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174 『お釈迦』

靴がダメになったりガス給湯がダメになったり、そういうので時間が食われています。

今週は不可抗力。

そして途中に『ルブルム一人称視点』があります。

今回は寺林さんがグイグイ来すぎてるせいで、りっきーさん……ルブルムまで引っ張られちゃってる。

それにしても、最寄り駅が同じで家と教会が近いからって知り合ってしまっていたとは。

世間は狭い。


「……あれ? ちょっと待てよ?」


情報を整理してみる。

この周回だと、りっきーさんの正体に関する情報は特に得てなかったはずなんだけどな。

なんか、ネットの向こうのりっきーさんもグイグイ来すぎてる?

……様子見の後は捨てるつもりで半ば適当にやってた周回が、まさかこうなるとは。

何がどうきっかけになって結末が変わるかなんて、それこそ《お釈迦様》じゃないとわからないよね。

魔王とはいえ、しょせんは人の子である僕には……




学校が休みの土曜日を選んで、りっきーさんの教会へ。

アクセスは電車。

最寄り駅は通学で使っている路線だから、通学定期をそのままで別途の交通費はかからない。

電車を降りたら、駅から歩いて数分の立地。


「あら、こんにちは」


あまり目立たない教会に、ルブルムがいた。

いつものカジュアルな服装とは違う、聖職者としての厳格で露出のない特殊な服装。

初めて見るわけじゃないけどなかなか見ない姿だから、なんとも新鮮な印象だな。

こっちはネタはわかってるんだけど、向こうはまだバレてないと思ってるのか、澄ました表情。

砕けた時の態度とは落差がすごすぎて、笑っちゃいそうになる。


「どうも、罪深き迷える子羊です」

「お悩みですか。どういったような」


うわ、まだとぼけてくるのか。

それならここは……


「せっかく会いに来た友達が、他人行儀でよそよそしくて、困ってるんです。ねえ? どうしましょう?」

「あうっ……」


……意趣返し。

バレてるんだぞというのを示唆してやると。


「やれやれ、いつバレたんだろ。そうです、ワタシがりっきーさんです」

「詳細は省くけど、わりと前から……ってとこかな。りょーくんこと了大です」


降参したようでゲロった。

吐く嬢……じゃなくて白状したところで、テーブルを囲む。

あんまり茶番劇に時間を割きたい気分じゃない。

本題に入ってしまおう。


「りっきーさんは、サンクトゥス・ルブルム……赤のセイントドラゴン」

「ちょ! それもバレてるの!?」

「なんたって僕は、ヴィランヴィーの魔王だからね。そこは色々とね」

「むむ……」


要約したいんだけど、ルブルムの表情がなんだか不機嫌というか不満げというか。

さすがに駆け足すぎかな?


「こう、おしとやかにして人の悩みに耳を傾ける聖職者パトリシアとして接していれば、ソーシャルゲームや薄い本の話題で盛り上がるりっきーと同一人物とは《お釈迦様でも》気がつくまいと思っていたのに……」

「そこは悪いけど、今日の用事は騙し合いじゃないからね」


実際、初見では見事なまでに騙されてたから、それで勘弁してほしいけど……無理な話か。

その時の記憶がないんじゃ、な。


「で、僕は魔王として、寺林さんは勇者として、ヴィランヴィーで会って……本人の意志でヴィランヴィーに来たわけじゃなかった寺林さんを、家に帰してあげた。勇者をやめられるようにしてから、ね」

「それだけ?」

「それだけのつもりだったんだよ、僕はね。でも向こうが、妙に僕を気に入ったみたいでさ。感謝してくれてるんだと思えば、わからないでもないけど」

「ドラマチックな一目惚れ、か……」


ルブルムは考え込むような仕草で目を閉じて黙り込むと、少し経ってまた目を開いて、僕を見つめてきた。

その表情は、いたって真剣。


「こないだは宿敵だなんて言っちゃったけど、聖職者としてのワタシじゃなくて……女の子のワタシとしては、わからなくもないな」


そして一度席を立って、お茶を持って戻ると、ルブルムは続ける。

敵を憎む表情なんかじゃない、優しい表情だな。


「勝手に連れてこられた知らない国で、勝手な大人に勇者だなんて言われて、怖くて淋しくて、帰りたくて……そう思ってたところにりょーくんが突然現れて、無事に家に帰してくれたんだもの。それは惚れるよ」

「そういうものかな?」


わからない。

寺林さんやあのガーデル王国の人々からしたらどうか知らないけど、僕からしたら大したことはしてない。

ただ《門》を駆使しただけなのに?


「そういうもの。なんでもないようなことでもタイミングとか噛み合わせとか次第だし、逆にどれだけ気を使って、力やお金を使っても、響かない人には響かないしさ」

「響かない人には、か」


そこでベルリネッタさんの無表情が思い浮かんでしまった。

やっぱり僕は、あの人を諦めきれないのか……

なんてことを考えていたら。


「あー! りょうたが! パトリシアさんに会っちゃってるぅ……!」


なんと寺林さんが来た。

家が近くて土曜日なら、不思議はないけど……


「こんにちは、寺林さん。今日はどうなさいました?」

「ぶふっ……」


……ルブルムが急に、さっきみたいな『パトリシアさん』の顔に戻るから、そこで笑いそう。

こらえろ。


「その、りょうたが! この前話してた男子なんです! パトリシアさんからも何か言ってやってくださいよ!」

「……え゛ッ」


あ。

いつも『ああ言えばこう言う』で口が立つルブルムの、貴重な硬直シーン。

変な声が漏れたぞ。

これは……悩んでるのか?




どうしよう。

相手は多感な年頃の、純真な女の子。

いくら恋敵でも、無闇に夢を壊すのはよくないよね。

この《龍正教会(りゅうせいきょうかい)》の沽券にも、ワタシの沽券にも関わる。

でも、この子とりょーくんがくっつくなんて、そんなのはイヤ……

だって、りょーくんとは、ワタシが……!


「……パトリシアさん?」

「んっ……ちょ、ちょっと待ってくださいね……」


どうしよう……

何て言えば、うまくこの子にりょーくんを諦めさせられる……?


「こちらの、りょーたさんはどうなのです? 例えば、他に好きな人がいらっしゃるからダメ、という場合も……」

「そうなのかも。そう言えば」

「ええ、ええ」


なんだ、やっぱりそういうのが伝わってるんだ。

そうそう。

りょーくんはこんなロリっ子よりも、いつも悩んでるところに寄り添ってきたワタシの方が……


「この前、同じ制服の女が! 私の彼氏に近づくなって言ってた……私とりょうたの仲を引き裂こうと……」

「……え?」


ちょっと待って。

何それ。

ワタシ、聞いてない。


「それは初耳ですね。詳しく聞かせていただいても?」


同じ制服……学校の中に彼女ができたなんて、りょーくんは言ってなかったじゃない!?

それも、ワタシの存在を知っていながら、それとは別に……!?

この子から聞き出すか。

さあ吐け。

吐くんだ!


「りょうたと一緒に電車に乗ってきてて、りょうたの彼女ですみたいな顔して、隣にいて……」

「ほう。それから?」

「私がりょうたと話してたら、すっごい睨まれて、もう、怖くて」


何だろ……?

そんな女が、りょーくんに興味を持つものかな?

当のりょーくんに聞くか。


深海(ふかみ)の……ほら、アランさんの娘のさ」


ああ、アランさんの。

そう言えば監視役付けてるって言ってたような気がする。

まさかそういう子というか、そっちも恋敵とは。


「私は、りょうたとは縁がない、とか……?」


かわいそうな気もするけど、恋敵にこれ以上の出番はいらないかな。

せめて、手心は加えておくか。


「ええ。悲しいことですが、りょーたさんには既に意中の相手がいらっしゃるからということであれば、仕方ないことだと思います。ラブイズオーバーなのです」

「りょうた……」


うわ!

捨てられた子犬のような、すがりつく瞳!

あざといな、ロリっ子め!


「うん、そういうわけだし、彼女に誤解されたくないし、だからさ」


ふう、よしよし。

この子がロリ属性で助かった。

りょーくんは、もっと大人で巨乳な子がタイプなの。

ワタシみたいなのがね。


「……わかった。りょうた……あの時、うちに帰してくれたことは、感謝してるから……それじゃ」

「それじゃ、お元気で」


いくら恋敵とはいえ、さすがに失恋の瞬間は心が痛むなあ。

寺林さんの恋心を《お釈迦》にしちゃった。

でも、これは誰かが悪いわけじゃなかった。

ただ何かが足りなかっただけ……

明らかに落胆して去る寺林さんを見送るワタシ自身、次に同じようにならない保証は、まだないんだから。




やっぱり、深海さんとの付き合いがあるのは大きいな。

日頃の便宜とは別に、ああいう言い訳にもなるんだから。

今度という今度こそはあれで諦めてくれただろうな。

諦めて普通に生きてくれたらいい。


「りょーくん……」


ルブルムがこっちを見てる。

思えばお祈りも通じなくて、ルブルムも悪者にしちゃったかな。

それは申し訳なく思う。


「いっそね?」

「?」


いっそのこと、か。

何を言いたいかはわかる。

それこそ、いっそ最初の時間みたいに殺しておけば、面倒じゃなかったかもしれない。

でも、そしたら寺林さんの家族はどうなる。

別の次元に消えて行方不明、死体も見つからない、それでもいつまでも、ずっと帰りを待ち続けるのか。

きっと帰ってくると。

無事を願いながら、毎日を淋しく過ごしながら。


「いや、ダメだよ」


そんなのはダメだ。

僕を好きにならないようにはするとしても、家に帰れないまま死なせるなんてのはダメだ。

あの子だって被害者だろうに。


「やっぱりダメか。いっそ、りょーくんがあの子の目の前でワタシを襲ってくれたら、幻滅してもっと簡単に終わったかもと思ったんだけど」

「おいィ!?」


ダメだよってそういう意味じゃないよ!

何を言い出すの、この子は!


「『悪いな寺林、僕はお前の貧相な体よりも、こういうデカい乳の方がいいんだよ』『あっ、やめてください、そんな』『そう言いながら感じてるじゃないか。体は正直だな』『そんな、違います、違うのに』……みたいな♪ そしたらあっという間に『りょうたのバカ! 嫌い!』ってなって、あとはワタシとよろしくやれば解決」

「うえぇ……?」


何それ怖い。

前からそういうところがあったけど、ルブルムって時々、妄想が本当にえげつない……


「まあ、冗談はこの辺にして、ここからは冗談じゃないんだけど。アランさんの娘の件? どこまで本気なの? どこまで行ってるの? もうヤッたの?」


結局、その後は深海さんとのことを白状させられた。

救いと言えば、この時間ではまだ本当に付き合い始めたばかりだったことと、深海さんも含めてこの時間ではどこの誰にも一切手を出してないからセーフということ。


「りょーくん、しっかりしてるんだ」


前にもそんなことを言われた気がする。

それも、他でもないルブルムから。


「僕はそんなんじゃない……いつも、逃げ道を探してるだけかもしれないよ」


逃げ道。

真魔王城の皆には、浮わついていられないからと。

鳳椿さんには、時間をやり直して助けるからと。

寺林さん相手には、他に彼女がいるからと。

この時間はいつも、そんな理由ばかり用意してたような気がしてきた。

でも、逃げてばかりはいられないから。

時間を戻す前に、少しでも手がかりを見つけて……

ん、何か物音がしたかな?


「誰か来たみたい。ちょっと見てくるね」


来客か。

まあ、教会ってそういうものかもしれないからな。

宗教によるだろうけど。

おとなしく座って待っていようと椅子に手をかけたら、その椅子が急に吹き飛んだ。

いや、吹き飛ばされたんだ。

外から素早く入ってきた何かに。


「これは……!」


椅子を吹き飛ばしたのは、禍々しい触手。

見間違えるはずも、見忘れるはずもない、あの触手だ。

ということは、来客とはあいつのことだ。


「どういうことなのかしらね。せっかく送り込んだ勇者は勝手に帰ってきている上、勇者の力を失っている。その上、魔王には何の被害もないなんて。目論見が外れっぱなしだわ」


忌々しい裏切りのスーパードラゴン、アルブム。

僕はこいつのせいで、これまでの時間やいろんな人たちとの絆を《お釈迦》にされてきたんだ。

許せるはずがない。


「……母様の、ために……」


そして、アルブムの側にルブルムがいる。

見た感じの様子と、感知できる魔力の流れがおかしい。

母親と思って油断したところを支配されたんだろうな。


「ここで戦うことになるのか……!」


たぶん、ここで……マクストリィで戦えば、周囲が大変なことになる。

でもそんなことを気にするアルブムじゃないし、この周囲は勝てなくても当たり前だし。

それなら、少しでも暴いてやる。

こいつの秘密を!




◎お釈迦

失敗作・不良品を作ってしまうこと。

また、壊れたり欠陥が見つかったりして、役に立たなくなってしまうこと。


◎お釈迦様でも

現在・過去・未来を見通すお釈迦様であっても、の意味。

「お釈迦様でも気がつくまい」など。

上述のお釈迦とは用法が異なる。


この作品は行ったきりの異世界転移・転生ではなく往復自在ですので、今回は全編現実世界で話が進みました。

現実世界なのでお釈迦様もいます。

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