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173 『不倶』戴天

去年の8月下旬に予約して、他人都合の引越を生き延びた後の楽しみとして待っていた品物がようやく届きました。

希望を持って生きていけそうです。

いやいや、おかしいだろ。

僕は言祝座のあれこれに介入したり、捨てる前提でこの周回を様子見に費やしたりしていただけのはずだ。

それがどうして?


「りょうたはどこまで乗るの? 私、終点までずっとだけど」

「……僕も終点までだよ」

「やったぁ! それじゃあ、このままりょうたと一緒ね♪」


どうして、勇者として毎回敵対するはずの寺林さんが、こんなに懐いてくるんだ。

僕は魔王だぞ。

むしろ《不倶戴天》の宿敵だぞ?

電子文明(マクストリィ)でそれを言ってもしょうがないけど。


「くっつかないでくれ。暑い」

「もう夏休みも終わったのにね。地球温暖化ってやつだー」


捨てる周回と思えばそう大した問題じゃないような気はするけど、なんていうか……

ちょっと、鬱陶しい……


「お出口は右側です。お手荷物、傘などお忘れ物のございませんよう、お降りください」


終点は僕や愛魚ちゃんの家の最寄り駅。

そそくさと降りて足早に歩き出したのに、まだ寺林さんがついてくる。


「りょうたはこれからどうするの?」

「どうもしないよ。家に帰る」

「じゃあ、このままついて行ったらりょうたの家に行けるわけだ」

「来るなよ!?」


何考えてるんだ。

ついて来たって家に上げたり、ましてや家までついて来させたりしないぞ。


「だいたい、僕がいるって知ってたわけじゃなかったんなら、なんで電車でここまで来たんだ。別の用事があるんじゃないのか?」

「はっ、そうだった! 今日はカラオケぇ……」


カラオケと来たか。

確かに、この駅は駅ビルが便利なだけじゃなくて周辺にカラオケ店も複数あるからな。

行けばいいんじゃないかな。


「じゃ、そういうことで」

「もー! 絶対また会ってよ! 絶対!」

「さあね」


普通の女の子らしく、カラオケでもなんでもして幸せに暮らせばいいのに。

とりあえず、こんな展開になるんなら次回からはガーデル王国で初日を狙うのはやめよう。

今までの方がずっと楽だ。




というアクシデントがあったけど、それ以外は電車の時刻表に沿って動いてるから、時間通り。

空いてる時間はできるだけ真魔王城に行って、様子を聞く。


「魔王サマぁ、大変ですぅ! 言祝座が襲われてぇ、獅恩サマがぁ!」

「ああー……」


とうとうアルブムに襲われたか。

以前までの周回だと夏休み中に襲われてたこともあったけど、今回は少しずれてるかな?

まあ、襲われたこと自体が変わらないから、誤差みたいなものだろう。


「で、獣王城はどうなってるの」

「獅恩様は病床にあった獅霊様より魔王輪を受け継ぎ、次代の獣王となられたものの、次元の外より現れた何者かによって殺害され、居合わせたはずの鳳椿様も行方がわからぬ有様にござりまする。そして、魔王輪を得た次の魔王が現れぬという異常事態に」


候狼さんが整頓して説明してくれた。

今までもきっと同じような展開が多かったんだろう。

そして、次の魔王が出てきてないというのは。


「おそらくだけど、その何者かというのが魔王輪を奪ったか、もしくは何かの妨害を仕掛けたか、だろう」

「奪った! そのようなことが可能と?」

「あくまでも、おそらく、だよ」


今回、皆には周回の話をしていない手前、おそらくとしか言ってあげられないけど。

でもアルブムに奪われたせいなのは容易に想像がつく。

むしろ他の理由はまずないだろう。


「となると、そう遠くないうちに、ここへも来るかもね、そいつは」


来るかもじゃなく、絶対に来る。

あいつはそういう奴……

寺林さんよりも、あいつこそが《不倶戴天》の宿敵なんだ。

さて、捨てると決めているからこの周回は勝つ必要はないけど、負けないように……

つまり魔王輪を奪われたり時間を戻せないようにされたりするのだけは、避けないといけない。

それとできれば、何か突破口が欲しい。

特に、例の気持ち悪い触手。

あれを攻略することができていない。

アルブムからあれを除去できるものなのか。

できるとしたら、どうすれば除去できるのか。

できないとしたら、どう戦えば殺せるのか。

今回は考え方を少し変えて、そのあたりを調べるように立ち回って、危ないと思ったらすぐ時間を戻す……という感じで行くか。


「……リョウタさま?」

「あ? うん、考え事をしてただけ」


魔破さんや候狼さん、猟狐さんといった言祝座からの出向組は気が気じゃないだろうな。

まあ……『今』は、どうしようもない。




それでも学校は平常通りに授業や行事が進む。

文化祭は……仮病ででも休んじゃおうかな。

知らないよ。

模擬店も女装もしたくないもの。

そんな放課後。


「真殿くん、少しいいかな?」

「ん、深海さん?」


愛魚ちゃん……いや、交際前の段階だから深海さんだな。

深海さんが話しかけてきたぞ。

文化祭の話題か?


「こないだ、真殿くんが小さい女の子と一緒に駅にいたの、見たんだけど」

「ぶっ……」


飲んでたコーヒーを吹きそうになって、あわててこらえる。

話題はそっちか。


「あれはちょっと知り合いなだけで、別に仲がいいわけじゃないよ」

「彼女じゃないんだ」

「違うって。家族とか親戚とかでもないし、普通に他人だし」

「ふーん……?」


僕に何かあったら報告するよう言われてる任務のためか。

それとも僕に対しての個人的な感情のためか。

たぶん何か疑われてるかな。


「その子と付き合いたいの?」

「いや、付き合いたくない。なんで?」

「……ん、なんでって」


うぬぼれっぽいけどうぬぼれじゃなく、過去の何だったかで深海さんは僕のことが以前から好きなんだって言ってくれる。

それはありがたいけど、この周回のしかもここからじゃどうにもならないだろう。


「真殿くんって、そういう小さい子の方が好きだったら、やだなって」

「僕は大きい方が好きなんだよ」


あ、ついポロッと言っちゃった。

でもいいや、本当だから。


「そう? 私もけっこう、大きい方だけど?」


深海さんは胸を張ってそう言う。

胸を。

張って。


「どう? 大きい方が好きな真殿くん?」

「わかった、わかったから」


こないだの寺林さんほどじゃないけど、深海さんも押しが強い時は強めなんだよな……

今はもうアルブムがいつ来てもおかしくなくなってて、それどころじゃないのに。


「じゃ、一緒に帰ろうか」

「なんでそうなるの!?」

「一緒に帰って、もしその子が現れても、諦めさせてあげようかなって。真殿くんには私という巨乳の彼女がいるのよって言えば、なんとかなるんじゃない?」

「そういう話になっちゃっていいの?」


という流れで、深海さんと一緒に帰ることになってしまった。

だからってそう都合よく、寺林さんが必ず現れるとは限らないだろうに。


「この駅で、反対電車を待ち合わせます」


ここだ。

停車時間が長めのこの駅で、もしも現れたら……


「りょうた!? 誰よ、その女!?」


……うわ、本当に現れたよ。

どうなってるの、これ。


「あら、ちっちゃい(・・・・・)子」

「なっ……!?」


深海さんが臆面もなく言ってのける。

寺林さんの平らな胸を見ながら。

そしてその視線が自分の顔より、その少し下に向いているのに気づかない寺林さんじゃない。

胸のことを言われたとすぐに理解して、激昂した。


「失礼でしょ!? 何よ、自分は大きいからって! そんなの関係ないでしょ!」

「あるよ。真殿くんは大きい方が好きなんだから」

「こら!?」


バラすなよ!?

……いや、寺林さんを諦めさせるなら、バラすくらいでちょうどいいのか?


(乗ってきて。話を合わせるの)

(えぇー……)


でもやっぱりためらうよ。

真魔王城のメイドにならともかく、こういう普通の女の子に『僕は巨乳が好きだから』なんて言うのは。


「あなたが勝手にそう言ってるだけじゃないの? りょうたは何も言ってないでしょ?」

「いや、まんざら嘘というほどでもなくて、その……」

「大きいのがいいんだ!?」


どうにか伝わったか?

でもこれ、羞恥プレイか何かか?

僕の外聞がどんどん悪くなってるだけのような気もするんだけど。


「まもなく発車します」

「あ!?」


反対側の電車がすれ違って、乗っている電車も動き始めた。

つまり、寺林さんがまた乗り込んできてるということ。

追い出すこともできないまま、状況が続く。


「私ね、お祈りしてたの」

「お祈りねえ」


僕は魔王というのを差し引いても、神様なんて信じてないからな。

祈るなんてせいぜい、ガチャの時くらいじゃないかな。


「うちの近くに教会があってね、そこで僧侶の人に話を聞いてもらって、りょうたが私のこと、好きになってくれますようにって」

「うん……うんん?」


勝手にしゃべり始める寺林さんの話が続いて……ちょっと待てよ?

寺林さんの家、さっきの駅の近くの、教会?

どこかで聞いたような立地条件では?


「その人が、外国人なのに日本語ペラペラでね。私の話を聞いてくれて……あ、でも、りょうたは会っちゃダメね! きれいな女の人だから!」

「あっ」


察した。

それ、ルブルムじゃないか。

聖職者としての顔、パトリシアさん状態だな。


「ちょっと!? 『あっ』って何!?」

「なんでも、なんでもないから、揺すらないで」


たぶんそうとは気づいてないだろうけど、ルブルムまで絡んでくると更に話が面倒になる。

ていうか揺すらないで……と思っていたら、深海さんが止めてくれた。


「さっきから少し、黙って見ていたけど、真殿くんが迷惑してるよ。やめてあげて」

「あなたこそ何なの。私とりょうたの仲を邪魔しないで」


邪魔してるのはどっちかって言うと、悪いけど君だよ。

いい加減腹を決めて、寺林さんにそう言おうとした瞬間。


「…………あ゛ァ?」

「ひっ!?」


深海さんの視線が超怖い。

たぶん今のは寺林さんじゃなくて、僕でも『ひっ』って言ってたかもしれない。

でも、さすがに今ので怯んだようで、寺林さんはおとなしくなった。

更に深海さんは、終点の駅で降りたところで。


「わかったら、私の彼氏に近づかないでね。邪魔だから」

「うっ……うぐぅ……」


寺林さん、半べそだったぞ。

そして後日、一連の様子を見ていた奴がいて、噂が学校中に広がった。

爆速で。


「本当は真殿くんから言ってもらうのに憧れてたんだけどなぁ。でも、あんな子に取られるよりはいいか」

「取られないよ」

「ふふ、そうだよね。あの子は大きくなかったからね」

「だから、それ言うのやめよう?」


結局、深海さんとは交際する結果に収束するんだろうか。

そうでない周回だってあったけど、なんか道筋みたいなのもあるのかな。

わからないや。




ふー、疲れた……

女同士のバトルって怖い。

ゆっくり寝ようと思っていたら、スマホが振動。

メッセージの受信通知だ。


「誰……って、りっきーさんだよな」


この時間では深海さんとの連絡先交換はまだだ。

だから機械的に登録されてなくて、必然的にりっきーさんしか候補がいなくなる。

つまり、会話相手はルブルム。


「りょーくん、ワタシはいつもりょーくんが悩んでる時、話を聞いて相談に乗ってるよね」

「そうだね」


何だ、改まって。

そんなの周回以前からだから、絶対変わらないのに。


「今日は逆に、りょーくんにワタシの悩みを聞いてほしいんだ」

「そうなんだ。もちろん、聞くに決まってるよ」


それで精神的に助かった件は、魔王とかドラゴンとかは関係ない話だ。

個人として受けた恩の話だからね。

それをしみじみと思い出しながら、画面に出るはずの次のメッセージを……

ルブルムの悩みを待っていると。


「せっかく仲良くなったりょーくんに、変なロリっ子が近づいてきてて邪魔くさい」

「あふん!?」


盛大にズッコケた。

悩みってそれかよ!?


「いやー、あのロリっ子には本当困っちゃう。夢見がちだし向こう見ずだし、何より狙ってるのがりょーくんってのが、もうダメ」

「ちょっとちょっと!?」

「あれはもう《不俱戴天》の宿敵だね! 同じ天のもとには生かしておけない」

「殺さないでよ……?」


どうにかなだめることには成功したものの『今度、りっきーさんとも会おう』という話がまとまってしまった。

こっちも結局は会う方に、付き合う方に収束するのかよ。

何かしら、そういう力でも働いてるのか?


「というかこれ、深海さんも居合わせたら大変なことになるんじゃ……?」


寺林さんの押しの強さに手を焼いている状況に、深海さんとルブルム?

何だそれ。

事件が起きたり、死人が出たりしないだろうな?




◎不倶戴天

同じ天の下には一緒にはいない、同じ天の下には生かしておかない。

それほど恨みや憎しみの深いこと。

『礼記』曲礼の「父の(あだ)(とも)に天を戴かず」から。


不俱戴天の仇敵。

それなりに自分の主張を通して生きてきていると、同じ天をともにいただきたくない敵というのはどうしてもできるものです。

どんなに清く正しくあろうとしても、それはポジショントークとして起こり得るのです。

そんな気持ちをパッと忘れて生きたいですね。

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