172 彼も人なり『予』も人なり
今週は多忙な親友の困りごとのために用事を代理しまして、本編更新は金曜日とさせていただきました。
前の部分・170Bは場つなぎとして没原稿の公開となっておりますので、ストーリーのつなぎは170・一銭を笑う者は一銭に『泣く』の次の回がこれになります。
さっさと終わらせたい一心で寺林さんを初日に……
初日なのかな?
とにかく、かなり早い段階で勇者輪をもらって、家に帰したわけだけど。
あんなに好意的に言われるほどかな。
ひとまず、真魔王城に帰って、魔破さんと候狼さんはそれぞれ《形態収斂》で、いつもの美少女に姿を戻した。
候狼さんのさっきの姿は、なんだかどことなく星十狼さんに似た顔つきだったかもしれなかった。
祖父と孫娘だからかな。
「あの娘、御屋形様がいたく気に入ったようでござりまするな。いかがなさります」
寺林さんとの会話が気になったのか、候狼さんがそんなことを言い出す。
いかがって……どうもしないよ。
「ああいういかにも子供っぽいのは好みじゃない。それに……勇者輪がなくなって普通の人間になった以上、あの子がこれからの戦いで役に立つことはないからね」
戦力にならないという打算で考えても、勇者なんて似合わないという評価で考えても、寺林さんは普通に生きて行けばいい。
ふと、最初の時間でアルブムの目の前に立ちふさがって引き裂かれた扶桑さんの姿を思い出してしまった。
きっと、場にいたところであんな風になっちゃうよな。
「普通の女の子になった寺林さんと違って、僕は普通には生きられないからな」
「魔王サマ……」
魔破さんが僕の手を握ってきた。
暖かい手だ。
「あたしは、お供します! 普通でなくても、平坦な道でなくても!」
「せ、拙者も! 拙者もでござりまする!」
「……ありがとう、二人とも」
その言葉だけでも嬉しく思う。
アルブムに勝てたら、皆で幸せに暮らしたいな。
夏休みの序盤のうちに寺林さんイベントを済ませてしまったから、あとの時間を好きに使える……
そんな風に考えていた時期が、僕にもあった。
「了大! あんたはまた、こんな時間まで出歩いて!」
「悪かったよ……」
帰りが遅くなって、母親に怒られた。
愛魚ちゃんと交際してないから『愛魚ちゃんに食事も宿泊も持ってもらって外泊してる』という言い訳はできない。
かと言って、それに代わるうまい言い訳が思いつくわけでもなし。
マクストリィとヴィランヴィーの時差を計算して、ちょくちょく実家に戻らないといけなかった。
地味にめんどくさくて不便。
そして、さらに。
「愛魚ちゃんと付き合ってないから『夏休みらしい』お出かけリゾートもなし……やることが……やることが少ない……」
学校の宿題を全部やりきったり、ファイダイのイベントを走りまくってイベント限定キャラを手に入れたり。
「水着版ナポリか……」
褐色の女戦士、ナポリがほとんど紐みたいな水着で巨乳からお尻までいろいろ丸見え。
いいと言えばいいんだけど、絵でしかないからな。
「はろー☆ りょーくんはもう水着ナポリ取った?」
「取ったよ。他にやることがなさすぎて、イベント走った」
ソーシャルゲームだから、こうしてフレンドと……りっきーさんとの共通の話題にはなる。
りっきーさん……ルブルムと。
そのルブルムとも、今回は直接会うことはしてない。
なんとも無味乾燥な夏休みだ。
今年の夏はひたすら暑くて、渇く……
「コンビニでも行こ……」
飲み物が欲しい。
スマホと小銭入れだけ持って、家を出た。
しばらく歩いてコンビニで、よく冷えたお茶を買う。
「ふー、ありがたーい……」
店先であっという間に飲んじゃった。
分別してペットボトルを捨てて、と。
その帰り道。
「……今回はずいぶん早い時期に来たな?」
機械の体。
頬まで裂けた口。
見違えようがない、ヴァンダイミアムのアイアンドレッドだ。
「僕は『最初の僕』じゃないぞ。もっと別の時間軸を当たってくれ」
こいつの言いたいことはわかる。
そして、こいつが用があるのは『最初の時間』の僕だ。
今ここにいる僕に、用はないはず。
「不明な単語です。『最初の僕』とは?」
「そりゃ、言ったままの意味さ。時間を何回もやり直した僕じゃなくて、やり直す前、やり直しがあることも何も知らない最初の僕を探してるんだろう?」
ないはず、だった。
でも、様子がおかしい。
「いいえ、私が探しているのは、私の魔王です」
「君の魔王って……そりゃ、スティールウィルだろ。僕じゃなくてさ」
「不明な単語です。『鋼鉄の意志』とは?」
「彼がそう名乗ったんだよ、僕に」
どうも調子が狂うというか、こいつもいつもの調子じゃないかもな。
僕が『違う』とわかればさっさと引き上げればいいものを。
「検索結果ゼロ、該当なし。不明な人物です」
「は?」
スティールウィルのことが不明って、そんなバカな。
アイアンドレッドはスティールウィルに言われて『最初の僕』を勝たせるように動いているはず。
だから、どうやってか知らないけど、別々の時間軸を横切るように行ったり来たりしてはあの時間を探してるはずだ。
「……アイアンドレッド。ちょっと、待ってくれ」
「はい」
そもそも、彼はどうして僕に関わろうとする?
彼は何か言ってなかったか?
よく思い出してみろ。
ええと……彼は、確か……
『汚染区域そのものはまだ残っていて……そこに先代の王の残骸と、ヴァンダイミアムの魔王輪がある。まだ誰も回収できないままだ』
『俺は、他の次元の魔王輪を持って生まれたことからアイアンドレッドに乞われて、外から来たんだ。そして今のところは王として……ま、体のいい旗振り役だな』
……そうだ。
だんだん思い出してきたぞ。
彼は本物の、というか元々のヴァンダイミアムの魔王じゃない。
ヴァンダイミアムの魔王輪と勇者輪は汚染区域のどこだったかにあって、先代の残骸の中。
スティールウィルはもっと別の、外から来た人物。
自分でそう言っていたじゃないか。
「ということは今は、外から……別の次元から、ヴァンダイミアムに行ける魔王を探してる途中か?」
「はい、私が探しているのは、私の魔王です」
それで話が合わなかったわけだ。
この時間に来たアイアンドレッドは、僕が今までに会ってきたのとは違う。
探しているのは最初の僕じゃなく、スティールウィルということか。
「それじゃあ、やっぱりダメだ。僕はヴァンダイミアムには行けない。汚染に体が耐えられなくて、行ったとしても簡単に死ぬからね」
ヴァンダイミアムの汚染区域がどれだけヤバいかは、いつだったか、様子を見に行ったトニトルスさんが死んでしまったことで実証されている。
人間なんて貧弱の一言で片づけてしまえる、ドラゴンの強靭な肉体であっても耐えられない。
魔毒というのはそれほどのヤバい代物だから。
「もしかしたら他の次元には何かしらの理由で、魔毒にも耐えられる魔王がいるかもしれない。そういうのを当たってくれないか。僕じゃなく」
「なるほど、合理的な判断です。そのようにいたしましょう。ありがとうございました」
アイアンドレッドは《門》を開けて、その中へ消えた。
彼女は……
見た目は女性型だから、女性でいいんだよな?
……彼女はこの先、時間軸と時間軸の間を長く放浪するんだろうか。
それはそれで、時間を巻き戻す僕ともまた違った意味で『長い』旅路かもしれない。
そんな気がした。
時差を計算しつつも、家と真魔王城とを往復。
あのアイアンドレッドの様子を見ていて思った。
やることが少ないなんてのんきに言ってる場合じゃない。
ということで《書庫》に来た。
「ここの本だって、全部の全ページを読んだわけじゃないからな」
そう言えば、愛魚ちゃんも学校の図書館には頻繁に通って、借りた本を読み終えて返してまた借りて、の繰り返しでかなりの数を読破していたはずだ。
それを思えば、僕にもそういう時間が必要なんじゃないだろうか。
持って生まれた体質や魔力の属性の違いとか固有の特殊能力の差とかならまだしも、本を読むくらいのことなら《彼も人なり予も人なり》というものだ。
できないはずがない。
仍美御前や星十狼さんを死なせてしまったり皆と思うほど仲良くなれていなかったりと、うまくいかない周回とはいえ『時間そのもの』はある!
やるぞ!
「魔王サマ? 夕食、こんなのでいいんですかぁ?」
「これなら本を読みながらでも食べられるからね。ありがとう」
魔破さんには夕食をサンドイッチにしてもらうように頼んだ。
右手でページをめくり、左手で食べる。
そんな感じで夏休みの時間をひたすら読書に回して。
「ご希望でしたらぁ、もっといろいろ作れますよぉ? 夕食くらい、ゆっくりお召し上がりになった方がぁ……」
「わかってる。また今度もらうよ」
「それぇ、もう何度聞いたかわかりませんよぉ……」
いつも明るい調子の魔破さんの声が、珍しくトーンが落ちた感じになってる。
せっかくの腕をふるえないのが不満なのか、それとも、心配してくれてるのか。
「魔破さんはよくやってくれてるよ。具材は毎回変えて、飽きないようにしてくれてる」
「そういうことじゃなくてぇ……」
不満だろうけど、今はこうさせてほしい。
後々……アルブムに勝った後でなら、言うことを聞くから。
読みながら眠らないようには気をつけて、時間をきちんと決めて休むようにする。
家との時差のこともあるから、スマホのタイマーやアラーム、カレンダーを頼りに。
そう考えると基本機能一つ取っても、スマホって便利なんだな。
世界的に普及もするわけだ。
そして、余裕のある時は思考速度や動体視力に《有意向上》もかけて。
何冊あるか数えてもいないけど、無限にあるわけじゃないなら、いつかは読み終わる。
ひたすら読み漁り……
……夏休みが終わった。
結局、寺林さん関係以外はひたすら読書に費やしただけになった。
でもそのかいあって、蔵書の全部じゃないけど半分以上は読み終わったはずだ。
部屋そのものは狭くないとはいえ、時間をかけて読んでも仕方ない内容のものや劣化で読めなくなっていたものなんかも少なくはなく、そもそも本にまとめるという行為そのものがあまり文化として盛んではないからだろう。
始めた時は少し不安だったけど、今は全部読み終われるだろうという手応えがある。
さて、それはそれとして、二学期の初日。
マクストリィじゃ魔王の力も肩書も無意味だから、普通に電車に乗って通学しないとな。
「おっと……?」
「おい、危ねえだろ」
ちょっと足元がふらついて、他の乗客にぶつかりそうになった。
疲れてるのかな。
とはいえ初日は始業式と簡単なホームルームだけで、半日で終わってくれたから助かった。
帰ったら、今日くらいはゆっくり休むか。
残りの《書庫》の本は、読むペースを落とさないとダメだな。
夏休みと同じペースで読んではいられないだろう。
「この駅で、反対電車を待ち合わせます」
適当に寄り道してから乗って、ピークを避けた帰りの電車。
ゆっくり席に座っていると、社内のアナウンスが流れる停車時間。
少し、うとうとして……
「あ! りょうた!」
……誰だ?
屈託のない……カエルレウム?
いや、そうじゃないな。
違う声だ。
「私! 忘れたの?」
寺林さんじゃないか。
今日は私服だ。
おそらくだけど、学校の始業式が午前で終わって、午後からどこかで遊ぶつもりだったか。
電車で鉢合わせとは……と思ったけど、そうか。
この駅は逆側から来る電車とすれ違うので停車時間が長めなのと同時に、寺林さんの家の最寄り駅じゃないか。
ここから乗ってくるわけだ。
「ああ。忘れたわけじゃないけど、この前、名前聞かなかったような気がする」
「聞いたでしょ。りょうた」
「いや、逆。僕は君に名前を言ったけど、君の名前は聞いてないはずだよ」
「……あ、そっか!」
なんて茶番だ。
もちろん改めて聞かなくても、名前はフルネームで知ってる。
でもこの時間で聞かなかったんだから、知らなかったことにしておかないといけないし、聞いたところで深入りするつもりもなかったし。
「私、凛よ。寺林凛」
「寺林さんね、うん」
「凛って呼んで」
「凛さんね」
「呼び捨てでいいよ? 『さん』はいらない」
「そういうわけにも」
「『さん』はいらないの!」
「ええー……」
勇者として対峙した時もなんとなく思ったけど、こうと決めたら押しが強いタイプか?
しょうがないなあ。
「じゃあ……凛?」
「うん!」
本人がそれでいいなら、いいか。
どこ中(どこの中学校の生徒)なのか知らないけど、こっちだってさすがにそれよりは上なんだから、もうちょっと考えてほしいけど。
「その制服って、けっこう成績いい方の学校のじゃなかったっけ。私も勉強がんばらないと」
「そうだよ、勉強は大事」
夏休みを読書月間にしたからというだけじゃなく、読んだ本の内容を実行して覚えた呪文がけっこうある。
それを思うと、勉強は大事としか言いようがない。
「努力次第だよ。《彼も人なり予も人なり》って言ってね。僕だって入れたくらいなんだから、寺林さんだってちゃんと勉強すればこのくらいの学校にも行けるよ」
「むー。凛!」
呼び慣れてないから、ついつい普通に……これが普通のはずなんだよ。
寺林さんって呼んだら、不満げに訂正された。
正直、帰って読書したい……
◎彼も人なり予も人なり
同じ人間なのだから、他人にできて自分にできないわけがない。
例え偉人や賢人といえども自分と同じ人間なのだから、努力をすればできないはずがないという教訓。
韓愈『原毀』より。
彼も人なり、というのはことわざになるだけのことはあって、例えば私もそうです。
ランキング上位に載るような人気投稿者でも同じ人間ですので、世間からの評価はさておきとしても自分だって投稿を継続することはできるはずだと、そう信じて連載を継続しています。
自己の好みを追求した作品にして実験作として、世間での受けはよくなくても仕方ないとは思いますが、もしよろしければ感想や評価もあるとうれしいですね。