された触手の先の方で寺林さんが串刺しになっていて、腹を貫かれていた。

その体が遠心力で触手から抜けて、無造作に床に放り出されて、少しの距離を滑った。

彼女は一言も、何も言わない。


「死んでる……!」

「役立たずが、口答えなんかするからよ。ただの人間なんて殺す意味はないけど、従わせる意味もない」


さっきまであんなに快活だったのに。

ただ勇者輪を持っていたからというだけで、アルブムの欲望に巻き込まれただけだったのに。

もう勇者じゃなくなって、ただの、普通の女の子だったのに。

その寺林さんを、殺した。


「う……ッ」


アルブムを許せない。

アルブムを殺したい。

でも、そう思う心が魔力を震わせて、腕がざわつく。

これはよくない。

落ち着け。


「そうだ、落ち着け……今回は『様子見』だ」


寺林さんについては僕だって、周回の過程で何度も殺してきた。

それをあえて思い起こして、自分を棚に上げることをやめて、心を落ち着かせる。

そうだ、もしかしたらだけど、僕の方こそああやって触手が生えておかしくなることだってあったかもしれない。

あの触手はたしか『毒と思わずに受け入れておけば、仲間になる』性質があるような話を、一度していたような気がする。

愛魚ちゃんと結婚寸前だった時間、セヴリーヌ様が騙し討ちを受けた時だ。

ここは勝てなくても、負けなければいい。

できるだけ情報を引き出した上で時間を戻して、得た情報を持ち越すんだ。


「ご大層なドラゴンにしては、魔王輪を欲しがってばかりのようだけど、何だ? 他人から奪わないと何もできないほど、スーパードラゴンっていうのはちゃちな存在なのか?」

「何も知らないとは、これほどまでに愚かしいのね。私がちゃちかどうか、死にながら思い知りなさい!」


本来はああいう性格ではないらしいとは、いつだったかのトニトルスさんから聞かされてはいる。

でも、僕はああいう性格でないアルブムには会ったことがない。

そして、敵でないアルブムにもだ。

いつもああいう性格で敵としてしか出てこないんだから、いい加減に煽り方にも慣れた。

ドラゴンとしてのプライドをこそ軽く侮辱してやれば、すぐに手を出してくる。

能力はともかくとして、今の人格の方は単純なものだな。


「見える……いや、見なくても!」


触手が襲ってくる。

これに対策していく中で、アウグスタから習った《有意向上》の倍率を制御するのが楽になってきた。

あまり倍率を上げすぎると、確かに一時的にはゆっくりには見えるから避けられるんだけど、頭や目に負担がかかって、疲れて長続きしない。

すると息切れしたところを一撃、またやり直しだった。

そうならないためには、長続きさせられる程度の負担しかかからないように抑えること、それと同時に、抑えた倍率の中でも見切れるように動きの癖を覚えること。

その二つの対策で生存率を上げるんだ。


「くっ……ちょろちょろと!」

「どうした。やっぱりちんけな能力だな!」


この調子ならしばらくは当たらない。

巻き添えを食って、周囲の壁や床、家具に、寺林さんの遺体まで。

あちこちにダメージが入る。

つくづく自重しない奴だ。

この建物はお前の持ち物じゃなくて、ルブルムの教会だろうに……

ん、ルブルム?


「危ない!」


忘れかけていたけど、触手の合間に星が飛んできたことで、ルブルムの存在を思い出した。

寺林さんと違ってドラゴンで、しかも自分の娘だから、従わせるために《凝視》で支配したんだ。

自分の娘なのに、能力で支配しないと従わせられないなんて、つくづく人望がない奴とは思うけど。


「さすが、セイントドラゴンの呪文……でも、それだって初めて見るわけじゃない」


ルブルムは支配された状態で、攻撃呪文《輝く星の道シャイニングスターロード》で攻撃してくる。

手元からたくさんの光の粒子が飛び散って、今回は僕に降り注ぐわけだ。

まともに当たれば勇者の剣すら砕ける威力があるけど……弱点もある。


「この子の呪文まで当たらないなんて! どうなっているの!」


勇者輪の光の魔力が使えれば僕にも使えるようになる呪文だからと、習ってみたこともある。

そうした中で見えた弱点。


見えている(・・・・・)からさ!」

「人間の目で捉えられる速度のはずがないものを! 強がりね」

「強がりでしかないと思うなら! 当ててみてから言うんだな!」


まず、光の粒子であるために軌道がある程度以上には見づらくならないこと。

どんなに暗いところ、狭いところで使っても、自身が光るために予兆は察知しやすくなる。

次に、速度を重視して呪文が組み立てられているために、軌道がほぼ曲げられないこと。

ほんの少しくらいは曲げられるそうだけど、せいぜい誤差の修正程度。

曲げようとすると基本的に速度が落ちて、速度が落ちると威力が落ちる。

だから曲げられないんだ。

そして、貫通力を得るために粒子一つ一つは極限まで細く絞ってあるから、効果範囲を『面』で見た時に狭いこと。

粒子の数を増やして散らすことである程度はカバーしているけど、基本的には狭い範囲にしか散らせられない。


「どうして当てられないの! 私はあなたを、そんな愚図な娘に育てた覚えはないわよ!?」

「……か、あ……さま……」


あの様子だと、今のルブルムに自我はほぼない。

頭の中を《凝視》によって支配されているせいで、まともな思考ができないんだろう。

そして、そんな状態で、呪文を撃つための『砲台』程度にしか扱われていない。

あんな程度の動きしかできないのなら、そこにいるのがルブルムである必要すらないレベルだ。


「なんて可哀想な! そういう台詞は、娘として扱ってから言えよ!」


一丁前に母親面をしておきながら、娘にすらそんな扱いしかしないアルブムに、なおさら腹が立つ。

でも、アルブムの触手もルブルムの呪文も避けられるけど、避けてばかりじゃどうにもならない。

攻勢に回らないと。

この局面を変えるには……


「この場合、状況……《輝く星の道》には《輝く星の道》か」


……僕も『今』なら《輝く星の道》を使える。

以前の時間で習ったからというだけじゃない。

寺林さんから勇者輪を得ているからだ。

そして、さっきはいくつも弱点を思い浮かべた呪文だけど、それを弱点として認識するには、予兆や軌道を瞬時に見切る判断力が必要になる。


「煌めけ、疾れ、星々の輝き」

「……何ですって?」

「ルブルム……可哀想だけど、今は……直撃させる!」


この時間を『捨てる』には、まだ見ていないものが多くあるはずだ。

それを見たら、時間を戻したら、また会えるから。

今は、ごめん。


「《輝く星の道》……!」


発動さえしてしまえば、そこから先は一瞬。

姉妹に習ったように速度と貫通力を持たせて、きちんと撃てれば。

僕のように反応速度を上げて対応するのでもなく、何か別の力で無効にするのでもなく、ただ言われたままに動くだけの、心を持たないデク人形なら。

貫くのは、造作もない。


「いつやっても、嫌なもんだ」

「なッ……!」


倒れたルブルムの体からの出血がひどい。

僕が上半身を穴だらけにしてしまったからだ。

特に頭には念入りに当てたから、あれは助かっているはずはないな。


「お前が《手塩にかけて》育てた娘をもっと信じていればよかったんだ。支配なんかしなければ、いつものあの子の実力なら、今の呪文になんてやられなかったはずだ」


勇者輪を得てからでないと鍛錬もできない呪文だから、まだ出来が悪いはずだ。

それでもむざむざやられたということが、いかにルブルムの実力が抑えられてしまっていたのかを物語る。

抑えられていたのは心もだけど、だからこそだ。


「なんてことを……! 許せないッ、絶対に!」

「元々許すつもりなんかなかった奴が、許せる場合もあったかのように言うな!」


本当に手前勝手な奴だ。

そもそもの前提がかなりの『上から目線』のところにしかないから、魔王輪は自分のものにできて当たり前、娘も弟子も自分の言うことに従って当たり前、魔王や勇者とはいえただの人間ごときが反抗できなくて当たり前、と……

とにかく、傲慢な思考が凝り固まった状態だ。

相対していても気が滅入るほどに。


「おのれェ!」

「援護射撃がなくなって、さっきより避けやすいぞ」


また触手の攻撃が飛んでくる。

これまで聞いてきた話をまとめれば、アルブムの属性は光と火と水。

あんな触手は他のドラゴンたちも全然知らない、あるはずのない力だ。

そして、触手の方の属性は一体何だ?

最初のうちは闇の魔力かと思ってたけど、どうも違う。

むしろ『属性を感じられない』異質な魔力。

どういうことだ。


「許さない、許さない! 骨も肉も残さず、消して殺す!」


触手の動きが変わった。

僕を近寄らせない、攻撃呪文も通りそうにない動きだけど、近寄らなければ害はないという、防御的な動きへ。

その中心で、アルブムの姿が変わる。

本来の姿、巨大なドラゴンへと。


「ボスの変身はゲームでもお約束、ってよく言うよな!」


言ってたんだよ。

仲良くなった時間で『たらした』カエルレウムが、やり込みで《手塩にかけて》育てたキャラクターでボスを倒しながら。

あの子も、アルブムさえこんなじゃなかったら、一緒に幸せに過ごしていられた。

それなのにこのザマだ。


「ここからが手詰まりというか、勝てる気がしてこないんだよな……」


普段の《形態収斂》で人間の右肩に触手が生えている程度の状態なら回避も反撃もどうにかなる。

でも、こうして《全開形態》でドラゴンの巨体を相手にさせられると、どうしたものかという状態。

幸いにと言えるかどうかはわからないけど、その分攻撃が大振りにはなるから、そこで趣向を変えてみよう。

捨てる前に何でも試せ。

アルブムから見て左側へ切り込む。


「踏み潰されたいのね!」


違うよ。

アルブムは踏み潰すつもりで脚を上げたけど、なぜそうしたかというのは単に攻撃するつもりだからというだけじゃないはずだ。


「やっぱり、そうするしかないよな」


左側に回り込んだ僕に対して、触手の根元の位置は右肩。

つまり、その巨体そのものが死角を生んで、触手の攻撃を遮るから、別の攻撃にせざるを得ない。

もちろん、これで踏まれれば終わりだけど。

この隙を突いて……《(ポータル)》!

真魔王城へ!


「よっ、と……あ!?」


真魔王城には来られた。

来られたけど。


「きゃ! ま、魔王サマぁ!?」

「リョウタさま……こんな所に入ってくるなんて……」

「日頃は浮ついていられぬと仰せの御屋形様(おやかたさま)が、今日に限っては強引にござりまするな!?」


とっさに繋いだせいで座標がずれた。

メイドの皆が、いつものヴィクトリアンメイド服を着たり脱いだりしている途中の様子。

ここは、更衣室か!?


「ぅんもぅ♪ お誘いならわざわざここまで来られなくてもぉ、お呼びになればよろしいのにぃ♪」

「……見たいなら、目の前で着替えても、いいです……」

「いやいや、もしや御屋形様はあえてこっそりと覗いて見たいのでは!?」

「どれも違うからな!?」


魔破さんも猟狐さんも候狼さんも、ずいぶん言ってくれるな。

でも今はそれどころじゃない。

試していなかったことを試しておかないといけないから。


「ベルリネッタさん!」

「ここに」


呼んだらすぐに出てきた。

でもベルリネッタさんは着替えのタイミングじゃなかったようで、普通にきっちり着ていた。

いや、今はそれが目的じゃないけど。


「《奪魂黒剣(ブラックブレード)》があるでしょう。貸してください」


目的はベルリネッタさんの持つ《奪魂黒剣》が奴に通じるかどうかを試すこと。

もしもあの触手がアルブムとは別個の何かで、その何かにも魂があると仮定したら。

魂を奪い、魔力にして吸い取る剣でそっちの魂を殺せば、アルブムだけ助けることもできるんじゃないのか。

できるかできないかはやってみてからの話だけど、まずはやってみたい。


「お断りいたします」

「……なんて?」

「お断りいたします」


二度言われた。

拒否かよ。

僕は魔王だろ?

日頃は何でも命じろって言うくせに、魔王の命令なら股も開くくせに、剣は貸せないのか?

急いでるのに!


「《奪魂黒剣》は四代前の魔王《王者たる黒き者(レクス・ニグルム)》様よりの恩賜。しかも、ただ貴重品というだけではございません。死者の魂を従えるわたくしでなければ十全に使いこなせぬと見込まれ、また、使わせてはならぬと戒められ、賜った品でございます。いかな当代の魔王様といえども、お貸しすることはできませんので」

「なんてことだ……」


あの剣にそういういきさつと秘密があったとは。

だとしたらここでこれ以上、何を言っても何をしても、貸してはもらえないだろう。

じゃあ、来てもらって一緒に戦う?

ダメだ。

心を通わせていない、こんな冷たいベルリネッタさんじゃ、簡単にデク人形にされる。

この手はここまでか。



◎手塩にかける

自らあれこれと世話を焼いては大切に育てること。


今週はひたすらアルブムの分析ばかりしていたような気がします。

必要なフラグということでご容赦ください。

四代前の魔王は別作品(龍血使い)の第4部分で出てきています。

あれは飽きて放り投げたのではなく、こちらとの両立が現状で難しいだけで、こちらが終わるか生活スタイルが改善するかしたら再開します。

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